ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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 四章:嵐の夜

2.決戦前夜
 島の反対側に位置するこの浜辺は、まだ波が高くない。砂地のところがかなり残っていて、そこまで危険とは思えなかった。雲があつく月を隠していたので月明かりには頼れないが、幸いここには外灯がいくつか灯っている。その下にいれば、夜目がきかなくても相手の動きはわかる。アルザスは、フォーダートの蹴りをかわしたがすぐに足払いをかけられた。
 砂がザッと舞い上がって、アルザスはそこに倒れ込む。
「おい、大丈夫か?…ちょっとやりすぎたかな?」
足払いをかけた張本人であるフォーダートが、心配そうな顔をして手をさしのべた。アルザスは、髪にかかった砂をはたいた右手で、フォーダートのさしのべた手を払った。
「いいよ!このくらい平気だから!」
「あ、そう。」
 フォーダートは、満足げに、しかし素っ気なく笑った。
「…お前。なかなか見所あるぜ。」
 そういって、フォーダートは道路の方を見上げた。人家も通りがかる人もほとんどいない。こちらは砂浜であるがゆえに大きな船が停泊できないからなのか、裏側の繁栄ぶりとは対称的だった。
 浜辺のちかくには、黒いオートバイがとめられていた。フォーダートは、離れたここまでそのバイクにアルザスと二人乗りをしてここに来たのである。どうやら、それは普段から船に積み込んでいるらしかった。
「組み手はここまでにしようか。護身術は一通り教えたしな。」
 不意にフォーダートが言った。アルザスは慌てて立ち上がる。
「な、なんでだよ!!」
「慌てるなよ。何も戦いは、こういう肉弾戦に限る訳じゃないだろ。それに、オレは格闘家じゃねえからな、もともとこういうのはそんなに得意じゃないんだよな。」
 得意じゃないといわれても、そんな彼に翻弄されたアルザスは内心面白くない。それに気付いたのか、フォーダートはフォローを入れる。
「いやな、つまりオレのはただの喧嘩殺法だから。なんていうか、まっとうな戦い方じゃないんだって。もっとも、剣の方はオヤジに鍛えられたからまだ覚えはあるんだが…。」
「オヤジ?オヤジさんがいたのか?」
 問い返したアルザスの言葉で、フォーダートは自分が今、何を言ったか気付いたようだった。
「…オレ、今、オヤジなんて言ったか?」
「言ったよ。それも思い切り。」
 フォーダートは、頭をかいた。少しばつが悪そうだった。
「…ま、ホントのオヤジじゃねえんだよ。それに、とっくの昔に勘当されちまってて、ずっと会ってないんだけどさ。…弱ったな。こんな話をするつもりじゃなかったんだけどな。」
「じゃ、オヤジさんって言うとやっぱり海賊の親分か?あんたも子分だったことがあるんだ。」
 アルザスは自分が知らない世界をのぞけるという期待からか、少しなれなれしく尋ねた。フォーダートの方も、べつにそれに嫌な顔などしなかった。今日、しかも、この二、三時間前に和解したばかりの連中の会話とは思えないところがあった。この前までは、お互い敵同士-----一度は、命のやりとりまでした者同士には見えなかった。
「まぁあ、似たようなもんかな。でも、そこは違うぞ。オレは、誰かの子分だったことはないんだ。だから、親分子分の杯なんか固めてねえぜ。オレには固定の親分はいないからな。…そうだな、いつの間にか、オレが養子に入ってたんだ。だから、どっちかっていうと親分って言うより、ホントの親に近かったかな。」
 フォーダートは、砂浜に足を伸ばしてすわった。アルザスもその横にならった。
「あのオヤジ…無茶苦茶強くてさ、…オレなんか敵いもしなかった。どうかなぁ、今なら。オレも結構強くなったと思ったけど、実際の所、どうだかわからねえ。…オヤジが弱くなってたら、例えオレが勝ったとしても全然嬉しくないし。今も変わらないでいると良いけどな…。」
 不意にフォーダートの顔が寂しさにしずんだ。アルザスは、それをのぞき込みながら言う。
「へぇ、そうか。あんた、そのオヤジさんのことは嫌いじゃないんだ。」
「嫌いだよ!あんな、クソオヤジ!」
 落ち込んでいたフォーダートがぶっきらぼうに、しかし子供っぽい口調で即答した。余りの反応の早さとその子供っぽい言い方に、アルザスは思わず吹き出した。フォーダートは、少し照れながらも不本意そうに彼を横目で見た。
「な、何笑ってんだ!!」
「だ、だってさ…、あんた、変なところですっごい子供っぽいから!!はははは!」
「う、うるせえなっ!!もう助けてやらねえぞ!!」
「悪い悪いって!…今までオレがあんたにからかわれてたけど、あんたも結構隙があるんだな〜〜!これからは、逆にからかってやろう。」
「ちょ、調子に乗るなよ!!」
「冗談だって。」
妙にムキになっているフォーダートを見るのは、アルザスとしては小気味よかった。今までさんざんやられてきた怨みをここで全部晴らしたい感じであった。
 不意に、彼の右手に目がとまった。先程の組み手のせいだろうか、リストバンドがずれていた。だというのに、彼の右手首はむき出しになっていない。その下に丁重にしろい包帯が巻かれていた。
「それ…。」
「ん?」
 アルザスに指さされてフォーダートは、自分の右手首に目をやった。リストバンドがずれているのを見て、慌ててそれを元に戻す。その態度は、フォーダートらしくなかった。
「怪我でもしてるのか?」
「…いや…。」
 フォーダートは少し口ごもった。
「その…やけどの痕があるんだ。…あまり、人前で見せるようなもんじゃないから。」
「そうか…?」
 不意にアルザスの脳裏に、夕方、キィス=テルダーが別れ際に話した言葉が蘇った。
----------『地獄のダルドラの右手首には、炎の鳥と弓矢をかたどった入れ墨がある。』
 執拗に右手首を隠すフォーダート。そして、先程の「オヤジ」の話。よく考えてみれば、キィスの話と符合しないだろうか。十年近く前といっていた。フォーダートは、三十そこそこぐらいの年だから、十年前というと二十歳すぎぐらいだろう。だとしたら…。
「なぁ…あんた…」
------あんたが…地獄のダルドラじゃないのか?
 アルザスはそう言おうとしたが、肝心なところで言葉が喉につっかえたようでうまくでてこない。訊いてはいけないことのような気がした。
「…け、剣術はオレに教えてくれないのか?」
結局、アルザスはうまくはぐらかした。やはり、訊けなかった。
「あぁ、…剣術はなぁ…、決闘とか役立つが軍隊相手に役立つとは思えないぜ?」
「そ、そうか。」
 フォーダートは、アルザスが断られたので残念がっていると思ったらしく、こう付け加えた。
「あ、でも、時間があったら教えてやるよ。この件が終わってから。」
まるで子供の機嫌を取るときのような言い方だった。
「そうそう、だからさ。次は銃の撃ち方を教えてやるよ。メインはこっちなんだ。次へいこうぜ。な。」
 フォーダートはやけに優しかった。今の彼の態度や性格は、まるで悪党という言葉が似合わなかった。先程まで恐怖の存在だったはずの男は、今はそこで実の兄のような顔をして笑っている。少し不良っぽい隣のお兄さんといった感じで、サーペントをはじめ悪党共を震え上がらせた男の面影はどこにもない。
(変な奴だ。)
 そう思いながら、アルザスはフォーダートに好感を抱いていた。だからこそ、彼を追いつめるであろう言葉を発することが出来なくなってきていた。 
 
部屋をノックされて、ライーザははっと顔を上げた。泣き顔の所を見られたくない一心で慌ててスカーフの端で顔を拭う。
「誰?」
「あ、あのう…。」
 相手の方が恐る恐るといった感じで、ドアから顔をのぞかせた。若い男で、体格は悪くないから兵士なのだろう。ただ、その顔つきは兵士にはまるで向いていない。一見して気が弱そうで、絵に描いたようなお人好しといった風だったのだから。
 ライーザは身構えていた分、妙に拍子抜けしてしまって少しため息をついてしまった。
「な、何のようだ?とか訊かないんですか?」
 男は、何も訊かれないので不安になったのか、そんな間の抜けた質問をした。
「そういうのは、そちらがいうものじゃないの?」
「あ、そう、そうですね。」
 男は、あわてて居住まいをつくろって
「食事、持って行けといわれたんです。それで…。」
男は、手に持っていたトレイを思い出したように差し出した。
「あの…何も悪い物は入ってないです。私が作ったんで。」
おずおずと言って、男はさっと引き上げていった。ライーザは、しばらく男が去っていった方を呆然としてみていたが、やがて少しふっと笑った。
「変な人ねぇ。」
ライーザが、ここに来てから笑ったのは、これが初めてだった。一体、さっきのおかしな兵士は、何だったのだろう。もしかしたら、ライーザの世話役を押しつけられた不運な気の弱い、見たそのままの兵士だったのかもしれない。
 不安は残ったが、先程の男が嘘をついて居るとも思えなかった。ライーザはトレイをそっと引き寄せると、そこにつけられたオレンジジュースをつかんで一口、口に含んだ。
「アルザス…。大丈夫かしら。」
 窓すらもないこの部屋では、何の様子もうかがうことは出来ない。せめて、外が見たかった。ライーザは、膝を抱えて深々とため息をついた。こうやって、一人でいると、ふと、昔のことが思い出された。
 家の仕事の関係で、小学校にあがるまで船の上にいたライーザにとって、アルザスはヴェーネンスでのはじめての友達であった。気が強いライーザは、あまり女の子の友達とはうまくいかなかった。だから、友達らしいつきあいができたのはアルザスが初めてだったかも知れない。
 アルザスは、威勢こそ良かったが昔から喧嘩はそんなに強くなかった。今でもそれは変わらない。彼にあるのは、天性の勘と悪運の良さぐらいで、ライーザから見ても一人でほっとくには頼りない感じがするのだった。
 だから余計心配だった。自分がこんな風に捕まっていることを知って、アルザスはどうするだろう。きっと、考え無しに突撃することしかできないだろう。昔からそうなのだった。ライーザが、時々止めてやらなければずんずん進んでいってしまう。
「アルザス…ダメよ…。殺されてしまうわよ。」
 ライーザは、小声で呟いた。電灯の光しか入ってこない閉鎖された部屋の中では、ライーザはただの無力な少女でしかなかった。部屋の真ん中にうずくまったままの彼女の耳には、重々しい震動しか伝わってこなかった。
 せめて、外が見たかった。夜の海でも見ていれば、少しは気が紛れたのに…。
 
 花火のような音がして、空き缶が弾け飛んだ。
「まぁ、…こんなもんかなぁ。」
フォーダートが、腕組みをしたままうなずいた。あまり、気のない返事にアルザスはむっとして彼を睨む。
「なんだよ…。その微妙な言い方は…。」
「…こういうのは、才能とか適性ってのがあるから。」
「じゃあ、オレはダメなのかよ!」
「い、いやそうじゃなくって、筋は悪くないんだぜ。」
 フォーダートは、笑って誤魔化そうとしていた。アルザスは、かなりの剣幕でフォーダートを睨み付けていた。
「暗い中で、これだけ当てられたんだからなかなかだとは思うんだ。…でもな…。」
 そういって、フォーダートはちらりとアルザスの手の中の銃を見た。そこには単発式の小さな手のひらサイズの拳銃が握られていた。おまけに射撃した空き缶は、ごくごく近くに転がっている。
「射程距離が…ちょっと短すぎるんだよなぁ。護身用にしても。」
「…悪かったな。体格悪い上に、根性もなくて…。」
 気にしているところを突っ込まれたのか、アルザスは顔をふくらせた。
「い、いや…。オレはなにもそこまで。いや、お前はいい奴だと思うぞ。」
フォーダートは焦って、アルザスを必死で持ち上げようとしているようだった。
 実は、フォーダートは自分の銃を一番最初、アルザスに撃たせたのである。彼の使っているのは、レボルバー式でそれなりに射程も長い銃で破壊力もかなりのものであった。だが、初心者のアルザスがいきなりそんなものを撃てるはずがなく、引き金を引いた途端、反動で浜辺にひっくり返ったのだった。ライーザより少し背が低いぐらいのアルザスは、けして体格に恵まれている方でもないし、おまけに銃を撃つのは今回が初めてだというので、フォーダートは、女性が護身用に持っている単発式の小さな拳銃をすすめてそこはうまくいったのであったが、射程は短いし、アルザスが妙にそれで傷ついてしまったらしく、こんな状況になってしまったのである。
「まぁ…さ。こんなもん、撃たない方がいいんだから…、き、気にするなよ。」
 フォーダートに慰められても全然嬉しくなどなかった。フォーダート自身はアルザスが羨むほどの長身なのである。もっとも、そのフォーダートも、大男の多い船乗りの中では背も標準程度だし、体格としては痩せている方なので体格に恵まれているとは言い難かったのであるが、少なからずアルザスより恵まれているのは一見してわかる。そんな男に自分の気持ちがわかるものか。
「悪かったって…。悪気はないんだから。」
「ちぇっ…。わかったよ!」
 アルザスは舌打ちをした。そして、フォーダートの方に振り向いて、銃を投げ渡す。フォーダートは、うまくそれを受け取った。
「乱暴だな。もっと、丁寧に扱えよ。暴発したら危ないだろ。」
「弾が入ってないじゃねえかよ。」
「そう言う問題じゃないだろ。」
 機嫌が悪いアルザスを刺激しないように、フォーダートは深々とため息をついた。
「そろそろ、帰るか。明日は体力使うんだ。今日ははやく寝ようぜ。」
まるで遠足の前のようなことをいった。明日は、軍隊と一勝負やらかす日だというのに、彼には恐怖感というのはないのだろうか。不意に忘れかけていた緊張と恐怖が、アルザスの中に蘇ってきた。
(もしかしたら、…明日、もう夜を迎えることが出来ないかも知れない。)
 不吉なことを思わず考えてしまい、アルザスは身震いした。だが、ライーザのことを思うと、逃げるわけには行かなかった。拳に力を入れて握ってみる。こんなところで、恐怖を感じて立ち止まるような自分が情けないと思った。目の前のフォーダートには、恐いことなど無いのだろうな、と考えると、ライーザが彼に好意を抱いたわけがわかるような気がした。
 フォーダートが大声で、もういくぞ!と呼んでいた。アルザスは、それに応えると砂浜の砂を蹴り上げて走った。波は荒くなりはじめていた。空の雲といい、嫌な予感をかき立てる材料ばかりがそろっていた。
 


 
 
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©akihiko wataragi.2003
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