ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
戻る   進む   一覧



4.再会
 アレクサンドラが戻ってしまってからも、しばらくアルザスは甲板で一人ぼーっとしていた。たまには、こうやってひなたぼっこでもしながら風に吹かれているのもいい。あらかじめ買っておいたお菓子をかじるのも旅行では結構楽しいものだ。パージスに着くのは、夕方だというから、ますます効率よく時間をつぶさなければならない。
 反対側のライーザとマリアの会話が続いているのかどうかは、彼には伺い知る事はできなかった。わざわざ、見にいくのも面倒で、どうせ話し込んでいるものだと決めつける。女の子が話し好きだということを、アルザスは、よく知っている。
 向こう側から客がやってきた。旅行者風の出で立ちだった。ボストンバッグを片手に下げた長身の男のようである。
 時々こうして風を感じにやってくる客は少なくない。よほど、寒い日でない限り、船上の風は心地よいものだ。
 男は、アルザスの方に歩いてきて、そして彼の右横で彼と同じように縁に手をついた。ふと、アルザスは男の手を見た。彼は右手だけしか前に出していなかった。妙だな。とアルザスは思った。イヤな予感が体中を駆けめぐった。彼は、お菓子から手を引いた。
 その時だった。鋭い感触のするものが、彼の背に当てられた。アルザスは一気に血の気がひいていくのを感じた。
「隙だらけだな。」
あきれたような笑い声をふくませて相手はいった。鳥打ち帽風の帽子を目深にかぶった男は、そのつばを右手でちょっとあげた。
 研いだ刃物のような光を讃えている、見覚えのある青い瞳が姿をのぞかせた。そして、あの傷痕も・・・。
 アルザスは、呆然として呟いた。 
「あんた・・・いつの間に。」
「気付かないお前が鈍いだけだ。・・・おっと、余計な事は考えるなよ。自分の立場を忘れるほど、お前は馬鹿じゃねえだろう?」
悠然と笑いながら、彼は、左手の上でナイフをちらつかせていた。
「油断大敵って言葉を知ってるか?」
「変装してくるなんて卑怯だぞ!」
 アルザスは、キッと相手を睨んだ。
「馬鹿が。方法を選ばねえのがオレ達のような悪党だ。だいたい、オレは変装なんてしてないね。服をちょっと代えただけじゃないか。」
 そこまでいわれて、返す言葉が無くなりアルザスは詰まった。それをみて、逆十字のフォーダートは、にっと笑った。その表情は、今までのように妙に敵対的な感じを受けなかった。少し、いたずらっぽい感じで何だか長年の友達にでも向ける顔のようだった。アルザスは、フォーダートのそういう表情を初めて見た。
「バカだな。いちいち、まともに返そうとするなよ。お前は正直な奴だな。ごまかしちまえばいいのにさ。ホントにバカだろ?」
「なんだよ!その言い方は!」
 さすがにムカッとしてアルザスは、少し大声でいった。
「大声を出すなと言わなかったか?」
フォーダートは警告でもするように、視線を鋭く彼に向けた。アルザスは、我に返って慌てて口を閉ざす。それを見て、彼の目の鋭い光は一瞬のうちに消え去った。かわりに楽しそうな笑い声が、かなり馬鹿笑いとでも言えそうな妙に明るくて、よく響く笑い声がアルザスの耳に入った。
「はははははは。ひゃはははははは!」
 もうこらえきれないという風に、フォーダートは、何が面白いのか大笑いし始めた。アルザスは、少しぎょっとして彼からわずかに身を引く。大声を出すなとか言っておきながら、自分から大笑いをしている彼がよくわからなかった。どこかおかしくなってしまったんじゃないかと誤解してしまうほどの大笑いだった。
「っくっくっく・・・つくづく・・お前はバカな奴だな。」
 ようやく笑いをおさめながら、苦しそうにフォーダートは途切れ途切れ呟いた。笑いすぎて息が出来ないらしい。何がそんなにおもしろいのか、全くアルザスには理解できなかったが、次第に笑われた事に対して腹が立ってきた。よく考えれば、最近、この男のせいで色々と気分の悪いことばかりだった。それも重なってアルザスは、脅されていることを半ば忘れた状態で彼に噛みついた。
「何がおかしいんだ!」
「ふ・・ふふ。べ、別に・・お前がおかしいわけじゃねえよ。」
 笑いながらもフォーダートは、アルザスの立腹に少しだけ申し訳なさそうなそぶりをみせた。
「おかしいのはオレだ。別にお前がおかしいわけじゃねえ。」
「そ・・そりゃ、そうだろ!あ、あんたが勝手に大笑いしだしたんだから。」
 アルザスは、面食らった。
(ホントに・・こいつどうかしてんじゃねえのか!?)
アルザスは、心の中で呟いた。思い起こせば、この前から様子がおかしかった。突然、逆上したりなんかしていた。一体、ここに何をしにきたのだろう?
 だが、フォーダートはこの前のように冷たい目で彼を見ようとはしなかった。向けられる微笑みは、以前とは比べ物にならないほど優しかった。
「この前は、悪かったな。あそこまでやる気はなかったんだ・・・。」
「え?」
敵から謝られると思っていなかったアルザスは、一瞬呆気にとられた。
「ちょっと、オレもどうかしてたんだ。」
フォーダートは、そういうとしばらく無言で進んで行く景色を眺めていた。景色といっても遠ざかるイアード=サイドとそれから点々と散らばっている小さな島々ぐらいだったが。
「・・・あんた・・・何しにきたんだ?」
 アルザスは、少しだけ優しい口調で尋ねた。今日の逆十字は、なぜかひどく寂しそうな感じがしてそれ以上、責め立てるのが気の毒になったからだった。だから、ライーザの事やこの前の事や笑われた事は、とりあえずおいておいた。
「別に・・オレは、船旅を楽しみに来ただけさ。」
 そういうと、フォーダートは握っていたはずのナイフを右手に持ち替えてくるりと回した。
「お前にアレの事を訊いたって話さないのは、この前で実証済みだからな。別に脅すつもりでここにきたわけじゃない。・・・証拠に、ほら。」
 少しだけ笑って、彼はアルザスにナイフを差し出した。何か小細工があるかもしれないと、触れるかどうか迷っているアルザスに、フォーダートは、笑いながらいった。
「大丈夫だ。別に裏に小細工があるわけじゃねえよ。」
そっと握ってみて、刃にさわってみる。軽い上に、刃は思ったより柔らかい。少し力を入れるとくにゃりと曲がった。
「おもちゃ・・!?」
 アルザスはようやくフォーダートにたばかられたことを知った。
「あんた、さっき、これでオレのこと笑いやがったんだな!」
「そうでもねえよ。・・・それを見て、自分が馬鹿馬鹿しくなっただけだ。」
「え?な、なんだよ。それ・・・」
「・・・最近のオレはどうかしてたってことだよ・・。」
 フォーダートは、やはりここに来てよかったと思っていた。近頃、ずっと何かに迫られるような気持ちになっていたのである。それが、この少年とあって話しているうちに、どうも馬鹿馬鹿しくなってきていた。
 この前、危うく殺されそうになった恐ろしい敵に対する態度で、少年は彼を迎えなかったからだ。いくらか緊張や不安をのぞかせはしたが、アルザスは相変わらずただ正直に反応を返してくる。
「・・・お前から、無理に地図を取り上げることはねえかもしれねえな・・・。」
 だが、その声はアルザスには、はっきりと聞こえなかった。アルザスは聞き返そうと思ったが、向こうからライーザがやってくるのをみてとうとう訊けないままだった。
 ライーザがマリアの手を引いて、ゆっくりとこちらにやってくる。そして、アルザスと背後の人物に気付いて尋ねた。
「あら、どうしたの?知り合い?」
「いや・・そのっ・・・!」
 アルザスはその時になって、この逆十字に抱いていた妙な嫉妬心を思い出した。意地悪かも知れなかったが、アルザスはライーザとこの男を会わせたくないという気持ちはある。といっても、この状況でもうどうしようもない。
 アルザスは、どうするのか逆十字にそのまま託して、そっと上目遣いに様子をみた。しかし、見たアルザスの方が驚いてしまった。フォーダートは、ゆっくりと目を見開いて、口を開いて何か言葉を言いかけた。彼の表情からは驚きと焦りのようなものが感じられた。顔が少し青ざめてゆくのを見ながら、アルザスは、フォーダートの視線を辿った。そこには、マリアがいた。
「え・・・。どうしたんだ?」
「い・・いや・・・。」
 フォーダートは、動揺したままだった。握った拳が軽く震えていた。
「アルザス?その人は?」
 ライーザが尋ねてきた。ライーザの方向からは、フォーダートのコートと帽子が邪魔をして顔がよく見えなかったらしい。だから、彼女はそこにいる男が逆十字のフォーダートだとは気づきもしていなかったようだ。
 フォーダートは、しばらく答えず、青ざめた顔で黙っている。アルザスは、自分が名前をいってしまうべきか、待つべきか迷ったまま、しばらくそこに突っ立っていた。
 突然、轟音が船の下の方から聞こえた。船には、相当な衝撃がかかり、あやうく転覆しそうなほどの危険な揺れ方をした。
「あ!」
 危うく、マリアの体は宙に浮きかける。
「マリアちゃん!!」
ライーザが必死で彼女の手をつかみ、自分は近くの手すりにつかまった。アルザスは、倒れかけたが、近くのフォーダートの手が彼のジャケットを掴んだので、危うく転倒を免れた。
 フォーダート自身は少し船のへりに体重をかけただけで、うまくバランスを保っていた。そして、アルザスの方をろくろくみずに、何事が起きたのかを見極めようとしていた。相変わらず、彼は冷静だ。いくら動揺していても、危険と見ればすぐにそういったことを頭の隅に寄せられるのが、彼の強みだといえるかもしれない。
 ふと、銃声が聞こえた。フォーダートは、それで事情が大体飲み込めたようであった。
「おい、小僧。」
フォーダートは、ようやく落ち着いてきたアルザスに小声で声をかけた。
「いいか。絶対にアレを渡すんじゃねえぞ!いいな!」
「あ!待てよ!」
言い終わるとフォーダートはすでに甲板を蹴っていた。アルザスの言葉など耳も貸さずにあっという間に消えてしまった。後から、銃声と男達の罵声が聞こえていた。
「何が起こったの?ライーザさん!?」
「だ、大丈夫。あたしはここだから。」
 ライーザも突然のことでびっくりしていたが、マリアの不安を和らげようとなんでもないことを装う。
「大したことじゃないわ。きっと!」
「本当?」
 マリアは、かなり怯えていた。音だけが響くだけで、彼女はまだ状況の把握ができていないようだった。もっとも、ライーザも音しか聞こえないので、彼女とそう変わらない認識しか出来ない状況下ではあったのだが・・・。
 
 銃弾が掠めるなか、フォーダートは木箱の陰に逃げ込んだ。相手は、軍隊ではなく海賊のようだ。正規の訓練をしている軍隊相手に戦うよりは、まだしも海賊とやり合う方がいくらか分がいい。どうやら、サーペントの一味らしい。ということはなんとなくわかる。フラッグは上がっていなかったが、連中の中に見覚えのあるものがいた。今時、昔のように海賊旗(ジョリー・ロジャー)をあげて襲ってくるような連中は少ない。このように、いきなり来るのが、最近の海賊の襲い方だった。漁船のふりをして近づき、突然ぶつかったりして襲撃をかけてくる。多少、武装していても彼らの迅速さは並大抵ではないので、武器を使う暇もない。このときも同じだった。
 ただ、このときの彼らが何を狙ってきたのかは、フォーダートにもわからなかった。アルザスの地図が狙いか、それともただの強盗か・・・もしくは自分の命が狙われているのかも知れない・・・。何にせよ、思い当たることだけはたくさんある。
(・・・しかし・・・)
 物陰に隠れて拳銃の弾を確かめている時に、ふと先程の少女のことが頭をよぎった。淡い感じの儚げな少女だった。それはおそらく彼の記憶の中にあるあの小さな小さな女の子と同じはずだった。
「マリア・・・」
先程は、声にしなかった言葉を呟く。懐かしい響きだった。
 しかし・・・、あんなに大きくなっていたなんて・・・。そしてこの船に乗り合わせていたなんて・・・。
 ぱぁん!
「てっ!!」
 慌てて身をかがめながら、フォーダートはようやく我に返った。先程の破裂音は、銃弾が近くの木箱を撃ち抜いた音だ。今は昔の思い出に浸る余裕すら、全く与えてくれそうにない。
「いい度胸してるな!!!」
 威嚇射撃にデタラメな方向に一発撃ち込んだ後、フォーダートは物陰から飛び出した。そして、同時に願っていた。あの純粋な天使のような少女が、こんなくだらない争いに巻き込まれることがないようにと・・・。
 
 
 
 
戻る   進む   一覧
 

背景:自然いっぱいの素材集

©akihiko wataragi.2003
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送