ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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 四章:嵐の夜

3.潜入
 嵐の前の静けさというが、この日の朝はまるでそんな感じだった。薄く曇った空。朝方強くなりつつあった風がぴたりと止まり、嵐の運んでくる湿気を含んだ暖かい熱帯性の空気が、身辺にまとわりつく。この嵐の原因はおそらく、台風だったのだろうが、そんなことはアルザスにとっても、フォーダートにとっても大した問題ではない。原因ではなく、現実の方が問題なのである。
 アルザスは、やや緊張の面もちで、はじめはそこを歩いていたのだが、段々とその緊張は解れつつあった。その原因は、おそらく一歩前をいくフォーダートが、あまりにも普段と変わらない、むしろ、普段よりもだらけているような態度で歩いているからだろう。
 フォーダートはいつもの格好をしていたが、今日はさすがに見える場所には武器を下げていなかった。見えるところには一つだけ、帯の間に短剣を挟んでいるだけだった。だが、担いでいるショルダーバッグの中に、いくつかの武器を詰めているのをアルザスは知っている。彼の持ち方からすれば、まるで今から一泊どこかに泊まりに行くような感じがする。。おまけに、彼の態度がこんなに緊張感のないものであるので、今回は疑われないだろう。フォーダートはアルザスが知っているよりも、ずっと気さくな態度だった。今の彼なら、街中を歩いていても、あまり不審ではない。いつもは、無口でおっかない人間に見えるが、今の彼は完全にくだけていた。
「…そういや、お前、好きな料理は何だ?ディオールにいっとけば、作ってくれるぜ?あいつはいい奴で、おまけに器用だから…。」
 さっきから、こんなどうでもいい話ばかり振られて、アルザスは高まりつつある緊張感を保っていられなくなってきていた。一度でも、こんな男を無口だと思った自分が愚かに思えるほど、フォーダートは無駄口の多い男だった。今までの冷たい態度を思うと、それは些か奇妙な気がしたが、じっと昨日から観察してみて、ようやくアルザスには一つの結論が出ていた。
 早い話、フォーダートは人見知りが激しいのである。初対面の相手にはひどく無愛想だが、一度打ち解けるとやたらと純粋な笑顔を向ける。
(こいつ、…ホントはこーゆー性格だったんだ…。)
 アルザスは呆れ半分にフォーダートを眺めた。
 約束の時間のずいぶん前に、二人はでてきたのでかなり時間が余った。そこで指定された場所に近い、路地裏でフォーダートはしばらく様子を見ようとアルザスに提案してきたので、それに従うことにした。
 その間、フォーダートは壁にゆったりともたれかかり、腕組みをしてなんとはなしに、道の方に視線を向けていた。黙っていれば、それでもかなりの荒くれ者に見えるフォーダートに、アルザスは気を利かせたつもりでこういった。
「そうだ、あんたも船乗りだったら、タバコとか吸うんだろ?オレに遠慮しないでいいから、一服吸ってたらどうだ?オレなら、まぁ、大丈夫だし。」
「タバコ?」
 フォーダートは露骨にいやな顔をして、首を振った。
「バカなこというなよ!…オレは煙がだめなんだ。」
「え?そうなのか?なんか酒好きだし大丈夫かなって。」
 意外な気がして、アルザスはフォーダートに聞き返した。
「どう見えるかしらねえが…オレはタバコの煙って奴が一切だめなんだよ。どうせ、船の上じゃ船火事予防で、タバコは吸えねえんだし丁度いいというといいんだが…。船乗り連中には、パイプ吸う奴が多くて…その度に咳き込むわ、頭痛くなるわで、この世から煙がなくなっちまえばいいとどれだけ思ったことか。とかく、体質的に絶対だめなんだ、あれは。」
 いやな顔をしたまま、フォーダートはつらつらとタバコへの恨み言を述べた。
「そういや、なんかタバコのにおいはしなかったなぁ、あの船。」
「お前な、木造船でタバコ吸うような奴ぁ、とんでもねえ奴だぜ?ま、海にでたら、嗅ぎタバコに噛みタバコで我慢するのがふつうだな。船火事になったら陸地の火事と違って逃げられねえし。」
「なるほどなあ。で、あんた、ホントにダメなんだ。」
「言ってるだろ。体質にあわねえんだよ。咳はとまらねえし、頭は痛いし。絶対ダメ。」
 フォーダートは断言して、むっつりとした。それ以上、話にもしたくないらしい。
「意外だな、嫌煙家だったとはね。」
「見た目で判断するなよな。」
 フォーダートは苦笑した。
 その後、ずいぶんとフォーダートとは話をした。そういったくだらない四方山話ばかりだったのだが、気がつくと結構な時間が過ぎていった。フォーダートは、もしかしたらアルザスをリラックスさせるために、そうしたのかもしれなかったが、アルザス自身には良くわからなかった。
徐々に、風が吹き始め、看板はガタガタ揺れ、木々はざわめいていた。だが、約束の時間まではまだ少しある。
 不意にフォーダートは言った。
「あのさ…。」
 いきなり神妙な顔をしたので、アルザスは何事かと思って、注意を向ける。
「こんな事をあまり言うべきじゃねえとは思うが…。」
「なんだよ、はっきり言えばいいじゃないか。」
「そうだな、じゃ、はっきり言わせてもらうが…。できるなら、お前には人殺しはして欲しくねえな。」
 少し寂しそうな顔でフォーダートは言った。
「射撃だの何だのってのは、護身のために教えたが、いつかは人殺しの道具にもなりかねないだろ。…お前にはできるだけ、そういう方向にいかねえでほしい。でも、ま、正当防衛の場合はしかたないけど…な。」
「オレだって、別にそういう風になりたくなんかねえよ。」
 アルザスはそういい、
「そんな悪用するつもりはないし、自分から仕掛けたりしないぜ。」
「ホントだな?…じゃあ、いいんだ。」
 フォーダートは、苦笑した。
「ドンパチやらかそうって前にこんな事いっちまって悪かったな。士気が下がりそうだな。」
「うんまぁ、自覚がないと武器はつかっちゃいけねえとは思うし、あんたの言うこともなんとなくわかるような気はする。」
 アルザスが応えると、彼はその答えに満足したようだった。
「そうか、それだけわかってればいいんだ。」
 フォーダートがそういったとき、向こうの方に二人の人間が現れた。一人は女性で、もう一人は男性のようだ。雑談しながらも、時折注意を払っていたフォーダートは、にやりとした。
「おいでなすったようだな。そろそろ時間だ。」
 そういったフォーダートの顔には先ほどののんきさは、一気に掻き消えていた。変わって現れたのは、冷たく鋭い視線と口を少しゆがめて作った微笑で、まるでがらりと人が変わったように見えた。彼は懐中時計を取り出し、正確な時間を確かめた。
「あと、五分で時間だ。ちょうどに行け。気をつけろよ!」 
 フォーダートは、アルザスの肩をたたいた。
「ああ。わかってる。」
 緊張の面もちで、うなずいたアルザスをみて軽く手を振ると、フォーダートはふっと後ろ向きに路地を後退した。そのまま、猫のようにしゅーっと消えてしまった。
「…よし…。」
 アルザスは、小声でつぶやいた。緊張で顔が引き締まるのがわかった。
(落ち着け。落ち着いてやれば、大丈夫だ。)
 約束の時間、十一時が来た。アルザスは、意を決して歩き始めた。
 女性の方が彼に気づいてにこりと笑った。なかなかキャリア…ウーマン風の容貌のきりりとした美人だったが、その分、油断ならない相手だと思った。
「あなたがアルザス君ね。」
 アルザスは無言でうなずき、顔を上げていった。
「ライーザはどこにいるんだ?」
 
 彼らがアルザスをつれていったのは、小さな入り江だった。あちこちに、大きな岩があり、それに波がすごい音をたててぶつかっていて、 危なっかしい感じがした。女性が前を、男が後ろを歩いていた。二人という極端な数の少なさは、アルザスが子供だということと、人目につかず、少年をつれていても怪しまれない人数にすることが必要だったからだと思われる。
「ライーザはどこにいるんだ?」
 アルザスはもう一度きいた。女性士官らしい女は、振り返って少しほほえむ。
「先ほども言ったけど、我々の船の中にいるわ。」
「嘘だったら…?」
「嘘なんかつきませんよ。それより、あなたこそ約束の物は持ってきているんでしょうね?」
「ああ。もちろんだ。」
「見せていただけるかしら?」
「それは、ライーザが無事なのを確かめてからだ!」
 強い口調で言うと、男の方はむっとした感じの顔をしたが、女性士官は笑って済ませた。男の方に手を振って、なだめる。どうやら、女性士官の方が階級が上らしい。
「そうでしょうね。それが、普通の感情でしょう。いいわ。」
波打ち際から少し遠ざかったところを歩きながら、砂浜を少し行くと、岩場の方に船が見えた。
「あれに乗っていただけるかしら。」
「あれに?」
 アルザスは漁船風の小さな船を見た。
「船はもっと向こうなのか?」
「いえ、そう遠くではないわ。ほら、あそこに見えているでしょ?」
 女性士官が指さす先、沖の方に、少し大きめの船が見える。そこに、ライーザが捕まっているのだと思うと、アルザスはいても立ってもいられないような気分になる。
「さぁ、行きましょう?」
「ああ。」
 答えて、前の方に少し進んでいたとき、不意に後ろの気配が感じられなくなったような気がした。気のせいだろうか、と思いながらも、目だけで後ろをうかがってみる。
 アルザスの目に、かすかにフォーダートらしい男が、男性士官の口をふさいで、その喉元に鋭い短剣を突きつけているのがわかった。フォーダートは、アルザスに「かまわず行きな。」と無言で指示を下す。アルザスは、何も見なかった振りをして、前の方に進んだ。
(いつの間に。)
アルザスは、驚きを隠さなかった。いつの間に尾行してきていたのか、まるで気配はなかった。本当に神出鬼没だな。とは思うのだが、先程の彼と比較すると何となく不似合いな行動のような気がした。顔は強面だが、その実、どことなく冴えない感じのする彼と、この迅速な対応はまるで相反するようだ。変な奴だとアルザスは思った。
 一方、フォーダートは、そのまま男を岩陰に引っ張り込むと、手慣れた様子で彼を縛り上げて猿ぐつわを噛ませてそのあたりに転がしておいた。
「なぁに、心配すんな。波はここまであがってこねえから、波にさらわれるなんて事はありえねえよ。それにすぐ、助けが来てくれるさ。」
 フォーダートはニヤリと笑って男に小声で言った。ふと、前の方を見る。女士官の方は、男性士官がいきなり消えたことにまだ気づいていないらしい。浜辺全体に響き渡る、この怒濤の音が彼女の感覚を遮っているせいもあるし、少年が本当に一人だったということから油断もしているせいもあるだろうか。強風も吹いているし、少年には気を使うだけで精一杯なのだろう。
 そのお陰で、フォーダートはアルザスのすぐ後ろまで、相手に気付かれずに忍び寄る事が出来た。アルザスが、気付いた時にはすでに彼の手は、女性士官の方に向けられた銃を握っていた。
「じゃあ、こちらに…!」
 女性士官はアルザスを促そうとして振り向き、凍りついた。
 女性士官が思わず、固まったのは彼の手にきっちりと拳銃が握られていたからである。そのねらいは、女性士官の喉にあてられていた。
 フォーダートは、空いた左手で強風で乱れて目の中に入りかけた前髪を跳ね上げていった。
「さて、悪いねぇ。お姉さん。そこに武器をおいて、ちょっと両手をあげてもらおうか。」
女性士官は、とりあえず懐の短銃を捨てて、両手をあげた。彼女の目は船の側をうかがっているようだった。そこに仲間がいるのだろうか。
 フォーダートは首を横に振った。
「無理だよ。中の連中は、オレがさっき、片づけちまったからな。あんたんところの兵隊も質が落ちたねえ。昔は、もうちょっと粘ったと思ったけど。いくら、ガキが相手だからって、もうちょっと警戒するもんだぜ。」
「何ですって?」
「その辺の岩場の陰あたりに、縛り上げて転がってるから後で介抱してやったらどうだい?」
 フォーダートはあくまで余裕で、ゆっくりと近づいていった。
「あなた、何者!?…ナトレアードの海上警察?だったら、了解は…。」
 女性士官に訊かれて、フォーダートは少し首を傾げた。
「別に。オレが海上警察に見えるとしたら、それはとんでもない誤解だね。そもそも、見た目自体、警察官には見えないだろうが。あんたたちが、海上警察に手ぇ回してることぐらい、よくわかってたしな。それに、あんな代物を持ってる人間が、警察に訴えられねえこともわかってんだろう?取り上げられるのが落ちだし。」
「だったら、あなたは…。」
あからさまに不満そうな女性士官の口を、フォーダートは手を軽く上げて遮った。
「さぁねえ。オレの正体が知りたけりゃ、あんたの上司に訊いてみな。…多分、良く知ってると思うぜ?」
 女性士官は、黙って口を閉ざした。これ以上、情報を引き出すことはできそうにない。
「悪いな、船は頂いていくぜ。」
 フォーダートはいい、アルザスに先に船に行くように促し、女性士官の手を縄で縛っておいた。
「あんたなら、そのくらい、しばらくすれば解けるだろう?じゃあな。」
 フォーダートは、そういい、足下の短銃を少し遠くにけ飛ばすと、急いで船へとかけていった。女性士官は、悔しそうな顔でそちらを見たが、あの銃をとって戻ったころには、あの男の姿はとっくに消えているだろうと考えると、しかたなく、縄を早くほどくことに集中するほかなかった。案外、縄はすぐにほどけていく。
(あの男、わざと軽く縛っていった。)
 だったら、すぐに解けるかもしれない。そして、最後に巻き返せば今までの失敗は、帳消しである。だが、彼女のその淡い期待は、すぐに打ち壊された。
 すぐに船のモーターがかかり、荒波の中、船は猛スピードで沖に向かいつつあった。
 
「驚いたぜ!」
 アルザスは、横で船を操縦するフォーダートに言った。
「いつの間に、先回りなんて!」
「ふふん。方向さえわかれば、人目につかねえ入り江ぐらい割り出せるからな。」
 フォーダートは、舵輪を握ったまま得意そうに言った。
「パージスは昔っからよく知ってる土地だからな、地図は大体頭の中に入ってる。」
「とても、そうは見えないのにな。」
 アルザスは聞こえないようにそうつぶやいた。
「しかも、お前についてた連中含めて、兵士が四人しかいなかったのは良かったぜ。おかげで、ちょっと奇襲を仕掛けただけで勝てたからな。」
フォーダートは、やはりアルザスの言葉を聞いていなくて、自分の話をすすめ、にこにこと笑っている。
「なぁ。」
笑っているフォーダートに向けて、アルザスは訊いた。
「よく考えれば、あそこでオレを殺して地図奪った方が早かったんだろ?どうして、まどろっこしい真似なんか。仲間がいると思ったからか?」
「違うな。その可能性は考えたと思うけど、お前みたいなガキに有力な仲間がいるとは思ってないよ。たぶん、お前からも事情を聞くつもりだったんだろ?」
「何のだよ?」
「ゼンツァードの洞窟を崩壊させたのは、お前の仕業だろう事は目星がついてるはずだ。あれの地下で何が起こったのか、奴らも知りたいんだよ。奴らも『羅針盤』を探してるからな。そのヒントを少しだけでも集めようとしているんだよ。」
 フォーダートに言われて、不意にアルザスは思い出す。そういえば、あのとき、洞窟の奥で「お前は二番目だ。」と言われた。なら、一番目は誰なんだろう。
 考えを巡らせていると、いきなり船が大きく揺れた。
「わっと!」
 アルザスは、近くの壁につかまって転倒を免れる。
「なんて天気だよ。」
つぶやくアルザスを振り向いて、少し笑いながらフォーダートは言った。
「大時化だからなぁ。まぁ、我慢しろ。この天気が吉とでるか、凶とでるかだな!…まぁ、予想できない状態にいるほうが、オレたちにとっちゃあ、ちょいと有利と言えるけどな。」
「ホントか?」
「当たり前よ。常識的に考えりゃ、オレたちの今の行動なんて自殺行為じゃねえか。さっき、あんな無謀な行動がうまくいったのは、この嵐で連中が浮き足立ってたからよ。連中は、嵐には慣れねえ場所から来てるからな。こういうときは、この天気もあながち悪いことってわけでもねぇだろうさ。」
 目の前に大きな船が見えた。貨物船のように見えた。波をさけて湾内に入っているのだ。それがどんどん、目の前に迫ってくる。
 アルザスは、それが迫って来るにつれて徐々に張りつめた表情になっていった。
「もうすぐだな。…まぁ、そんなに緊張するな。」
 無理な注文だな。と思いながらも、フォーダートはそんなことを言う。そういう彼の顔は、あまり緊張が感じられなかった。慣れによる為なのか、それともアルザスに不安がらせない為に、余裕を装っているのか。アルザスには、それを見分ける力はない。
 黒っぽい船だった。貨物船を装っているが、どういう船なのか、どこの国の船籍なのかもわからない。
「お出迎えがあるはずだぜ。」
 フォーダートは、そういいながら笑った。少々、引きつった笑みになっていた。逆十字とあだ名されるだけの、特異な雰囲気が漂っていた。


 
 
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©akihiko wataragi.2003
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