ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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 四章:嵐の夜


 4.対峙-2
 
 
 ライーザが逃げ出した後、ライーザの捜索に出向いた兵士の数はあまりいなかった。それは、ライーザにとってはとても好都合なことであったが、その原因は、実はアルザスとフォーダートが船をかっぱらって、こちらに向かってきている事に対して、上部が緊急配置をおいたからだということを、彼女が知ることはなかった。
「やーけに盛大なお出迎えだことで。」
 甲板に降り立ったフォーダートは、軍人に取り囲まれる中、全く焦っていなかった。にやにやしていて、妙に余裕が感じられる。アルザスは、その前を歩きながら、ごくんと唾を飲み込んだ。そして、後ろに少し目をやって、ふてくされたように手を頭の後ろで組みながら歩く、フォーダートの大胆不敵さには、半ば呆れていた。
 なんだろう、こういう人を「外弁慶」というのだろうか。先ほどまではあんなに頼りなかったのに。アルザスは不意にそう思ったが、さすがにここではそれを口にはしなかった。
 前には、見た覚えのある中年の軍人が立っている。レッダー大佐だということは、フォーダートからきかされて、その名もどういう人物なのかも少しは知っている。後ろに、何名か部下を連れていた。
(キィスもネダー博士もそうだった。軍人ってみんなこんな雰囲気があるよな。)
 といっても、彼らの中で一番問答無用に軍人っぽかったのは、海賊と言われる部類にはいりこんだキィスがもっとも、それらしいのだが…。あの人は、声も態度も動作も、全てがいわゆる軍人のイメージにぴったり当てはまっていた。ただ、無茶苦茶なところがあるにはあったようにも思うが、彼はアルザスにとって軍人のサンプルのような人間だった。
(おかしいよな。現役よりも、あの人の方がそれらしいよ。)
 アルザスは、目の前の男をみながら不意にそう思った。まだ余裕があるのかな。と考えると、少しだけ笑いがこみ上げてアルザスの口の端を持ち上げた。
 だが、すぐに彼の顔は、青くなった。レッダー大佐の周りには、ライーザらしい少女の姿はない。もしかして…ライーザは…。想像は、悪い方ばかりに膨らむものだ。思わず怒鳴りつけかけたとき、フォーダートが、ぐっとアルザスのジャケットをつかんだ。
「焦るな。」
 フォーダートが横でぼそりとささやいた。
「焦るな。」
 もう一度繰り返し、
「大丈夫だ。オレたちが冷静に振る舞っていさえすれば、何もおこらねえ。」
フォーダートが、そう断言するのだから。とアルザスは、ぐっと歯をかみしめて我慢する。「そう、それでいいんだよ。オレが話をつけてやる。後少しだから…我慢しろ。」
 フォーダートは、小声のまま優しい口調で言った。こくりとアルザスはうなずいた。
「貴様!生きていたのか!」
 いきなり、レッダー大佐の後ろの将校が叫んだ。フォーダートは、にっと…普段の彼には全くないはずの表情で、ゆったりと笑って見せた。
「おいおい、人の生死ってえのは、確たる証拠をつかんでから決めるもんだぜ。あれぐらいで死んだことにされちゃ、オレの方が困るよ。そんなに柔じゃねえのにさ、全く。」
 まだ何か言いかけた彼をレッダー大佐が、手で制して封じる。しぶしぶながら、彼は黙って下がるしかなかった。
「何者だ?私は、アルザス君だけにここに来るように言ったはずだが。それに、船を乗っ取るなど、あんなに乱暴なやり方を…。」
「乱暴なやり方をとがめる資格は、あんたらにゃあねえはずだ。」
 フォーダートは、そういってレッダーの口を止める。
「それからな、こいつはまだ子供だ。いくらなんでも、そんな大事な取引にガキ一人で向かわせるわけにはいかねえからな。ガキじゃなくたって、普通こういう駆け引きをするときは、第三者の立ち会い人を要するもんだろ?だったら、余計にオレが立ち会う必要があるんだよ。まぁ、ホゴシャってやつかな。ガキを保護するのは、大人の役目だろ?」
 フォーダートはアルザスの頭を軽くはたいた。子供扱いされて、少しアルザスはむっとしたが、ここで反論するわけにもいかず、黙っている。
「それに…オレが何者かなんて、あんたがする質問かい?そんな言い方するところをみたら、完全に忘れてるんだなぁ。まぁ、どうでもいいけどさ。」
 フォーダートは投げやりに、しかし、少しいらだったような言い方をして、きっとレッダー大佐をにらんだ。
 レッダー大佐は怪訝な顔をした。目の前の怪しげな風体の男の言っている意味がわからなかったのだろう。
「忘れる?どういうことだ?」
「オレの独り言だ。勘弁しろよ。」
 フォーダートは、そういってごまかした。
「それより、取引はどうなったんだい?」
「そ、そうだ!ライーザは、どこにいるんだよ!」
 アルザスは、ついに我慢できなくなって、大声でたずねた。
「交換だって言ったじゃないか!」
「安心しろ。」
 レッダーは落ち着いた声で言った。
「娘に危害を加えるような真似はしていない。それに、ちゃんと食事も運んでいる。」
「軟禁してるんだったら危害を加えてるのと同じじゃないか!」
 言い返したアルザスのジャケットをぐっとひっぱり、フォーダートは、無理やりアルザスを黙らせた。
「地図はオレが持ってるよ。さぁ、あのお嬢さんと交換してもらおうじゃないか。」
「だが、本物かどうかを確かめなければならない。」
 横にいたマファルが口を挟んだ。居丈高な言い方である。フォーダートは、それを鼻先であしらった。
「それはこっちだって同じことだ。お嬢さんが生きてるかどうかわからねえのに、奥の手はみせられねぇやな。」
「何?」
「それに、今回、どーう考えたってオレたちの方が不利なんだぜ?もしかしたら、地図を渡した途端にばっさりやられるってことも有りうる訳だ。こういう場面になったときは、そっちが要求を先に飲むべきだろう?それが、礼儀ってもんだぜ?」
 海賊まがいのならず者に礼儀を説かれてマファル大尉は、腹を立てた。言わせておけばといいかけた時、レッダーの手が眼前で止められる。
「なるほど。一理あるな。」
 フォーダートは、ショルダーバックのポケットから皮袋を取り出してひらっと振った。だが、皮袋は何かに濡れているかのように前より黒っぽい色をしていた。アルザスもそれは知らなかったので、フォーダートが海水でぬらしたのかと思った。
「さすがは大佐様は物分りがいいね。これが、モノだ。…ついでに言っておくが、いきなりオレたちを射殺するって手も使えないぜ。その前に、これが荒れ狂う海の中に飛んでっちまうかも知れねえし、もしかしたら、火ィ噴いて一気に灰になっちまうかもしれねえ。」
 そういうフォーダートの指の間からは、ライターが銀色の光を放っていた。レッダーは、ふっと口元に笑みを浮かべた。だが、目の方はフォーダートに負けず劣らず、冷たく、そして、笑ってなどいなかった。
「賢明だな。油に浸したな?」
「少々、灯油をね。で、それはほめ言葉と受け取っておくがいいのかい?」
「もちろんだ。名前を記念に聞いておこう。」
「記念ね。何の記念だか知れないな。」
 皮肉っぽく言いながらフォーダートは笑う。アルザスは、会話についていけなくなって何も言えずにその様子を見ているだけだった。どっちもどっちだ。だが、若い分、フォーダートの不敵さが妙に目立っていた。
 フォーダートは、彼らから視線を全くはずさないまま、相変わらずうわべだけで笑っている。
「名前は、『フォーダート』だ。多分、あんたにゃ、初耳だろうなぁ。異名の方と違ってさ。」
「フォーダート、だな。なるほど、道理でサーペントがあれほどやり込められたわけだ。」
 レッダーは、にやりと笑い、そしてマファルに指図した。やはり、視線はフォーダートから外さない。
「娘をここに連れて来い。」
「た、大佐!」
 マファルが非難の声を上げる。だが、レッダーはかまわない。
「復唱はどうした!?」
 マファルは一度詰まり、それから、苦々しい顔をした。
「了解しました!」
 一瞬、フォーダートに憎悪のこもった目を向ける。だが、笑ったままのフォーダートに鋭い冷たい目を浴びせかけられ、すぐに視線をそらしてしまった。そのまま、甲板から船室へと姿を消す。
 不意にレッダー大佐は、目の前の男に既視感を覚えた。そういえば、こういった目をしたものを昔、見たことがなかっただろうかと。だが、それはすぐにはつながらなかった。
「フォーダート君といったかな。」
 レッダーは、とりあえず話しかけてみる。
「前に私と会ったようなことを言っていたが、どこで?」
 フォーダートの目に途端に嫌悪の表情が浮かんだが、それはすぐにかき消えた。アルザスは、それに気づいて首をかしげる。
 先程もそう思ったが、フォーダートはレッダーを知っている。しかも、かなり詳しく知っているらしい。何か、深い関係があったかのように。そして、その思い出が決して良いものではないということも、彼の目は告げている。
(どういうことだ?)
 アルザスはもう一度、レッダーとフォーダートを交互に見てみた。フォーダートの彼に対する態度が、明らかに他のものに対する態度とは違う。
 フォーダートは、ひきつった笑みを浮かべ、口を開いた。
 そのとき。
「た、大佐!」
 マファルの慌てた声が響いた。
「どうした?」
 レッダーが振り向いてたずねると、マファルの顔は青くなっていた。何か、重大なことが起こったらしい。
 フォーダートは、レッダーとマファルに全員の注意が向いている間に、そっとアルザスを引き寄せ、小声でささやいた。
「いいか。やつらが振り向いたら、銃を抜いてあれの裏側に走れ。」
 フォーダートのさした先に、金属製のコンテナがあった。高さが二mほどあり、幅もかなりある。何かの物資を積んでいるのだろうか。
「え?」
「絶対に遅れるな!」
 そういうフォーダートの手は、いつの間にか皮袋を上着の内ポケットに入れていた。変わりに、拳銃のグリップが指の先にのぞいている。
 わかった。アルザスは、目で応えると、視線をレッダーのほうに向けた。
「む、娘が逃げました!」
「何?」
 レッダーは、苛立ちの表情を走らせる。
「見張りは何をやっていた!まぁいい!すぐに捕らえろ!」
「は、はっ!」
 そう言って不意にレッダーは、アルザスのほうを向いた。同時にすっと手が、少しだけ不自然な動きをする。
(合図だ!)
 アルザスは、瞬時にそれに気づいた。反射的にフォーダートにいわれた方向に向けて、足で甲板を蹴った。銃を抜く。
 途端に、おびただしい銃声が一斉に鳴り響いた。アルザスの足が、コンテナの陰に隠れたのとそれが一緒だった。
「全く。」
 いつの間にか、先に逃げ込んでいたフォーダートが横で毒づいた。
「これだから、オレぁ軍隊なんて嫌えなんだよ!」
 コンテナの陰から少しだけ顔を出して、銃を撃つ。ぎゃあっという悲鳴があがり、向こうで利き腕を抑えながら苦しむ兵士の姿が見える。
「どうして、いきなり、約束を!…ラ、ライーザは!」
「落ち着け!」
 アルザスは、もしかしたらライーザが殺されたのではないかと、ひやひやしていた。それを見越してフォーダートは少しだけ、優しく微笑む。
「逃げたって言ってたろ。だから方針転換したんだ。やつ等は確実に地図を手に入れたいんだよ。」
「そんな…。と、とにかく、今は戦わなきゃ…。」
 いきなりの戦闘状態にアルザスは、いささか動揺する。それをみて、フォーダートは、励ましのつもりなのかこんなことを言った。指先は、機械的にトリガーをひいている。
「まぁ、お前は捕まっても当分殺されねえだろうし、安心しろよ。羅針盤の事を聞き出すまではな。のんびり戦ってればいいさ。オレは即、射殺ものだろうけどさ。」
「そ、そういうこと聞いてるんじゃねえ。」
 いきなり、そんなことを言われてアルザスはむっとする。
「だったら、これ。」
 フォーダートが空いたほうの左手で、ショルダーバックをごそごそとやって、何かを取り出してアルザスの手に置いた。黒っぽい丸い物体である。導火線のようなものがちょろりとついていた。
「な、何だ、これ。」
「これで火をつけて投げろ。煙幕だよ、え・ん・ま・く。まぁ、硝煙で十分視界がさえぎられてるけど、オレたちは煙の中の方が有利だ。」
 すさまじい喧騒の中、フォーダートは聞こえやすいように大声で、アクセントをつけていった。
「わ、わかった。」
 アルザスは、よくわからない混乱の中、とにかくその場に適応しようと必死だった。ライーザがどうしているかと思うと、少しだけ、胸の奥のほうが痛かった。
 

 
 
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©akihiko wataragi.2003
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