戻る 次へ 一覧 四、Fの箱 床下は暗かった。 「いったあー」 ライーザは腰に手を当てながら聞こえよがしにいって立ち上がった。 辺りを見回すが暗くてまだ分からない。しばらく目が慣れるまで待たなければ・・・。 上の板までだいたい五メートルくらい・・うまい具合に下は古い布団の山で怪我をしなくてすんだ。 「アルザス?どこ?」 近くでがたっと音がした。ライーザはそっちを向いてちょっと身構えた。 マッチをする音がして、そっちの方が明るくなる。 「アルザス!何だ。そんなとこいたのね?」 マッチを吹き消してカンテラに灯を入れたアルザスがゆっくり立ち上がった。 「大丈夫か?結構高かったみたいだぞ」 「うん。それはね。あんたは?」 「オレは大丈夫だけどよ」 アルザスは上を見上げた。破れた板が二層に連なっている。 「なあ。オレ達床下の下にあった隠し地下室まで来ちまったような気がしねえか?」 「そういえば上の男も見えないし・・。暗いし・・・」 「こりゃあがるのが大変だぜ」 やれやれとため息をついてみる。ライーザが素朴な疑問を口にした。 「なんでこんな所に布団が積み重なってたのかしら・・」 「そうだよなあ。ふしぜ・・・。あ、そうか。大広間に山積みにしてた布団だよ。何年か前に誰かがきれいに片付けちまってたじゃねえか。そうだ。あれがこれなんだよ」 ライーザがもう一度上を見上げて、 「ねえ。アルザス・・・。それってここに誰かはいるために床下の板を破った奴が居るって事ね?」 アルザスは自分の考えにすっかり納得したらしく自信満々だ。 「そうだ。きっと大広間の一角に床板が抜けてたのは誰かがわざと破ったんだ。それで、ちょっとここは高いからあの布団を引っ張ってきて・・・」 「なるほどね」 目が慣れて、灯もあるので今は地下室の様子がよく分かった。 だいたい八畳ほど、狭いし、特に何もないような気がする。避難のための地下室だったのかもしれない。 布団から飛び降りたアルザスはそのあたりをみまわってみた。 「アルザスー。なんかあった?」 ライーザがこっちについてきながら声をかけてくる。 「いや。何もねえなあ」 といきなり何か足にぶつかった。 「何だ?」 灯を近づけその何かを特定しようとしてみた・・・。 「箱?」 ライーザがいつの間にかぴったりそばまでやってきてその箱を拾い上げる。 ほこりだらけの箱は金属で作られていて少し重い。 豪華とはお世辞にもいえないし、どちらかというと不格好だ。丈夫なだけが取り柄な気がする・・・。 ほこりを払ってみると、表面に刀で削ってつけたような文字が見えた。 「F?アルファベットの『F』がかいてあるわよ」 「宝石箱って感じでもないけどな。開けてみるか?」 「でも・・・鍵がかかってるわよこれ?」 「なんか開け方があるだろ。たたき壊すとか」 「あんたって、野蛮な奴ね。もっと文化的な方法は思いつかないの?」 「文化的だと?たとえばどんな?」 アルザスにつっこまれてライーザはちょっとつまった。 「そ・・・そりゃ。ええっと・・・もっと科学的な方法よ」 「科学・・・ねえ」 アルザスが皆目わからねえとばかり首を振った。 箱を見ていたライーザが何かに気づき顔を上げた。 「もしかしてこれ・・・・。奴らの狙いはこれなんじゃない?」 「そんな小汚ねえ箱をか?まさか」 突っぱねたアルザスにライーザが食い下がり、アルザスの正面にまわってその箱をカンテラにかざす。 「ねえ。よく考えてみて。このFの文字・・・刀で削ってるのよ。上品な人間がこんなことすると思う?ここに住んでた貴族が隠したんじゃないとしたら、町の人って事になるわよね?でもここに鉛玉がめり込んでるのはなぜだと思う?町の人がこんな物騒な箱をもってるかしら・・・」 たしかに箱のはしに銃弾らしい物がめり込んでいる。 アルザスはライーザのもっている箱を見つめ、真剣な顔つきでつぶやいた。 「こんな事するのは・・・賊の類しかいねえってか」 「そうよ。どこかの多分海賊が、これを隠したんだわ。奴らはそれを探しに来たのよ!」 ライーザが力一杯うなずき、そう言ったとき、上の方が騒がしくなった。 「どうする?とうとうやってきちまうぞ!」 「早く逃げましょ!」 「上からか?危ないぜ?」 「ここは多分避難用の地下室なのよ!どこかに抜け道があるかも・・・!」 ライーザは素早くあたりを見回した。よく見ると壁に錆びた鉄板が立て掛けられている。 「あそこは?」 アルザスが駆け寄り、自分の身長より高い鉄の板を横に引きずり、そのまま押しのけた。 板の後ろは空洞で、そこに隠し階段があった。 ライーザはにこりと笑い、アルザスの肩をぽんとたたいた。 「やったね。ついてるじゃない」 「ああ。早くずらかろうぜ」 アルザスはライーザを先に進ませ、ちょっと後ろを振り向いた。 海賊達がなにやらわめきながら飛び降りてきている。アルザスはすぐさまライーザのあとに続いた。 暗い階段だったが何とか走れないことはなさそうだ。 「これどこまで続くと思う?」 「わからねえ。外に出れたらいいんだけどな!」 駆け上がっているうちに前方に外の光が漏れているのがライーザの目に飛び込んだ。 「抜けたっ!」 出口は狭いが身を思いっきりかがめてするりと出口を抜け出た。 続いてアルザスが同じように器用に狭い出口から抜け、周りを見回し、やられたという顔をして、 一言言った。 「あちゃー」 「あちゃーじゃないわよ!」 のんきにつぶやくアルザスにきつい口調のライーザがちょっと睨んだ。 何のことはないこの屋敷の暖炉の前なのだ。 ちょっと顔をすすで汚したライーザが不機嫌に言った。 「なによ。もう!部屋から地下室に行く隠し通路じゃないの!」 「仕方ないだろ。間違えちまったもんはどうにもならねえよ」 アルザスはそうつぶやいてからすぐ今自分たちの置かれている状況を思い出した。 海賊達が後ろにせまっているのだ。 「いけね。ライーザ!こっちこい!」 アルザスはライーザを先導して走り出す。 後ろの暖炉の出口で太った海賊が必死に出口をぬけでようとしている所なのである。 「ま、待ってよ!」 それを見たライーザも顔色を変えて走り出した。 余裕があればその男の面の一つや二つ蹴飛ばしてやりたいが今はおとなしく逃げた方が良さそうだ。 窓に向かって逃げるアルザスを追いかける。 窓にアルザスが手をかけたとき、突然窓の外に短剣の先がちらりと光った。 反射的に横に身をかわすと同時に窓に海賊の悪党面が現れ、短剣をアルザスめがけて突きつけてきたところだった。アルザスがさっと顔色を変える。 「ライーザ!」 アルザスはそのままきびすを返し、後ろのライーザに呼びかける。 「ここは無理だぞ!」 「見りゃ分かるわよ!別の部屋から逃げましょ!」 アルザスは、ベルトに引っ掛けた短剣の柄に手をかけて引き抜いた。 いざとなったら、戦わなければならないかも知れない。 もちろん、刃物を使った戦闘なんて初めてで、今まででも戦いなんて喧嘩か、野良犬と戦ったくらいの物だ。 しかし今度の敵は普通ではない。 あの残虐非道のサーペント・・・逆らったら命はないし、もちろん剣だって、銃だって持っている。 自分の命自分で守らなくてはならない。ここには味方はいないのである。 勢いよくドアを開けて走り出し、周りを見回して様子を確かめる。 海賊達が右側から走ってくるのがわかった。 左側は二階への階段・・・。古い赤い絨毯が敷かれている。だが選択の余地はないのだ。 二人は階段をのぼり始める。 「待ちやがれ!このクソガキ共!」 背後から海賊のドスのきいた声が聞こえた。すぐ後ろだ! アルザスのジャケットに海賊の手が掛かる。 「はなせ!畜生!」 気づいたアルザスは海賊を足で蹴り、その手を振り払った。 「アルザス!気をつけてよ!」 ライーザの叱責気味の声が上の方から聞こえたが、気をつけたってこの状況が変わるわけ無い。 アルザスのすぐ下にはいかにも悪そうな様々な男達が追いすがっているのだ。 「小僧!そこで止まりゃあ命は助けてやる!」 海賊達の申し出に応えたのはライーザの方だった。きっと睨み、鋭く海賊共に言い返す。 「冗談じゃないわね。あんた達の言うことを信じるほどあたし達はバカじゃないわ!見損なわないでもらいたいね!」 ライーザのような見た目のいかにも少女らしい小娘にきつくやり込まれて海賊達は少し呆気にとられた。 「そうだぜ!残虐非道で知られるお前らにそう簡単に捕まる奴はいねえぜ!」 アルザスがライーザのあとできっぱりと言い放つ。 海賊達は怒りをあらわにして二人を睨み付けた。 「この小娘!」 海賊の一人がライーザに刀を振りかざしてつっこんでいった。 ライーザは階段をのぼりきり、そこにあった背丈の半分ほどある壺を男に向かって投げつける。 男は壺を抱きかかえる形で階段を転げていった。その後、階下で壺は粉々に砕けて男の上にふりそそぐ。 ライーザのすぐ後を追ってきたアルザスはちょっと困惑気味の目を彼女に向けた。 「おいおい。あれ値打ち物だったんじゃないのか?」 「そんなこと無いわよ。ここに置いてあったんだから」 ライーザはしゃらっと答え、アルザスがまだ握っていたカンテラをひったくって階下を見下ろした。 カンテラにはまだ油が入っている。 「や、やめろ!放火する気か!」 海賊達は浮き足だった。ここで火をつけられたら下にいる自分たちは逃げ場を失うかも知れない。 素人の小娘にここまでやりこめられるとは思っても見なかった連中にとってこのことはかなりの混乱を 引き起こしたのだった。海賊共はおとなしくなった。 「じゃあ、そこから動かないでっ!」 ライーザは海賊達に向かってはっきりした声で言い放った。 その時・・・ 「そこまでにするんだな」 太い声が背後から響く。 振り返らなくても察しがついたが一応振り返ってみた。 そこにいたのは手配書でよく見ていたサーペントの顔である。 さっき会った男のような大きな目立つような傷はなかった。細くて残忍そうな目は手配書で見たとおりで、典型的な悪党のように見えた。 他の海賊達に比べてずいぶん立派な身なりをしていて、腰に下げたカトラスと拳銃が威圧的な光を鈍く放ち、その場の空気が一気に張りつめた。 いち早く危険を察知したアルザスはライーザを背後にかばうような格好でサーペントと相対した。 握った短剣の柄ひもが汗で濡れたが全く気づくことはなかった。 「オレが誰だか知ってるな?小僧・・」 「知ってるさ。あんたは海賊のサーペント。手配書の人相描きで何度も見たからな」 サーペントの態度は始終居丈高だった。 「なら小僧・・・オレが本気になれば一体どうなるか分かってやってるんだろうな」 「あんたの残虐非道さはよく知ってるわよ!」 ライーザが急に口を挟んだ。サーペントは満足そうに頷いた。 「小僧貴様らは何者だ?この町の連中か?」 「あんたに答える義務はない!」 毅然とアルザスが突っぱねると、サーペントの背後にいた数名の部下が色めきだった。 「なんだとこの・・!」 「やめろ!」 サーペントはすぐさま手下を制した。余裕のある笑みを浮かべて聞く。 「ふん。ならいいだろう。名前はきかねえでおいてやる。だが、その箱をこちらによこせ!」 「箱?」 やはりこの箱が狙いか!と二人は同時に箱を見つめた。 「この中に何があるんだ?」 「貴様は知らん方が身のためだ。この中身をしっちまったばっかりに首をくくられた奴だって居るんだからな」 サーペントはもう充分とばかりに話を打ち切ろうとした。 「今なら、命だけは助けてやったっていいんだぜ?」 ニヤリと笑った顔に鋭い殺気が走っていた。 アルザスは判断に困った。渡さないと殺される・・・だが、渡していい物だろうか? 悔しいのもあるが、この箱は渡してはならない物のような気がするのだ。 だが、凄む海賊達にこれ以上抵抗し切れるだろうか?わからない。冷や汗が額を流れた。 緊迫感に押されてライーザもアルザスも口を閉ざす。 静寂と殺気だけがこの空間を支配していた。 静寂を破ったのは意外にも笑い声だった。それは明らかに嘲りをふくんでいるものである。 不謹慎さにサーペントは顔をしかめ、笑った奴を怒鳴りつけようとしたその瞬間。 ・・・ある声が響いたのである。アルザスにもライーザにも聞き覚えのあるある声が・・ 「ふふふ。ガキいじめをお楽しみの所申し訳がないがね・・。オレもあんたに急ぎの用があるんだぜ。どうだい?そっちは切り上げてくれねえかい?」 その場にいた物は皆その声の主を凝視した。 そこにいたのは、顔に逆十字のような傷のある男だったのである。 戻る 次へ ならず者トップへ |
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