ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
戻る   進む   一覧



7.拾う神
「ちっ!」
 まだ抵抗してくる連中を相手しながら、フォーダートは客室の方に向かっていた。この様子では、どうやら客室は制圧されていると考えた方がいいらしい。先程、彼の姿に驚いた数人の海賊が、リーダーのフレッツェンまで見捨てて慌てて船に乗って帰っていくのを見送ったから、抵抗している連中の数はしれたものだとはわかっていたが。
(どうやら、また、オレが災難を振りまいちまったらしい・・・。)
 フォーダートはそう苦々しく思った。フレッツェンは、おそらくアルザスを着けてきたのだろうが、そのアルザス達にフォーダートが接触するだろうことを読まれていたのに違いない。おそらくフレッツェンは、彼の首が目当てだったのだろう。
「てめえらのおかしらは、もう戦意をなくしてるぞ!船だってねえだろう!?何人かが仲間を見捨ててにげちまったんだ!お前らがこれ以上オレとやりあう事はねえだろう!?」
 フォーダートは、大声で連中にそう言った。だが、彼らは抵抗をやめなかった。それどころか、激しくなるばかりである。壁の後ろに身を隠して、飛んでくる弾を避けながら彼は状況を把握しようとした。
(待てよ・・・。あのフレッツェンとかいうガキは、本当にこの連中を掌握してたのか?) フォーダートの頭に疑念が浮かんだ。あんな青二才にここまで手下が素直についていくとは考えられない。事実、彼を見捨てて逃げた輩もいるのだ。
 だとしたら、この連中は一体・・・。どうして、ここまで必死で抵抗するのか・・・。
 ふと、嫌な予感が通り過ぎた。客室に向かわせたあの二人の少女はどうなっただろう。サーペントのことだ。もしかしたら、あのフレッツェンという若者の暴走を許した中には何か計算があったのではないだろうか。
 そういえば、サーペントには、あの大佐がくっついているのだから・・・。
「しまった!」
フォーダートは、舌打ちした。フレッツェンの狙いは確かに自分だっただろうが、その手下の内のサーペントよりの者達は、もしかしたら地図を狙って動いていたのかもしれない。 だとしたら、あのライーザという娘とあのマリアは今頃。
「くそ!何でそんな簡単な事に気が回らなかったんだっ!!」
 フォーダートは、拳銃を撃ち返しながら吐き捨てた。相手は二人。それを見て取ると、彼は頭の中ですぐに次の作戦を練った。もはや、一刻の猶予もない。
 瞬間的に相手の銃撃がやんだときに、彼は銃を左手に持ち替えて、右手に短剣を持って突撃した。いきなり突っ込まれて、そこにいた二人の男は驚いた。一人を押し込み、もう一人のすねにけりをくらわして、床の上に倒すとそのまま、倒れた二人に目もくれず、彼らに銃を撃つ暇も与えずに、フォーダートの姿はその向こうの曲がり角に消えていった。
 前にいた男が彼に気付いたが、その頃にはすでにフォーダートの攻撃をかわしきれない位置にきていた。
「てめえっ!」
 男の一人が慌てて、ナイフを構えようとしたがすでに遅かった。強烈なひじうちを顎にくらってそのまま男は後ろに倒れ込む。後は前には敵はいなかった。
 客室のドアを開け、フォーダートは滑り込むようにしてそこに入った。一人、乗客達を銃で脅している男がいたが、乗客に気を取られる余り、いきなりの侵入者には意外に無防備だった。
「て、てめえ!何者だっ!?」
 慌てた男が、銃口を向けながら叫ぶ。だが、銃の引き金を引く時間をフォーダートは与えてはくれなかった。いきなり、足をすくわれ、投げられて男は床にねじ伏せられた。
「あの子をどこにやった!?」
 まだ怯える乗客達に目もくれず、フォーダートは重くきつい口調で男に訊いた。海賊というより、軍隊の将校のような口のきき方だった。男は、怯えながらも必死に応える。
「し、知らねえ・・!」
「知らねえ?嘘をつくな!・・・じゃあ、どうして客室にいねえんだ?説明しろよ?」
 銃をくるりとまわし、フォーダートは軽く男の前でそれをもてあそんだ。
「今の状況を考えろ。それとも、お前、この世にゃ未練はねえのか?応えるのが嫌なら、鉛玉をくれてやるぜ?え?どうなんだ?・・・応えて見ろよ・・・。」
 ぞっとするような冷たい目だった。男は、恐怖にかられて叫ぶように言った。
「ま、待ってくれ!!か、甲板の・・・甲板からボートをおろして・・・。」
「よーし。いいだろう。」
 フォーダートは、男を足で踏みつけたまま、立ち上がり、客室から出ていき、甲板の方に出た。先程までいた海賊共は、逃げてしまったのかその辺りには姿を見ない。そのまま、進んでいったとき、甲板の上に一人の少女と男の姿がちらりと彼の目を横切った。
 それは一瞬のことだったのだが、フォーダートの表情が変わったのはその時である。
「マリア。」
 小さく呟き、まるで何か取り憑かれでもしたかのように、周りを見ることなく走っていった。少女を抱えた男達が二人、ちょうどボートをおろして逃げようとしている所だった。フォーダートは、後を追いかけながら叫んだ。
「てめえ!その子を放せ!」
 フォーダートの声を聞いて、男達はびっくりして慌てて銃を抜いたが、すでにフォーダートの拳銃の引き金はひかれていた。銃弾は男達の足下に数発命中した。
「な、何をするんだ!オレ達には、この娘が・・・。」
男の一人が、担いでいる少女を人質に取ろうとしたが、フォーダートの鋭い目に射すくめられて、少女に向けようとする銃を取り落としてしまった。
「その子を放して・・てめえらは、そこに整列しろ。」
 静かな口調を装いながら、その言葉は、強い威圧感と強制力を秘めていた。
「だ、だがよぉ・・・」
渋る男に向けて、フォーダートはキッとした視線をむけた。男は、口をつぐむと少女を放した。マリアは、ふらふらしながら船のへりにもたれかかっていた。フォーダートは、それを見ると男達に近寄った。
「ど、どうするんだ・・・。ま、まさか、殺したりなんかしねえよなぁ。」
 男達は、彼の剣幕に怯えつつも愛想笑いを浮かべた。ただそれは、かなりこわばっていた。
「そうだな・・・。殺すつもりはねえよ。」
フォーダートは、冷淡にいうと二人の男を捕まえてそのまま、甲板から海へと突き落とした。
「海水浴でも楽しんでなぁ!」
水柱が二つたち、大きな音がした。
「てめえ!覚えてやがれっ!」
 急に威勢をとりもどした男達が文句を言う。殺されないとわかると、いきなり元気がでるものなのだろうか。
「今度会ったときは、ぶっ殺してやるからな!」
「ふん。」
 フォーダートは、鼻先で笑った。
「やれるもんなら、やってみやがれ。」
 そう言ってから、フォーダートは改めてマリアのほうを見た。マリアは、恐怖に怯えて声も出ないようで、そこに力無く座り込んでいた。フォーダートはそっとしゃがみ込み、
優しくこえをかけた。
「大丈夫だ。もうなにも起きやしない。」
「だ・・・誰?」
 フォーダートはうつむいて、そしてため息をついた。
「・・・とにかく、恐いことはもう全部終わったんだ。そのうち、先生が迎えに来てくれるからな。ちょっとここにいるんだ。」
「あの・・・ライーザさん・・つかまって・・・。」
マリアは、震える声でそう言った。本当は、お礼も訊きたいこともあったのだが、それ以上、何も言えなかった。
「そうか。・・・大丈夫だ。オレが何とかするから。」
 フォーダートは、そう優しく言って、そっとマリアの肩に手をおいた。ふと後ろを見ると、アレクサンドラの姿が見えた。これで大丈夫だろう。マリアはアレクサンドラがみてくれる。フォーダートは深いため息をもう一度ため息をつくと、呟くように言った。
「ごめんな。マリア。」
マリアは、顔を上げた。男の声の感じが、誰かに似ていた。思い出している間に、前にいる人物の気配がふっと遠ざかっていく。
「あ・・・待って・・!」
 マリアは、声を上げたが、フォーダートボートを降ろしたばかりのロープを掴んで甲板から飛び降りた。その下に、今にも出ようとしているボートがある。ロープをつたって彼は、うまくそこに乗り込んだ。
「お兄・・・ちゃん?お兄ちゃんでしょ・・・?」
 マリアは、呟いた。
「お兄ちゃん!」
 マリアは、へりにつかまったまま叫んだ。
 声の質が少し違った。マリアの知っている『お兄ちゃん』は、もう少し高い声をしていたと思う。だけれども、声の感じというか、調子は、あの青年そのものだった。
「マリア。大丈夫か?」
 ウィリアム=アレクサンドラは、そっと彼女に声をかけた。マリアは、呆然としたまま、声のする方を見上げた。
「ウィル先生。」
 マリアは、アレクサンドラに抱き付いて声も立てず泣き始めた。
「すまなかったな。怪我人の手当に手間取ってしまって、お前がいないと気付いたときには遅かったのだ。」
アレクサンドラは、マリアを抱きしめてやりながら、先程、ちらりと姿を見せた男のことを思いだしていた。アレクサンドラには、彼の正体がわかっていたのかもしれないが、彼は何も言わなかった。
 
 海に置いてけぼりをくってしまったアルザスは、とりあえずイアード=サイドに戻るか、それともパージスに向かうかどうかを考えていた。距離はイアード=サイドの方が少し近いだろうが、どちらにしろかなりの遠泳になるのは間違いないのだ。
「どうしよう・・・。」
 漏れる独り言を止める気すら起こらない。しかたなしに、船のあとを平泳ぎで追ってはみるが、物理的に考えて追いつけるはずはなかった。
 そうこうしている内に、ふと幸運の女神が彼に微笑みかけた。もともと悪運が強い方ではあったが、本当に悪運が強いとしか言いようがなかった。
 運良く、そこを一隻の船が通りかかったのである。
「おーい!助けてくれ!!!」
 アルザスは手をあげ、大声をあげた。それだけでは気付いてくれないかとも思って、水をばしゃばしゃやってアピールしてみた。船は、彼の近くで止まった。五人ほどが生活できそうな小さな帆船で、少しつくりが古かった。とはいえ、別に帆を下ろしていることや、船のスピードから考えて、おそらく風力で動いているものではないだろう。
 一人の男が船の上に顔をだし、アルザスを見つけて何か叫んだ。声ははっきりと聞こえなかったが、彼はどうやら助けてくれるつもりらしい。しばらく、船の上から姿が消え、それからロープが投げ込まれた。
 アルザスは、この際、遠慮もなにもなく、そのロープに飛びつくとロープを自分の体にしっかりと巻き付けた。上にいた男は、それを確認すると、ロープを引き始めた。しばらくして、アルザスが船の上に引き上げられると、男が声をかけてきた。
「大丈夫か。」
「あ、ああ。」
 そういって、アルザスは、男をみた。なんとなく軍人風で、肩幅が広くがっしりした感じである。口ひげを生やしているのも、まるで海軍の士官のようだった。目が大きくて、少し鋭い感じで、表情はいかにも無愛想だった。発声方法も軍人独特の良く通るうえに、大きく威圧感を感じさせるようなものだった。銀髪なのか白髪なのか、そのあたりはいまいちはっきりしない。がっしりした体格と、まるで海軍の軍服のような詰め襟の服を着て、腰には拳銃がぶら下がっていた。ただ、肩章も腕章もなかったし、階級章も当然そこにはなかった。退役軍人にしては、年が若いのでどうだろうか。まだ五十にはなっていないように見えた。
 だが、少なくとも少しおっかない類の人間に助けられたことには変わらない。アルザスは少々しおらしくなって素直に礼を言った。
「あ、ありがとう。」
 アルザスは、反射的にそう応えてから、もう少し丁寧に礼を言わなければならないと思いなおして、すぐに言い直した。
「いや、助けてくれてありがとう。」
「まぁな。あんな所で途方に暮れている小僧をほったらかしておくわけにもいくまい。」
男はそういって、アルザスをじろりと見やったが、別に品定めしているという感じはしなかった。
「私の名は、キィスという。少年、名はなんという?」
どことなく古風で無骨な感じの男は、物言いも動作もやはりそんな風だった。アルザスは、珍しいものでも見るような顔をして、彼の一挙一動を見守っていたが、ようやく応える気になって言った。
「オレは、アルザス。」
「そうか。アル公だな。」
(いきなり、アル公なんていわれても・・・)
 アルザスはそう思ったが、助けてもらって反論するのもどうかと思って反論しなかった。「しかし、どういったわけで、あんな所を泳いでたんだ?まさか、こんなところを遊泳していたわけではないだろう。」
「あ、当たり前だろ。あんな所を、泳いで渡るような真似なんて・・・。乗ってた巡航船が海賊に襲われて、海にたたき落とされたんだ。」
「この辺りにはそういった輩が多いからな。」
 キィスはそう言って、
「だが、お前、奴らに逆らうかなにかしたんだろう?」
「ま、まあ、そうだけど・・・。」
「やっぱりな。お前みたいな生意気そうな小僧は、そういうことをするから海に投げ込まれるんだ。」
 そういってキィスは、わずかに笑った。
「生意気だなんて、初対面で・・・。」
アルザスは、ぶしつけに言われて少し口をとがらした。だが、キィスは無愛想な顔のままで応える。
「ふん。生意気なものは生意気だ。お前の場合、顔から生意気さが溢れているから、どうしようもないな。」
そう言われては、アルザスも応えようが無く、少し顔をふくらせて黙っていたが、キィスは彼のそんな表情など問題にもしないで、不意に話を変えた。
「しかし、小僧、ずぶぬれだな。」
 言われて、アルザスは自分がびしょびしょにぬれていることに気付いた。普通の水に濡れるだけでも十分気持ち悪いのに、潮水で濡れるのはもっとべたべたして気持ちが悪い物だった。
「それじゃあ寒いだろう。風呂に入って少し潮を落としてくるといい。シャワーはすぐに使えるはずだ。あのドアを開けて左に行けばいい。」
「え?でも・・・。」
「後で、タオルと服ぐらいはもっていってやる。」
 アルザスは、どうしたものか迷ったが、濡れた服がべたべた体にまとわりついて気持ち悪いので、キィスの申し出に従うことにした。
「じゃあ、遠慮なく行くけど・・。」
 そして、アルザスはじっとキィスを見た。そんなに悪い人物でもなさそうだが・・・。なにしろ、見た目が海軍の鬼提督並だ。戦艦の司令室にでもいた方が似合いそうな感じである。学校の恐い先生と同じで、ただのおっかない存在にしか見えなかったのだが。
「なんだ。」
キィスは、むすっとした顔のまま応えた。
「あんた、顔の割にやけに親切だなぁと思って・・・。」
 キィスは、気にさわったのか、それとも照れたのか、雷のような声をあびせかけた。
「無駄口叩いてないで、とっとと行って来い!」
「は、はいっっ!」
その声に押されて、思わずアルザスは走り出した。何となく、逆らいがたいものがあった。
「なんだよ。あのカミナリオヤジは!」
 アルザスは、助けてもらったにも関わらず、思わず悪態をついた。しかし、カミナリオヤジというのは我ながら、良い例えだと思った。
 だが、彼がどうしてこんなに親切なのか、少し不思議な気がした。どこかであっただろうか。いや、さすがにああいう知り合いはいなかった。
「まぁいいか。顔ほど悪い奴でもなさそうだし。」
 アルザスは、そう決めつけてバスルームに入ったが、急に不安になってきた。自分は、なんとか助かりそうな感じだが、ライーザやマリアはどうなっただろう。つかまったりしていないだろうか。と心配して、アルザスは思い出した。
 そう言えば、あそこには逆十字のフォーダートがいる。別に心配することもないだろう。なにしろ、彼はあんな風に強いのだし、自分一人がいたって海賊共には敵いそうにないのだから。かえって醜態をさらすのが落ちである。
「大丈夫だよな。あのおっさんがついてるんだもんな。オレなんかがいるよりは。」
 そう呟いてみたが、アルザスは少しだけ悔くて、脱いだばかりの赤いジャケットを脱衣かごにたたきつけるようにおいた。
 
 キィス・・・本名をキィス=テルダーという男は、海のど真ん中で拾った謎の少年が慌てて走っていくのを、むっつりとした表情のまま送ると、ゆっくりと立ち上がった。
 服を用意してやる。といったからには、用意してやらねばならない。彼は、船室に入り、倉庫から古い服を取りだした。樟脳の臭いにむせかえりつつ、一度服を払ってみた。もうこの倉庫に住みついて十数年が経とうとしているそれらの服は、どれもキィス本人の物ではない。捨てようと思ったが、捨てきれなかった服が、その倉庫にはいくつか残っていた。
「あの小僧、体格はこんなもんだったかな?」
 キィスは、あのアルザスという小僧から年齢を聞いておかなかったことを後悔した。だが、もともと彼はかなり大雑把な性格だったので、適当な服を掴むとタオルと一緒にまとめて脱衣場のかごの中に突っ込んだ。
 あの少年のべとべとの服がそこに脱ぎ捨てられている。洗ってやったほうがいいのだろうが、まず塩をぬいてやらねばならない。と思って、キィスは洗濯用のたらいに水を入れて、そこに少年の服をドサドサと投げ込んだ。そのまま、洗うと潮水のせいでべとべとしてしまうからである。
 赤いジャケットを、投げ入れようとして、キィスは止まった。そのジャケットの裏ポケットに何か入っている。財布か。と思って、彼はそれを取り出そうとした。
 だが、中に入っているのは折って小さくした紙切れ一枚だけだった。不思議なことにその紙切れは、それだけ水にぬれていなかった。開いてみて、キィスはふと何か思い当たることがあったのか、徐々にその顔は険しくなった。
「これは・・・!」
 言いかけてキィスは、それ以上言葉が出なかった。少し顔色が青ざめたが、やがてひどく寂しそうな顔をすると、黙って地図を手に持って脱衣場を出ていった。
 
 
 
戻る   進む   一覧

背景:自然いっぱいの素材集

©akihiko wataragi.2003
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送