フレーム復活 辺境遊戯 番外編
©akihiko wataragi『辺境水仙の咲く頃に』 8/30 辺境の泉に辺境水仙のしろい花が咲く頃、ファルケンはよくここに戻ってくる。さっきの通り雨で濡れてしまった、虹色の半透明の羽を乾かすように、泉のそばに座っていたミメルはなんとなくぼんやりと青い空を見る。ファルケンは元気でやっているのだろうか。 ふっと風の流れが変わる。ミメルは顔を上げた。 「誰?」 しゃっと音がして、彼女と同じように虹色の羽をもつ、彼女より少し幼い感じの少女が現れた。 「なにやってるの?ミメル。」 現れた少女は、ミメルとは違って少しきつそうな印象がある。 「なんや、ロゥレンちゃんやないの。びっくりしたやんか。あのなぁ、さっきの雨で羽が濡れてしもて重くなったから乾かしてたんや。」 ミメルは、シェレスタ地方の方言を交えながら苦笑した。ミメルは、シェレスタ系の商人がうろうろしている地域の出身なので、彼らの言葉の強い影響を受けてしまっている。今ではすっかり、シェレスタ人と間違われるのではないかと思われる程だった。ロゥレンは、少し不機嫌な顔をした。 「驚かせようと思ってきたのよ。」 「また、そんなこと言うて。ロゥレンちゃんも、ほんまはええ子なんやから。」 ミメルは他意のない笑いを見せてくる。それだけに、ロゥレンはやりにくい。同じ天然ぼけでも、これならファルケンの方がいくらかましである。 「全く、ミメルはいつもそんなんなんだから!いつまでもぼーっとしてるんじゃないわよ!」 少しきつい言葉で言って、ロゥレンはミメルの横に座った。 「そういえば、ファルケン見かけなかった?」 何気なしに聞いてみる。 「ファルケンちゃん?ううん、今年はまだここには来てへんよ。」 「あ、そう。」 素っ気ない振りをしながらも、ロゥレンは少し残念そうだった。 「どこほっつき歩いてるんだか!」 「ファルケンちゃんも忙しいんとちゃうかなぁ、人間の友達ができたとか。」 「ミメルは馬鹿ね。そんなわけないじゃない。あいつ、不器用なんだから。」 冷たくロゥレンはいう。 「どっかで泣かされてなきゃいいけどね。あいつ、泣き虫だもん。」 「泣き虫いうても。」 ミメルは怪訝そうな顔をする。 「あれは、ファルケンちゃんが子供の時だけで、最近、ずーーっと、泣いてるの見たことないわ。」 いわれてロゥレンはふっと気づいた。そう言われるとそうだった様な気がする。 「そういえば、そうねぇ。」 このままでは、泣き虫の称号は返上になってしまう。いじめる口実が減って、ロゥレンは少し困ってしまう。 妖精のロゥレンやミメルと違い、ファルケンを含む『彼ら』は、人間と同じように子供から大人へと成長する。それから、青年の姿で長い年月を生きるのである。しかし、それは見かけだけで、気の遠くなるような時を生きる彼らはすぐには一人前にはなれない。まだ心は幼い子供と同じとされている。だから、それからは精神を成長させなければならないのだ。妖精と彼らとでは、成長の仕方も違えば、生活も違う。もしかしたら、同族というわけでもないのかもしれない。 ロゥレンはファルケンより年下であるが、彼女が覚えている限りでも、小さい頃のファルケンは、寂しがりやですぐ泣く少年だった。ファルケンの面倒を見たことのあるミメルはもっと良く知っている。 当時から、どちらの世界にも属することのできない運命を背負ったファルケンは、どちらの世界の住人ともうまくなじめなかった。いや、正確に言うと、彼自身はなじめたのだが、周りが馴染んでくれなかったといったほうがいいだろうか。小さい頃から、彼は彼なりに苦労はしていたらしい。 ミメルは、よくファルケンが森の奥で一人めそめそ泣いていたのも知っていたし、何度か泣きつかれたこともある。ミメルは、ファルケンをよくなぐさめたし、そんな彼女に、ファルケンもよくなついていた。もう、随分と昔の話である。 思えば、ファルケンが泣かなくなったのはいつからだろうか。ミメルは、首を傾げる。いつの間にか、ファルケンは、困ったことがあると泣くのでなく、照れ隠しのように笑うようになった。何があっても我慢するようにもなったし、泣き言も言わなくなった。姿だけは青年になったファルケンは、それなりにそれらしく振る舞おうと努力していたのだろうか。それとも、知らないうちに、ファルケンはそんなに強くなったのだろうか。 どちらにしろ、同族の同じ年齢の者と比べると、彼は随分大人びていた。もっとも、人間達と比べると、ファルケンはかなり幼いのだろうが。 ミメルはいった。 「きっと、今はもう、涙なんか見せへんのやろな。ファルケンちゃんは強い子やから。」 「なんか、つまんないなぁ。」 ロゥレンは意地悪な事を言って、本当に少しつまらなさそうだった。なんとなく、置いて行かれたような、寂しいような感じがしていたのだろう。 「ちょっと年上だと思って、最近、妙に大人ぶるし。」 「しゃあないやんか。人間と一緒におると、森の中におるより、ずっと頭がようなるっていうよ。うちは好きやけどなぁ。」 ミメルは、にこにこと空を見上げながらそんなことをいう。ロゥレンは、少し聞きにくそうに先を促した。少し気になるのだ。 「だ、誰が?」 「え?ほら、人間とか。」 笑ったままミメルがいうので、ロゥレンはちょっとだけ安堵のため息をついた。 「なんだ。そうなの。」 「うちなぁ、一回ぐらい人間の家に住んでみたい思うねん。きっと、楽しいんやろなぁ。」 ロゥレンは冷笑した。 「ミメルはのんきなんだから。人間に捕まったら、あたし達はひどい目にあうんだからね!」 「かもしれへんけど。いい人もおると思うんよ。」 ミメルがまだ笑っているので、ロゥレンは張り合いをなくしてため息をついた。 辺境水仙の花が風に揺られてかすかに音を立てていく。甘い香りがさらりと風に流れる中、不意にロゥレンの前の方から金属のカチャカチャした、甲高い音が聞こえた。耳のいい彼女は、少し遠くの音を拾うことができる。向こうの方から、ちょうど一人、誰かがやってくる。金髪の中に緑がさっと混じったような、そういう彼ら特有の髪の色がのぞく。 金属の音を鳴らしながら、やってくる同族は彼しかいなかった。 「馬鹿がきたわよ。ミメル。あたし、つき合いきれないから、すぐ帰るわね!」 ロゥレンはそうきつく言ったのだが、彼の姿が見えるまで結局その場にいたのだった。 |
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