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辺境遊戯番外編 |
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サンチェイラのひとひら | ||||
渡来亜輝彦 | ||||
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飛んできた植木鉢を絶妙のタイミングで避けながら、レックハルドは走った。
「この奴隷商人め!!」
「だから、違いますって!うひゃあ!」
肩を掠めて飛んできたどんぶり鉢が、堅い地面にあたって弾けとんだ。かなり、分厚いものだった。当たったら、笑い事では済まされない。
「あぁぁ。どうして、こんなに奴隷商人と間違われるんだ?オレは健全な行商人じゃねえかよ。」
逃げながらそうぼやき、仕方なく塀を乗り越えて彼は通りのほうに逃げおおせた。
*********
「レック〜。また、間違えられたのか?」
「ああ。…お前がいないから大丈夫だと思ったのに。」
しろいターバンを頭に巻き、ひざの下ほどまである長いコートを羽織った行商人のレックハルドは、ターバンから飛び出た黒髪に手をやった。細い目のせいでもないのだろうが、何となく小悪党っぽい印象が漂わないではない。
「ちぇっ。なんか、気分悪いな〜。」
「何がいけないんだろうなぁ。レックはいい人なのに。」
「…それだよ。オレのどこが奴隷商だっていうんだよな?」
「うーん、わからないなぁ。」
大柄のファルケンとレックハルドは、一緒に首をかしげた。
「時々、レックが悪いことするからかなぁ。」
ふと、ファルケンがいった言葉にレックハルドはすばやく反応する。
「…ば、馬鹿!今は詐欺もスリもやってねえよ!」
レックハルドはやや慌ててそういった。だが、『今は』と前おくように、レックハルドは昔は折り紙付きの小悪党であった。窃盗、詐欺は、日常茶飯。それ以上の大それたことはしないあたり、所詮小悪党である。その時の経験が、彼に染み付いているのは確かだ。
「あぁぁ、今日はヤメだ。ヤメ。どうせ、夕方だし、商売してももうからねえもんなあ。」
「そうだなぁ。いつの間にか、こんな時間かぁ。」
何となくしんみりとした口調でファルケンはいう。
「お金たまった?」
「…微妙…だな。」
レックハルドは、気落ちした風につぶやく。
「来る町を間違えたかな。…ここの連中はどうも他所者に冷たくっていけねえ。普段なら、もうちょっと扱いがいいのにさ。」
「じゃあ、マリスさんにプレゼントはまだ無理かぁ。」
「しんみり言わなくたって無理だよ。まぁ、金はあるにはあるけど。仕入れとか考えると、ちょっとそんな余裕はねえわな。倹約生活もしてるのに…。あぁ、マリスさーん…。」
レックハルドは、おっとりしていて優しいマリス=ハザウェイの顔を思い出した。何とか、プレゼントの一つや二つ贈りたい。そもそも、堅気になったのもみんなマリスとしゃべりたいが為だという、気合の入った片思いなだけに、レックハルドの思いは切実だった。
「じゃあ、どこか違う町に行かなきゃな。」
「そういう手もあるな。旅費がかかっちまうけど…あぁ勿体ねえ。」
レックハルドは投げやりに言った。それを少し気の毒そうに見ていたファルケンは、何か考えているようだったが、ふと何か思いついたように言った。
「そうだ。今の時期、辺境の森に『サンチェイラ』が生えるな。」
「サンチェイラ?…おい、また六mある食虫植物じゃねえだろうな。あれは、食虫っていうより、もはやマンイーターだったぞ。」
何しろ辺境は、謎と危険が一杯な人跡未踏の領域である。何があるかわかったものではない。ファルケンと旅をするようになってから、かなり辺境に慣れているレックハルドでも、危ない動植物につかまって食べられそうになることもたまにはある。この前も現に、うっかり食べられそうになったばかりだった。
「あれはベドルーダー。あんなやつじゃないよ。もっと綺麗な…。」
「綺麗な?」
レックハルドは少し姿勢を正した。
「お前、オレに儲け話を持ちかけてんのか?」
「あ、一応そーゆーことになるかな〜?」
「だったら早く言えよ!もう!」
途端、調子を変える。レックハルドは儲け話の類に弱い。話をせかす。
「で、何だ?サンチェイラってのは!?」
「サンチェイラはこの時期にしか生えない辺境の植物で、ものすごく成長が早いんだ。だから、芽が出てから、一週間ほどで花が咲いてすぐに枯れちゃうんだな。」
「なんだ、ものすごく儚いな。そんで?」
さして風流を感じていないらしいレックハルドの感想は素っ気ない。
「その花びらには薬効があるんだ。うーん、あれはなんにでも効いたな。二日酔いとか熱病とか怪我とか。」
「なるほど万能薬か。で?つまり、花びらを取ってきて売れば高額って事か?」
きらり…とレックハルドの目が輝いた。
「そういうことになるかな〜。あ、でも、ちょっと、奥地にあるから…レックには危な…」
「だははは!それで決まりだ!ファルケーン!!」
勢いよく肩を叩かれて、ファルケンはあやうく舌をかみそうになった。
「よっしゃ!行くぞ!ファルケン!待っててください!マリスさん!!」
「あ、でも、今からはやめたほうがいいぞ。夜行性のとんでもないのが色々いるから。」
レックハルドには危険な奥地にある。と、注意しようとしたが、レックハルドがすっかり舞い上がっているのを見て、ファルケンは、注意するのをやめた。今言っても、きっと聞いてもらえないに違いないし、言うのも水を差すようで悪い。
辺境の森は、町から少し離れた所に広がっている。そもそも、鄙びた土地のことを示していた『辺境』が、いつの間にかこのカルヴァネス王国の大半をおおう、森、砂漠、草原、海をふくんだある特殊な領域を示すようになったのは、それが確かに鄙びた所に存在したからなのかもしれない。それとも、そこを避けて人が別の場所に住んでいたのだろうか。何にしろ、このカルヴァネスでいう『辺境』はタダの辺鄙な土地を指すのではない。もっと、危険でそして聖なる意味を持つ、特殊な領域のことを指していた。
向こうで不思議な音が聞こえた。鳥の鳴き声のような、しかし、少しおかしいような。
辺境では、草ですら鳴る。または、鳴く。何の声でももはや驚かない。
「相変わらず、ここは変なところだよなぁ。」
「そうかなぁ。」
ファルケンは、いつものようにカンテラに火を入れて、のんきに前を先導する。
「そうかなぁ…ってお前な。だから、常識が欠けてるっていわれるんだぞ。お前。」
レックハルドは、呆れ顔をしながら、周りを見回した。原色の濃い緑の世界が広がる。辺境の森は、静まり返ってはいないのだが、何か不気味な雰囲気も付きまとっている。
「サンチェイラは、もっと奥にあるのか?」
「ああ、そうだ。だから言ったろ。かなり、奥だからって。」
「わかってるよ。」
「時々、ふと足元が崩れるから気をつけろ。それ、たぶん蛇穴だから。」
さらりと流すように言ったファルケンの注意を聞き流しかけていたレックハルドはその意味するところに気づいてぎょっとする。
「さらっというなよ!さらっと!」
「だって、ちょっとした注意だから。」
「どこがちょっとだ!命に関わるだろーがっ!」
レックハルドは相変わらずのファルケンの無神経さに少しだけ、嫌気がさした。
(全く、これだからこいつは!)
だが、一旦辺境に入ってしまうと、ファルケンを頼りにするほか、彼が生きて出る道がなかった。レックハルドのような、どちらかというと非力な人間は、辺境の動植物と勝負して勝てる可能性がほとんどないのであるから。ここは、こんな少し頼りなげなファルケンに命を預けるしかないのであった。
「これもマリスさんのため、あれもマリスさんのため。我慢だオレ!」
ぶつくさぶつくさ、呪文のように繰り返す。
「レック。何ぶつぶつ言ってるんだ?」
「うるさい!無事に帰ることができるようにまじないをかけてるんだよ。」
「それはいいけど。頭の上に辺境黒カラスの巣があるから、気をつけないと襲撃を…」
「そういうことは早く言え!…わあっ!!」
案の定、襲撃を受けてレックハルドは慌ててその攻撃をかわした。とっとっと、と慌てて前に進む。カラスの誇らしげな勝鬨が一声上がった。
「あぶねーな…。油断ならねえ!」
レックハルドが吐き捨てると、ファルケンは優しい笑みを浮かべていった。
「あいつらも必死なんだよ。子どもを守ってるんだから許してやってくれよな。」
「…まぁなぁ、仕方が無いとは思うよ。オレは立派な侵入者だもんな、別に辺境に許しを受けたわけでもなし…。」
「レックはよくわかってるんだなぁ。だから、レックは辺境に連れてきても、心配しないでいいんだよなぁ。」
にこにこと笑いながらファルケンは、そんなことを言った。外界ではレックハルドが彼を引っ張ってやらないとならないが、ここではファルケンが引率の先生の立場である。彼が先輩らしいことを言えるのは、おそらく辺境の中だけだろう。普段、ファルケンにえらそうに振舞うレックハルドも、このときは後輩扱いされても怒らない。
「そりゃ、ありがとよ。」
「でも、変だなぁ。辺境黒カラスは、おとなしいんだけどなぁ。あまり、人を襲ったりしないんだけど。」
ファルケンは首をかしげた。
「でも、実際…。」
いいかけて、レックハルドはある事に気づいた。大人しい鳥獣が、非常に警戒を募らせるのは、もちろん危険が迫っている時である。自分などが辺境のカラスにとって、そんなに危険な動物と見なされるだろうか。彼らが警戒心を募らせているのは、別に原因があって、そして、その高ぶった彼らの領域に入った自分達も襲われただけじゃないだろうか。
まさかな。
レックハルドは、そう思った。いや、思いたかった。その希望が、無残にも破られたのは、前のファルケンの安穏とした表情が瞬時にして、キッと引き締まったときである。
「ぎゃあ!」
レックハルドは、反射的に悲鳴を上げて横に跳んだ。彼が先程いた場所に、何か緑色のものが飛びかかってきていた。そのがっしりした屈強な大人の男の腕位ある前足の先に、鋼鉄を思わすしっかりしたつめが生えている。レックハルドは、思わず自分の勘の良さに感謝した。レックハルドがしっかり避けたのをみて、ファルケンが笑いながらのんきに言った。
「レック!ナイス!」
「何がナイスだ!オオトカゲじゃないか!」
あくまで余裕なファルケンに対し、レックハルドはやや怯えながら叫んだ。相手は二mほどもあるトカゲで、いかにも肉食動物だった。ファルケンは、トカゲを見てそれがどういう動物だったか思い出し、しかものんびりとこういった。
「あぁ、こいつ、ちょっと危ないんだ。でかいのに木も登るし、動きもすばやくって。しかも、爪は鋭いし、牙は鋭いし。一匹ならいいけど、あんまりいるとオレでもちょっと危ないんだ。」
「危険なのはみりゃわかるわ!どうでもいいから!早く何とかしろ!!」
トカゲはどう考えてもレックハルドを狙っているようだった。
(くそ!トカゲの癖にどっちが弱いか見切りやがって〜〜!生意気な!)
レックハルドは、トカゲの威圧的な視線とぶつかって戦慄を覚える。こんなのと一戦やらかしてみろ。と思った。相手からは自分が落ちてる肉みたいに見えているんだろうなと考えると、ますます背筋のあたりがぞぞーっと寒くなる。ファルケンがいてくれてよかった。と思うのは、まずこんな時なのだった。
だっとトカゲが走る。近くでがさがさっと音が鳴った。にょっと同じような愛嬌のない堅そうなうろこでおおわれた顔が出る。
「うわ〜〜!他にもいた!!」
レックハルドが思わず五mほど急いで身を引いた。
「レック!あまり遠くに行かないぐらいに逃げたほうがいいぞ!ちょっと時間がかかるかも!」
ファルケンがレックハルドとトカゲの間に割り込みながら叫んだ。
「言われなくてもそうする!」
レックハルドは、ファルケンの許可も出たことなのでおおっぴらにファルケンをおいてすたすた逃げる。走る途中で後ろから、がさっという大きな音がたった。
「レック!そっちにもう一匹行った!」
ファルケンが叫んだ。
「気をつけろ!」
「もっと早く言えよ!!」
レックハルドは、後ろをチラッと見て例の巨大なトカゲが必死で走ってくるのを見て、慌てて足の回転数を上げる。逃げ足だけには自信がある。それでも、相手は野生の獣だ。
いきなり、前に大きな川が流れていた。かといって止まるわけにもいかない。
「ええい!しゃあない!」
レックハルドは、少し迷ってからザブンと川に飛び込んだ。川の中ごろまで、一気に泳いで振り返る。水の中までは追ってこれまい。と思って勝ち誇った笑みをもらしたレックハルドの顔が一気に青ざめた。トカゲはワニのようにすいすい泳いでいるではないか。
「うそだろ!陸のトカゲの癖に、ワニの真似までしてんじゃねえよ!!」
悪態をついたが、相手はどんどん迫る。水泳は余り得意ではない。それでも、ざぶざぶと水を掻き分け、向こう岸までたどり着いた。後は後ろを見ず、滴る水も気にせずに、とことん走った。相手はまだ追っかけてくるに違いないからだ。
もう疲れて走れないほどになってから、レックハルドはようやく立ち止まった。後ろに『ヤツ』の気配はなかった。
「あぁ〜ぁ。疲れたぁ…〜…。」
ぐったりして、近くの木に寄りかかってずるずる崩れ落ちる。まだ、上着に水気が残っていた。それを一旦脱いで丁寧に絞る。先程より、上着の重さは格段に軽くなった。
ようやく息も収まって冷静になって、レックハルドは周りを見回した。
「…。まさか…。」
迷った。周りの風景はどこも似たり寄ったり。自分がどこにいるのか全くわからない。川を渡ったのは確かだが、それから、トカゲに追われて無我夢中で走ったのだから、さっぱり方向がわからなくなっていた。
「おいおい…。辺境で、オレ一人だなんて…。」
命に関わるぜ。
その言葉を飲み込んで、レックハルドは青ざめる。冗談ではない。
「ファルケーン!!」
レックハルドは聞こえないだろうと思いながらも、一縷の望みをかけて叫んだ。
「ファルケーン!迷った!助けてくれよ!!」
ぱちぱち、と焚き火の音がむなしくあたりに響いた。
「意外と冷えるな。」
レックハルドは、おどおどしながらあたりを見回した。獣や危険な植物が近くにいる様子はない。
「夜になっちまうとは…。」
空を見上げると、すでに満天には瞬く星星が。満月より少し欠けた月が空にも昇っている。水も食料も、少量は用意していたからよかったが、この後どうなるかを考えると、レックハルドも暗くなる。
「どうしよう。…ファルケンのヤツ、まさかとは思うが、あのままトカゲに喰われてたりしないよなぁ。」
もし、ファルケンがいなければ、自分が他の人間に発見される可能性はない。ということは、獣に食われるか、植物の罠に引っかかるか。どちらにしろ、ロクな最期を迎えないだろう。しかも、この数日のうちに。ファルケンの運命次第で、自分のたどる道も変わるのだ。
レックハルドは、右手首にかかったファルケンからもらった腕輪をぐるっと回した。
「獣避けのお守りとかいってたくせに…。思いっきり、効き目ないじゃねえかよ。今は、これだけが心の支えか。」
レックハルドはそう言って、左手にもった花弁が火でできた火炎草を眺めてみる。辺境で火をつけるときは、この火炎草の花弁から、辺境外から持ってきた紙なり、木なりをまず燃やして火種をつくり、それで焚き火なり、炊事なりをしなければならない。よくわからないが、ファルケンはそういう決まりがあるのだという。おそらく、森を燃やさないための配慮からなのだろう。だから、辺境の獣達は、この見慣れない炎を恐れる。それを使えば、向こうのほうからはよってこないというが、それでも、時と場合によるのだ。
がさり。と茂みをかきわける音が聞こえ、レックハルドは過剰に反応した。弾かれたように立ち上がって、思わず身構える。月明りのした、闇に目を凝らすと、大きい何かが動いているのが見えた。
「く、来るなよ!!こ、こっちには火があるんだぞ!」
レックハルドは、相手が人語を解さないだろうことなど忘れて、一応警告を発した。相手は、そこで一瞬足を止めた。
「レック〜。オレだよ。」
相手は、聞き覚えのある声で言い、焚き火の火がものをはっきり照らし出す範囲まで足を進めた。少し緑がかったような色をした金髪が、火の色をうけてオレンジに見えた。見慣れた赤で塗った頬のペイントに、その上の大きな目が安堵を浮かべていた。
「なんだよ!お前か!おどかすな!」
レックハルドは、そう言って座り込んだ。ファルケンは、にこにこしながら、そばまで近寄ってきた。
「よかった。レック、無事だったんだなぁ。オレ、ずーっと探してたんだけど。」
「オレはずっと迷ってたんだ。…それにしても、お前、場所がよくわかったな。」
「あぁ、焚き火の煙が上がってたから。辺境で焚き火をするなんて、限られてるからな。ちゃんと火炎草を使ってくれてたんだ。」
「まぁな。一応、ルールは守らんとな。」
少しえらそうにいって、レックハルドはファルケンに座るよう、手で促した。ファルケンはレックハルドの横にどんと座った。
「もしかしたら、レックが食べられちゃったかなとか思ってたんだ。」
「縁起でもないこと言うな!」
鋭くいいながら、レックハルドはぶっきらぼうに食料の干し肉を差し出した。
「食うか?」
「じゃあ、食べる。」
ファルケンが堅い干し肉を噛んでいるのを見ながら、レックハルドはため息をついた。
「サンチェイラを取りに来たってえのに、どうやら無駄足みたいだな。びしょぬれになるわ、迷うわ。最低だぜ。」
「ひょーれもひゃいんにゃない?」
噛みながらファルケンが言った。
「何言ったんだ?もう一回、食ってからいえ。」
ファルケンは、干し肉を飲み込んでから言った。
「そうでもないよ。サンチェイラは、今から取りに行けば間に合う。」
「どこに?夜の辺境は、危ないんだろ?」
「だって、この辺がサンチェイラの群生地なんだもん。」
ファルケンがいとも簡単に言ってしまったので、レックハルドは一瞬その意味を図りかねた。
「は?」
「ちゃんと聞いてなかったのか?ここが、サンチェイラの群生地なんだぞ、レック。」
「なんだって!」
慌ててレックハルドはあたりを見回した。それらしき花は見当たらない。
「どれだよ!」
「ほら、アレ。」
そういって、ファルケンは立ち上がり、そっと向こうの木の根元に近づいた。そこに、小さなしろい花が咲いていた。
「これが?」
いつの間にか、ファルケンの後ろからレックハルドが花を覗き込んでいる。
「そう。これがサンチェイラ。よかった。まだ枯れる前だ。サンチェイラは、本当は夜に咲く花だから、ちょうどよかったな。」
ファルケンの話を聞きながら、レックハルドはその花を見た。しろい、ちいさい花だった。花びらが幾重にも重なり合い、まるで何かをかばっているかのように優しく咲いていた。花の中心は少しだけ、淡い黄緑になっていた。可憐な印象の花だった。
「たしかに、可愛い花だな。ちょっと、花びらをむしりとるのが可愛そうになってきたぜ。」
レックハルドは、珍しく商売っ気のない事を言った。
「うん。だから、一枚だけ。ごめんな。」
最後の一言は、花に向かっていったのだろう。ファルケンはぷちんと一枚の花びらをちぎり取った。小さな貝殻の欠片みたいな感じで、ファルケンの持ったカンテラの光に照らすと、それは真珠のような光沢があった。
「はい。」
ファルケンは、それをレックハルドに渡した。意外に、花びら自体はしっかりしていて固い。
「なんだ、これ、ホントに宝石になりそうだな。」
「そうやって使う人もいるよ。薬にするときは、すり鉢でつぶして使うんだ。」
ファルケンは、そう言ってから、さらに向こうのほうを指差した。
「ほら、あそこにたくさんあるだろ?サンチェイラ。」
レックハルドはそちらのほうを向いた。闇の中で、しろい小さな宝石のような花がたくさん寄り集まっていた。何か、弱いものが集まって何かに耐えているみたいに。辺境の夜風が、やさしく花を揺らしていった。月光を浴びて、ガラス細工か何かのように、それは繊細にきらきらと光っていった。
「レック、どうする?まだ欲しい?」
「いいや。一枚でいいよ。」
レックハルドは、照れ隠しなのか、鼻の下を一度こすりあげた。
「なんだか、かわいそうになってきちまったし。」
「そうか。」
ファルケンは笑った。
「レック、辺境は好きか?」
聞かれてレックハルドは応える。
「危ないことばっかりだから嫌いだっといいたいところだけど、確かに、綺麗なものは綺麗だしな。案外好きなのかも知れねえなぁ。何度も出入りしてるし。」
「そうか。よかったなぁ。」
ファルケンは自分がほめられたような顔をした。
「オレも辺境が好きだよ。他の人達も、もっと辺境を好きになってくれたらいいのになあ。町の人は恐がったりするけど、本当はものすごく綺麗なところなんだから。」
「そうだな。」
レックハルドは、そう応えながら不意に複雑な気持ちになった。
(辺境のことを心配する前に自分のことを心配したらどうなんだ。お人よしめ!)
そんなことを心の中で言ってやりながら、レックハルドはサンチェイラの花びらを見つめていた。
ファルケンは、町には住めない。猟師という職業からすれば、彼は旅なんかせずにどこかに定住していたほうがいいのだ。だが、それは周りの人間の反対があるので、不可能になる。ファルケンの正体が、辺境と深く関わる『種族』であるから。人間達は、それを知ると、彼のことを恐れたりするようになってしまう。別にファルケンが何をしたわけではないのだが……。かといって、彼自身、辺境にもすむことが出来ないらしい。それが許されない、らしいのだ。どちらにも属せないファルケンのような者は、一体、どこに安住の地を求めればいいのだろう。いい加減、辺境のことを心配するより、本気で自分のことを町の人にわかってもらえるよう、積極的に働きかければいいのに。
そう思うと、レックハルドは何となくもどかしい気持ちになる。
「全く。お人よしめ。」
ファルケンが声を聞きとがめたのか、怪訝な顔をした。
「え?なんか言った?」
「何でもねえよ。」
レックハルドは軽くため息をつき、そして、再び手の中の花びらを見た。それは、あまりにも優しい色をしていた。
「なぁ、ファルケン。マリスさんへのプレゼントはちょっと遅れてもいいぜ。別の土地にいきゃあきっと、商売も上手くいくし、それで金をためてからでも。」
「そうか。じゃあ、まず、辺境から出ないとな。」
「そうだな。夜を辺境で越すのは危なっかしいし。」
応えてレックハルドは、笑った。
「今度は、なるべく野獣と出会わない道を頼むな。」
ファルケンは、深くうなずいた。
*************
その後、レックハルドが、あのサンチェイラの花びら一枚が、実は、ちょっとした宝石、一つ、二つ、買える程の高い値段で取引されるのを知ったのは、町に戻った後であった。もちろん、すっかり商売人気分に戻った彼は、後であの時、花びら一枚ずつだけでももらっておけばよかったと、後悔したという。
FIN
『短編』 |
サンチェイラのひとひら |
渡来亜輝彦 | ||
番外編紹介: |
謎の領域、『辺境』を巡りながら旅をするレックハルドとファルケン。一儲けしようと、辺境の森にサンチェイラの花を探しに行ったが…。
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注意事項: |
注意事項なし |
(本編連載中) |
(本編注意事項なし) | |
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本編: |
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サイト名: |
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