ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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 四章:嵐の夜


 7.黒衣の貴婦人-1
 
 ますます、嵐らしくなってきた。いきなりの雨に降られ、男は顔をしかめる。
「…おのれ!さっきまでは、風だけだったのに!」
 叩きつけるように降ってくる雨は、見る見るうちに彼の銀髪やコートを濡らしていく。
(まだ、宿までは遠いというのに。)
 男は、ちっと舌打ちをする。走っていこうが、歩いていこうが、あまり結果に差はないようだ。雨傘を買おうにも、雨傘がどれほど役に立つだろう。折れるか、布が吹き飛ぶのが関の山である。仕方なく、早足で歩く事にして、彼は濡れていく事にした。濡れた髪の毛を更に風が吹き付けて、凄まじい乱れ方をする。彼は短髪の方だったが、それでも結構ひどい状態になった。
 うっとうしいとばかり、彼はそれをかきやった。
 彼がそうやって苦労して道を戻っていたときに、不意に前からやってくる人物がいた。
(女か?こんな日に港になど危ない事を…)
 彼は思わずそう思った。というのも、向こうから来る人物は、やけに綺麗な顔をしていたからである。後ろで一つにまとめた巻き毛のブロンドを激しく風に揺らせながら、その人物は、全くそれに気に留めていなかった。一応傘をさしていたが、風に飛ばされそうな気配はない。
 だが、そんな行動とは裏腹に、端整な顔立ちをしており、エメラルドグリーンの瞳がとても印象的な美しい容貌だった。
(…いや、男だな。)
 彼は認識を改めた。女性にしては少し背が高い。それに、彼女の振る舞いはいかにも男っぽい感じだった。それに、服装。濃紺の上下を着ていたが、襟が立て襟で中にはスカーフを巻いている。長い上のコートの上のベルトの下に短剣がのぞいていた。
 青年は、凛々しいその顔を港のほうに向けたまま、風に揺られる事もなくしっかりと大地を踏みしめて歩いていった。
 
 
 アンヌは、自分の服を少女に貸してやった。
「着替えた方がいいわ。少し汚れているようだし…。」
「え、ええ。」
 ライーザはそう応え、アンヌの渡してくれたしろい服を受け取った。
「…ありがとう。」
 すっかり、疲れているのか、ライーザにはいつもの元気がなかった。彼女のスカートには、フォーダートの血の飛沫が飛び散っている。それに目をやるたび、ライーザの心は、締め付けられるように痛む。
「疲れているのなら、休みなさい。あとで、何か食べるものでも持ってきましょう。」
 アンヌは、てきぱきと、しかし、少し優しい口調で言った。ライーザはうなずき、とりあえず着替えることにした。
 アンヌは、テーブルの上を片付けた。手紙でも書いていたのだろうか。タンスの上には、一枚、記念写真がかかっていた。ライーザは着替えながらそれに目を留めた。
 一人はアンヌだった。彼女は、その写真とあまり変わっていない。写真の中でも、美しいままだった。その横に、青年が立っていた。きりりとした印象と、少し無骨そうな感じだが、なかなかの二枚目である。服装や表情から察するに、軍人だろうか。青年将校という言葉がしっくりときた。その二人の下に、小さな男の子が立っていた。年頃は十歳ぐらいだろうか。生意気そうではあるが、なかなかかわいい少年で、二人の間で幸せそうに笑っている。何となく二人の面影が感じられるので、息子なのかもしれなかった。
 着替え終えると、やけに疲れてしまって、ライーザはベッドに座り込んだ。
「…何から何まですみません。」
 いささかしおらしく、彼女は礼を言った。アンヌは、振り向き少しだけ微笑む。もっとも、素人目からすると、わからない程度だった。
「気にする事はないわ。」
 ライーザがうつむいたままなので、アンヌは彼女を覗き込むようにしてたずねた。
「どうしたの?」
「…本当は、もう一人、人がいたんです。」
 ライーザはぽつりと言った。
「でも……もしかしたら、死んでしまったかもしれないから…あたし…」
 ライーザが、涙目になった。アンヌは、そっとライーザに近づいて、彼女をなぐさめるように肩に手を置いた。
「…今は、とにかく休みなさい。」
「…はい。」
「きっと、お連れさんも大丈夫よ。」
 機械的この上ないアンヌの声だったが、このときの彼女にはやけに優しく聞こえた。たまらずにライーザは、アンヌに抱きついた。かすかな嗚咽が聞こえるのをききながら、アンヌはそっと彼女の肩を抱いてやった。
 
 待ちぼうけを食らっているアルザスが、スープをすすっていると、アンヌがゆっくりとやってきた。
「あの、ライーザは…?」
「あの子、疲れて寝てしまったわ。しばらく、ゆっくりさせてあげなさい。」
 アンヌは、少しだけ優しい口調でそう言ってアルザスにサンドウィッチを出してやる。
「あなたも、少し休んだ方がいいんじゃないかしら?」
「そうしたいところだけど。」
「お連れさんのことはきいたわ。なんだか、大変なことになっているようね。」
 アンヌは、クールな表情のまま、コーヒーを一口飲む。
「…でも、仕方がないわ。この嵐では手のうちようがないでしょう。」
 アルザスは、サンドウィッチを一口かじった。こんな気分で食事がおいしいわけがない。
 こんこんと、ドアをノックする音が聞こえる。アンヌは立ち上がった。
「どなた?」
「私です。アンヌ様。」
 オーナーの声が聞こえた。その声は抑えられて小声である。
「…何か、よからぬ連中がこちらに訪ねてきました。追い返しますか?」
 びくりとして、アルザスが立ち上がる。それを目で座るように促しながら、アンヌは応えた。
「通しなさい。私が応対します。」
「わかりました。なにとぞ、お気をつけくださいませ。」
 オーナーの足音が去っていくと、すぐに荒々しい足音が迫ってきた。
「あなたは、後ろに隠れていなさい。」
 アンヌはアルザスにそういう。
「で、でも、あんただって!」
「私はいいから、大丈夫。あなたの姿を見られた方が問題なのよ。」
 アンヌの口調は、いつも通りであったが、何となく逆らいがたいものがあった。アルザスは、こくりとうなずき、カーテンの陰に姿を隠した。
 乱暴にノックされ、外から罵声めいた声が聞こえた。
「開けろ!この野郎!」
「何を失礼な事をなさいます!もっと、静かに!」
 オーナーの厳しい声が飛ぶ。アンヌは、静かにドアに近づいて、そっとノブを回した。
「…何の騒ぎ?」
 いきなり現れた、いささか人形めいた美貌の貴婦人を見て、男達はあっけに取られた。四人組。一見して海の荒くれものととれる大柄で人相の悪い男達は、彼女の全く動じない顔を見て少し目をぱちくりとさせた。
「…休んでいる連れがいるの。静かにしていただきたいわ。」
 一瞬、彼女に気おされた男達だったが、本来の目的を思い出して声を荒げた。
「ここに、ガキと娘が逃げ込んできただろう!そいつらを渡してもらおう!」
「何をいっているのかしら?」
 アンヌは、そのままの顔ですっとぼける。
「とぼけるな!」
 一番気の短そうな男が、怒りに任せて壁を蹴り飛ばした。
「あんたが二人を連れてここにきたっていう目撃証言があるんだよ!!」
「大きい声を出さないでもらいたいわね。」
 アンヌは言った。
「ここは、私の部屋です。女性の部屋に土足で踏み込むような無礼はよしていただきたいわ。」
「なめるなよ!このアマ!」
 アンヌは、動揺した様子も見せない。男の一人がちゃっとナイフをぬいた。彼女の胸倉をつかみ、抜いたナイフの刃でアンヌの頬を軽く叩く。
「…その綺麗な顔をキズモノにしたくはないだろう?」
 アンヌは、不自然な笑みを浮かべた。表情の薄い彼女が無理やりに浮かべたような、明らかな作り笑いだった。しかも、到底愛想笑いとは取れない、不気味な笑いだった。 
「あなたもかわいそうな人ね。」
 アンヌは、冷たい目を男に浴びせた。
「自分の状況が何もわかっていないなんて。」
 そっとアンヌは、右手をあげて男の手をつかんだ。
「何を…。それはあんたの…。」
 といいかけて、男は凍りついた。アンヌの服の右の袖口から、銃口が覗いているのが見えたからだ。一瞬ひるんだ男の隙を、アンヌは見逃さない。長いスカートの下から繰り出されたアンヌの足が、男の足を払った。その場に転げた男の頭に、アンヌは袖から滑らせた二連発の小さな銃を突きつけた。他の三人の男がざわめいて、一歩下がる。
「…な…なんだよ…。」
 男は、ひきつった笑みを浮かべた。
「撃つっていうのか?」
「あなたは私を脅したでしょう?つまり、私に撃たれるようなことをあなた自身が起こしたということよ。原因があるからこそ、結果があるんでしょう?」
 アンヌは、冷たい笑みを不意に浮かべる。あまりにもぎこちなくて、その笑みがかえって恐ろしかった。
 

 
 
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©akihiko wataragi.2003
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