ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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 四章:嵐の夜


9.写真の少年-2

 すっかり夕方になったようだ。ライーザはまだおきてこないので、アルザスは暇そうに窓辺で雑誌を読んでいた。いつもならそこそこ面白い話題も、なんだかつまらないものに思えてくる。おまけに嵐のせいですべて締め切っているため、部屋の中はやたらとむしむしするのである。
「…あ〜…。嵐の日ってのは、何かと不便だよなあ。」
 あの手下二人組とも、連絡を取ることはできそうにないし。アルザスは、深々とため息をついた。
(そういえば、さっき、あの雷オヤジが、アンヌさんの前で何か隠し立てしたのはどういうことだろう。)
 おそらく、ばれているだろうけどな。とアルザスはため息をついた。ちょっとかわいそうだと思う。キィスは別にアルザスに口止めをしなかったが、アルザスも隠す事にした。もしかしたら、それがばれるとキィスは悲惨な目にあうのかもしれない。その確立が、アルザスには高いように思えたのである。何しろ、敵はあのアンヌなのだ。
「どうかなさいましたか?」
 不意に声が聞こえ、アルザスは顔を上げた。雑誌をたたんで立ち上がる。
「ヨハンさん。」
 前には、ヨハンが人のよさそうな笑みを浮かべて立っていた。
「こんなところも暑いでしょう?こちらの部屋の方が涼しいですよ。」
 ヨハンは、そういいアルザスを向かいのほうの部屋に案内した。確かにそちらのほうが涼しくて、多少すごしやすい。ヨハンは、アルザスを椅子に座らせると、「すぐに冷たい飲み物をご用意します。」といって、ボーイに何か持ってこさせるように言いつけた。
「どうですか?こちらの居心地は?」
 ヨハンは親しみを込めて話しかけてきた。
「もちろんいいよ。オレ、あんまりお金がないから、こういったちゃんとしたホテルにあんまり泊まれなくて。」
 アルザスは苦笑いした。
「嵐がなきゃ最高だけどなあ。」
「それはそうですね。ごもっともです。」
 ヨハンはにっこりした。
「…あの、ヨハンさんって…」
 アルザスは不意に思い出して、そっと話しかけてみる。
「…サーペントって海賊と知り合いなのかい?」
 聞かれて、ヨハンは恥ずかしそうな照れ笑いをうかべた。頭をかきやりながら、彼はそっという。
「ははは、お恥ずかしい事ですが…、私は大戦の前は、この界隈で海賊をやっておりまして、…えぇ、今はもちろん足を洗っておりますが。」
「え?そうなのか?ぜんぜんそうは見えないぜ。」
「…ええ、今じゃすっかりこんなですが、昔は本当にお恥ずかしい限りでした。調子にのって暴れているところを提督とアンヌ様に成敗されまして。」
 軽く笑って答えているが、成敗という言葉にアルザスはびくっとする。ヨハンは、それに気づかずに続けていた。
「それで、すっかり参りまして、提督の部下にしていただいたのです。サーペントは、そのとき、私が一時管轄していた手下なのですよ。」
「へ、へえ。」
 アルザスは、乾いた笑みを浮かべつつ応対した。
「なので、私が現役なら、あんな小物をほうっておかないのですが。」
 そうため息をつき、ヨハンは不意に思い出したように首をかしげた。
「そういえば、私のことはさておき、アルザスさんは、先ほど提督が黙り込んだ理由をお知りですか?何かアンヌ様に隠していたようなのですが。」
 ずばりと聞かれ、アルザスはとっさに言った。
「い、いや、それは…」
 そのとき、ノック音が響き、ボーイがオレンジジュースをもって現れたので、アルザスは一旦答えるのをやめた。アルザスの前にそれをおき、彼はヨハンに挨拶をして帰っていった。
 ヨハンは、アルザスにジュースを勧めながら笑った。
「いえ、アンヌ様には申しません。ご安心を。提督には何かお考えがおありのはずですから。」
「そ、そう。」
 ほっとアルザスが、ため息をついたのを見て、ヨハンは苦笑した。
「もっとも、アンヌ様のこと。もともと感づいているのかもしれませんが。」
「そうだな。あの人、色々知っていそうだし。」
 アルザスは、すべてを見通すようなアンヌの漆黒の瞳を思い出して、再びため息がついた。あの女性を出し抜くなんて神業に等しい。おまけにキィスとは士官学校時代からの付き合いだというので、きっと本当にすべて見通されているのだろう。
「で、どうなされたんですか?」
 ヨハンに訊かれ、アルザスは我に返った。
「あ、キィスさんには、海賊に襲われて海を漂流してたのを助けられたんだよ。襲われた理由は、オレが地図を持っていたからなんだけど。」
「地図?」
 ヨハンは怪訝そうにアルザスを覗き込んだ。
「そう、『知らずの地図』っていう…」
「その地図ですか!」
 ヨハンは驚いたように言った。そして、急き込んでアルザスに訊いた。
「もしや、…それを提督に見せたのですか?」
「え、ああ。まあ、そうだけど。」
 アルザスは、ヨハンの勢いにやや圧されて戸惑っていた。
「キィスさんに隠してあったのを見られたんだよ。」
「なるほど、提督がアンヌさまに黙っているのは、そのせいですか。」
「え?どういうことだ?」
 アルザスが不思議そうな顔をすると、ヨハンはふうむと唸った。
「…実は…、提督のご子息が、それに深く関わっていたのです。」
「子息?ってことは!えぇぇ!あの二人に子供がいるのかぁ!?」
 アルザスは純粋に驚いて、興味深そうにヨハンを見た。あのむちゃくちゃな夫婦の血を受け継いでいるとどういう風になるのだろう。
「ええ。正確には、「いた」のですが。」
 ヨハンの顔が暗くなるのがわかった。
「てことは。」
「ええ。お亡くなりに。」
 ヨハンは、寂しげに言ってそれから確認するようにアルザスを見た。アルザスの興味の場所がわかっているようだ。
「といっても、…実のご子息ではありませんよ。確か、路頭に迷っているところをあのお二方がこちらに引き取られたのです。」
「へえ、そうなんだ。」
 だったら、だったらでどんな子供か気になるところだが。あの二人についていくとは、普通の子供ではない。
「…ただ、あの二人を足してちょうど二で割ったような方でしたがね。あれで、血がつながっていないのが信じられないほどで。外見まで似ていらっしゃいましたから。」
「…そ、そりゃあ、すごかったんだろうな。」
 想像して、アルザスは乾いた笑みを浮かべる。あの突撃ラッパを擬人化したようなキィスと、東洋の無表情な人形みたいなアンヌを足した人物を想像すると、二で割っても決して薄まらない。どういうやつだ。と思ってしまう。
「で、地図はどうなされたのですか?今も持っていらっしゃるのですか?」
 訊かれて、アルザスは少しあわてた。地図は、あの逆十字がさっき燃やしたばかりなのだ。
「あ、いや、それが。色々あって、ちょっと知り合いになったやつに渡しちゃって。でも、そいつがさっき、燃やしちゃったみたいで…オレもよくわからねえところがあるんだけど。」
「そうですか。」
 ヨハンはふうっとため息をついた。
「いいんですよ。それで。あの方も安心なさっているはずです。」
 彼は何か安堵したような感じだったので、アルザスは、目をぱちくりとさせた。おそらく、その坊ちゃんの関連の事なのだろうが、そんなに辛い出来事があったのだろうか。
「…ですが、根本的な解決には至りませんね。あの方の求めていたものが例え燃えたとしても、あの方自身の証拠が見つからない限り。」
 アルザスは怪訝そうにヨハンを覗き込んだ。
「どういう意味だい?それ。」
 ヨハンは声を低める。
「実は…お亡くなりになったといいましたが、その方が死んだという確証はないのでございます。」
「え?何で?」
「死体があがらなかったのですよ。だから、…もしかしたら、生きているかもしれないということです。」
 ヨハンは思い出したように立ち上がると、そこにたてかけていた写真たてをとってアルザスの前においた。セピア色の写真の中に、まったく変わらないアンヌと若いころのキィスらしい直立不動の青年。それから、下にちょこんと少年が立っている。いかにも利発そうで、悪戯小僧っぽい少年だった。
「…こちらが、ご子息です。」
 言われてみれば、確かにあの二人を足して二で割った感じだった。雰囲気としては、キィスに似ているが、体つきや容貌は少し線が細い。どことなく、頭がよさそうに見えるのはアンヌに似ている。
「…血、繋がってるんじゃないの?」
 アルザスは、呆然としながら言った。あのキィスとアンヌが一緒にいて尚信じがたい事だが、どう考えてもこの三人は普通に親子に見える。
「はは、よく言われておりました。」
 ヨハンは懐かしそうに笑った。
「坊ちゃんは、大変お二人に似ていらっしゃって、本当の親子のようでございました。なかなかの二枚目でしたよ。全体としては提督に似ていますが、目つきや態度はアンヌ様に少し…。」
 アルザスが考えたとこと同じような事を言っているので、きっと大きくなってもそういった容貌だったのだろう。だが、そう考えると、なんとなく引っかかるものがある。この少年をちょっと曲げた感じで大きくすれば、誰かに似ているような気がするのだが……。
「もし、生きていれば二十七歳になるはずです。」
「二十七?」
 アルザスが、何か考えているので、ヨハンは不意に切り込んできた。
「もしや、この方に似た人をご存知なのですか?」
「え、ああ…。ええっと。」
 アルザスは答えに詰まった。彼の周りで二十七ぐらいの人はいない。一番、年が近そうな逆十字は、どう見ても三十は越えているように見える。そんなに若い感じではない。
「どうだろう、年齢が合わないような。…でも、それって、もしかしてダルドラとか、そういうちょっと物騒な名前名乗ってた人かい?」
 訊かれてヨハンは、大きくうなずいた。
「ええ、おそらくそうだと。多分その名前は、あだ名から派生したものなんでしょうから。それは悪い友達がつけた名前ですよ。本名ではありません。」
「元があだ名?」
 アルザスは、聞き返して返答を待つ。
「ええ、そうです。『ダルト』ですよ。」
 ヨハンは、真剣な目をして答えた。
「ダルト。…提督は、ヴァッシス語訛りが多少ありまして、あの方の名前の中のダートと伸ばすところを、ダルトと読んだんです。それから、坊ちゃんのあだ名は、『ダルト』に。ですから、本当の名前は…」
「まさか…」
 アルザスは、不意にのどを鳴らした。どうしてすぐに気づかなかったんだろう。この少年をそのまま大きくしたとしたら。…この写真のキィスをもう少しひょろりとさせて、それからアンヌの才気を付け加えたら。
 あの男は、この写真より少しくたびれた感じがするし、少し年齢も合わないような気がするが。
「その人、名前、フォーダートっていうんじゃないのかい?」
 ヨハンは、不意を突かれたようにハッと黙り込んだ。外では、びゅうびゅうという風の音が、聞こえていた。
 まだ嵐はおさまる気配を見せていない。

 
 雨が凄まじい勢いで降っている。
「ふぅむ。えらいことになってるな…。これじゃ、しばらくこの島から出られない。飢え死にしなきゃいいが。」
 青年は、雨戸を閉めてきっちりと戸締りをすると、自分の食料を数えはじめた。この孤島にいる人間は彼だけだし、魚と雑草ぐらいしか食べられそうなものはない。食料は一応五日分ぐらいあるのだが、本格的に海が荒れていると嵐が去っても波が高くて危険である。こういうとき、どうして航空機を作っておかなかったのかと青年はふと後悔するのである。 壁には、最近有名になっている娯楽映画の女性スターのポスターが貼ってある。何となくミステリアスな雰囲気のある美女で、特に冒険映画に出てくるリーン=シャロンズとかいう女性だ。
 その壁の前には、ごろごろと機械の破片が積み上げられていた。
「…どこへやったかなあ。あの設計図。」
 青年は、足で機械の部品の山を崩す。油にまみれた部品の中から、ビニールに入れられた設計図らしいものなどが、がらがらと出てきた。青年は、それをぞんざいに手にとって、求めているものと違うと見るや、後ろに投げ捨てる。あまり、整理するのが好きではなさそうだ。むしろ、整理整頓は大嫌いなのかもしれない。
「ああ、これだこれだ。」
 青年は、油の染み付いた紙切れを取り出して眺め、満足そうにうなずいた。そこにはかなり怪しげな機械の設計図が描かれている。隅っこに妙にかわいらしい猫の落書きがあるのは、彼の自筆だろうか。絵心はそれなりにあるらしい。
 それをもって満足したので、さて、戻ろうと、きびすを返したとき、後ろにあった金属の山が一角甲高い音を立てながら崩れ落ちた。直す気は一切なかったが、とりあえず振り返って見てみると、ボルトや妙な金具に混じって、ひとつ、透明なビニールに入った写真が、転がっていた。
 それを見て、青年はハッと思い出した。近寄ってみてそれを拾い上げる。
「…いかん、こんなところにあいつから預かったものが転がっていた。そのうち、まとめて燃やそうと思っていたのに、危険だな。」
 青年は、眼鏡をかけなおし、そして右手に写真をとった。カラー写真である。ずいぶんと珍しいが、大方、青年が作った怪しげな写真機で撮ったものだろう。
 そこには、銀色の天秤が写っていた。特殊なものなのか、妙に繊細なつくりをしている。傷は付いていないが、不思議な事に、その天秤の真ん中にメーターかコンパスのようなものがはめ込まれていた。妙なものだと思っていたが、写真だけではよくわからない。
「実物に手を触れようとしたら、死ぬほど怒ったからな。」
 実物を置いていってくれ、と頼んだら無下に断ってきたので、こっそりちょろまかそうとしたのだが、いきなり銃を向けてきたのでやめた覚えがある。こんな少ししかない資料を与えて調べてほしいとは、あの男も結構な性格をしている。と、青年は思う。
「そういえば、最近やってこないな。」
 青年は、ふと思い出してあごをなでた。ここのところずいぶんと見ていないような気がする。特別親しいわけではなかったが、青年はほとんど他人と口をきく機会がないので、曲りなりにもここを訪ねてくれるあの男は、ある意味では一番親しい人間に入る。
「…しけに巻き込まれて難破してたりしてな。」
 ふっと、青年は笑う。縁起でもない冗談だが、青年自身は気に入ったらしく、少し得意げな顔をする。
「まぁ、いいか。暇だし、今日はこの写真について考えてみよう。」
 青年はブラックコーヒーを飲みながら、金髪を軽くかきやった。見かけは結構高貴そうな分、青年のなんとなくだらりとした格好は不似合いだった。
 フィリス=リデン=アンドレアス。青年がその辺に転がした設計図に、そういうサインが走りがかれていた。
 


 
 
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©akihiko wataragi.2003
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