辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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番外編:デルファの指輪・2

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少し道から外れた裏路地に入り込み、そこで場所を見つけると、ファルケンは目の前に、水を張った容器を置き、横に彼のシェンタールを置いた。
「こういうのはシェイザスに頼んだ方が…」
 ファルケンはまだ自信がないようであるが、レックハルドはそれに構わなかった。
「どこにいるかわかんないやつの事言ってもしても仕方ないだろう?それに、あの女は恐いんだよ…。あんまり会いたくないんだよなぁ。あ!今のはシェイザスにいうなよ!」
 レックハルドは、ファルケンがついつい口を滑らせるタイプなのを思い出して釘をさした。
「わかったけど…うーん、いまいち、占いは上手くないんだよな。」
 困った顔をしながらも、ファルケンは、いつも顔に描くメルヤーにつかう赤い顔料、チャーチファストの入った入れ物をとりだし、そこから赤いそれをたっぷりと指先にぬりつけ、水の入った瓶から水をすこし取るとうすくそれを引き伸ばした。まるでそれは血か何かのように見える。
「じゃあ、えっと、フェイだっけ。こっちにたって。」
「は、はいっ。」
 てとてとてと、と音が鳴りそうなほど、あまり俊敏さを感じさせない足取りで、フェイは、ファルケンの横に立った。背の高いファルケンと彼とでは五十センチほど差がある。ファルケンは少し腰をかがめて彼に話さなければならず、フェイのほうは首が痛いほど上を向かなければならなかった。
「じゃあ、これを手にもって。」
 といって、ファルケンは炎の入った魔幻灯…つまりカンテラをフェイに渡した。案外重たいカンテラで、フェイは少しよろけた。
「大丈夫か?」
 ファルケンは不安そうな顔をする。
「だ、大丈夫です!」
 持ってみればそう重たいものではない。なのに、よろけてしまった自分が少し情けなくて、フェイは少しうつむいた。
「じゃ、いいや。レック、失敗しても…」
「わかってる。目安だ、目安。」
「わかった。じゃあはじめるよ。」
 そういうと、ファルケンは赤いチャーチファストを指先につけてそれをさっと空気中に振った。血のような色の液体は、空中に飛ぶと、まるで生き物のようにぶわりと広がる。そのまま、地面をざっと走りぬけ、赤い液体は砂の上に円と四角形、そして文字らしきものでできた模様を描き出した。
「わあ!」
 フェイが驚いて目を丸くした。魔術というものの本物を見たのは、初めてかもしれない。
「さぁ、それを心に強く思い描いて…じゃなきゃあ、かなり失敗するから。」
 ファルケンはいい、ぶつぶつと彼にわからない言葉を朗々と詠唱し始めた。フェイは、それに見入ってしまっていたが、遠くから飛んできたレックハルドの投げた帳簿が頭にばしんと当たって、ようやく我に返る。
「はやく、言うとおりにしろ!」
「は、は、はい!」
 フェイは、レックハルドに言われて慌てて頭になくした箱を思い浮かべた。
 赤い宝石がついていて…それから…
 フェイは記憶を辿る。
 中には、銀のリングの上に赤いルビーがくっついていて…
「よし!…見えた!」
 ファルケンがいきなり歓喜の声を上げたので、フェイはびっくりして顔を上げた。ファルケンは、目に留まらない位速いしぐさで印らしいものを切った。
 さっと彼が手を振ると、それに押されたように空気が揺らいで容器の水が波紋を描き出した。ファルケンが目を落とすその容器に、フェイは自分の持っているカンテラが移っているとは知らない。
 急速に、周りをとりましていた不思議な空気が静まるのをフェイは感じた。見上げるとファルケンは何か考え込むような顔をして、腕を組んでいる。
「何かわかったか?」
 レックハルドは、ようやくもたれかかっていた壁から身を離した。
「ふうん。」
 ファルケンは顎鬚をいじりながらうなった。
「…盗まれちゃってるみたいだなあ。」
「どこかはわかってんだろうな。」
「何となく…、ここから東に行って南にちょっと曲がったところの広い家。そのへんに盗んだ奴が住んでいるらしい。」
「具体的かつ全然わからねえ答えをありがとう。」
 レックハルドは、フェイに投げつけた帳簿を拾いながら皮肉交じりに言った。
「お前のは、どうも大仰なくせに収穫がねえんだよな。」
「め、目安だろ?」
 レックハルドの冷たい反応に、ファルケンは苦笑いした。
「…まぁ、目安だけどさ。」
 レックハルドもそれ以上は言わない。現実的なレックハルドは、占いをさほど信じてはないのである。
「で、えーと、東に行って南だっけ。」
「で、そこに広い家があるらしいんだよな。」
「あるらしいって辺りがちょっと不安だが、まぁそこは大目に見るとして。」
 レックハルドは、頭に手を回しながら言った。
「ま、まずは昼飯にするか。」
 レックハルドはそういって、今までどこに身を置けばいいのやらわからずにおろおろしている少年に目をやった。そういって、小さな彼の肩に手を置いた。
「さぁ、おぼっちゃん、まずは昼飯をおごってもらおうかな〜。」
「あ、は、はいっ。」
 状況が全然わかっていないらしいフェイだったが、とりあえず、状況が好転しそうなのと、自分の約束を思い出してうなずいた。
「でも、一つ問題があるんです。」
 フェイは、ぼそりといった。
「あん?何だよ?」
 レックハルドは、疑わしそうな目を向ける。
「財布も無くしたってのは、無しだぞ。」
「ち、違います…。でもあの…」
「フェイ。レックは、ホントはすごく親切な奴だから、何言っても大丈夫だよ。」
 といいつつ、ファルケンはもたせっぱなしだった魔幻灯を、今更フェイの手から回収した。ファルケン用にやや重く、大きく作ってあるカンテラは、フェイにはかなり重たかっただろうが、彼はそれから解放された事よりも、今の状況への対応で手一杯だった。
「いや、あの…」
 フェイは自信なさげにうつむいた。
「ほら、何でもいいから言ってみろ。」
 レックハルドが突き放すような、いつもの彼の言い方でそうせかす。
「僕は…お店というものに入った事がないんです。」
「はぁ?」
 レックハルドが素っ頓狂な声を上げた。彼の言う意味を把握すると、レックハルドは頭を抑えながら、むっつりと言い放つ。
「…これだから、お坊ちゃんってーのは。」
 それから、少し彼を横目でみやりながらつぶやいた。
「…ホントどうしょうもねえよなァ。世間知らずはよぉ。」


 小洒落た小料理屋で昼を済ませ、三人はとりあえず街に出た。人のおごりで食べる時は、レックハルドは全然遠慮をしないので、随分と満足していたようである。長身痩躯そのもののような体型のレックハルドだが、実はやせの大食いそのものでもあった。そして、横にいるファルケンはファルケンで、彼ぐらいの背があれば当然、その分人よりもよく食べる。
 よって、フェイはかなりの出費を強いられたわけなのだが、フェイはその事は気にしていないらしく、にこにこと微笑んでいた。
「お店ってこうやって入るものなんですね。僕、初めて知りました。」
「馬鹿だな、お前はよ。」
 レックハルドは、すぱーんと懐から帳簿を持ち出して、彼の頭をはたいた。もう、貴族だからやめようとかいう殊勝な気持ちはうせたようである。
「ほんっとーに、どこの誰様なんだよ、お前は。この位知っておかないと、家が零落した時に凄い困るんだぞ。」
「そ、そうなのですか!」
 フェイは、はたかれた頭を抑えながら、レックハルドにいった。
「フェイって野宿とかできなさそうだなあ。」
 ファルケンがぽつりといった。
「いや、野宿の前に、宿屋泊まれないだろ、こいつの場合。」
「やどやってなんですか?」
 不意にきかれてレックハルドはぎょっとして口を閉じた。
(宿も知らないのかこいつは!)
 そういいいたいのが、顔にも十分表れている。
 レックハルドに応える気がなさそうなので、ファルケンが彼に教えてあげた。
「あぁ、宿屋って言うのは、夜になって旅人が泊まるところだ。」
「あ、つまり…えーっと、旅先でご厄介になる人が用意してくれる客間の事ですね!?」
「ちょっと違うかなあ。なぁ、なんて説明すればいいんだっけ?」
 ファルケンが説明のしかたに戸惑ってレックハルドを見た。
「……もういい。あ〜。あったまいてえ!」
 レックハルドは、あきれていつも以上に無愛想になりながら、道をすたすた歩き出した。
「で、どうするんだ?」
「だから、東に行ってそれから北に…あれ?北じゃなかったな。そう、南に行って、軽く右に曲がって…」
「なんか、尾ひれがついてきてるような気がするな。」
 レックハルドは、ため息をついた。
「まぁいい。その怪しい家にたどり着くかどうかは別として、ちょっと歩いて見る事にしようぜ。」
 まずは、ファルケンの言う東に行ってみる事にした。街の東側は、商業地が広がっている。レックハルドが、いかにも商談をしたそうなのを、ファルケンが何とか食い止めて、その場は、割とスムーズに通り過ぎる事が出来た。その間に、ファルケンの背負う荷物がこっそり増えていた事は、まあ仕方がないといえば仕方のないことであった。
「お前がいなきゃー、もっと稼いでたし、もっと仕入れもうまくいったのにな。」
 レックハルドはつまらなさそうな口ぶりで言った。
「フェイと約束してたのに、それはひどいんじゃないか?」
 ファルケンが肩をすくめながら言った。
「ちょっとだけだって、お前は結構細かいんだよなあ。」
「ホント、すみません。」
 フェイが申し訳なさそうな顔をする。
「まぁいいよ。昼飯ぐらいの働きはしてやらねえとな。」
 レックハルドが、急に偉そうに兄貴ぶった調子で応えた。常にスパンと切れるような、突き放すような、よく言えば歯切れのいい口調のレックハルドは、色々と誤解も招くが、その言葉のうちには、時に彼の優しさのようなものも覗く事がある。フェイは、それを見つけ出して、キラキラする目で彼を見上げた。
「あ、ありがとうございます。」
 ただ、フェイの悪いところは、レックハルドのそういう優しい面を、実際よりもかなり大きく受け取ってしまうところであった。
「本当にレックハルドさんはいい人ですね。」
 感激している風のフェイに、どうでもよさそうな冷淡な視線を向けて、レックハルドは、「おいてくぞ。」と一言いい置いて、とっとと歩き出した。
 そこから少し、曲がったあたりで、ファルケンが、立ち止まった。
「この辺のような気がする。」
 といって、ファルケンが立ち止まった先は、街外れだった。海に面したそこに、ぽつんと屋敷が建っていた。古びていて、もう何十年も人が住んでいる気配がない。完全に街からは離れていて、周りには人気もない。少しぞっとするような雰囲気のある館であった。
「なんだ、あれ。」
「あ、僕知ってます。」
 フェイが言った。
「あれは、昔、さる大金持ちが立てたというお屋敷なんですが、幽霊が出るとかで、住む人がいなくなったそうなんです。」
 フェイは、不安そうな顔をした。
「…不気味ですね。」
「へぇ〜、そーりゃ、いよいよもって怪しいね。」
「へっ?」
 レックハルドがあごを撫でながら、そんな事を言うので、フェイは顔を上に上げた。
「何が怪しいんですか?」
「…怪しいんだよなあ。あのなぁ、スリとか泥棒っていうのは、ああいうところを拠点にするわけ、わかるか?」
 フェイが首を横に振っているのを見て、レックハルドは「お前にわかるわけねえよなあ。」とぼそりと呟く。
 ファルケンがそれをみて、横から説明してくれた。
「あのなあ、つまりは、レックは昔そういう泥棒の人だったからわかるらしいんだけど…」
「コラ!余計な人の過去を吹き込むな!今は堅気なんだから!」
 ファルケンがやたらと自然に自分の過去を口にしてくれるので、レックハルドは慌てて注意した。
「幽霊が出るとかいうと、人が近づかなくなるから、盗賊とかのアジトにはわざとそういう噂を流したりするもんなんだって。」
「そ、そうなんですか!」
 ほとんど自分とは、違う世界の話をされて、フェイは目を丸くした。
「はじめてききました。泥棒の方と知り合った事がないので…。」
「そりゃー、見事な皮肉だね。」
 レックハルドは、ふんと鼻先で笑った。フェイは自分が言ってしまった事がいかに失礼だったのかを悟ると、すぐに謝りだし、おろおろと狼狽した。
「あ、いえ、すみません!違うんです!」
「ああ、べつーにオレは気にしてねーよ。いちいち、生真面目にとりやがって!ったくよ。」
 レックハルドは、平謝りに謝られる事自体が嫌いなので、右手で軽く手を払った。嫌な連中、普段自分よりも上に立っている連中に、無理やり謝らせるのは、とても快いものだが、こういう人のいい人間に謝られるのはレックハルドは大嫌いなのである。
「あそこって可能性もあるんだよな、ファルケン。」
 彼はフェイには目を向けず、ファルケンに話しかけた。
「あぁ、そうだな…。見えた風景に似てるけどな〜、限りなく。」
「限りなくなら、断定しろよ。」
 レックハルドとファルケンの話を聞きながら、フェイはずっと上を見上げっぱなしである。時々、存在を主張しないと、背の高い二人の視界には入らないので、忘れ去られそうだ。
「ちょっと、忍び込んでみるか。」
 レックハルドは、少し不穏な事を言った。
「レック、それって犯罪じゃないか?」
「いいんだよ。ちょっとぐらい。」
 レックハルドは言うと、すたすたと歩き出した。
「おい。」
 ファルケンにレックハルドは呼びかける。
「お前、荷物は盗られないとこに置いとけよ!お前は、ただでさえ目立つんだからな!」
「了解〜。」
 ファルケンはのんきに答え、近くの茂みの中に背中に背負っていた荷物をどさりと置いた。そして、横でぼんやりしているフェイをみる。
「…あれ、フェイはいかないのか?」
「え?」
「…レック、もう向こうの方に行っちゃってるよ。オレならすぐに追いつけるけど。」
「あ!」
 フェイはようやく我に返り、慌ててレックハルドの見え隠れする後姿をおいかけた。
「ま、待ってください!レックハルドさん!」
「馬鹿!大声出すな!」
 レックハルドの鋭い声が聞こえる中、ファルケンは荷物を何とか隠し終えると、二人の後を追いかけるべく、たったと走り出した。

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©akihiko wataragi






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