ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
戻る   進む   一覧




 四章:嵐の夜

第11話:羅針盤-3
 

あの日の記憶は嫌に鮮烈に覚えている。アルコールが大概回っていて目の前の人間の顔もろくに識別できなかったのに、それにも関わらず、フォーダートは酒場の中に入ってきた、銀髪の軍人風の男が、キィスだと一目でわかった。
 銀色の髪で自分よりも背の高い、いつも堂々としていて、自分などよりよほど強そうに見える。そうした血の繋がらない父は、幼い頃のフォーダートからすれば憧憬の的だった。表向き反目していたそのときも、結局彼がキィス=テルダーを尊敬しているのに変わりはない。
 キィスが、アルコールにおぼれている自分の息子を連れ戻しにきていたのはわかった。ツケで飲んでいるかもしれない彼の為に、金を用意してきていたのも――。
 あの時もそうだった。陥れられて絞首刑にされそうになったときも、キィスが裏から監守に賄賂を握らせて助けてくれたのだ。あの生真面目なキィスが金を握らせるということが、どういうことなのかはわかっていた。わかっていただけに辛かった。
 もともと、彼が十六、七歳で、他の連中の勧めで独立して旗揚げしたのは、表向きは色々いっていたが、裏ではキィスやアンヌに誇れる息子でありたいと願っていたからだ。養子のフォーダートは、常に二人に認められたいと思っていたのかもしれない。
 だから、こんな情けない姿は本当に見せたくなかったのだ。仲間に売られて、おまけに毎日酒びたりで、こんな生活を送っている自分は、もう彼らが望むような立派な人間にはなれないと思った。だから、フォーダートは叫んだのだ。
『オレはあんたみたいにはなれねえんだよ!』
 それは言ってはならないと思いながらも、彼はあの時に酔ってろくに回らない舌でそういったのだ。
『あんたが思ってるほど、オレは優秀じゃねえんだよ! あんたみたいに、強くもないし、なれないんだ! オレの事はほっとけよ! どうせ、血の繋がりもないんだからよ!』
 それをきいたキィスがどんな顔をしていたのか、なぜか思い出せない。もしかしたら、顔を直視していなかったのかもしれない。ただ、キィスに殴り飛ばされたのは、覚えている。テーブルや酒瓶ごと飛ばされて、床に打ち付けられながら、フォーダートは上を睨みあげた。そのときに、キィスは彼を見下ろしていた。怒りというよりは、悲しそうな顔だった。
『もういい!』
 ばっと札束が舞ったのは、キィスがツケをはらうために余分に持っていた金だ。それをポケットから引き出して、キィスが彼に投げつけたのは見なくてもわかった。それがばらばらと宙に舞うのを呆然と見ている彼に、キィスは、怒声を浴びせかけた。
『それはくれてやる! もうお前の顔など見たくもない! 二度と戻ってくるな!』
 勘当だ。
 フォーダートは、直感した。そのとき、キィスにも見放されたと思った。でも、それでいいとも思ったのだ。
 自分のようなろくでもない息子を、あの二人がいつまでも抱えていたら、きっとあの二人に泥を塗る。だから、かえってそれでいいとおもったのである――あの時は……。


 息を呑んでいるアルザスとライーザの前で、フォーダートは再びそれを包帯で隠した。
「そ、それじゃ、やっぱり…あんたが、じゃあ、あのキィスの?」
 ややしどろもどろになりながら、アルザスは訊いた。
「…お前がこの前着てたのは、オレがガキの頃着てた服だよ。…それで妙に懐かしくなっちまってな。」
 フォーダートがいうのは、おそらくアルザスにキィスが貸したあの青い上着のことを言っているのに違いない。
「オヤジは元気してたかい?」
 フォーダートは、思い出したのか、少しだけ寂しそうに言った。
「え、あ、まあ。」
 少し面食らった様子のアルザスをみて、なんとなくからい笑みを浮かべる。
「そっか。あんなオヤジ心配してもどうしようもねぇんだがよ。はは、どうせ、今でも変わってねんだろうし。」
 どこかフォーダートは自嘲的に言い、その空気を振り切るように、アルザスとライーザのほうに向き直った。
「さて、本題に入ろうか。色々訊きたいんだろ。今なら教えてやるよ。」
「え、ああ。」
 アルザスは、先ほどのフォーダートの様子のせいで、やや調子を狂わされているので何となく言いづらそうに話を変えた。
「…で、でも、じゃあ、…ほんとにあんたが?」
「まぁなぁ。」
「それじゃ、どうして自分で持っておかなかったの? それとも、独り占めとか?」
 そっと、しかし無茶苦茶大胆なことをライーザがざっくりと切り出した。フォーダートは複雑そうに笑みながら、ふうとため息をつく。
「オレは最後までいったよ。あの軍隊連中の力借りたりしながらさ。…でも、最後の最後でやる気失くしちまった。それで道具もったまま逃げた。それが真相だよ。」
「やる気なくしたって、なんでだよ? せっかく宝を拝めそうになったんだろ?」
 アルザスが肩をすくめた。フォーダートはふっとため息交じりに笑む。どこか、皮肉な笑みだった。
「拝めそうじゃない…オレは拝んだんだよ、実際。」
「じゃあ、なおさら…」
「お前、そこにある宝ってのが、想像以上のものだったらどうする?」
 アルザスの言葉をさえぎり、フォーダートは訊いた。
「想像以上?」
「自分が思っている以上に重要な宝物だったら?」
 フォーダートのコバルトブルーの目が静かに輝いていた。アルザスは何となく気おされる。
「そ、それって…ど、どういうことだ?」
 わからない、といった顔をして、アルザスは肩をすくめた。フォーダートは机の上の地図を指し示した。
「オレにもまだよくわからねえんだが、これは古代の宝物の紳士録みたいなもんらしい。データーベースとかいってたな…。だが、その中で宝の情報を探ろうとしたとき、普通、手がかりになるもの、キーアイテムをこの天秤に載せないと作動しやがらねえ。つまり、何か手がかりを示しておかないと、情報を引き出せないってことらしい。」
 「だが」と、少しアクセントを変えて、彼は言った。
「一つだけ、キーアイテムの存在なしで、この地図が指し示す宝がある。」
「それは?」
 ライーザが訊いた。
「それをあの軍隊の連中が狙ってたの?」
「あぁ、この地図が指し示す、多分一番の宝で、おそらく一番厄介なもんだよ。…オレは一人で先に様子を見に行ったとき、この地図が隠している宝物を見つけてしまった。それで、恐くなっちまったんだよ。」
「恐い…?」
 ライーザが反芻する。
「…ああ、宝といえば宝だが、オレからすればあんなもん宝とはいわねえよ。」
 フォーダートは静かに言って、天秤の上を指でつついた。
「大体、もう、想像ついてるんじゃないか? 一つ、軍隊が血眼になって探しているもの。二つ目、普通の人間にとっちゃ過ぎたるもの。三つ目、オレが当時の部下に事情を言わなかったほど、自制のねえ人間には使わせられねえもの。」
 アルザスがハッと息を吸い込んだ。
「マ、マジかよ! もしかして!」
 ふとライーザの顔を見る。あれはイアード=サイドに向かうとき、確かライーザが言った事だった。世界を思いのままにするというあの伝説を引用しながら、ライーザは確かに言ったのだ。
『もしかして、その宝の中に、強力な兵器があるんじゃない!』
 意味がわかったのか、当のライーザも口を押さえて思わずフォーダートのほうをみる。
「そ、そんな…、あれ、あたしは冗談で言っただけで…」
「何をもって宝って考えるかは、人それぞれだよな。オレみたいな小人は、金貨が積んであったら満足するけどさ、中にはちょっとやばすぎるほどの科学技術なんかを宝と考えるやつもいるんだよ。オレはそういう奴を知ってる。」
 フォーダートは苦笑いした。
「そう、詳細は、お前達が確かめるといいさ。だが、一ついえるのは、この世界の大陸が散り散りになったっていう、あの神話の話に出てくるすさまじい戦い…。そのときに使われた、ホンモノの爆弾も宝の内に入ってる。それを忘れないでくれ。」
 何となく無言になった二人を見て、フォーダートは顔を上げた。
「まぁまぁ、そんなツラするなよ。でも、オレが、手下に仔細を話さなかったわけがわかるだろ。あいつらは、乱暴なやつらだったからなあ。もし、あれを手に触れさせてみろ。なにをしでかすかわかったもんじゃねえからな。」
「そうか…、だから、もしかして…」
「ああ、だからこの事はなかった事にしようと一番信頼してた奴に持ちかけた。だが、それがオレがお宝を独り占めにしようとしたと思われたのかも知れねえなあ。」
 フォーダートは、少し寂しそうに言った。
「それで、裏切られたの?」
 ライーザがそうっと訊いた。
「まぁな。早い話が…そんなところだ。」
 フォーダートはへへへと自嘲気味に笑うと、姿勢を変えて地図と天秤を二人の方にずいと差し出した。
「わかったか? これはオレにとっちゃ、それは呪わしい過去を思い出させる嫌なものでしかないんだよ。だから、すてっちまおうとしたんだが、…とうとう出来なかった。もしかしたら、まだ好奇心が強かったのかもな。」
 だから、とフォーダートは言いながら手を引っ込めた。
「これはよく人を不幸にするもんだ。それでもよかったらもっていけよ。お前らにくれてやる。」
 フォーダートはふっと微笑んだ。それから、頬をかきやりながら付け足すように言った。
「ま、お前らなら、何となく不幸にならねえような気がするけどさ。お前らが命をかける価値があるかどうかは、オレには保証しかねるぜ。」
 アルザスは、黙ってそれをききながら、ずっと目の前の紙切れと銀細工を見つめていた。どうみても、ただの紙切れと銀の天秤だ。これが人の運命をころころ変えていくというのはどうも不思議な気がした。それとも、こんなものの為に命をやりとりする人間の欲望のほうが不思議だった。ましてや、それの導くものにそんな価値があるのかどうか…。
「そ、そうだな…でも…」
 アルザスはそっと手を出した。
「でも、オレは、ただ知りたいだけだ。」
 二つのものを引き寄せながらアルザスは応えた。
「知りたい?」
 フォーダートは、特徴的なコバルトブルーの深い色の瞳でアルザスを見た。深い色の目に見られると、何か心の奥まで見透かされるような気がする。何となく背筋がぞくりとした。
「何をだ?」
 ああ、とアルザスは応えた。
「こんな、多分くだらないものが、一体何を隠してるのか、その先に何があるのか、なんでこんなもんを作ったのか…それが知りたいんだ。」
 フォーダートは黙っている。アルザスは沈黙に耐えかねたように言った。
「いや、バカだってことはわかってるんだぜ! 知りたいだけで命かけるなんてさ。ただ、ここまで来て、折角、ゴールが見えてるのに、行かないなんてそんなの後で絶対後悔するじゃねえか。途中まで答えが出かけてるのに!」
「『好奇心は猫を殺す』ってか…いっちょまえにそういうことはわかってんだなあ。」
 フォーダートはにやりとした。それから、少しだけ笑い出す。
「どうせそんな答えだと思ってたよ。ここで探索やめるような中途半端な奴なら、最初からもってけなんていわねえって。さあ、これは今からお前のもんだ。」
 目を細めてにっと笑う。先ほどの冷たい雰囲気は掻き消えて、悪戯好きの少年ような笑みが口元に乗った。
 ほっとアルザスは胸をなでおろし、ライーザの方を見た。笑顔を浮かべているライーザは、深く頷いた。
「よかったわね。アルザス。」
「ああ。ありがとうな。フォーダート。」
 アルザスが礼をいうと、ライーザも少し頭をさげた。
「いいんだよ、オレは厄介払いができたんだから。」
 フォーダートは照れたような顔をして、少しだけ視線を彼らからずらしていた。
「そんなに感謝されると何となく居心地悪いぜ。」
「そんな…。今回はあんたに色々世話になったからな。」
 アルザスは珍しく素直に言った。
「ライーザの事もそうだし、これも…。多分あんたがいなきゃ、今回死んでたからな。」
「青少年を見捨てるわけにもいかねえだろが。一応、大人の役目だからなあ。」
 フォーダートはそんなことをいう。どこかで聞いたような台詞だ。アルザスは、ついぽんと手を叩いた。
「そうそう、あんたの両親にも世話になったし…。でも、あんた生きてるの、キィスさん知らなかったぜ?」
「…ん、あ、ああ。まぁ。そうだろな。」
 キィスの名をきいて急に目をきょろきょろさせながら、フォーダートは曖昧に答えた。
「帰ってやったらどうだ? 心配してるみたいだっ…」
「冗談じゃねえ!」
 アルザスの言葉をさえぎって、フォーダートは急に声を荒げた。びくりとしたアルザスに、フォーダートは何となく自棄になったような口調で続けた。
「ふん、あんな頑固オヤジに頭下げるなんて真っ平ごめんだぜ! 死んだ方がマシだ!」
 いきなり、口調が変わったので、アルザスはあっけにとられる。
「さっき、心配してたんじゃ…」
「心配なんざしてねえって! だ、大体、あんな奴の心配をオレがなんでしなきゃいけねえんだよ!」
 急な口調と態度の変化。それから見て取れるのは、アルザスにも理解できる、ある種の感情だった。寧ろ、アルザスもよくそういう状態になるので、彼の気持ちはわかるのであるが、それにしても……。
「なあ、…もしかしてさ、意地張ってんのか?」
「ば、バカいってんじゃねえよ…! オ、オレは、ただ…!」
 アルザスがきくと、フォーダートは急にそっぽをむいてしまった。声のどもりぐあいから、彼の動揺は火を見るより明らかである。
「父親に謝りたくないってのは、オレも男だから何となくわかるけどさあ。だからって…」
 アルザスは、多少の同情をしながら言った。
「いくらなんでも生死不明のままってのも…」
「うるせえな! オレの家庭は特別なんだ!」
 急にフォーダートは顔を青ざめさせた。
「大体だなあ、このまま帰ったら、オレは絶ッ対にアンヌさんに殺される! 十年近くふらふらしてたわ、顔にこんな傷つけて来たんだぞ…。絶対無事じゃすまねえ。殺される!」
 フォーダートは絶望的な顔をして、頭を抱えた。キィスに謝りたくないという建前はあるのだろうが、もしかしたら主な理由はアンヌなのかもしれない。と、アルザスは不意に思った。いささか大げさにも思える彼の言葉だが、アンヌなら、確かにそれぐらいの制裁は加えそうだった。
「でも、なんだか心配してるみたいだったし…」
「うるせえな、とにかく、オレは帰らねえぞ!」
 思春期の家出息子みたいな口ぶりでそういいながら、フォーダートは顔を背けた。先ほどまで、ともすれば恐怖を感じる男だったのに、こうしてみるとまるで子供だ。
「そういうとこだけガキなんだな、あんた…」
 アルザスは肩をすくめた。折角助けてもらったお礼に、フォーダートと両親を引き合わせてあげようと思ったのだが、なかなか一筋縄ではいきそうにない。
 それに、アルザスにも同情できる部分があるのである。たしかに、アルザスも父親に頭を下げたくないし、彼のような状況に陥ったら帰りたくもなくなるだろう。一応、アルザスにもなけなしのプライドというものがあるのだった。それが邪魔をして、素直にはなれないし、なりたくないと思ってしまうのである。フォーダートほど極端ではないにしろ、アルザスもその点では同じなのだ。
 ふと、二人のやり取りを静観していたライーザが、ため息混じりにやや冷めた声色でぽつりと言った。
「男って何でこんなにややこしいのかしらねえ。さっさと仲直りしちゃえばいいのに…」
 それはあくまで独り言だったので、アルザスにもフォーダートにも聞こえていなかった。


 
 
戻る   進む   一覧


背景:自然いっぱいの素材集
©akihiko wataragi.2003
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送