戻る 次へ 一覧 六、知らずの地図 「無い!無いぞ!」 サーペント一味が去って無人の館となったはずの幽霊屋敷の地下室からそんなちょっと間の抜けた叫びが 聞こえたのをおそらく誰も知らなかったことであろう。 地下室で、ほこりで全身を汚した男が自棄気味にどさりとそこに腰を下ろした。ほこりにまみれた顔に 刀傷が確認できた。逆十字と呼ばれていたあの男なのである。 「畜生が。あのヤロは箱を持ってなかったし、オレの記憶が間違ってるとは思えねえ。じゃ、あれはどこいったんだ?」 いらだったように独り言を言い、髪の毛を両手でぐしゃぐしゃにしている。焦ったときの彼のくせだ。 「仕方ねえ。一反出直そうか」 ほこりを払って彼は立ち上がった。 「全く。これじゃ、埋めた骨の場所を忘れた犬よりたちが悪いよな」 やけにしょんぼりしながら、彼は歩き始めた。先ほどのサーペントと相対したときの彼とはほとんど別人のような感じである。例の青い瞳も今はしょげていた。 「自分で隠したのに・・・。オレもうダメかもしれん」 自信を失ってすっかりめげてしまった彼の脳裏に先程の小生意気な二人の子供の姿が漠然と思い浮かぶ。 「あっ!まさかあいつらのもってた箱がか!」 苦虫をかみつぶしたような複雑な表情をして彼は苦笑する。 「ちっ。あんなガキ共にこのオレがしてやられるとはなあ。 やっぱり引退時かな?このフォーダート様がああ簡単に出し抜かれんだから。平和ぼけかもしれねえな」誰も聞いていないのに一人ぶつぶつ言いながら、彼は外に出る隠し階段をめざとく見つけてゆっくりのぼっていった。 ダーテアスの酒場には人がいなかった。 日に焼けたスキンヘッドとひげのダーテアスはかなりの大男で、そんじょそこらのならず者共よりよっぽどならず者に見えかねない。アルザスがちょうどドアを押した時は大欠伸の最中でいかにも暇そうだった。 この町ではこのブルーロックス亭は町民の交流の場に勝手になっていた。だから休みには多くの人が集まるのだが、今日は客は一人きりである。 今酒場にいるその一人は町長のサトラッタ爺さんで説教臭くて多少狡猾な知恵者だ。それだけに政治はうまいのだが・・・。しろいひげが特徴で眉間にたて皺が入っていて、昔童話で見た悪者魔法使いにも似ている。アルザスに気付くと彼はすぐに声をかけてきた。また好物の酒を飲んでいる。 「ほほう。これは生意気小僧とお転婆娘だな。今度は何だ?」 「なんだよ。サトラッタのくそ爺」 アルザスに不機嫌にそう言われ、サトラッタは眉をひそめる。 「まったく親父と一緒で口のききかたのなっとらん小僧だ」 ライーザがサトラッタに気づいて声をかけた。 「あ、サトラッタ爺さん。居たの?」 「居たのとはひどい奴じゃ。なんだ。今度は喧嘩か?」 「オレがいつも騒ぎ起こすみたいに言うなよな。大体、ディックの奴の方が悪いんだぞ。あいつ年上のくせにオレに嫌味ばっかり言うんだぜ!」 アルザスはきっぱり言い切りながら、箱をカウンターの上に置いた。 ディックは町の裕福な家の息子で頭はいいが、ちょっと皮肉屋でアルザスとは仲が悪い。喧嘩と言えば、 大概ディックとなのでアルザスがすぐに彼を引き合いに出すのも仕方ないことである。一応自警団にも入っているし、町では面倒見のいいお兄さんとして信望はあるのだがなぜかアルザスとはすぐに喧嘩をするのであった。 ダーテアスがそれに目を付けた。 「なんだ?その小汚い箱は。お前達まさか幽霊屋敷にいってたのか?」 「なんでわかったのよ?」 ライーザが驚いて、ダーテアスに尋ねた。 「そんなにほこりにまみれてりゃなあ」 「そんなことより、ねえ。顔にすごい刀傷のある人がここにこなかった?」 「ああ来たぞ。ビールを一杯あっという間に飲んで出ていったなあ」 ダーテアスはちょっと考えてから、 「ありゃあ、多分海賊だな。立ち振る舞いに隙がないからかなり名うての男だぜ?」 「やっぱり!」 二人が同時に叫んだ。 「そういや、なんでお前らが知ってるんだ?」 そんなダーテアスを無視する。 「ダーテアス!あいつ誰なんだ?」 「誰?いや、よくはわからねえな。あんな傷の海賊は手配書じゃみなかった・・・」 アルザスは箱をダーテアスに押しつけた。 「なあ。おっさん。これ開けれるか?」 ダーテアスはニヤリと笑う。 「破壊活動ならオレに任せろ!こじあけてやるよっ」 「野蛮よ。野蛮」 「お前達。町長として提言するがもう少し賢くやれ。まったく暴力的になりおって」 ライーザとサトラッタが口々に言うが、そんなことを聞くダーテアスでもない。部屋の隅から釘抜きを持ってきて、あっという間にこじ開けてしまった。 「開いたぞ! どうだ。オレも捨てたもんではないだろ?」 「中身は?」 完全にダーテアスを無視して、アルザスは箱に飛びついた。 黒い革袋が箱の中に丁重におさめられている。軽い音がする。振ってみると巻いた古い紙が出てきた。 「宝の地図?」 ライーザが後ろから聞いたが、アルザスの目は失望に変わった。 「なんでえ。ただの紙切れかよ!期待はずれな」 アルザスはそれをぽいっと放った。 サトラッタがそれを拾い上げ、広げてのぞき込む。すぐさま彼は目の色を変えた。 「ランプをこっちへ!」 「え?」 「いいからもってこいと言うに!」 ライーザは、サトラッタの真剣な様子に仕方なくランプを寄せた。 サトラッタは、紙を灯の光にすかして、じっと見ていた。 「間違いない。これは・・・地図だ」 彼の声はかなりの興奮のために震えていた。 「ちず?」 「これは・・・『知らずの地図』に相違ない」 「知らずの地図!!」 三人は声をそろえて叫んだ。 「なな、何言ってんだ?そんな大仰な物があの幽霊屋敷にあるわけ」 「そうよ!あれは伝説の産物だって・・・」 サトラッタは二人に紙を示した。 「よく見るがいい。光に透けて世界地図が見えるだろう」 確かにサトラッタの言うとおりだった。 世界地図がその古い紙に透けて見えている。しかも立体的に見えていた。 「ほ、ホントね」 「で、でもよ。これが知らずの地図って言う確証は?」 意外にアルザスは慎重ですぐに喜ばなかった。追求されたサトラッタは少し考え、ぽんと手を打つ。 「そうじゃ、そうじゃ。学者の都市へ行けばいい。あそこに古代トレイック文明を研究している偏屈者が居ったはずじゃ」 「とれいっく?」 「うむ。古代トレイック文明が創り出したもっともすばらしき遺産がこの地図といわれておるのだ。ここにもトレイックの象形文字がかかれておる。ま、わしには読めん言葉だがな。学者の都市・・・イアード=サイドには国中の学者が集まってくる。その男もそんな学者の一人だが、あまりにも突飛なので周りに認められて居らぬとか」 サトラッタは少し間をおいた。 「わしのちょっとした知り合いなのだがな。良ければ紹介してやろうか?」 後ろのダーテアスがぽつりと小声で一言いった。 「どうせ飲み友達なんだろうが。こんの飲んだくれ町長が」 「何か言ったか?ダーテアス!」 間髪入れずサトラッタの厳しい声が電撃のように背後から飛んできた。 ダーテアスは明らかに狼狽しながら、何事かいいわけめいたことをつらつら並べる。 心の底で(地獄耳)と毒づきながら、それでもサトラッタには頭が上がらないダーテアスだった。 サトラッタはそんな彼を完全に無視してアルザスに告げた。 「トレイックを研究しているあの男ならこの地図について何か知ってるかもしれん。名前はヨーゼフ=ネダー。希代の変わり者だが悪い男ではない」 「よし。つまりこれを確かめるためにはイアード=サイドに行かなくちゃならねえってわけか?それじゃ今夜にでもここをたって、明日の朝にはイアード=サイドについてっと」 アルザスはすぐに頭の中で今後の予定を立て始め、すでに足がドアに向かっていた。 ライーザが声でアルザスを引き留める。 「ちょっとちょっと。サーペントの奴はどうすんのよ?」 それを聞いてサトラッタが少し眉をひそめて、ライーザに向き直る。 「今サーペントといったな?沖に止まってるあの船・・・まさかサーペントの物なのか?なぜもっと早く言わなかったのだ?」 サトラッタあたりは冷静なところが怖い。彼お得意の真綿で首を絞めるような静かな説教というのは怒鳴りつけられるより精神的にこたえる物なのだ。 「サーペントってあの海賊のか?な、なんでこんな町に居るんだよ!」 ぼーっと聞いていたダーテアスがはっと気づいてカウンター越しにでかい声でアルザスに尋ねてきた。 「これ狙ってんだよ!あとはよくわからねえ。オレ達はあの顔に傷のある奴に混乱を招くだけだから口外するなって言われただけなんだからな。さっきは本気で追いかけられたんだぜ。サーペントの奴に・・・・」 アルザスは忌々しそうにぶつぶつ言いながら、カウンターに戻った。 ダーテアスはあわてたようにそんなアルザスにわめきたてる。 「ば、馬鹿だなお前らは!あいつに逆らったら命はねえっていうんだぜ。よく助かったもんだ。全く。どうしてそんな無茶するんだか!」 お前らの気が知れねえよと言いたげにダーテアスは水差しの水をそのまま口にふくませる。 サトラッタが思いついたようにごく冷静に聞いた。。 「で、奴らを振りきったのか?」 「振り切ったとは違うわ。あの変な男が助けてくれたのよ」 「何?あの妙な奴がか?」 ダーテアスが割り込んで話に入ってきて、記憶の糸をたどっているらしく珍しく神妙な顔をした。 笑いそうになりながら、アルザスはからかい口調で尋ねる。 「何だよ?何か思いだしたのか?」 「いや、あの傷・・・形は何に見える?」 「そうだな」 つられてアルザスも真剣に考える。 「しいていや、十字架を逆さにした奴・・・そう逆十字だったような・・・」 「逆十字!それだ、思い出したぞ! 」 突然町全土に響きそうな大声を上げたダーテアスにサトラッタは思いっきりしかめっ面をした。 しかしダーテアスがそんな細かいことに気づくはずもなかった。 「思い出したって何?」 ライーザにダーテアスは大きく首を縦に振る。 「弱小海賊って知ってるか?」 「部下の少ない海賊のことだろ?」 「そうだ。今じゃ海賊だって組織化されてるからな。弱小海賊ってのはそんな大組織に属さない海賊達のことだ。ま、一般人に悪さはしねえ連中だから知名度は低いんだがな。密輸屋が多いんだが、まれに大海賊共の積み荷を少人数で略奪するっていう無茶な連中がいるんだよな。あいつもそんな海賊のひとり。顔に大きな傷があることから、名前は忘れちまったが、あだ名は逆十字だ。船乗りの噂で聞いたんだが、海賊仲間の内でも悪魔の男として恐れられてるって話だな」 「どうしてだよ?」 アルザスがカウンターに身を乗り出して聞いた。 「でたらめに強いんだよ。しかも頭が切れる奴なんだとさ。その船乗りに言わせると、普通の人間にゃ出来ねえ冷たーい目をしてるってよ。そうだったか?その男。オレが見たときゃそんな感じじゃなかったがなあ」 「冷たい目・・・」 フッとあの目の光がよみがえる。背筋の凍り付くような視線がアルザスにその男はオレだと告げているように思えた。 「間違いない!そいつだ!」 アルザスが叫んだとき急に外が騒がしくなった。 戻る 次へ 一覧 |
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