ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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  八、素晴らしき脱出法
 すでに時は夕刻。港町の黄昏などというものに柄にもなく感激して、ゆっくり道を歩いていた男が一人いた。右目の上に逆十字型の傷痕が何かの象徴のようにくっついている・・・。
 そう・・例の逆十字の男なのであった。
追い返したはずのサーペントが町で問題を起こしているなど、彼はまだ気付いていないらしくその足取りは何となくふわふわしている。
 そのどこか抜けた逆十字・・・自ら名乗るところのフォーダートがもう一度、鋭い目つきに戻ったのは
町に一歩足を踏み入れてからのことであった。
さすがに鋭い彼は町の妙な空気にすぐに気がついたのである。
 自分の甘い考えにフォーダートは少しいらだちながら、町の様子を細かく探る。
「くそ。あいつのしつこさをなぜ計算に入れなかったんだ?やっぱりオレも引退時だな」
ぶつくさ言いながら、おそらく騒ぎの中心であろう酒場に走りながら彼は無意識のうちにカトラスの柄を片手で押さえていた。
 人だかりのある酒場は、すでに何事か起こった後ということをあからさまに示している。人の間を縫いながらフォーダートは酒場にはいった。
「ありゃ、あんたは・・・」
 昼間会ったばかりの海坊主ふうのおやじがフォーダートの顔を見て意外そうな声を上げた。横に気むずかしそうな老人がじろりと鋭い視線を自分にくれているのに気付いたが、フォーダートは気にしなかった。
「何かあったのかい?」
聞きながら、この様子じゃ怪我人は出てないなとフォーダートは安心する。 
「いや、さっきサーペントの奴がここにきましてね・・・」
やっぱりとフォーダートはばつが悪そうに苦笑する。
「奴はどうしたんだい?この様子じゃうまく追い払えたみたいだがね?」
 答えようとしたダーテアスをさしおいてサトラッタが口を挟む。
「この酒場からはな。だが、外には奴の部下が多すぎるのでそうそうに放しておいたが、もしかしたら小僧と小娘の後を追ったかも知れない」
「そうそ、このサトラッタが奴の喉に短銃突きつけて追い出したんだが、外に出た途端うまく逃げられちまってね」
 ダーテアスのセリフを聞いてか聞かずか、
「何?しつけえ奴らだな。よほど命が惜しくねえと見えるな」
フォーダートは腹立たしく呟き、その目に一度冷たい光が宿って消えた。
「で、その小僧と小娘は?」
「東の丘の格納庫に・・・。あんた、どうか行って奴らを助けてくれないか?」
ダーテアスがまだ猟銃を手に抱えながら、頼み込んできた。よく見るとその足下に海賊の手下が二人ほど縛り上げられているのだった。猟銃はそいつらを逃がさないためのものなのだ。
「どさくさに紛れて酒場に残って奴がいましてね。今から目印にあの酒場の看板にでも引っ掛けようかと思いまして」
「ふふふ、それはいい案だ」
フォーダートは猿ぐつわを噛まされた二人を楽しそうに眺めていった。
「東の格納庫だったかな?じゃあ、失礼したぜ。失礼ついでに裏口をかりていいかな?野次馬が多くて出ていけないぜ」
「ああ。あっちだよ」
 裏口に歩きながら、小声で一言サトラッタに向けて言う。
「しかし、爺さん、あのサーペントを脅しあげるなんてなかなかやるなあ。さすが、あの小僧と小娘を生んだ土地だな。ふふふ、あんた達に敬意を表するよ」
「お前さん、名は?」
褒められてサトラッタが、少しにやにやして尋ねた。
「オレの名は逆十字のフォーダート。失礼したな。今度はもっとゆっくり酒を飲みに来たいね。じゃあな」
そう言い置いて、フォーダートはたっと裏口から走り出た。
 やがて、足音が消えてしまってからダーテアスが嘆息を漏らす。
「すげえなあ。さすが、本物はかっこいいねえ」
「なかなかの切れ者ではないか。だが、あの男、敵に回せば強敵だぞ」
サトラッタが、真剣な目をし、頬杖ついてふうとため息をつく。
「そんななぜ敵になんて・・・」
「あの男がなぜここに現れたか考えて見ろ。知らずの地図を狙っているのは間違いなかろう?敵に回らぬと言う保証がどこにあるのだ?」
ダーテアスが言葉に詰まる。
「だけどよ、あの逆十字が敵に回るなんて事があったら・・・あいつら・・・」
「それはその時だな。あのガキ共がどれほどの力を持っているか、それが試されるのだ」
例の短銃を手の内でくるくる回すと、サトラッタは心配そうな表情をした。
「あやつらの前途も不安じゃの。この護身用の銃くらい持たせりゃよかったな」
ダーテアスも不安そうにうつむくが、サーペントの手下が逃げようとしているのが目に入り、腹が立ったので思わずドカッと踏んづけてしまった。
 
「おいおいおい。よせよ」
丘を走りながら、アルザスが情けない声で言うのでライーザが振り返り、きつくアルザスを叱咤する。ライーザの所の格納庫を目指している最中であった。
「馬鹿言わないのっ!覚悟決めなさい!」
「だけど、あの飛行機はなあ・・・」
ライーザもすぐに家から取ってきたリュックを担いでいるので二人とも、坂道はちょっときつい物がある。そろそろ息が切れてきた。
「大丈夫よ。あんたんとこのディアスおじさんになおしてもらったんだからね」
「それだ!ディアスってのはオレのおやじだぞ」
アルザスは露骨に嫌そうにいった。
「わかってるわよ。で、試験飛行はアリアーおばさんにしてもらったの」
「だから、不安なんだよ。特におやじはな、オレと頭の構造が同じなんだぞ。信用できるわけねえだろ。ネジでもきっとはずれてんだ」
アルザスはむっつりしてのんきなライーザを睨むが、先を走るライーザは振り返りもしない。
 ディアスとアリアート夫妻の息子がアルザス。大雑把で熱血漢のディアスと気の強い行動派のアリアート。
まあ、どちらも自分の血縁だとは思うわけだが、それだけにどうも信用できないのだ。自分の大雑把さが
よーくわかっているアルザスは同じようなディアスが自分と同じ間違いをしそうで不安なのである。
「わかったよ!そのかわり空中分解してもオレのせいじゃねえからな!」
 ライーザにそう言い放ちながらアルザスは一気にライーザを抜いて前に出た。
もう抵抗しても無駄である。この少女の場合、口で勝とうと思って勝てた試しがない。
「冗談じゃないわ。不吉なこと言わないでよ!それからね、あんたが操縦してよ!」
すぐさまライーザの応酬が飛んできた。
「お、オレに操縦させるつもりか?お前も教習受けてただろ?」
アルザスが不平をぶつけるがライーザはまだまだけろりとしているのである。
すました顔でぬけぬけと言うのだった。
「まあ、あたしみたいな気の弱い乙女がそんな荒っぽいもの操縦できる?」
「普段荒っぽいくせによく言うな。オレだってたまには気の弱い乙女に会いたいもんだね」
「と・に・か・く!あんたがやってよね。教習所の成績あたしより成績良かったじゃない」
(一点だけな・・・。)と心の中で呟いたが、それ以上いっても無駄っぽいので承認しておくことにする。
(どうせゆっくりしたいんだろこの横暴女め!)これも心の中の一言に留めておこう。
 とか何とか言ってる間に格納庫と短い滑走路が見えてきた。
その場所で一休みしている青年を見てアルザスは嫌な顔をする。
「ディック!」
金髪、やせ形、ニキビ面、ちょっと秀才そうで背が高い。
・・・どっからどう見てもディックなのである。
(せっかくのめでたい門出に一番嫌な奴にあったな。)
アルザスは露骨に顔でそう言いながら、格納庫に近づいた。
「何だ。誰かと思ったらアルザスとライーザじゃないか。まだ町にいたのか?」
 ディックが相変わらず嫌味を込めて来たのでアルザスは機嫌悪く言い返す。
「ふん。今から出かけんだよ!それの前にどうしててめえみたいな嫌な奴の顔を見なくちゃならねえのか、泣けるね。オレは!」
「ディック。あんたこそなあにやってんのよ?」
険悪なアルザスを無視して、ライーザが鋭く聞いた。
ディックの右手にはバケツいっぱいの花火がぶら下がっている。これで結構子供好きなのでどうせ、町の子供のためのボランティアかなんかだろうと予想はつくのだが・・。季節があわない気もする。
「別に・・・。季節はずれに子供達が夜花火したいっていうけど、売ってないから隣町まで仕入れに・・・」
「じゃ知らないわけ。花火どころじゃないわよ!いま、港にサーペントが来てるんだから。海賊のね」
「何!サーペントォ!」
ディックがものすごいリアクションをとる。
「ち、ちょっと待て。こんな所にくるわけ・・・」
「そんなこと言われてもあたし達実際追いかけられてんだもの」
「追いかけられてる?まさか」
半信半疑のディックを無視してアルザスがライーザの手を引っ張る。
「こんな奴無視してとっとといっちまおうぜ。オレ達は命が懸かってんだからな」
珍しくディックが二人を引き留めて、心配そうに言う。
「まてよ。よくわかんないけどお前の言うことが本当ならかなりまずいだろ。もうすぐ奴らが来るのか?」
「ダーテアスとサトラッタのじじいに頼んできたけどな。足止めは無理だろうな」
「ふむ。よし、役に立つか立たないかはわかんないけど、これ持ってけよ」
 ディックは持っていたバケツいっぱいの花火をアルザスに渡す。アルザスは意外な顔しディックを見るが、ディックはまじめなのである。
「お前とはよく喧嘩したけどな、絶対に死ぬなよ」
ちょっと面食らったが、礼を言わないのも何なのでとりあえず、礼を言うアルザスだが、素直には言いたくないので前置きがつくのである。
「ああ。お前にしちゃ、い、意外にいいとこあるじゃねえか。ありがとよ」
ディックはちょっと照れたらしいがすぐにいつもの顔に戻った。
「オレ、町が気になるから戻るよ。これでも自警団に入ってるし、ちょっとでも役に立つかも。子供達が心配だし」
というと、ディックは素早く身を翻してさっと丘を降り始めた。
「意外だな。あいつがこんなもんくれるなんて」
「あのね、あんた以外には結構良い奴なのよ。あたしにも嫌味言うけど。他の人にはすごく優しいのよ。あのニキビ青年は・・。でね!」
ライーザがアルザスの襟をぐいと思い切り引っ張った。
アルザスがぶっきらぼうに「なんだよ」と振り向けば、ライーザは困った顔をした。
「あのね、格納庫の鍵がないのよ。たしかあんたに預けたと思うんだけど」
「鍵・・・?」
アルザスはちょっと考えて、ぱしんと膝を打った。
「しまった。家に置いてきちまったよ。家はすぐそこだから、オレ取りに行ってくるぜ」
「あ、待ってよ。あたしも一緒に行く。一人にされて海賊共に取り囲まれたくないもん」 
 それじゃ・・ということで走り出したアルザスにライーザが続く。
ここを真横に突っ切ればあのアルザスの家にたどり着くわけで、もう例の赤い屋根が夕日に染まって余計赤く輝いていた。
 さっと家に入って、格納庫の鍵を鍵かけからはずし、アルザスは感傷深げなようすで部屋を見回した。
「当分この家ともお別れだな。サトラッタ爺さんが管理してくれると思うけど」
「なあに感傷に浸ってんのよ」
「べつに浸ってねえよ。じゃ、行くぜ」
 ライーザにつっこまれて不機嫌そうにドアを開けた彼の目の前に誰かが立っていた。しまった!と思ったが、すでにその時は腕をつかまれ逆に外に引き出される。地面に投げ出されたが、すぐに体勢を取り繕った。
「何するんだ!」
 そこにいたのはサーペント本人である。
きっと睨みあげるアルザスの目に彼の冷酷そうな瞳が映った。 
「小僧!箱を渡せ!」
「知らねえよ!あんなもの海に捨てちまったぜ」
手下は十人ぐらい。他の部下はどこへ行ったのだろう。幸いライーザには気付いていないらしく、家の中に入ろうとする者はいない。
「あの箱をそんなに簡単に捨てるわけがねえだろうが!さあ渡せ!」
サーペントはアルザスの胸ぐらをひっつかみ持ち上げた。かなり逆上しているらしい。冷静さは微塵もなかった。他の手下は同じく憎悪を込めた視線をアルザスに送っていた。
「オレがどんなに恥をかいたかわかってるのか?お前を殺したっていいんだぜ。いや、それだけじゃ、おさまらねえ。あの小娘を八つ裂きにして、この町の連中を皆殺しにしてやる。他の連中は船に戻らせてある。オレの合図さえあればあの町を一気に襲うようになってんだ。特にあの爺は、最後の最後まで苦しめてから殺してやる。てめえが渡せば許してやるってんだ!どうだ!小僧!」
「ふん。じゃ、結局サトラッタにしてやられたってわけだ。あんたも大したことねえんだな!」
アルザスは生意気小僧らしい一言をはいた。右手で腰のベルト辺りの短剣の柄を握って相手の出方次第では斬りつける気でいる。サーペントの怒りは火に油を注いだように燃えた。
「何だと!」
「だってそうじゃねえか!あんたはあの逆十字が怖いんだ。オレはあんな奴怖くないぜ。オレはあいつが敵でも絶対に『知らずの地図』はゆずらねえ。だからあんたにも渡さない!」
「し、知らずの地図!貴様あの中身を見たな!」
 あの馬鹿とライーザは小声で呟く。これ以上サーペントを刺激しては危険だ。ライーザにはサーペントの左手が怒りのために震えながらそろそろ短剣にかかっていくのがみえていた。何とかしなければ、アルザスが殺される。あの地図は自分が持っているけれども渡したところで命が助かりそうにも見えない。
 そんな彼女の手にはディックからもらった花火が握られている。それにようやく気付くとライーザはすぐにマッチをポケットから取り出した。
 周りは手下が十人、前はサーペント・・・。絶体絶命である。
「離せ!」 
アルザスがもがくとサーペントは意外に早く彼を離したが、すでに左手に短剣が握られている。着地した
アルザスはサーペントから身を引いて少し遠くで腰の短剣をひっこ抜いた。
(これは覚悟決めなきゃな。)
 漠然とアルザスがそう思ったとき、ライーザの声が響く。
「アルザス!そこどいてっ!」
海賊達が初めて家の中の人物に目を向ける。玄関先に立つ彼女は、ロケット花火と爆竹を手にしていた。
すぐにライーザは大量の爆竹をサーペントとその手下の足下にぶちまける。けたたましい破裂音が足下でなり、海賊達はジルバでも踊るように慌てはじめた。
「馬鹿っ!こっちよ」
アルザスの襟元を引っ張って、ライーザは一瞬の隙をついて海賊の包囲網を抜けきった。いち早く落ち着きを取り戻したサーペントがポケットに手を入れる。拳銃を使う気だ。
 だが、先にライーザは点火したロケット花火をサーペントめがけてはなったのである。
花火はサーペントの顔をかすめて飛んでいき、拳銃を抜くどころか彼はワッと叫び声をあげてのけぞり、
情けなくもその場にしりもちをついてしまったのであった。
 ライーザは走りながら笑う。会心の笑みという奴だ。
「やったあ。あいつら馬鹿よね!こんなことでひっかかるんだもん」
「お、おい。そろそろ離せよ!」
引っ張られていた襟のライーザの手を引き剥がす。その頃になって、ようやく、短剣を腰に戻した。
「おい、まあたお前に絞められるところだったぜ。でもよ!うまいこといったな。ちょっと癪だが、ディックの奴に感謝しねえとな」
ニヤリといたずら小僧の笑い方でライーザに笑いかけると、彼女もニヤッと笑い返してくる。
アルザスはライーザを追い抜いて格納庫に一目散に走った。
「あそこまで逃げりゃ、オレ達の勝ちだぜ!ライーザ!」
「わかってるわよ!」
 格納庫は目の前だ。
 

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