ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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 四章:嵐の夜


 7.黒衣の貴婦人-2
 

「撃たれるのが嫌なら、先に手を出さない事ね。形勢が逆転するのは、世の常よ…。」
 他の男達が、懐に手を突っ込もうとしたとき、アンヌは鋭く言った。
「下手な事は考えない事ね!……この男も助からないだろうし、あなた達の身の安全も保障できないわよ。」
 そういわれ、一人がふっと周りを見回した。オーナーのほか、周りに居るボーイなどの従業員数名が不穏な殺気をたたえながら、それぞれ腰や懐に手を入れていた。彼らもまた、堅気の人間ではないらしい。
「わかったようね。」
 アンヌは静かに言った。銃を突きつけられてもはや泣きそうな顔をしている男を見ながら、彼らは少しおどおどした調子で尋ねた。
「……ど、どうしろっていうんだ?」
「…今日はこのまま、帰りなさい。」
 アンヌは、そう言って男を放し、三人の方に突き飛ばした。
「さようなら。今度からは気をつけるのね。」
 そういうと、アンヌは美しい顔を不自然に笑わせて、ドアを閉めた。彼らはどうしたものか、お互いの顔を見合わせた。このまま踏み入るか、それとも。どちらにしろ、このホテルの従業員は、全員敵とみてよかった。数の上でも危険である。
「やれやれ、こうなると思っておりました。」
 静かな、しかし、少し嘲りをふくんだ笑いが聞こえた。男が振り返ると、そこにはオーナーが居た。彼は懐から手を放していたが、その穏やかな顔に似合わない、何かしら不穏な空気が漂っていた。
「な、なんだと?」
 精一杯の虚勢を張って、男は威張って見せた。オーナーは、にやりとした。
「…あなた方は運がいい。…あの方がお怒りになったら、きっと生きては帰れなかったでしょうな。」
「ど、どういう意味だ。」
 オーナーは更に嘲笑うような表情を浮かべた。
「あの方は、キィス=テルダー提督の奥方ですよ…。大戦の時、あなた方も耳にした事があるのではありませんか?」
「キ、キィス=テルダー!?」
 彼らのうち、一番年齢の高い男がぎょっとしたように呟いた。
「…ま、まさか…、烈火のテルダー?じゃ、じゃあ、さっきの女は…!」
「…ええ。提督と一緒に戦っていらっしゃいました、アンヌ=マチルダ=テルダーさまです。…黒の貴婦人とか魔弾の使い手とか、様々なお名前で呼ばれていましたが…ご存じないですか?」
 男の表情が変わった。年配の男の表情を見て、若い連中も少しおどおどとする。
「さぁ、悪い事は言いません。今日はお帰り願いましょう。そのうち、提督もお帰りになりますし、そうなると、あなた方がどうなるか…。」
 オーナーは静かな声に脅しを含めながらいった。男達は、それでも少し戸惑った様子を見せていた。本当にテルダーが一枚噛んでいるのなら、強硬な手段をとると後で色々と問題が出てくる。烈火のテルダーは、現在は海賊業から足を洗っているが、彼を畏敬して慕う元部下がたくさんいるのである。そして、それらの大半がかなりの海賊になっているのだった。間接的には、テルダーは、海賊の中では相当な権力者でもある。
 だが、手ぶらでも帰れないし、オーナーの言う事が本当かどうかもわからない。テルダーの関係者ではなかったら、問題はない。
 と、その時、凄まじい風とともに、大きな音を立ててドアが開いた。男達もオーナーも一斉にそちらに目を向ける。濡れて垂れ下がった銀髪を払い、軍人風の風貌の男が濡れた上着を脱いでいるところだった。
「お帰りなさいませ!提督!」
 オーナーが慌ててそちらに走り、かいがいしく上着を受け取る。
「悪いな、ヨハン。全く、ロクな目にあわん。」
 男…『提督』はいいながら、濡れた顔をぬぐった。
「提督。大丈夫ですか?」
 男は不機嫌そうに髪の毛を後ろに払った。オーナーは上着をすばやくカウンターに置き、タオルを差し出した。
「先程まで、雨が降っていなかったのに、何故か帰り始めると雨になった。ついていないのか、私は。」
「それは大変でしたね。提督。」
 オーナーは、まだその辺りに男が居る事を思い出してわざと名前を言った。
「キィス=テルダー提督、アンヌさまがお待ちでございます。」
「そうか。ちょっと、遅くなったからな。心配をかけたかもしれん。」
 キィスの名前を聞いて、男達は更にびくりとした。それに目を向けて、キィスは怪訝そうな顔をする。
 キィスに目を向けられて、男達は慌てて蜘蛛の子を散らすようにばらばらになりながら、外へと走り出した。もう雨の降り出した風の中、暗い空の下に。
「なんだ?…雨宿りでもしていたのか?おかしな奴らだな。もう少しのんびりしていけばいいものを。」
「まぁ、そんなところでしょう。」
 オーナーはわざわざ報告する事もないと思い、そう応えた。アンヌの口から直接訊いた方がいいだろうと思ったのである。
「それより、アンヌさまにお早く。いえ、少し色々込み入った事情のある客人を連れてなさいまして。」
「客?わかった。すぐ行こう。」
 キィスはそう応え、タオルで髪の毛の水気をとりあえず取っておいた。


「ありがとう。アンヌさん。オレ…」
 少ししょげた様子でアルザスは礼を言った。結局、自分は何の役にも立っていないらしい。また、迷惑をかけてしまったとおもった。
「気にする事はないわ。…あれは、軍人じゃないわね。彼らに使われている海賊でしょう。」
 アンヌはそう言って、銃を直した。その手つきがやけに手馴れているので、アルザスは不審そうに彼女を見上げる。到底堅気の人間には思えない。
「…でも、アンヌさん。あんた、一体…」
 アルザスが怪訝な顔でそういいかけたとき、大きな音が聞こえた。そして、遠いところから『おかえりなさいませ』というオーナーの声が聞こえた。続いて靴音が聞こえ、それから、どこかで聞いた事のあるような格式ばった声が聞こえる。
「帰ったぞ。」
「あら、無事だったのね。」
 アンヌはそう呟いて、アルザスの方を向く。
「大丈夫よ。あれは私の夫だから。」
 がちゃり、ドアノブが回る。
「全く、雨は降るわ。…なかなかひどかったが、船は大丈夫だぞ。」
 そういいながら、入ってきた男は、銀髪でがっしりした感じの軍人風の男である。背もかなり高い。
 だが、見覚えがある。いいや、昨日分かれたばかりの簡単に忘れられない印象のある男だった。
「ああ!キ、キィスさん。」
 がたりと立ち上がったアルザスに目を向けて、キィスもぎょっとしていた。
「…お前は…。」
「あら、あなた。ご存知だったの?この子。」
 アンヌが、自然な手つきでアルザスの頭にぽんと手を置いた。このとき、はっきりとアンヌがかなり背が高いことをしってアルザスは、少しショックを受ける。自分よりもかなり高かった。こんな貴婦人然とした人なのに。
「あぁ、昨日言っただろう。海の上で保護した生意気な子どもだ。だが、どうしてここに居るのだ?」
「あぁ、それがアルザス君だったの。」
 アンヌのほうを一度見てから、アルザスは、キィスと彼女を見比べた。
「あ、あんた、この人の何なんだよ?」
 思わずキィスに尋ねる。キィスは憮然とした。
「私の妻に決まっているだろうが。」
「つ、妻?け、結婚してるのか?あんた達。」
 アンヌを見ると、彼女は機械的に無表情な顔で、
「ええ、間違いはないわ。戸籍はそうなっているもの。」
「…アンヌ、その言い方はちょっと…。せ、せめて、「戸籍でも」という言い方のほうが。」
 キィスが難色を示した。
「…あら、私は、法的手続きの上での結婚という意味を聞かれたと思ったんだけど」
 二人のよくわからないシュールなやり取りをききながら、アルザスは呆然として立ち尽くした。
「…よ、世の中ってわかんねえ。」

 
「おかしらたち大丈夫かなあ。」
 ディオールが、トランプを切りながら言った。
「大丈夫なんじゃない。」
 ティースはサンドイッチをかじりながら、札が配られるのを待っている。
「でも、ほら、結構危ないことらしいからさ。」
「考えすぎだな。お前は〜。」
 ティースは、軽く応える。宿をとった二人だったが、合流すると問題がありそうだということで、今日はフォーダートもアルザスもここには帰ってこない手はずにはなっていた。だから、連絡がなくても仕方がないのだが。
「大体、外は大変な嵐だぞ。連絡したくても絶対できる状態じゃないんだし。」
「それはそうだよねえ。」
「そうそう。」
 ティースは答え、配られた札を見て心の中で顔をしかめた。ブラフをするのに自信はあるが、この札はあんまりである。
「……まぁ、明日になればわかるんだし、オレたちはのんびりまっとこうぜ。」
「そうだね。じゃあ、始めるよ。」
 札を配りなおしてくれ。といいたかったが、ティースはすんでの所で止めた。かわりに虚勢を張ってごまかす事にする。
「よし、賭け事師ってえのがどうあるべきか、教えてやるぜ。おかしらは博打があんまりにも弱くて仕方がないから相手にならないんだよな。」

 やがて、夜の帳が下りてくる。あちこち板の打ち付けられた窓からは外の様子もわからなかった。

 ……その夜、とうとう、フォーダートは、どこにも戻ってこなかった。


 
 
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©akihiko wataragi.2003
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