ならず者航海記・幻想の冒険者達 ©渡来亜輝彦2003
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はじまりとして


食料を買いに来た男は、遠い海のような深いコバルトブルーの目をしていた。
 食料品店の店番をさせられていた青年は、見慣れない客に注目する。帽子をやや斜めに目深に被った男は、服装などから見て船乗り風に見えた。少し風変わりな、何となく不気味な印象すらする男は、青年の退屈な日常に快い刺激を与えるものだったからである。
「見かけない人だね?どこから来たんだ?」
 話しかけにくい雰囲気すら漂わせる彼に、青年が話しかけたのは、恐らく青年が彼と何かしらかかわりを持ちたかったからだろう。
「どこから?…難しい質問だな。オレはここのところ、ずっと海の上だ。」
 案外、男は気さくに応える。
「じゃあ、どこへ行くんだい?」
 青年はついでに応えた。
「ヴェーネンスっていう小さな港町にな。」
 青年は少し驚いた顔をした。
「へぇ、あんた、ヴェーネンスを知っているのかい?あのまちはとても小さくて、知名度もないよ。オレは、あそこに友達がいるから知っているけど。」
「あぁ、昔一度立ち寄った事があってな。」
 船乗りらしい男は、顔の片面をわずかに隠すようにしながら、笑って応えた。
「へぇ、珍しいね。あんなところ、何もないよ。景色はまぁ綺麗だけど。」
「確かに何にもないな。」
 男は同意した。
「あきれるほど、平凡な場所だ。」
「それなのに、どうしてあんなところへ?」
 男はわずかに苦笑した。はじめ強面に見えたが、こうして笑うと時々親しみを感じる表情もするらしい。
「まぁ、ちょっと用があるんだ。昔の"ナジミ"がいてさ。ちょっと"それ"に用があるんだ。」
「そうかい。気をつけていきなよ。」
 青年は笑って、男に食料の入った袋を手渡した。
「悪いな。じゃあな。」
 そう応えて袋を受け取ると、男はふと身を翻した。今まで隠れていた右側の顔が、光の下にさらされる。帽子の間から、それがのぞいた。
 その右側の顔を見て、青年は口をつぐんだ。
 そこには、ひどい刀傷があった。そしてそれは、右目をはさんでクロスしていた。十字というより、それをひっくり返した形に似ている。
「どうした?オレの顔に何かついているかい?」
 男は苦笑した。青年が自分の顔を凝視しているのに気づいたらしい。
「あ、いや、なんでもないんだ。」
 青年は、首を振った。凝視していたことの気まずさと同時に、その傷に先程よりも強い不気味さを感じたからだった。
「そうか。驚かせてすまなかったな。」
 男は、少しだけ申し訳なさそうに言い、ドアをあけて、するりと外に出て行った。青年はしばらく、彼の出て行った扉を呆然と見ていた。

  ナトレアード共和国。…ミシェンの港町のある日の出来事である。



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素材:トリスの市場
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