ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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 四章:嵐の夜

第12話:船出
 

甲板に出ると、ゼルフィスと二人の手下がたっていた。
「それじゃあな。」
 アルザスとライーザの後について出てきたフォーダートは、右手をアルザスの肩においていった。
「またどこかで会えたらよろしくな。」
「ああ。ホント、色々ありがとう。」
「いや、オレも楽しかったよ。もっとも、お前に会ってから、オレはろくな目にあわねえがな。」
 ふっと笑って、フォーダートは手を離した。
「負けないでがんばってやれよ。もし、困ったときには、あの店にでも言伝をくれれば、もしかしたら助けられるかもしれねえ。」
「ああ。ありがとう。」
 アルザスがそういって下がると、次はライーザが進み出た。青い瞳をまっすぐにあげて、フォーダートをみると、彼女は少しだけ照れたように笑った。
「あたしからも。ありがとう、フォーダートさん。」
 少し照れたように頭に手をやっていたフォーダートだが、ふと彼は居心地悪そうな顔をして苦笑した。
「あのさ…そのフォーダートさんってのはやめてくれねえかな。どうも「さん」付けで呼ばれるのはなれねえんで、ちょっとな。フォーダートでかまわねえよ。」
「そうなの? じゃあ、次に呼ぶときから気をつけるわ。」
 ライーザはにこりとした。
「あたしのこともライーザでいいわ。お嬢さんとかそんなのじゃなくって…。」
「そ、そうか。」
「お嬢さんって言うのも堅苦しいものね。」
 ライーザは、そっとフォーダートに近づくとその頬にいきなりキスをした。思わぬことに一瞬、フォーダートは固まる。そして、そのまま、呆然としているフォーダートに、ライーザは悪戯っぽい笑みを向けた。
「助けてくれたお礼よ。映画でよくやるでしょ。」
「あっ、あのなっ…!」
 意外に純情らしいフォーダートは、ほうっと顔を赤らめたまま、叫んだ。
「お、お、大人をからかうなっ!」
 向こうでゼルフィスがげたげた笑っているのがわかる。フォーダートはきっとそちらを睨んだが、ゼルフィスはそれを気にするほど繊細でもなかった。
 フォーダートはわざとらしく咳払いをすると、動揺をなるべく隠しながら言った。
「そ、それじゃあな。」
 ああ、といってアルザスは進みかけたが、不意に思い出したように振り返る。
「あ、そうだ。最後に一つだけ教えてくれるか?」
「なんだ?」
 フォーダートは、軽く首を傾げる。アルザスは瞬きしてから聞いた。
「あんたさ、どうして刺青を消してしまわなかったんだ? あんたぐらいの奴なら、本当に見られたくないなら、判別できないようにするよな? それくらいの度胸はあるんだろ?」
 それをきき、フォーダートはうっすらと笑った。
「そうだな。正直そうしようと思ったんだが、とうとう出来なかった。」
「何でだ?」
「オレがあの雷オヤジとアンヌさんの拾われっ子だってことは知ってるだろ。つまり、オレにはホントの両親がいるんだよ。見た事もねえけど。」
 ふっとフォーダートは寂しそうに微笑んだ。
「この刺青は、オレが物心つく前に入れられてたらしい。ガキにそんなことするオヤがろくでもねえだろうってことはわかってるんだが、それでも……。最後の可能性は捨てたくなかったんだ。もっとも、調子のってたころ、入れなおしたからこんな鮮やかな色なんだがな。」
「そうか。」
 アルザスは納得したような顔をした。
「あの二人には言わないでくれよ。」
 そっと言いやったフォーダートの顔には、先ほどあれほどキィスに意地を張っていたのとは反対に、二人を気遣う息子の表情が浮かんでいた。
「わかってるよ。」
「そうか…。それじゃあな。」
 フォーダートは少しだけ寂しそうにいった。
「ああ、じゃあ、また。」
 アルザスはいって、手を振ると彼に背を向けた。ライーザが後をついてくる。フォーダートとその手下、それからゼルフィスに見送られて、アルザスとライーザは、桟橋を降りていった。


 すでに路地に入っていた。
「なぁ、ライーザ…」
 アルザスは、少しだけ視線を伏せた。先ほどからライーザが彼の前を歩いている。その足取りははやくて、アルザスもついていくのがやっとである。
「な、なに?」
 ライーザの声が、少しだけ涙声なのをアルザスは気づいている。ライーザが振り返りもせず、アルザスに先んじて歩いているのは、泣き顔を見られないようにだということもわかっている。
「きいていいか…?」
 アルザスの方も複雑な心境だった。戸惑い、アルザスは地面をみながら、そうっと、こう訊いた。
「お前さ…、あいつのこと…好き…だったとか…?」
「馬鹿言わないでよ。そんなんじゃないわ!」
 少し怒ったような口調でライーザは否定したが、相変わらず前を向いたままだった。
「それじゃ…その…」
 アルザスはまだ何か言い募ろうとしたが、結局首を振った。
「そうか。それならいいんだ。」
 ふうとため息をつく。ライーザがもし本当に彼が好きだとしても、アルザスにはとめようが無い。どうしようもない。仕方がないことだ。今はどう考えても、彼の方が一枚も二枚も上なのだから。
「とりあえず、アレクサンドラのところに荷物を取りに行こう。」
 アルザスは、そっとそういった。
「それから、どこに行くか決めようぜ。」
「そうね。そうしましょう。」
 ライーザはつとめて明るい声で言った。涙をみせずに歩く彼女を見ながら、アルザスは、ライーザの強さを思い知ったような気がした。


 甲板に残されて、どこか寂しそうなフォーダートに、後ろからゼルフィスが声をかける。
「結構いい子達だね。」
「まぁな。」
 ゼルフィスはにっと笑った。悪戯っぽい笑みだが、顔がなまじ綺麗な分だけ妙な違和感がある。
「それじゃ、次から公然とあんたを狙ってもいいよな。月のない夜には気をつけなよ。」
「言われなくっても気をつけてるよ。」
 ふうとため息をつきながら、少し猫みたいなゼルフィスのほうをそっと横目で見やる。こんなに外見と中身が違う人間も珍しいと思いながら、フォーダートは、何となくその綺麗な横顔を見ていた。
 だが、彼は慌てて足を引いた。ゼルフィスの口元が歪むと同時に、彼の足がさっとフォーダートの足元をすくおうとしたのがわかったからである。思わず、壁側を背につけて、フォーダートは驚き半分に怒鳴った。
「な、何しやがる!」
「チッ! 惜しい!」
 ゼルフィスは舌打ちをしてあははと笑った。
「しかし、今の避け方のキレが気に入ったよ!やっぱさ、あんた、サイコーだよ! 気に入った!」
「な、なんだそりゃ!」
 かえって気味悪そうにゼルフィスを見ながらフォーダートが言っても、彼はニヤニヤするばかりである。
「決めたぜ! あんたの首はどんな事があってもオレが必ず貰い受けてやる! 心配するな! 他の奴に殺られそうになったら助けてやるぜ! だから、オレの先約を忘れるな!」
「あほか! オレは、お前に殺されるのも他の奴に殺されるのもいやだってーの!」
 本当に冗談にもならない。これが冗談で言ってくれているのなら、フォーダートもほっとするのだが、彼はどうもまじめにこんなことをいっているらしいので性質が悪い。
「それじゃ、オレはこの辺で…。」
 ひょいっとゼルフィスは桟橋の方に飛び移る。その一瞬振り返り、にっと笑う。それがまた絶世の美女のように綺麗なので、フォーダートの胸は一瞬の不意を突かれて、どきりと跳ね上がった。
「じゃあなあ! 覚えてろよ、逆十字!」
「ぜ、ぜ、絶対忘れ去ってやる! 忘れ去ってやるからな!」
 不意を突かれた気まずさも手伝って、フォーダートはややむきになったように叫んだ。向こうでゼルフィスが、楽しげに笑っているのが目に付く。彼はそのまま、フォーダートの怒りなどどうでもいいように、すたすたと立ち去っていった。
「あ、あ、あの野郎…!」
 無意味に疲れ果てているフォーダートに、ティースが訊いた。
「あの人なんなんですか?」
「さぁ、…あんな理解できんやつは久しぶりだ。」
 と、つぶやいた後、フォーダートは深いため息をついた。
「いや、タイプは違うがもう一人わけわかんねえ奴がいたっけな…。」
 そのわけのわからない男を思い出すと、何となくうんざりする。だが、一応結果はきいてやらないといけないので、そのうちに会いに行かないとならないだろう。
「…一難さってまた一難だな。…あぁ、憂鬱だな。」
 フォーダートはそういいながら、右手で頭を抱えた。


「なかなかおもしろかったね。」
 ゼルフィスは満足げに呟いた。なによりも逆十字と戦えたことが大きな収穫である。『彼女』の血の中に潜んでいる、獣の血がぞくぞくと騒ぐ。あれほど楽しい相手というのも、そうそう出会えない。フォーダートが重傷を負っていたのは惜しかったが、前哨戦にはちょうどよかった。
(でも、結構まじめな奴でよかったぜ。なにしろ、屑野郎とやりあっても自慢にゃならねえからな。)
 ゼルフィスはそっと微笑みながら、両手を頭の後ろで組んだ。
「さて、あたしゃしばらくどこに潜伏しようかねえ。」
 『彼女』はどこかのんきに、しかし、獣の危険を秘めたまま、つかつかと歩いていく。その宝石のようなエメラルドの瞳には、逆十字との次の戦いが映っているのかもしれない。




 潮騒の音が、綺麗に聞こえている。台風一過とはよくいうが、嵐の後の今日の空は、目が痛くなるほどの青さだった。
「いきなり寂しくなりましたね。」
 と、ディオールが掃除をしながら控えめに言った。フォーダートは振り返る。
 あの二人もゼルフィスもいない今、この船の中はとても静かになっていた。いたときとは比べ物にならない。怪我をしているフォーダートにとっては、その方がよかったのかもしれないが、一気に静かになると寂しさもまたひとしおだった。
「いいんだよ、静かな方が。ここの所、急激に騒がしくて参っちまったぜ。」
 フォーダートは、舵輪にもたれかかりながらそういった。
「怪我もしたし、しばらくゆっくり療養することにする。」
「でも、おかしら。ホントは寂しいんじゃないんですかあ?」
 ティースがどこからとも無く現れてそう訊いた。猫よりも猫らしい動きをするティースは、神出鬼没すぎて侮れない。
「なんだかんだ言ってあの二人のことかわいがってましたしね。一緒に旅をしないかって言ってあげればよかったじゃないですか? 誘えば来たんじゃないですか?」
「馬鹿いうなよな。」
 フォーダートは、使えるほうの右の手を頭の後ろに回した。
「オレは、すでに堅気を踏み外してるんだぞ。そんなオレがこれ以上、ああいうまっさらな若いもんに関わっちゃいけねんだ。ああいう奴らを、曲がった道にひきいれちゃいけねえんだよ。」
「そういうものですかね。」
「そういうもんだ。大体、オレはお前らだって本当はどうしようか迷っていたんだぜ。それも、お前らがどこにも行き場がないっていうから仕方なく…。」
 フォーダートは、ため息をついた。
「いいんだよ。…さ、足がつかねえうちにこの港ともおさらばしないと…。そろそろ出航でもするか。」
 彼がそういったとき、ふとディオールの声が聞こえた。
「あれ、アルザス君。どうしたの? 忘れ物?」
 フォーダートは立ち上がり、船べりの方に近づいた。桟橋の下に、荷物を抱えた赤い服の少年と、ポニーテールの少女が立っている。先ほどわかれたばかりの、忘れもしない二人組みは、何か妙な笑みを浮かべながら、何かおねだりをするときの子供のように、少しばつが悪そうにたっているのだった。
「お、お前らっ…」
「よく考えたらさあ。」
 アルザスが、何となく勿体をつけながら切り出した。
「…あんた、旅に必要なのって何だと思う?」
 少し考えてから口を開きかけたフォーダートをアルザスが制した。
「夢とロマンとかそういうのはなしでだぜ。」
「うっ…」
 思わず詰まったのは、おそらく図星をさされたからだろう。言葉に詰まる夢見がちな大人に、ややあきれた視線を向けながらも、アルザスはもう一度聞いた。
「具体的にっていうと、何がいると思う?」
「そ、そうだな…。寝袋と食べ物と…まあ、そういうものを買うための金…」
「それだ!」
 突然アルザスとライーザが声を合わせて叫んだので、フォーダートはびくうっと縮み上がった。
「な、なんだよ! なんだよ、その反応は…」
「つまりはね…」
 ライーザはアルザスの顔を見て、それからそっと腕を揺する。あんたが言いなさいよ!という合図のようだった。嫌な予感がする。せかされて、とうとうアルザスが言いにくそうに切り出した。
「そのなあ、つまり…」
「つ、つまり、なんだ? は、はっきり言ってみろ。」
 フォーダートは言ってしまってから、これは失敗だったかとも思った。その言葉にはげまされ、アルザスはとうとう口にした。
「つまり、その、よく考えたら路銀使い果たしてたんだよなあ! アレクサンドラのところに荷物とりにいったのはいいものの、財布みたら、何もなくてさ。」
「まさか、お前達!」
 読めた。フォーダートは、首を振る。
「だ、駄目だ。オレは駄目だぞ! そんなパトロンになるような金持ってねえし、お前らをパラサイトさせる余裕なんかないんだからな!」
「そこまで誰も言ってないだろ。」
 アルザスは少しだけむっとして、口を尖らせる。
「パージスから出る金も無いから、次の街まで連れて行ってくれって頼んでるんだよ。」
「そうか。…まあ、それならいいか。」
 フォーダートは、少しだけため息をつく。無一文だといわれると、ここにおいておくわけにも行かない。
「というわけで。」
 桟橋を渡って甲板まで上がってきたライーザは、にっと笑いかけてきた。
「しばらくよろしくね。フォーダート。」
「よろしくな!」
 アルザスも便乗してすでに荷物をその辺においている。
「…わかったよ。わかった。」
 フォーダートは首を振った。
「仕方ないから、もうしばらく付き合ってやるよ。」
 そういいながら、フォーダートは少しだけ微笑んだ。青い海と空を眺めながら、彼は、それでも少しだけ喜んでいたのかもしれない。
 この二人ともう少しだけ、騒がしい旅をすることができるということに――

 空は雲ひとつ無く青い。水平線のほうに、かすかに大きな帆船が見えた。海はきらきらと太陽の光を反射し、まるで宝石のように輝いている。いまなら、あの向こうまでいけるような気がした。今なら、心の中の探究心をこの海が叶えてくれるかもしれないという気がする。
 アルザスは、フォーダートにもらったばかりの地図と天秤を取り出した。これが、これからの自分の旅にどう影響するのだろう。答えは、この海がくれるのだろうか。
「それじゃ、出航するか!」
 フォーダートの声が、どこかからりと響き渡った。

知らずの地図編・完

 
 
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©akihiko wataragi.2003
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