ならず者航海記・幻想の冒険者達 ©渡来亜輝彦2003
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 二、右目に傷のある男
 ヴェーレンスは、本当に小さな港町で、若者もほとんどいないと来ていた。アルザスとライーザがとても仲がいいのも他に遊ぶ友達が少なかったというせいもあるだろう。そもそもライーザが他の女の子と合うという気はしないが、とかく二人は仲がよかった。
 アルザスは冒険家の家に生まれ、ライーザはこの町唯一の貿易商のうちに生まれた。貿易商・・・とはいえそんなに大したものではなかったが、この町では裕福な方だろう。小さな会社なのだが、あまり他の商人のいかないへんぴなところに出かけていき、変わった特産物を買い集め、もって帰ってくるのが仕事らしく、わりと儲かってはいるらしい。
 ただし買い付けは自分でやっているため、ライーザの家のものも今は全員海の上だ。
だから海賊にねらわれる危険も多いこの職業、ここも冒険家並に荒っぽい家族といえよう。
 そんなこんなでアルザスの家とライーザの家はわりと仲が良かったというわけなのだが、そのつてで、
もしアルザスが旅に出るとき、一人ではすごく不安なのでしっかり者のライーザをお目付役に同行させるという約束も幼いときからされていたものだった。
 もちろん当人たちはそんな約束などとっくに忘れ去っているが、ライーザを連れていくのは
アルザスとしても何かと便利でもあるし、両家の了解済みだし、連れていかないと後が怖いので
連れていくことになった。
 はじめの冒険は無人島メルランド島探検・・・・しかしこの島はほとんど観光地みたいなもので
全然面白みがない。貯めた資金からするとこのあたりが限界だが、不満な二人はもう一ヶ月もズルズルここにいるわけだ。何か新しい目標がないかと思って。
 ひなびた町並みが、何となく人の心を優しくさせるような懐かしさをもっていた。
そのせいか、時折、旅疲れた船乗り達がこの町に立ち寄ることがあり、一応酒場と宿があった。
そこの海坊主じみたおやじがよく二人の面倒を見てくれて、資金集めに皿洗いのバイトをさせてくれたり、小遣いをくれたりしていた。
 海を見ると、沖に先ほどのでかい帆船が停泊している。船首にはアルザスのいうとおりウミヘビのようなものがからみついたような女の像がたっていた。マストは三本。エンジン付きの船が出た今、マストはもちろんお飾りにすぎなかったが、ちょっと他の船よりはかっこよく見えるのだ。
 アルザスが嘆息を漏らす。
「すごいな。あんな船見たことないぜ」
「ね。近くで見る価値あるでしょ?」
 ライーザが満足げに笑うと、金髪が潮風に揺れた。しばらくぼんやり船を見つめる。潮の香がかすかに広がっているが、かぎなれた二人にとっては船の方が最大の関心事だった。耳慣れた波の音が平和に自然に聞こえていた。海は吸い込まれるような青さでゆっくり揺れていた。 
 ライーザがふっと我に返る。
「あっ。そだっ!あれよあれ!幽霊屋敷!」
「おう。そうだ。こんなもん見てる場合じゃないぜ!」
 アルザスは身を翻して走り出した。
ライーザもあわてて振り返ろうとして、「あっ」と驚きの声を上げる。
「アルザス!前っ!」
「えっ!何?」     
 アルザスは振り向いたまま前に走ってしまっていた。
ドンッという衝撃があって、アルザスはひっくり返った。
「あたたっ」
思いっきりしりもちをついて、アルザスはいらだち紛れに思いっきり文句を言った。
「何すんだよ!分かってくれてたんならよ!よけてくれたらいいじゃ・・・ね・・」
 視線を上に上げてアルザスは絶句した。それから言葉が続かない。
蛇ににらまれた・・・とでもいうような状態だ。ぶつかった相手は全くよろめきもしないで仁王立ちしていて、アルザスを見下ろしていた。長身で体格もそう悪くはない。
「ふふん」
 前の人物が鼻の先で笑った。
「なかなか威勢のいい小僧じゃねえか」
ちょっとハスキーな低い声でお世辞にも柄は良さそうではないが、何となく威圧感のある声だった。
 鋭い瞳がアルザスを射ていた。コバルトブルーの深い色、ちょっと海の色に近い色をしている。
やけに澄み切った瞳をしてはいたが、外見はとうてい善人には思えなかった。明るい栗色の短髪はバサバサと飛び、日に焼けた肌によく合っている。額には、前髪をとめておくため、清潔ではあるがぼろぼろの布を巻いていた。茶色の着古したチョッキに首にはスカーフ。同じく、洗濯はしてそうな古びたボロボロのシャツを着ていて、かなり丈夫なズボンに、バックルの付いたブーツをはいている。
 船乗りらしいことはまず間違いない。
 だが、その男の身辺には何かしら不吉な雰囲気があった。コバルトブルーの瞳には何の感情も感じられず、きれいにそろえた口ひげもその不吉さを助長させる演出をしているだけだ。ちょっと皮肉をたたえて笑って立っている。
 その上、その男の右目の上に眉間から右頬まで突き抜けた刀傷が走っており、右半面を横断する刀傷と交差している。
 この形が逆十字に見えるのがもっとも恐ろしいところである。
 また、チョッキからちらりとのぞいたピストルのグリップ。腰に帯びたカトラス・・・。
(カトラスは船乗り達のもつ反り身の少し短めの刀のことだが・・・)
ここまで来てこの男を海賊と疑わぬわけにはいかなかった。
「ごめんなさい。こいつ見てなかったのよ。前を」
 ライーザがフォローを入れて、アルザスの頭を一発はたいた。それを見た男は突然吹き出した。
「ははは。さしずめ未来の恐妻家ってとこだなあ」
「何よ!あたしはアルザスと結婚する気なんてないわよ!」
ライーザは相手がとんでもなく恐ろしい人物だということをすっかり忘れてかみついた。
「オレだってなあ。どうしてこんな恐ろしいお転婆娘と!!」
ライーザの剣幕に負けじとアルザスに叫び返す。
「ははは。悪いね。おもしれえなあ。お前達。で、名前はなんていうんだ?」
 その男は機嫌良さそうに笑ったが、すぐ普通の表情に戻り、アルザスの目をじっと見た。アルザスはギクリとし、体に寒気が走った。
 長身の男が背の高くないアルザスを見下ろすのだから、余計かも知れない。見下ろす青い瞳は冷たく威圧的であり、澄んでいる目がこの男の本心をわからなくさせていた。
 アルザスは男を見返しながら、答えた。
「オレはアルザスだ・・・」
 アルザスの視線を受けた男はわずかにニヤリと口許をゆがめて、今度はライーザに目を移した。しかしもうあの威圧的な瞳は消え失せていた。
「お嬢さんは?」
ライーザは疑わしそうに男を睨み、
「あたしはライーザよ。今度はあなたが名乗る番じゃない?」
男はその強気さに苦笑しつつ、時折前髪をいじっっていた。どうやらくせらしい。
「悪いな。お嬢さん・・・。オレも名乗りてえのはやまやまなんだが、職業柄、そう簡単にゃあ名乗るわけ にもいかねえんだ。次に会った時に名乗ってやるさ」
 男はちょっと愛想笑いを浮かべて見せたが傷で引きつった顔の上では愛想笑いというよりむしろ脅迫に
近いかも知れない。続いて、男は笑ったまま酒を飲むような仕草をする。
「一杯飲めるような店はあるかい?」
「ええっ!まだ昼間よ!」
 ライーザの非難を苦笑で受け止めた男は、すがるように頼み込んでくる。やはり酒好きらしい。海賊ともなれば飲まなければ話にはならないのだろうが・・・。
「ちょっとひっかけるだけさ。なあ、教えてくれよ」
ライーザは教えていいものかどうか迷って、アルザスの方をちらりと向いた。意見を求められたアルザスも少し迷ったが、意を決して口を開いた。
「わかった。こっちだよ」
アルザスが歩き出す。
「ここには酒場は一つしかないんだ。ブルーロックス亭ってんだ。あそこのダーテアスってマスターは、 少々見かけがおっかないんだけど、割といいやつなんだ」
「ほう。おっかねえね。そりゃ楽しみだな」
アルザスのすぐ後をライーザが、ちょっと離れて男が頭の後ろで手を組みながらゆっくりついっていった。
 ちょうど倉庫の横を通り過ぎようというときに、男は目をすっと細めて港に入ってこようとした二人組を見た。二人組は船乗りらしい風体の男達で二人とも人相は良くない。
 男はそれを見たとたん、顔色を変えた。すぐさま、アルザスとライーザの首根っこを捕まえて素早く倉庫の裏に引き入れる。
「もうっ!何す・・」
叫びかけたライーザを制するために男は自分の唇に人差し指を当てた。まじめな表情にライーザは珍しく反論せずにおとなしく黙る。
 船乗りらしい二人組はやはりこの男と同じように腰にカトラスと拳銃をつるしていた。やがて二人は三人に気づくことなく通り過ぎていった。
「何だあいつら」
アルザスが陰に隠れて不審そうに二人組を眺めながらぼそりとつぶやいた。
 男は忌々しそうに舌打ちし、口に出すのも腹が立つというような口調でその独り言に答えた。
「海賊だよ。海賊『サーペント』っていやあ、ここでは相当有名なやつだと思うがな」
「サ、サーペント!」
「こ、声がでかい!」
思わず大声で叫んだ二人にちょっと焦った調子で注意する。アルザスはてっきりこの男があの船に乗っていた海賊の一人だと思っていたので、意外そうに、しかし思い切って聞いた。
「あ、あんた。ヤツらの仲間じゃないのか?」
「違う!」
 男は鋭い語気をもってそれを否定した。思い切り不機嫌な表情で男は、激しい口調で続けた。
「おい、小僧。オレをあんな腑抜けどもと一緒にするんじゃねえだろうな。ハン。冗談じゃねえぜ。あんな愚か者共と一緒にされちまったら、オレの立つ瀬がねえや。わかるか!」
 さっきまでの態度と打って変わって男は感情をむき出しにしながらアルザスを睨んだ。
「オレはな、あんな腐れ切ったチンピラ共が一番嫌えなんだ!威張り散らしやがって!ヤツらの獲物は弱い港町や船ばかりだ。逆らったやつは皆殺し!近頃は悪徳商人と手を結ぶときやがった。それで奴には滅多なことでは逆らえなくなった!」
 男はそこで一息ついた。とりあえず二人にとっては彼がやつらの仲間ではないと分かっただけでも、安心できることだった。この男のいっていることはおそらく嘘ではないだろう。
 サーペントはそれはそれは悪名高い男だったし、立場の弱い港町をよくおそっているという噂もある。それにしても、ヴェーネンスにはライーザのうちくらいしか金目のものはなさそうだが、それもだいたい都会の銀行に預けているのがほとんどだから実質ここは貧しい漁村みたいなものなのだ。そんな町をサーペントが狙うとは考えにくいのだが・・・。
「この町が目当てってわけじゃないわよね?」
 ライーザが不安そうに尋ねる。男はすでに冷静な口調に戻っていた。
「もちろん。奴もさすがにここまで金のなさそうな町は襲わねえ。目的は別のもんだ。だが、目的を果たした後ヤツらが暇つぶしにこの町に火をつけようが、それが奴らのやり方に違反しているわけはねえってことよ」
「じゃあ、大変じゃない!何とかしなくちゃ!みんなに知らせた方がいいわよね?」
「いや。今知らせたら町中大混乱だ。オレは何とか手を打ちに来たんだぜ。ヤツらを追っ払う方法がねえわけじゃないからな」
 男は自信をふくませてニヤリと笑った。
「これ以上は企業秘密って奴だ。さてと酒場を教えてもらおうか。多分ヤツらは頭の命令で町の中じゃあ当分禁酒中だろうからな」
この得体の知れない男をそのまま留めて置いてもいいものだろうか?アルザスもライーザも迷ったが、敵ではなさそうなのでとりあえず酒場に案内した。
 ブルーロックス亭とかかれた軒下の木の看板を指さすと、男は礼を言い、独特の含み笑いをくれた。表情が引きつるのはおそらく右目の傷の為なのだろうが、見ようによっては脅迫しているようにとれなくもない。だが、このときの男の笑みに他意はなかっただろう。男はアルザスの頭を軽くぽんとはたいた。
「ふふふ。なんだか知らないがここで別れる気がしねえな。また近い将来、お前達と会う気がするよ。縁があればの話だがね。じゃあな」
 ひらりと手を振り、口笛でも吹いているかのように軽く男は酒場に入っていった。応対するダーテアスのちょっとうわずった声が聞こえたが、あえてのぞくのはやめておいた。あとで様子を訊けばいい。
 困惑したライーザがアルザスに話しかける。
「何なのよ。あいつ」
「さあ。オレもわかんねえけど・・・」
アルザスは歩き出しながらライーザを真剣な目で見た。
「何だか大物の気がするんだよな。サーペントに対立している誰か・・・」
「じゃあ。レディアファーンとか?大海の義海賊だし・・」
「レディアファーンはもっと年上だよ。三十代のおっさんのわけないぜ?若すぎるだろ?でもどうもあの傍若無人なしゃべりかたからして、下っ端じゃないぜ。どう考えてもさ」
「でも新聞とか手配書きであんな特徴ある人の顔見たことないけど。顔がわかんないやつも居るけどさ。まさかとは思うけど、三十代の海賊としては最大の『アイズ』とかじゃないわよね」
「アイズの顔に傷があるとは聞いてないぞ。だいたい大海賊にしては着てるものが、みすぼらしくねえか?」
 初対面の子供達にここまでいわれる彼もかわいそうなものだが、実際二人とも彼のような海賊の噂は聞いたことがないので余計いろいろいわれてしまうのだった。
「ああっ!」
 ライーザが突然大声を上げた。
「何だよ?」
「忘れてた。幽霊屋敷よ。サーペントの目的はきっとそこにあるのよ。どうする?あの人にまかせる?」
ライーザの言葉にアルザスはむっとしながら、
「あんなわけのわかんない野郎に任せられるわけないだろ?とにかくその目的が果たせられない限り奴らはこの町を襲わないんだろ?だったらオレ達が先に見つけちまえばいいんじゃないか?」
アルザスの言葉にライーザは満足げに笑った。
「いいわよ。あんたの無茶につきあってあげる。たしかにあんないかにも流れ者のアウトローって感じの奴に任せらんないわよね。近道しましょ?」
「よーし」
 アルザスは重いリュックを背負い直し、ライーザの先に立って走り出した。しかし、走り出しはしたものの、アルザスの頭の中はサーペントのことではなく、先ほどの男の事がちらついて仕方がなかった。
 何か・・・のちのち大きな敵として前に立ちふさがる男のような気がしてどうも落ち着かない。あの澄んだ冷たい瞳が未だに頭にこびりついていて、前方に不安で威圧的な影をちらつかせていた。
 あの・・・右目に傷のある男・・・近いうちにもう一度会うはずだ・・・。
 

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