辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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デルファの指輪3

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周りは、荒れ果てていて、人の手があまり入っていないようだった。草木が茂り、道らしきモノがほっそりと続いている。そこを抜けたところに、古い屋敷は石を綺麗に積み重ねて作られていた。裏側にまわって屋敷の壁をのぼり、バルコニーから潜入するのが、一番簡単そうだと踏んだレックハルドは、ほとんど独断で壁登りを決行していた。
「久々だな、こんなことするの。」
 レックハルドは、うまく壁のくぼみを利用して、のぼっていった。もともと、こそ泥家業が専業だったレックハルドにとって、古い壁は、わりと与し易いものである。 
 ふと後ろを見ると、フェイがこまった顔をしながらそこに固まっていた。レックハルドは仕方がないとばかり、下に声をかけた。
「どーした?恐いのか?」
「ち、違います〜!」
 フェイの高い声が響いた。
「登れません!」
 レックハルドはあきれた顔をした。フェイは、壁をどうのぼったものかわからないらしく、途中で固まっていたのである。おまけに降りられなくもなったらしい。
「・・・ファルケン。」
 レックハルドは上を見上げ、やる気のない声を上に向けた。
「何か呼んだか?」
 ファルケンがひょこっとバルコニーの上から顔をのぞかせる。通常の人間よりも運動能力の高いファルケンは、レックハルドよりも先に上までのぼっていたのである。
「あのちび坊やが動けなくなったらしいんで、助けてやれよ。」
「了解。」
 ファルケンは、石垣に足をかけると何の迷いもなく、その大きな体を宙に躍らせた。
「あ、危ない!」
 フェイが思わず目を閉じる。何て事をするのだろう!フェイはそう思って、一瞬思考が停止するほど驚いてしまった。その先を想像するのが恐い。
 だが、ファルケンはフェイの思ったようなことにはならず、時々壁に足をつけながら、すす・・・と下まで降りてきて、フェイの前で素早く指ぬきの手袋をした手を壁のくぼみにひっかけて止まった。
「大丈夫か?」
 目を閉じていたフェイは、心配していたファルケン当人の心配そうな声で目を開けた。
「あ、あれ?ファルケンさん?」
「こらあ!何ぼさーっとしてんだ!」
 情け容赦とは無縁そうなレックハルドの鋭い声が飛んできて、フェイは身をすくめた。
「そんなところにぐずぐずいたら、みつかるだろーがっ!」
「す、すみません!」
 反射的に謝るフェイをみて、ファルケンは苦笑いをした。
「レックはいっつも手厳しいからなぁ、あんまり気にすることないぜ。」
「そ、そうなのですか。」
「ああ。レックはあれで・・・」
 言いかけたファルケンにも、レックハルドの声が浴びせられる。
「お前もぼけっとしてんじゃないよ!」
「ああ、わかった!」
 ファルケンは、慣れっこらしく別段堪える風はなく、軽く返事を返した。
「な、いっつもあれだから。」
 そっとささやいて、ファルケンはにっと笑った。
「ファルケンさんはレックハルドさんとずいぶん長いことご一緒なんですか?」
「あはは、まぁそうかなぁ。色々迷惑かけたけど、まぁそんなもんだよ。」
 ファルケンは、それから小声で「無駄話するとまたレックにどやされるな」とこっそり付け加えた。
「じゃ、いくぞ。」
「え?」
 そういって、ファルケンは、意味の分かっていないフェイの服ごとつかんで持ち上げ、いきなり足で壁をけりあげた。ふわりと浮かび上がり、フェイは驚いて叫ぶ。
「わあっ!」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ!」
 ファルケンは軽い声で言いながら、ほとんど手を使わず、足だけで壁をけってあがってきた。
「じゃ、レック、お先に〜。」
「ああ。目立つなよ!」
 くぎをさしながら、レックハルドは自分のペースでのぼっていく。いくらファルケンよりも遅いと言っても、普通の人間から見るとレックハルドは速いペースでのぼっていた。すぐにのぼりきってきて、レックハルドが、ひょいと顔をのぞかせた時、そこには言葉もないフェイが固まったまま立っていた。ファルケンの人間業ではない行動に驚いたのかもしれないが、レックハルドはそんなことに気を止めるほど親切ではなかった。
「よ〜し、今から忍び込むぞ。特にそこのお前!」
 レックハルドはビッと指をフェイのほうに向けた。指さされてフェイはびくっとし、どうやら我に返ったようだった。
「ぼ、僕ですか!?」
「そう、”僕”だ。いいかぁ、絶対にお前は騒ぐなよ。物を落としたり、歩き回ったりもするなよ。オレかファルケンの後ろをちょろちょろするなよ、何気なく、そして素早くついてこい。声は常に小声だ。いらないものには手を触れるな。それが、泥棒の心得だ。いいか、チビ!」
「レック…さすが専門だな。」
 ファルケンが思わず賞賛したのをきき、レックハルドは咳払いをした。
「…そこはほめるところじゃない。」
 さすがに元盗賊だったことをほめられても、彼としても困る。今は、すっかり堅気のつもりなのである。本人としては・・・。
「さて、そっと行くぞ。どうやら、中にゃあ何かいるらしいしな。どうも、気配を感じたぜ。」
「幽霊ですか!」
「どうしてそこに行くんだよ!」
 レックハルドは、青い顔ですぐに尋ねてきたフェイをにらんだ。
「さっき、言ってただろ!?幽霊話なんかを流すって。気配がするってのはだな、人間が居るってことなんだよ、この馬鹿。」
「確かに、結構人がいそうだったな。一人二人って感じでもなかったぞ。」
 ファルケンが腕組みしながら言った。
「お前が言うなら、間違いないだろうな。」
 レックハルドは、ふうとため息をつき、そっと破れた扉を開けた。ぎぃと音が軋むが、レックハルドはそれを最小限にとどめた。
「そっとついてこい。」
「OK!」
 ファルケンが小声で応じ、フェイを手招きして先に行かせる。レックハルド、フェイ、ファルケンの順に廊下を進むことになった。
 急にどこかから複数の男の笑い声が聞こえた。肩をびくうっとさせたフェイに、一睨みくれてやり、レックハルドはさらに忍び足で、小走りに部屋の様子をうかがった。
 中には、いかにも荒くれ者ぽい男が三人ほど話をしていた。
「あ!あれです!」
 フェイが小声で言った。
「僕の探しているのはあれなんです。」
 レックハルドは、目を走らせた。向こうに木箱が置かれていた。錠前が三重に架かっている。いや、箱本体の鍵を含めて四つだ。
「・・・あの鍵だらけの箱か?」
 レックハルドが言った矢先、男たちは、箱を抱えあげてから少し首をかしげ、ぞんざいに自分達の大きな衣装箱の中に入れた。どうやら、宝箱代わりにつかっているらしく、その上の錠前に丁寧に鍵をかけている。
 レックハルドは、不審そうな顔つきでフェイを睨んだ。箱は随分と上等だ。あれほどのものをどこで落としたというのだろう。とにかく、フェイがとんでもないボケだということは確かである。
「…なんですか?」
「…いいや、この世にはオレの知らないことがまだまだたくさんあるんだなあっておもってさ。」
「あんなのもって街中歩いてたのか?」
 ファルケンが不意に口を挟んだ。
「はい。…馬車の後ろにつんで抱きかかえたつもりだったんですが、僕、うたた寝しちゃってて……馬車が揺れた時落としてしまったみたいなんです。」
「あー、なんてドジな…。だけど、これは、追いはぎにあったもんを取り返しに行くぐらい厄介な連中だな。」
「あ、そういえば、街道で追いはぎに遭いました。そのときは、逃げて何も盗られなかったと思うんですけど…。…だから、てっきり街中で落としたんだって…」
「…。」
 レックハルドは、やれやれとばかりに肩をすくめた。
「…追いはぎに遭った時に、ついでに落としたんじゃねえのか?寝てたんじゃなく。」
「…ええっと、か、かもしれないです。」
 急に自信がなくなって、フェイは小声で答えた。
「どうせ、そうだろうよ。」
 レックハルドはいい、ファルケンを手招きして、小声でいった。
「いいか。例の手でいくぞ。」
「…例の…って…いくつ目の『例の手』だよ?」
「ええい、陽動作戦その五だ。」
 面倒になり、レックハルドは小声ながら鋭く言う。
「ああ、あの例の手ね。」
 ファルケンはいい、にやりとした。
「レックは『例の手』が多すぎるんだよな。」
「ちっ!最近無駄口聞くようになりやがったな、ファルケン!さっさと行って来い。」
 ファルケンにやられるとは思っていなかったレックハルドは少し不機嫌になった。
「了解〜。」
 応えて、ファルケンがさっと動き出した。身を隠していた壁際から大胆に離れた。そのまま、部屋に入り込み、手前にあった木箱を蹴破った。
「て、てめえ!誰だ!」
 中にいた男が叫んだ。ファルケンは、にっと笑うと、テーブルの上にあった金貨を何枚か、つかみとるとそのまま、窓の外に飛び出した。盗賊の一人が慌てて窓の外をみると、ファルケンは、壁をつたい、すぐ下の階の窓から中に入った。
「あ!あいつ!」
「追いかけろ!」
 男たちは、呼子で他の手下に合図しながら、自分達も武器を手にして階段に向かっていった。足音が消えると、レックハルドは、部屋の中の気配が消えたのを確認する。
「さあ、チビ!一緒に来い。」
「はは、はい!」
 フェイは、慌ててレックハルドについて部屋に入った。やはり、人はいなかった。
「あいつら、馬鹿だねえ。」
 レックハルドは鼻先で嘲ると、扉を慎重にしめて、中から鍵をかけた。
「これでひとまず安心だ。さてと…」
 レックハルドは、フェイのいう箱の入った大きな衣装箱をみた。ご丁寧にも鍵が五十二かけてある。
「ちぇっ!…丁寧なこったね。」
 そういうと、レックハルドは衣装箱の傍にひざまずき、懐から針金を取り出して鍵穴にいれて、かちゃかちゃとまわしはじめた。
「箱の中の指輪はそんなに大切なもんなのか?」
 フェイはレックハルドの作業を邪魔にならないように気をつけながら、見守っていた。
「はい。実は、僕はディルハート王国の出なんです。そのディルハートの最もふるくて、最もすばらしい指輪といわれているもので、デルファの指輪といわれています。それで、それを入れた箱も、鍵だらけにしているんですが…。」
「デルファねぇ。」
 レックハルドは応えながら、はずれた一つ目の錠前を取り払う。二つ目に取り掛かろうとしていると、窓からひょいと緑がかった金髪がのぞいた。
「とりあえず、一番下まで案内してやったけど。」
「ご苦労。」
 レックハルドはファルケンにそう呼びかけたが、彼のほうは一切見ようともしなかった。
そのまま作業を続ける。二つ目もあっさりとはずした。手際も鮮やかに、あっという間に、レックハルドは全ての鍵をはずして衣装箱を開けた。なかから、上等な箱を取り出し、レックハルドは足元に置いた。
「鍵…外されてないでしょうか?」
「…何?」
 フェイが不安そうな声で言ったので、レックハルドは顔をそちらに向けた。
「もし、指輪だけ抜き取られていたら…と思いまして。」
「…わかったよ?ここで開ければいいんだろ?」
 レックハルドはため息をつき、直しかけた針金を手元に出した。
「大丈夫ですか?これ、ディルハートの王家で作らせた特別な鍵がかかっているんです。」
 フェイがおずおずとそんな事を言ったので、レックハルドはむっとした。
「そういうことは先に言え!」
「…ご、ごめんなさい!!」
「レック、あんまり、怒鳴っちゃまずいだろ?」
 ファルケンがフェイをかばいつつ、おまけに下におびき寄せた連中が戻ってくる事を懸念しつつ、そういった。
「ああ、わかってるわかってる。…まったく、お前達はよ!」
 レックハルドは、一番最初の錠前に針金をいれて、かちゃかちゃとやり始めた。
 その時、複数の足音が、廊下の方から響き渡った。
「気づかれた?」
「…ちょっと早いな!」
 レックハルドは、顔をしかめたが、作業をここでやめるわけにはいかない。もし、中に目当ての指輪が入っていなければ、箱をもって逃げても単に無駄足を踏むだけだ。
 だーんと衝撃が響き渡った。扉に、男たちがぶつかっているようだった。だが、かかった鍵はそう簡単には開かない。
「くそ!開けろ!!」
 男たちの罵声が耳に入る。徐々に、音は激しくなる。
 部下達が集まってきたのか、男たちが扉にぶつかる時の衝撃は、どんどん大きくなっていく。扉は徐々にたわみ、鍵が壊れそうになっていった。
「レックハルドさん!ドアが開きそうです。」
 フェイが不安層な顔で叫んだ。
「あ〜ぁ、うるせえな。集中できねえ。」
 小さな針先を動かしながら、不意にレックハルドは振り返る。
「ファルケン」
 レックハルドは簡潔にいい、あごを軽くしゃくった。心得たとばかり、ファルケンはうなずくと、開きかけていたドアに半ば蹴るように足を押し付けた。ドカンと音が鳴り、扉は鍵よりも強い力で閉じられる。
「いいか〜。敵が力抜いたら、お前も調整するんだぞ。」
「りょうかーい。あ、それより。」
 がたがたする扉を簡単に押さえ込みながら、ファルケンは後ろに声を投げた。
「何だよ。」
「それってそんなに簡単に開くのか?」
「プロをなめんなよな。…あ、今はOBだぞ!」
 レックハルドは慌てて付け加え、それからかちゃりと針を動かした。
「あ。」
 フェイが小さく声を上げる。
「あ、開きました!」
 一番最初の錠前をはずし、レックハルドはぽいとそれを放り投げ、不敵に笑った。
「まだまだ序の口よ。」
 それから、レックハルドは手馴れた手つきで次々と鍵を開けていく。最後にのこった鍵穴に針金を入れた。いとも簡単に、鍵は開いた。
「ほらみろォ!!」
 レックハルドが歓喜の声を上げ、得意げに鼻の下をこすった。
「ま、鍵開けじゃあオレの右に出る奴はなかなかいないぜ。」
「こ、国家の威信をかけたのに…いいのかな、この錠前。」
 フェイが複雑な気持ちで箱をみやった。ディルハート王国の全てをかけて作ったはずの鍵は、この行商人で元は盗賊だったらしい青年に、いとも簡単に破られてしまった。
「ほら!ぼさーっとしてねえで、さっさと開けろ!」
「は、はい。」
 フェイは声に押されて、箱を開けた。鍵の開いた箱のふたは簡単に開いた。ころんと仲から小さな箱が転がり出た。それをそっと開いて、フェイはこくんとうなずいた。
 銀のリングの上に、紅いルビーがあしらってある。
「ありました!」
 フェイが歓喜の声を上げると同時にレックハルドは、ひょいっとそれをのぞき見た。
「おお!すげえ上物だな!」
 かなり下心の見え隠れするレックハルドの声だったが、フェイは気づきもせずににこにこしている。
「はい。これは、ディルハートのとても大切な指輪ですから。」
 レックハルドは、フェイの手から簡単にそれをひったくると、じっくりと眺めた。細工一つ、ルビーの色一つ、どれをとってもすばらしい出来である。
「確かに、これはすごいな。・・・もらっちゃだめか?」
 レックハルドが、横目でフェイを眺めながらきいた。
「だ、だ、だめですよ。僕はそれがないと家に帰れないんですよ!?」
「冗談だよ!本気になるな、馬鹿。」
 いいながら、レックハルドの顔はかなり残念そうだった。どうも、くすねたものかどうか判断に迷っているようだった。
「レック。」
 ファルケンの声が後ろから届き、レックハルドは我に返った。
「・・・そろそろ、オレよりも扉が限界みたいだぜ?」
 といったファルケンの方を見てみると、確かにファルケンは平気そうだったが、扉の方が破られそうになっている。レックハルドの指示を仰ぐつもりらしく、ファルケンは顔をこちらに向けていた。
「どうしようか?」
「のんきな言い方しやがって。」
 ついでに懐の中に指輪を押し込んで、レックハルドはいった。
「やっつけちまえ!」
「暴力的だな。おっと。」
 あきれた直後、ファルケンが足をかけていた扉がみしみしと音を立て、一気に崩れ破れた。それを見越して、ファルケンは限界の直前に、身を横にかわしていた。勢いつけていた盗賊達が、なだれ込んでくる。
 それをみて、ファルケンは少しだけ笑い、肩にかけていた見事なつくりの剣に手をかけた。

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©akihiko wataragi






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