辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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注:この番外編は、本編よりやや進んだ時間軸を
  想定して書いております。ですので、ファルケンの言葉遣いが
  やや違っていたり、彼とレックハルドのやり取りがちょっと
  こなれていたりしますのでご注意ください。



番外編:デルファの指輪・1

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 カルヴァネス王国とディルハートの国境近い港町、レファン。港町特有の何となく爽やかな空気が、潮風交じりに流れていく。石造りの町は、青い海の上でしろっぽく輝いていた。
 そこを一人の少年が歩いていた。いや、少女かもしれないが、着ている服からすれば少年である。十三、四歳ぐらいのその少年は、見た目にもとてもしょげていた。
 つやのある薄い色の金の髪はくしがいれられているのがわかる。肩を少し越えたそれを首元で結んでいて、その下に上等の水色のマントが、かけられていた。いや、水色というより空色といった方が近いかもしれない。ただ、それは淡い色だった。
「…困ったなあ。どうしよう。」
 彼はぽつんといった。整った、人形のような顔をしていたが、その頼りなげな表情とあいまって少し女の子のようにも見えなくない。目は透明な青色だったが、それは少し悲しみに沈んでいるようだった。
 だが、彼の腰には少々不釣合いな上等な剣が下げられていた。きているものも上等であるし、貴族の出身なのかもしれない。
「…あれを見つけなきゃ…。僕がなくしたんだから、僕が探さないと!」
 少年は、きっと唇を結んだ。穏やかそのものの顔に、少しだけ意地らしきものが見え隠れする。
「絶対に、僕が見つけ出さなきゃいけないんだ。」
 自分に言い聞かせるようにいうと、少年は、そのまま、足を速めて港町を進んだ。たくさんの人がいる中、少し人ごみに圧倒されながらも、彼はまっすぐにすすんだ。
 貴族風の彼の姿は見た目にも目立った。それだけに何処に行ってもあまり咎められはしない。
「でも…どこに落としたんだろう。」
 少年はポツリと呟き、自分の記憶を辿った。何処に落としたのか、全然思い出せない。彼は”さがしもの”を求めて、そのまま、きょろきょろと視線をあちこちにやりながら、道を彷徨うのだった。

 
海にぽつんと一隻帆船が浮かんでいた。波をかきわけて、それは西へと進んでいた。貨物船ではなく、客船らしく、甲板に何人か人がいるのが見えていた。残りは恐らく、船室にひきこもっているのだろう。レックハルドは、折角、乗船のために金を払ったのに、それだけ景色を見ないのはもったいないことだと、船室の中の連中にいってやりたいような気分になっていた。
 少々潮風がきつく吹いている。爽やかな感じで寒いとは思わない。潮風は少しべたついたが、それがもたらす海の匂いというものは、かぎなれないレックハルドにとっては、珍しく思え、嫌悪には繋がらなかった。
「たまにはこういうのもいいよなあ。」
 潮風を受けて一杯に広がる帆に目をやり、レックハルドはぼんやりといった。内陸育ちの彼だったが、海に接するヒュルカやピリスなどに住み着いていたので、海というものをまんざらわからないわけではない。
「おい。お前、波ばっかり見てて何やってんだよ。酔ったか?」
 返事がないので、レックハルドはふっとさっきから船べりにはりついて、下ばかりみている相棒に向かって素っ気なく声をかけた。素っ気ないが、彼なりに心配はそれとなくしてやっているのである。
「いや、船に乗るのはかなり珍しいからな〜。この際、波の立ち方をずーっと見ておこうと思って。」
「あきねー奴だな。」
 レックハルドがいうと、ファルケンはようやく振り返った。頬に描かれたメルヤーは、彼を少々強面に見せていたが、慣れているレックハルドとしては、それがあるほうがファルケンらしいと思えた。
 ファルケンは、やはりというか全く船酔いしている気配がない。レックハルドは、先程それなりに心配した自分が馬鹿らしく思えて、肩をすくめた。
「お前が酔うわけないよな〜。その三半規管は猫と比べても猫がかわいそうなぐらいだし。」
「猫と……って?」
 ときいたが、ファルケンが尋ねたのは、「さんはんきかん」なるものが何者なのかということである。
「まぁいいや。お前に話しても仕方ないし。」
 三半規管が本当は何かということは自分もよく知らないのでレックハルドははぐらかす事にして、とっとと話をすり替えた。
「なんだ?船は初めてなのか?」
「そうでもないけど、海ってのは久々だからな。」
「辺境ってのは海があるのか?」
「あるよ。もうちょっとよどんだ感じで、危ない水棲動物がたくさんいる場所だな。辺境海って周りの人達は呼んでたっけ。」
「…またそれか。ホント、危なっかしいもんばっかりすんでるんだからな。生態系おかしいんじゃないのか?」
「辺境ってのはそういうもんだからな。仕方ないだろ?」
 ファルケンが、そういうのでレックハルドは肩をすくめた。辺境の事を理知的に説明しろという方が無理なのかもしれない。
「…あ、で」
 ファルケンは、不意に彼のほうに目を向けた。
「…レックはさ、今回はどこにいくつもりなんだ?」
「お前、何度も言ったのに全然聞いてなかったな?」
「別にそういうわけじゃあないんだけど。」
 ファルケンは苦笑いを浮かべた。
「レファン。」
 レックハルドは、縁に手をかけながら言った。
「…そう、レファンってな、カルヴァネスとディルハートの国境にある港町だ。ディルハートの特産品をちょっと買い込もうかと思ってさ。歩いてってもいいんだが、ちょっと金はかかるけどこっちのほうが速いんだよ。ヒュルカからの日程を考えると。まぁ、海賊に遭う可能性もあるから、そう安全じゃないが…」
 といって、レックハルドはちらりとファルケンに目をやった。
「お前がいるから、まぁ、それは大丈夫だな。」
「あんまり、期待されると困るんだけどな。」
 ファルケンは、少し困ったような顔をして、頭をかいた。
「オレだって、無理な事があるんだよ。」
「用心棒が何言ってんだ?」
 レックハルドは冷たく言い放って取り合わない。
「まぁ、今回は大丈夫だったみたいだけどな。」
 そういう彼の視線の先には、しろく輝く港町が見えていた。
「よかった。やっぱり、無難なのが一番だよな。」
 ファルケンは、安堵したような顔をした。少し間抜けな感じのその表情に、レックハルドは深いため息をついてあきれてみせた。
「…お前は見た目ほど迫力がないんだよな。怒ると恐いくせに。」
「平和な時はそれでいいと思うけどな。」
 にっとファルケンは言い返して笑った。レックハルドは、冷めた視線を彼にあびせながら、ため息混じりにいった。
「そんなんだから、お前はいつまでたっても出世しないんだぜ?」
 もうすぐレファンだと、船員が甲板に来て告げていた。レックハルドは、ファルケンに荷物を持てよと目で合図をした。
 彼らを乗せた客船は、白い帆を掲げながらやがてレファンの港湾の中に入っていくのだった。
 

 レファンの町は、カルヴァネスの港とは少し様相が違う。ディルハートに近いレファンは、その建築様式もまた、ディルハート式の影響をかなり受けている。カルヴァネスのものにとっては少しエキゾチックな街なのだった。
 とはいえ、草原出身のレックハルドと辺境の森から出てきたファルケンでは、カルヴァネスだろうが、ディルハートだろうが、自分の文化からやや遠いところには違いないので、あまりいつもと変わらない。
「この街は、随分としろっぽいんだな。」
「まぁ、ディルハートに近いからな、レファンは。」
 レックハルドは、上のあまり見ない屋根をちらりとのぞきながら、淡白に応えた。
「石で作ってるんだよ。だから、しろっぽいんだな。」
 レックハルドは石畳を歩きながら、なにを買うか、頭をめぐらせていた。すでに、彼はそろばんをどこかから取り出して、無意識にたまをパチパチ鳴らしている。
「何計算してるんだよ?レック?」
 ファルケンが不思議そうに訊いて来て、初めてレックハルドは自分が無意識にそれをやっていた事に気づく。
「…ま、それなりだ。」
「そうか〜。」
 ファルケンは、屈託のない顔をしてさらりと流す。
「…あ、そうだ。お昼はなにを食べようか?」
 いきなりファルケンがそちらに話を振ってきた。ぴた、とそろばんを弾く手を止めて、レックハルドは彼のほうを見た。
(…ちっ!とうとう来たか!意識的に避けていたのに!)
 普段は、ファルケンが野草を取ってきたり、魚をとってきたり、また獣をとってきたりしていたので、それをつかってあまり金をかけずに食事をしてきたのだが、ここは港町でしかも初めて来た場所である。
 雰囲気からすれば、ここでちょっと洒落た小料理店に入り、昼を美味しくいただくのが似つかわしい状況だったのである。
「…ファルケン、魚って釣れるもんなんだよな。」
 レックハルドが気持ちの悪いほどにっこりとほほ笑みながら言った。一瞬、びくっとしたらしいファルケンだったが、
「そうだな。あ、でも、オレは釣りよりも、どっちかというとヤスかなんか使った方がいいような気がするな。」
「そうか〜。じゃあ、どうだ?こんな異国情緒な街で、魚をハンティングってのは!なんか、すごくレジャーな感じがしないか?」
「レジャーかどうかわからないけど、楽しそうだよな。」
 ファルケンが裏表のない顔でにこにこしているので、レックハルドはさらに押してみる。
「いや〜、いいんじゃないか。それで、取ってきた魚を料理してワイルドにいただく!これぞ、海の醍醐味って感じじゃないか〜?」
「…そういわれるとそうかもしれないなあ。」
 ファルケンがあごをなでながら、やたらと明るい声で言った。
(よっしゃ!後一押し!)
 昼飯代をどう浮かせるかの瀬戸際である。レックハルドは、こぶしをひっそりと固めた。
 その時、上向き加減にレックハルドの話に聞き入っていたファルケンの視線が、ふとそれた。何事かと、レックハルドもそちらを見る。
 一人の少年が、台車の下を必死になって捜索していた。
「何やってるんだろうな、あれ。」
「…さぁな。」
 レックハルドは、話の邪魔をされて些か不機嫌に応えた。
「おい、何やってんだ!?そんなところで!」
 レックハルドが声をかけると、少年は驚いて台車で頭をゴン!と打って、少しうずくまった。
「…い、痛い。」
 やがて、少年は頭を撫でながらそうっと下から出てきた。泥で顔が汚れている。最初、レックハルドは女の子だったか、と思い、さすがに言い過ぎたかなと思ったが、格好をみて考えを改めた。男の子だ。服装がそう語っている。そう思って少年だと見れば、少女には見えなくなった。
 少年の顔は泥に汚れていたが、女の子と見間違ったのも仕方がないほど、綺麗な顔をしていた。いわゆる美少年の範疇に入る顔立ちである。どこか上品な気品を感じさせる顔立ちに、服装からすれば、何処を歩いたって貴族か王族と間違えられる子供だった。
「す、すみません。ご迷惑でしたか?だったら、謝ります。」
「オレは台車の持ち主じゃねえよ。それより、…お前、こんなとこでなにやってんだ?」
 レックハルドは、相手が貴族風の服装なのをみて、首をかしげた。
「お貴族様のお坊ちゃんが、台車の下で泥まみれになりながらなぁにをごそごそと。」
「き、貴族じゃないですよ、僕。ええっと、…い、いつぱんしみんです。」
 緊張して妙に口が回らない。ばればれの嘘に、レックハルドは、軽く帳簿で頭を張り飛ばしてやりたい気持ちになったが、貴族に手を上げるとあとがややこしいので抑えておいた。
「一般市民が、そんな綺麗な服を着てるか?」
「えと…、あの、こ、これは、拾いものなんです。」
「こんな綺麗な落し物があったら、まず、お前より先にオレが拾っているっての!」
 レックハルドは厳しくいって、肩をすくめた。
「…す、すみません。あの、でも、僕困っているのです。」
 少年は、ただ恐縮してしゅんとしていた。
「…もし、よろしければお力を貸していただけませんか?」
「ダメダメダメ。」
 レックハルドは、鼻先で軽くあしらって手のひらを左右に軽く振った。
「オレたちは今忙しいの。ほら、行くぜ!ファルケン。」
 レックハルドは、ファルケンのほうをちらりとむいて、もうそろばん片手にぱちぱちとやっている。返事がないので、更に彼の方に注意を向けると、ファルケンが、無言で『レック、話ぐらいきいてあげなよ。』という顔をして立っていた。
 レックハルドは、心底うっとうしそうな顔をした。
「…なんだよ、お前は。…最近は口で言わずに、ずーっとたってやがったりするよな。なんだ?新しい交渉法か?そりゃあ。」
「そういうわけじゃないけどさ。」
 ファルケンは、少しだけ肩をすくめる。
「言いたい事があるならはっきりいえよ。」
 レックハルドが、鼻を鳴らしながらいうので、ファルケンは遠慮がちにいい始めた。
「何となく言うタイミングが…でもさ、ほら…話ぐらい…」
 思ったとおりの事を言いそうなので、レックハルドは、首を振った。聞いている時間がもったいない。
「そうかよ。あーわかったよ。お前の言いたい事はよ!」
 レックハルドは、ため息交じりに頭を抱える。こんなところで時間はとりたくないのだが、ファルケンまでもそういうなら仕方がない。ファルケンは怒らせると恐いし、あまり彼が意見してくる事も少ないのだから、時には意見を尊重してやらないといけないのである。
 レックハルドは少年の方に顔を向けた。
「…わーったよ。いってみな?」
「あ、ありがとうございます!」
 少年はぱぁっと顔を明るくした。そして慌てて居住まいを整えて、きっちりとお辞儀をした。
「僕はフェザリアといいます。皆からはフェイと呼ばれています。あなた方は?」
 少年、フェイは、上品な物腰でそういった。
「オレはレックハルド。行商人だ。レックでもいいぜ。で、こっちが。」
 レックハルドは、ファルケンに目をやった。
「オレは、ファルケン=ロン=ファンダーンって、あ、魔幻灯のファルケンでもいいんだけど」
「とにかく、ファルケンだ。」
 話が長くなりそうなのと、その内、正体まで喋りだしそうなのをみて、レックハルドはファルケンの口を止めた。
「レックハルドさんにファルケンさんですね。」
 フェイはこっくりとうなずいた。
「で?お前は何困ってるんだって?」
「はい。」
 フェイは、急にしょぼんとうつむいた。
「…実は、僕は大変なものを落としてきてしまったのです。」
「大変なもの?」
 ファルケンが聞き返す。
「…はい。それがないと、僕は帰るわけにはいかないんです。」
「なんでだ?」
「それが大切なものだからです。」
 まどろっこしい会話に、レックハルドは頭をかきやった。
「…砕いていうと、つまり、どういうことなんだ?わかりやすくいえよ。大切なものが何で、どこで落として、なんで帰れないのか。」
 詰め寄られてフェイは、少し慌てたが、首を半分かしげるようにしながら話を頭の中でまとめた。
「…えっと、その、箱を落としてしまったんです。何処に落としたのかは僕にもわからなくって、ただ、この街中だってことは間違いないんです。その中には、指輪が入っていたんですけど、それが僕の家の家宝みたいなもので…」
「つまり、お前は、自分の家の凄い宝物を落として、それで帰れなくなったって事か?」
「はい。」
 フェイは、少し半べそをかいているような顔をした。
「ずーっと探しているんですが、見つからなくって。」
「…盗まれたんじゃないの?」
 レックハルドが冷たくいったので、ファルケンがたしなめるような顔をして彼に目配せをする。
(何が悪いんだよ?)
 レックハルドは、そう言いたげにファルケンを軽く睨んだが、それ以上はからまなかった。
「…どうか、一緒に探してもらえないでしょうか。」
「…ていわれてもなあ。」
 レックハルドは、面倒そうな顔をした。
「…もし、一緒に探していただけるなら、それ相応のお礼もいたしますし、お昼ご飯は僕がご馳走させてもらいます。」
 おずおずとフェイは、付け足した。お礼ときいて、レックハルドはぴくと反応する。
「お〜、そうか!それはいいなあ!」
 いきなり、態度をがらりとかえて、レックハルドは愛想笑いを浮かべてフェイの手を取った。
「よし!オレとファルケンがお前を手伝ってやろう!安心しろ。」
「あ、ありがとうございます!レックハルドさん!」
 フェイは、彼の下心に気づかず、純粋に喜ぶ。
(現金だなあ…。レック…)
 ファルケンは、少しだけあきれるが、いつものことなのでそう驚いていなかった。
「おい」
 いきなり、声をかけられ、ファルケンはレックハルドのほうを慌てて向いた。まさか、ちょっとあきれていましたとはいえない。見破られたのかもしれないと、少しびくびくしていたが、別に彼はそれを咎めたのではなかったようだ。
「お前さ、なんか、探し物に便利なワザとかないのか?」
「……微妙だなあ。…オレは、魔法が苦手だよ?」
 ファルケンは自信なさそうな顔をして、後頭部をかいた。
「なんか、あるだろ?まじないみたいなんでもいいからさ。」
「…わかった。ちょっと試してみるよ。」
 ファルケンが、顎鬚をちょっとなでて首をひねりながらいった。本当はあまりやりたくないのだが、レックハルドもああいっているし、方法があまりないのはわかっている。おまけに、フェイが期待に満ちた目で見上げてくるので、さすがに断りづらくなったのだった。

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©akihiko wataragi






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