ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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 五、逆十字
 彼は壁により掛かってじっとその様子を観察しているような風情だった。
いつからここにいたのだろうか?
その場にいる者は誰しもこう思ったに違いないが、彼はその答えをくれることはなかった。
ただ、少し口許をゆがめて笑っただけだった。
「お、お前は!」
 切迫した声にアルザスは我に返った。
サーペントの顔色がすっかり変わっている。心なしか少々青ざめ、手が小刻みにふるえているようである。アルザスは改めて男の方を向いた。
「久方ぶりだな。ま、あんたと直接話すのはこれが初めてだが」
 サーペントに話しながら、男はアルザスの方をちらっと見た。
(あっち行ってろ。)という目配せらしい。男の好意と取っていいだろう。
「おい」
すぐさま意味を解したアルザスはライーザにそっと小声で声をかけた。
「うん。分かってるよ」
ライーザはアルザスに頷くとアルザスに続いて小走りで階段を下りていった。
手下達は男に釘付けにされてい動こうとはせず、二人に何の気もとめなかった。
「さて、本題に入ろうか?もちろんオレのことはよくご存じだろうな?サーペントさんよ」
 二人が無事階段を下りるのを見届けて男は口を開いた。
サーペントは震えを少し押さえてから、忌々しそうに男を睨んだ。
「『逆十字』だろう?」
男・・・逆十字はその答えに満足した。
「そうだ。よくお知りだな。この前、金の延べ棒を三本いただいた礼を言うのをすっかり忘れてたよ。今この場を借りて礼を言っておくぜ。オレ達弱小海賊にとっちゃあずいぶんな生活費なんだからな」
「ふざけるな!」
サーペントは怒りのために顔を真っ赤にして叫んだ。
 しかし、逆十字はいっこうに態度を改めない。
その嘲笑的な態度がサーペントを逆上させかねないほどだったが、サーペントは怒りにも関わらず、
彼に飛びかかることはしなかった。
 逆十字は、冷たさをたたえた目でサーペントを見据えていたのである。
無感情な冷たい目がおおよそこの男の外見には似つかわしくないほど、無機的に輝いていた。
『逆らえば間違いなく殺される。しかも眉一つ動かさずに殺すだろう。』
サーペントの直感がそう告げていた。自分より年下であろうこの男に屈服するのは屈辱であるが、
そうせざるをえないのだ。
「よぉ。貴様があれを知ってるとは初耳だったな。オレは誰からそれを聞いたのかなんて野暮なことあんたに訊くつもりはないんだ。安心しろよ」
「ば、バカな・・何を言って・・・」
「ふん。下手な嘘をつくもんじゃない。あんたはここに『知らずの地図』が隠されているのを知ってたはずだ。そうじゃなきゃこんな所には来ねえからな」
逆十字は鼻先で笑った。
「悪いことは言わねえ。この件から手を引きな」
「な、何!貴様のような若僧の命令が聞けるか!」
「聞けるさ。あれを手に入れたところであれを使うすべは無いんだからな」
 すべてを見通したような言い方はサーペントでなくても大いに癪にさわったであろう。それほど人を
食った言い方なのである。サーペントは彼の皮肉な物言いに憤りを感じながら、逆十字に尋ねた。
「一つ聞くぞ。ならなぜ貴様は『知らずの地図』がここにあるのを知っていたんだっ!あれは八年前に絞首刑になった『地獄のダルドラ』が持ち出して以来行方知れずだったんだ。ダルドラの奴がくたばってから誰も知らないはずだった。なのに、貴様は!」
逆十字は少し間をおいてニヤリと笑った。
「ああ。だが、ダルドラって奴はつくづく間抜けた奴だった。隠し場所を数人の手下にしゃべっちまった
 のさ。抱えた秘密の大きさに堪えかねてな」
「それじゃ答えにならん!」
「気の短けえ奴だな。話は最後まで聞きなよ。
 あんたがこの情報を聞きつけたのはおそらくダルドラの元手下のカーリングからだな。オレはカーリングと 同じようにダルドラ本人の口からこのことを聞いていた。もっとも、オレは奴の手下じゃなかったがな。
 オレが奴にこのことを聞いたのは奴が死ぬ前の牢獄の中だ。これで答えになったんじゃないか?」
時折、左手で前髪をいじりながら、逆十字はこう話を切った。
「さて、おしゃべりはこれまでだ。早い話、オレはあの地図を世に出したくなくてな。あんたにも是非とも協力していただきたいんだ」
 逆十字は静かな声に有無を言わさないような威圧感を込めてサーペントに告げた。
突然彼の口調が厳しい命令調に変わった。
「この件から手を引け。あのガキ共を見逃し、この町に手を出すことなくここを去るんだな。そうすりゃ、今回は見逃してやる。どうだ!サーペント!悪い話じゃねえ筈だぜ?」
この言葉はサーペントの堪忍袋を爆発させるのに十分足りた。
「何だと!この若僧がっ!弱小海賊のくせにこのオレに楯突やがってえ!」
 突然刀の柄に手をかけて、サーペントはぎらつく瞳を逆十字に向け、憎悪をこめてさけんだ。
逆上している。今にも逆十字を八つ裂きにしそうな勢いであった。
「ほう。やる気か?いいだろう。相手になってやるぜ。ただし、命の保証はしねえ。 いいんだな?」
 逆十字の反応は冷静だった。むしろこうなることを期待していたような感じさえある。
ニヤリと笑ったその表情に余裕がにじみ出ていた。
サーペントの手下共にはその笑みが悪魔の笑みのように見えたに違いない。
「よ、よしときましょうぜ。お頭。こいつに関わっちゃいけねえんだ」
手下がサーペントを止めにかかった。
「何を言いやがる!こいつは滅多に人殺しをしねえって評判の甘い野郎じゃねえか!斬り殺してやる!」
「こいつは人間じゃねえんですよ。大海賊アイズの船に乗り込んで一人で無傷で帰ったっていうんですよ。そんな奴にかなうもんですか!」
「ええい腰抜けが!そこをどけ!」
 サーペントは手下をはね飛ばし一気にカトラスを抜いた。  
逆十字は冷たく笑って、壁から身を離し、組んでいた腕を解いた。
「勝負は一回。てめえが勝ちゃオレの命をくれてやる。オレが勝ちゃオレの要求を無条件でのんでもらうぜ。それでいいな」
自信あふれる微笑みに不似合いな氷のように冷たい青い瞳を光らせ、彼は腰のカトラスを
わずかに弧を描かせて一気に抜きはなった。
それから、顔の前で刀を垂直に立て、思い出したように古風な決闘の文句を口ずさんだ。
「『我らが、海の神と盗賊の神の采配あらん事を・・・・』」
 
  
 やっと屋敷の外に出た二人はため息をついた。
「ふう。一時はどうなる事かと思ったぜ」 
ライーザも、大きく息をついて、感想をもらす。
「ホントに。怖かったわ」
(あれだけやっといてよく言うな。)
アルザスは心の中でこっそりそうつぶやきはしたが、直接は言わない。
「あの人。何者なのかしら」
 思い出したようにライーザがぽつりとつぶやいた。それに首を振ってアルザスはまじめな表情になる。
「わからねえな。でも、サーペントの怯えよう・・・どんな奴なんだろ?」
「ダーテアスなら知ってるかも知れないわ。避難ついでに聞きに行く気無い?」
 あっという間にライーザはいつもの勝ち気な娘に戻っていた。
そんな彼女に半ばあきれの目をしながら、アルザスは抱え込んでいた箱を思い出したように眺めて
そうだなといった。
「この箱の中身も確かめないとな。一体何が入ってんだ?」
 ライーザは決めつけるように箱をつついた。
「すごーいお宝に決まってるじゃない!あいつらが本気で狙ってんのよ。まさか恥ずかしい日記帳が入ってるなんて事はないわよ!」
「そうだな。宝の地図だったりして。なんか『宝島』みたいだな」
「それってあんた。ジム=ホーキンス気取り?似合わないわよ」
 ライーザが厳しくつっこんできた。アルザスはむっとしてぶっきらぼうにライーザの厳しい指摘に答えた。
「ほっとけよな。じゃ、ダーテアスの所に避難させてもらおうぜ」
「そうね。ダーテアスなら海賊より強そうだし、安全よね?」
 好き勝手にいいながら、二人は丘を急いでおり始めた。
アルザスの手にある箱がどのような事件を巻き起こすのか全く知ることなしに・・・・。
 

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素材:トリスの市場
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