ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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 10.海の上で
 アルザスが、巡航船の桟橋にやってきたとき、ほとんどの乗客はすでに船から出ていった後だった。あんな事件があったにも関わらず、意外に周りは落ち着いていた。
 残った少ない人々を見回しながら、アルザスは知った顔を探していた。ほとんどが、船員で制服をきているから乗客との判別はしやすい。
「あ!」
 アルザスは、声を上げた。近くのベンチに二人連れがすわっていた。一人は、鞄を持ったアレクサンドラでもう一人はあのマリアだった。
「よかった!あの二人にきけば、ライーザの居場所ぐらいすぐわかんだろ!」
運がいいとアルザスは喜んだ。あまり苦労もせずに、手がかりが見つかったのだから、これはラッキーだ。と。
 アレクサンドラの方が、近づいてくるアルザスに気付いた。少し驚いたような顔をしたまま、彼は立ち上がった。
「お前・・・生きていたのか?姿が見えなかったから、てっきり。」
「て、てっきりって・・・!海に落とされて、置いてけぼりをくらっただけだぜ。勝手に殺さないでもらいたいぜ。」
 アルザスは、少し口をとがらせた。
「すまんすまん。だが、よく無事だったな。服も替わっているし。」
「ああ、途中でちょっと親切なおっさんに助けてもらってここまで連れてきてもらったんだ。・・・・で、ライーザは?」
 嬉々として話を進めるアルザスに、マリアがゆっくりと進み出た。
「アルザスさん。ライーザさんは・・・捕まっちゃったの。」
「え?」
 アルザスは、一瞬言葉の意味がよくわからずに聞き返した。
「な、何だって?」
 マリアは泣きそうな顔をしてもう一度言った。
「ライーザさん。連れて行かれちゃったのよ。」
「だ、誰にだよ!どういうことだよ!」
 アルザスは、矢継ぎ早に質問を投げかけた。
「逆十字の野郎はどうしたんだよ!海賊共は撤退したっていってたじゃないか!?」
 マリアにかわってアレクサンドラが応えた。
「逆十字・・というのは、あの乱入してきた男だな。とにかく、海賊達は一反、撤退はした。だが、残党が残っていたのだ。残党は、あの娘をさらって逃げた。あの男は、娘を助けに走っていったのだが・・・。」
「だが・・・?」
 アルザスは不安そうな表情で続きを促した。この雰囲気の中でいい結果が出るわけはないのはわかっていたが。
「そのボートを見ていた船員の話によると、撃たれて海の中に消えたように見えたらしい。」「ど、どういうことだ!?じゃあ、死んだって事か!?あいつが?」
 アルザスは思わず、アレクサンドラのコートを掴んだ。
「それはわからん。生死は不明だ。」
「そんな・・・。」
 アルザスは、呆然としていた。あの強い逆十字が殺されて、おまけにライーザがさらわれた。信じがたい事だった。
「そんな事があるかよ!」
 吐き捨てて、アルザスはふと我に返った。
「ライーザをさらったのは、どこのどいつなんだ?やっぱり海賊か?」
 マリアが、持っていた手紙を差し出した。
「捕まったとき、あなたに渡せっていわれてたの。あたしは、最初から返されるつもりだったみたい。」
 アルザスは、マリアから手紙を受け取って、封のされた封筒を乱暴に破き捨てて中身を取りだした。しろい便せんにタイプライターで文章が書かれてあった。
 その文章に急いで目を通していく内に、アルザスの顔色は変わっていった。全て読み終えて、アルザスは思わず手紙をぐしゃりと握りつぶしてしまった。
「畜生!あの野郎!!」
 そう言うと、アルザスは身を翻して元来た方に走り出した。
「待て!どこに行くつもりだ!」
アレクサンドラは、慌てて叫んだ。
「お前達の荷物は私が預かっている。しばらく、この島の「シルク」という宿に逗留するつもりだ!何かあったら、すぐに来い!!」
 アルザスがその言葉を聞いていたかどうかはよくわからなかった。どんどん彼の姿は小さくなり、やがて町の方に消えていった。
「先生・・・。」
 マリアは不安げにぎゅっとアレクサンドラのコートを掴んだ。さすがの彼もかけるべき言葉が見つからず、しばらく無言のまま、そこに立ちつくしていた。
 
「畜生!オレが、あの時ドジ踏んで海に投げ出されたりして、船の中にいなかったから!!」
 アルザスは手紙を掴んだまま、町の中を駆けていた。どこにいくあてもなかった。ただ悔しいのと自分に腹が立ったのと、ライーザが心配なのとでじっとしていたくなかっただけだった。
 逆十字に任せておけば万事安全だ等とたかをくくっていた自分が腹立たしかった。
「ちきしょう!!」
 アルザスは叫んだ。だが、その声は、ちょうど夕飯前のにぎわいをみせる市場の熱気にかき消され、聞いた者など居なかった。
 太陽は、海の向こうに沈みつつあった。全てが赤く染まっていた。パージスの雑踏の中に、アルザスの姿はやがて消えていった。
 
 目の前に立っている男に、ライーザは反抗的なまなざしを向けた。男は、あの洞窟でみた軍人らしい中年の男である。
「あなたね!あたしをどうしようっていうの!」
「別に何もしない。地図との交換をする為の大切な人質だ。傷を付けたりするわけがないだろう。」
 レッダー大佐は、静かに言った。
「・・・アルザスを脅す気?」
「あの子供の名前だな?そうだ。明日の午前、十一時、パージスのセントラルアベニューで待ち合わせしているからな。彼をここまで連れてきて、地図と君とを交換する事になっている。」
「どうだか!全部終わったらあたし達を殺す気でしょ!」
少女の剣幕にも大佐は、動じることはなかった。
「殺すつもりはない。殺すつもりならば、とっくにお前を殺しているところだ。」
「そう。じゃあ、安心するわ。あなたみたいな立派な軍人さんが嘘なんてつかないものね!」
 ライーザは皮肉っぽく言った。そして、部屋をぐるりと見回した。何もない殺風景な部屋だが、独房よりはましらしい。鉄格子がついていないのがせめてもの救いだった。もちろん、窓もないし、扉には監視がつくだろうが。
「いい部屋ね。しばらくのんびりさせてもらうわよ。」
突き放すようにそういうと、彼女はふいと顔を背けた。
 レッダー大佐は、それを見ると黙って立ち去っていった。背後でバタムと扉が閉まる音がした。もうだれも部屋にはいなかった。
 ライーザは、それがわかると急に座り込んで泣き始めた。
「お父さん、お母さん、助けて・・!」
小声で彼女は呟いた。気丈には振る舞っていたが、本当はまだ十六の少女であるライーザにはたいへん恐ろしいことだった。
「助けて・・・アルザス・・・!」
届くはずもない小さな声は、狭い部屋を少し反響していた。床の下から、エンジン音らしい無骨な音と振動が伝わってきた。
 ライーザは、ここが海の上であることをそれとなく知りながら、こんな場所で一人っきりで監禁されている自分の身を嘆いていた。周りに本当に彼女の味方はいなかった。あの逆十字は殺されてしまったし、アルザスはどこにいるのかわからない。
「お願い・・・助けてアルザス・・!」
 ライーザは、もう一度小声で呼びかけた。もちろん、それに応えてくれる声はどこからも聞こえなかった。
 
                     《第四章に続く》
 
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©akihiko wataragi.2003
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