ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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 四章:嵐の夜

2.決戦前夜-2

 風呂に入って、それからディオールがつくってくれた夜食をたべてしばらくすると、ドラゴン…ファリアエイル号の乗員達は、就寝時間だと言ってみんな自分の部屋に帰っていった。アルザスは、客室らしい一番上等な部屋に通されたのだが、そこには先程まで荷物が積まれていたらしい形跡がある。あまりに使わないので、倉庫になっていたのは一目瞭然だった。ただ、ディオールが綺麗に掃除してくれていたようで、ほこりにまみれる心配はなかった。
 それよりも意外だったのは、この船に風呂があるということだった。しかも、毎日風呂をたかせるのだと、文句混じりにティースがそっと教えてくれた。
「おかしらは、アレで風呂好きでさ。こっちが迷惑するぜ。船乗りのくせに、何を水の無駄遣いやってるんだか…。」
「え、あいつがぁ?」
 アルザスは驚いた。そう言われてみると、フォーダートは服もぼろぼろだが綺麗だし、身なりも小汚くはないのだが、なんとなく無精なイメージがあってそう清潔好きな感じが全くしない。あの、無精たらしいヒゲも実はちゃんと時間をかけて手入れしているのだとか。意外すぎて笑ってしまいそうになった。
 だが、明日のことを思うと、いくら笑えそうな事実があっても手放しに笑える状況ではなかった。事実、ベッドに入って眠ろうとしたのだが、眠りかけたところで階段からおちる夢を見たりして眠れない。何度も、寝返りをうったのだが近くにある置き時計の針の音が、憎いまでに響き渡るだけで眠れる気配は全くなかった。不意に、外が明るくなった。雲が一時晴れて、明るい月が姿を現したようだった。
 アルザスは、身を起こして靴を履いた。少し気張らしがしたくなったのだった。その足で、甲板に出てみると空の雲は、先程よりもかなり分散しているように見えた。薄い雲の向こうから、月の光がきらきらと海に降り注いでいる。
「眠れないのか?」
 いきなり背後から声をかけられて、アルザスは飛び上がった。後ろには、ランプに火を入れたフォーダートが、コーヒーカップを二つ手にして立っていた。そこからは、湯気が立ちのぼっていた。フォーダートの足下には、猫のカーチスがウロウロしている。
「あ、あんた…。」
 フォーダートは、アルザスにカップを一つ渡した。
「まぁ、そうだろうな。眠れって言われたところで眠れるような状況じゃねえやな。」
フォーダートは笑った。向こうの方で、白波が立っているのが月の光に照らされてうっすらと見えた。
「…オレ、臆病もんかな?…ホントは恐いだなんてさ。」
 アルザスがいつになく落ち込んだ様子で呟いた。フォーダートはクスクスと笑った。
「臆病な奴は、ここまで来やしねえよ。自分に自信を持ちな。」
 にゃあという太い猫の声が聞こえ、フォーダートはカーチスを持ち上げた。あごを撫でてやると、猫はごろごろとのどを鳴らして気分良さそうにしている。
「あんたは……こわくないのか?もしかしたら、死ぬかも知れないんだぜ?」
 アルザスは、フォーダートの方を向いた。フォーダートは、少し兄貴ぶった、優しい微笑みを浮かべた。
「ああ、そりゃあ恐いよ。そりゃあ、明日のことも恐くないと言ったらウソになる。だけど、オレは慣れちまってるからさ。その恐い感覚が。何度も、生きるか死ぬかっていう場面を経験してるからな。だんだん、鈍くなっちまってるだけのことだ。臆病とか勇敢とか、そういう事じゃねえんだよ。」
フォーダートは、そう応えるとカップの飲み物を一口すすった。
「でも…、今回は、あんたには直接関係のないことだし。」
 アルザスに言われて、フォーダートはへへへと笑った。
「その関係ない男に、お前、さっき地図を渡そうとしたよな?なんでだ?」
「それは…。」
アルザスは少し困った顔をした。
「だ、だって…なんていうか。あの地図をあいつらに渡しちゃいけねえってのはわかってたんだ。…ライーザの命がかかってるけど、そのまま渡したらとんでもないことが起こりそうな…そんな気がしたし。だけど、アイツを見殺しになんかできないから、ライーザは、オレが助けようと思って…できるかどうかわかんなかったけど。でも、そうなったらあんたに渡しておくのが一番安心だと思ったんだよ。…他に信頼できる相手もいなかったし。」
 あまりうまく話せないが、アルザスの言いたいことはフォーダートに十分伝わったようであった。
「ふふふ、それは直感って奴か?」
「かもしれねえけど。」
 アルザスの答えを受けて、フォーダートは更に笑う。
「危ねえ奴だな。オレなんかに渡して、とんでもないことになったらどうするんだよ。オレは、悪党だぞ?おまけに、あの子を助けるのに、絶対それがいるじゃねえか。自分の力量を推しはからねえ奴だな、お前は。ま、お前がああまでしたから、…オレはお前を助けてやろうって決めたんだけどさ。」
 彼は、一息ついてから笑顔のままで続けた。 
「それに…関係ねえってのはよせよ。言っただろう?半分以上は、オレの責任もあるんだから。それに、お前達を巻き込んだのは、全部オレに責任があるんだ。ここで、オレがお前達を見捨てたら、多分、オレは一生自分を許せなくなる。これは、むしろオレの問題なんだ。」
「どうしてそこまで責任を感じてるんだ?」
「どうしてって…それは…。」
 フォーダートは、ため息をついた。
「…この事件の真ん中に近いところに、オレがいたからさ。だけど、一度オレは逃げた。お前、オレは勇敢な男だと思ってるだろ?」
アルザスは、うなずいた。フォーダートは、首を横に振った。
「実際、オレはそんなに立派でもねえんだ。いつだって、オレは恐かった。だから、全てを投げ出して逃げたのさ。…逃げるのは、簡単に見えるだろ?でも本当はそうでもなかった。逃げて逃げて逃げ切るのは、命がけで闘うよりも辛いことだった。おまけに、投げ出しちまった事で、あの事件はずーっとここまで尾をひいちまったんだよ。これは、オレがケリをつけなきゃならねえ。だから、オレは戻ってくるしかなかったんだ。」
 カーチスが、フォーダートの手からするりと抜け出した。とことこと、どこかへ走っていく。フォーダートは、アルザスの方に向き直った。
「お前は、自分のことを臆病者かもしれねえって気にしてるけど、…むしろ臆病なのはオレの方だよ。お前は…オレに命乞いだってしなかったじゃねえか。オレはさ、一回、他人に命を握られた時、命乞いをしたことがある、多分、お前がその場面をみたら、オレのことを軽蔑してただろうぜ…。」
フォーダートは少し自嘲気味に笑った。
「軽蔑するかどうかは、オレにはわかんないけど…。実際見た訳じゃないから。」
 アルザスは、遠慮がちに言った。
「でも、オレがあの時、命乞いとかをしなかったのは、そんなに度胸があったわけじゃねえし…なんていうか…。」
「なんていうか?」
 フォーダートは、口に運ぼうとしている飲み物をぴたりと止めた。
「なんていうか…あんたが、オレに危害を加えるつもりじゃねえって…わかったような気がしたんだ。あ、でも、理由はよくわかんないんだぜ…。それに、オレはあんな事いう気はなかったんだし…。なんだかさ…、あんた、あの時、一瞬迷うような目をしただろ?いや、オレにはそうみえたんだ。それで、つい…。でも、ホントはたぶん、はったりなんだと思うんだけど。」
 しどろもどろになりながら、アルザスはいった。ゼンツァードで彼に追いつめられたときの心の動きというものが、自分でもよくわかっていなかった。あの時は、勝手に口が言葉を吐きだしたという感じで、あんなすごい、命がけのはったりなど使う気は彼には微塵もなかったのだ。アルザスは続けた。
「だから、…わかんねえんだよ。相手があんたじゃなかったら、多分オレ、あそこで死んでると思うんだよな。だから…」
「随分、買いかぶってくれるじゃねえか。」
フォーダートは笑った。
「実際、あんた、オレを殺さなかったじゃないか。」
「オレは、甘い人間だからな。…それが常に命取りになってることはわかってんだけどよ…。それに、…あそこでお前を撃ち殺してたら、多分オレは一生立ち直れてなかっただろうな。」
 フォーダートは、深いため息をついた。海は、薄い光でキラキラ光っている。彼の目は、そちらに向けられていた。
「…オレ、思うんだけど…。」
アルザスは、彼の視線を辿りながらいった。
「冷酷とか非情な奴の方が、この世界では得だとは思うんだぜ。逆らう奴を容赦なく片付けたら、後で悪いことを起こさないで済むし。…でも…ホントに強いならそこまですることないんじゃねえかって思う。」
 いいながら、アルザスは少し困ったような顔をした。こういった話はうまくまとめられない。
「だって、そうだろ?よく考えたら、ホントに強くて自身のある奴は、相手が復讐しに来たって平気なはずだろ?勝つ自信があるんだもんな。うまくは言えねえけど、…オレはそっちの方が、格好いいんじゃねえかって思う。」
 微動だにせず、アルザスの言葉を聞いていたフォーダートは突然笑い出した。
「お前…それで、オレを励ましてるつもりか?」
「べ、別にそんなんじゃねえけど!」
実際、フォーダートを励ますつもりでいった言葉だったのだろうが、アルザスはそれを素直に認めたくなかった。
「ありがとよ…。お前はいい奴だな。」
彼は笑って、軽くアルザスの肩を叩いた。
「ち、違うって言ってるだろ?」
「わかってるって…。」
フォーダートは、からかうような表情でいった。
「そろそろ、それ飲んで寝ろ。…明日は大変な日になるんだからさ。」
「わかってるよ。」
 そう言って、アルザスは飲み物を一口飲んだが、飲んだ途端に吹き出した。舌の上に、あまり飲み慣れない味が広がっていた。しかし、味わいなれないだけのことで、今までそれをなめたことはある。アルザスは、フォーダートに目を向けた。
「ちょ…ちょっと待てよ…。これ、アルコール入ってないか?しかも、かなりきついような…。」
「え?…何?」
 フォーダートは少し驚いたような顔をして、自分の飲みかけのカップを慌てて舐めた。そして、合点がいったような顔をした。
「ありゃ…。オレのと間違えたわ。道理で物足りねえ味がすると思ってた。仕方ない。新しく入れ直してやるよ。」
「あんた…今日はアルコールは飲まないっていってたんじゃねえか?」
 アルザスはじっとりと彼を睨んだ。確かに、夕方『今日は、飲みたい気分じゃねえ』と言っていたのだった。だというのに、いきなり何を考えているのだろうか。
「ま、まぁ、ちょっと気分が変わったって言うか……。あ、オレ、新しいの入れてくるわ!」
 慌ててフォーダートは、この状況を逃れようとした。
「なんだよ!明日をなんだと思ってんだ!!明日は人生最大のなあ!」
「お、怒るなよ!ま、許せってば…。時には、いいだろ?ほら〜、ちょっとの酒は、緊張をほぐすとかいって…。」
「明日をなんだと思ってんだ!!二日酔いでボロボロになったら、承知しねえぞ!」
「わ、わかってるよ!…今日は、もうやめる!やめるからな…えっと…。」
 フォーダートは、言いかけてふと口をつぐんだ。何か、物欲しそうな目でアルザスをじっと見ている。
「何だよ。」
アルザスが不審そうな目つきで彼を睨むと、フォーダートは、ばつがわるそうにしながらそうっと尋ねた。
「…お前、…名前は、『アルザス』で…よかったよな?」
「はぁ?」
 アルザスは、思わず後ろにひっくり返りそうになった。この男、先程まであんなに兄貴風を吹かせていたくせに自分の名前をきちんと覚えていなかったのだ。アルザスは、呆れかえってしばらく、返事が出来ないでいた。猫のカーチスが、フォーダートの足下でまるで笑うように一声、間延びした鳴き声をあげた。


 
 
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©akihiko wataragi.2003
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