ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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 四章:嵐の夜


 4.対峙
  逃げなきゃ…
 と、ずっと考えていた。
 船の一室に押し込められたライーザは、昨日の夜もほとんど眠れず、どうすれば逃げ出せるかを延々と考えていた。
(あたしが逃げなきゃ、アルザスが殺されるのよ。なんとかしなきゃ…。)
 とはいえ、少女一人にどうこうできるような相手ではない。ライーザは、いろいろと考えたり、何もない部屋の限られた物の中で武器になりそうなものを探したりして、用意周到に計画を立てることにした。計画といっても、情報が限られているので完璧な計画ではなかったが、彼女はそれを信じるしか、今のところ手はなかった。
 いつの間にか、彼女が閉じこめられてから、すでに一日近い時間が過ぎようとしている。時計もないし、時間がよくわからなかった。海が荒れているらしく、時々ひどく揺れる。嵐でも来たのだろうか。
(だいじょうぶ。)
 ライーザは心の中でつぶやく。
(だいじょうぶよ。あれほど、頭の中で考えたじゃない。)
気持ちを落ち着かせ、ライーザはチャンスを待つ。
 いきなり、ドアがノックされ、少しびくっとしてライーザは顔を上げた。
「は、はい。」
 返事をしながら、ドアの側面に立つ。
「どうぞ。入ってきてもいいわよ。」
 そうして、ドアが開けられた瞬間、ライーザは相手の方につっこんだ。つっこまれた相手は、バランスを崩して後ろに倒れ込んだ。同時にガッシャンと音が鳴り、登記の割れる音がして、何か物が飛び散るのがわかった。彼は昼食を運びに来た者だったのかもしれない。ライーザは男に覆い被さる形になって倒れ込んだ。
 そして、ライーザは男の腰の拳銃を素早く奪い取った。もう一人いた兵士があわてて彼女を取り押さえようと動いたとき、ライーザはすでに銃口を男の胸に向けていた。
「動かないでっ!」
 ライーザは叫んだ。
「この人、撃つわよ!」
 少女の見せる気迫が意外だったのもあって、一瞬兵士がたじろいだ。それでも、やはり小娘一人だと思って、兵士は動こうとする。この少女が人を撃てるわけがないと踏んだのだろう。
「やっ、やめてくれ!!助けてくれよ!」
 不意に泣き声に近い声が、ライーザの下から聞こえた。
「動かないでくれよ!この子が撃ったら、どうするんだよぉ!!」
 声に聞き覚えがあったので、ライーザはちらりと横目を走らせて男の顔を確認する。そして、少しだけ驚いた。下で泣きそうな顔をしているのは、昨夜、彼女に夕食を運びに来た、気の弱そうな兵士だったのだ。
(ごめんね。)
 なんだか、気の毒になってライーザは心の中でそっと謝る。それでも、仕方が無かった。この状況で、もう相手を変えるわけにも、引き下がるわけにも行かないのだから。
「武装を解きなさい!」
 ライーザは厳しく命令した。もう一人の兵士は迷っているようだったが、下にいる同胞の人質が、
「言うことをきいてくれよ!僕は、まだ死にたくないよ!」
と泣き叫ぶような声でいうので、しかたなく、彼は身につけていた拳銃とそして機関銃を床においた。
「弾丸もよ!」
「全部おいた。」
 兵士は、少し狼狽した様子だった。ライーザは、足でそれを自分の方に引き寄せた。行儀が悪いと少しだけ思ったが、そんなこと気にしている場合じゃない。と自分を納得させる。引き寄せた武器を彼女は、銃を持たない左手でつかんで、それぞれをポケットに入れ、もう片方は肩にひっかけた。
 そして、ライーザは人質にしている兵士の胸ぐらをつかんで、そのまま立ち上がった。人質も協力的に何の抵抗もなく立ち上がってくれる。なので、彼女は無駄に力を使う必要はなかった。
「そのまま、立ってるのよ。あたしが見えなくなるまで!」
そういって、ライーザは後退を始めた。ゆっくり一歩、二歩…。ある程度進んで、彼女は人質を引っ張ってダッと走り出した。角を曲がり、思いっきり走る。
「娘が逃げたぞ!!」
 先程の兵士の声が、響き渡る。その声を聞いて、ライーザは炎が背後に迫っているような、じりじりとした焦りを感じた。逃げられるだけ走っておきたかった。また、曲がり角がある。ライーザは、右の方に目を向けた。
「そっちはだめだ。兵士がいっぱいいるんだ!左へ曲がって。」
 ふと、小さな声が彼女の耳に入った。未だに銃を突きつけている男は、ライーザに半ば引きずられるような形で走らされていたが、その顔にふっと穏やかな笑みが浮かんだ。
「信用して。僕は味方だから。」
 ライーザは、少しスピードを落として男の顔を見た。到底裏の見あたらない顔だった。
「…わかった。信じるわ。」
 ぼそりとつぶやいて、ライーザは左側に入り込んだ。
 先程、泣きそうな顔をしていたのは、この男の演技だったのかもしれない。立ち上がるとき協力的だったのも、一緒に走ってくれたのも…おそらく、男がおびえていたからでなく、本当に彼女に協力してくれたからなのかもしれない。そう、ライーザは走りながら感じた。
 倉庫にとりあえず逃げ込んで、ライーザは上がった息を整えていた。兵士のくせに男はライーザよりも、へたり込んでいて、すでに床にねっころがっていた。おまけに「気分悪いよ。」「酸素が足りないよ。」などと、情けないことも口走っている。
「だいじょぶ?」
 ライーザは、自分が引っ張り回した男が少し気の毒になって、のぞきこむようにして訊いた。
「う、うん。…僕、兵士なのに、情けなくって…。気にしないでね。」
 兵士は、ようやく起きあがるとふうとため息をついた。
 倉庫は薄暗く、あちらこちらで蜘蛛の巣が張っていた。きっと、どこかにねずみもいることだろう。
「僕は、ジェックっていうんだ。君は?」
兵士は、少し笑ってたずねた。
「あたしは、ライーザよ。」
応えてすぐ、ライーザはもっとも気になることをたずねた。
「ねぇ、ジェック。どうして、あたしを助けてくれたの?」
 ジェックは、少し困ったような顔をする。
「あなただって、お役目があるんでしょ?ばれたら怒られるじゃすまないわよ。」
「…僕、兵士には向いてないんだ。いっつもだめだし、それに、どじだし。この航海が終わったら、退役しようと思ってるんだ。」
「でも…だからって…。」
 ジェックは少し照れたようにうつむいた。
「君を助けたのはそれだけじゃなくて…、君、僕の妹にちょっとだけ似てるんだよ。」
「え?」
 ジェックは、いっそう照れてしまったらしく、少し視線を逸らしていった。
「故郷に、妹がいるんだ。ちょうど君くらいの年頃で…。君と同じようなブロンドの長い髪をしていて…。」
「きっと、かわいい妹さんなんでしょうね。」
 ライーザは、少しだけほほえんだ。
「あ、き、君の方がずっとかわいいんだろうと思うけど。多分、だって、妹は僕に似てるっていうから。」
あはは、とジェックは照れ隠しに笑って見せた。が、次に少し沈んだ口調で続けた。
「僕は、下っ端だから…。君がどうしてうちの軍に拘束されなきゃならないのか、わからないよ。でも…昨日、泣いてたでしょ?」
 泣いていたことがばれていたのを知り、ライーザは少し赤くなる。
「…それ見てて、なんだか他人事に思えなかったんだ。妹が目の前で捕まって泣いてるような気がして…。何とかして助けてあげたいと思ってたけど、僕は何もできないから。」
 ジェックは顔を上げた。
「だから…君が、僕につっこんできたとき、これは協力してあげなきゃ…って思った。僕にどれだけできるかわからないけど、きっと、君を逃がしてあげるよ。」
「ありがとう。ジェック。」
 ふっとライーザは笑った。なんだか、妹にほほえまれたような気がして、ジェックは不意に懐かしい気持ちになった。
 

 
 
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