ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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 8.生死不明
 フォーダートがそこに来たとき、ちょうど、ボートは船から出るところだった。慌てて、手前の一人を掴んで海に突き飛ばし、フォーダートはボートに乗り込んだ。途端、ボートのモーターがかかり、それはスピードをあげてどんどん客船から遠ざかってゆく。
 近くの男一人が、彼に掴みかかってきた。それを慌ててかわしながら、彼はその懐に逆に飛び込んで相手を押さえ込んだ。
「そこまでだ!動くな!」
 鋭い声と共に、銃声が響いた。空砲だということはすぐにわかったが、フォーダートは念のため、相手を観察する。
 目の前には、三人の男と一人の少女がいた。少女の方は、もちろんライーザで、まだ気がついていないのか、ぐったりとしていた。
 三人の男の二人は、海賊風だったが、一人は少し軍人風の男だった。空砲を撃ち、彼に銃を向けているのは、その軍人風の男である。
「やっぱりそうか・・。」
フォーダートは、男から手をはなし、まだ銃を握ったまま相手を睨み付けた。その立ち振る舞いや言動から、彼は相手をはっきりと軍隊のものだと見抜いていた。そうなれば、この男の所属は、たったひとつ・・・。
「てめえ・・・レッダー大佐の・・・」
 軍人風の男は、くすりと笑った。
「どこの誰だか知らないが、よく事情をしっているようじゃないか。だが、ここで武器は使わせんぞ。」
「何だと?」
「この二人の少女の命は我々が握っているのだ。わかっているな?」
 そういいながら、マファル大尉は、ライーザの方に銃を向けた。フォーダートは、少しだけ眉を動かしたが、その顔に目だった変化は現れなかった。
「・・・脅しをかけたつもりか?」
フォーダートは、冷笑した。
「その小娘とは、行きずりの間柄だ。オレがそんなもので武器を捨てるとでも思ったのか!?」
「それはどうかな。」
 がちゃり・・・。マファル大尉の指が引き金にかかってゆく。フォーダートは、相手の目を見たまま、そこで凍り付いたように止まっていた。徐々にマファル大尉は、引き金を引いてゆく。その表情は変わらなかった。ただ、その目には殺気めいたものが漂いつつあった。
 フォーダートの表情が一気に変わった。
「ま、待て!」
フォーダートの声を聞いて、マファル大尉は引き金から手を引いた。
「・・・わかったよ。あんたの言うとおりにしよう。」
歯がみをして、フォーダートは銃を捨てた。
「素直が一番だからな。人間は。」
 マファルは、そう言ってほほえむと、声を高くして彼に言った。
「銃だけでなく、短剣も捨てろ。腰のカトラスもだ。」
 フォーダートは、一瞬ためらったようだが、すぐに短剣とカトラスを抜いて足下から話して捨てた。
「よし・・。いいだろう。」
 マファル大尉は、満足そうにいった。
「要求はなんだ・・・?」
フォーダートは、重い声で訊いた。
「地図を出してもらおう。」
「地図?」
 フォーダートはニヤリとした。
「さぁな。オレはもっちゃいねえよ・・・。脅す相手を間違えてるんじゃねえのか?」
「嘘じゃないだろうな?」
「ふん。嘘をいうつもりなら、行きずりの娘のために武器を捨てたりしねえよ。」
フォーダートは応えながら、相手の隙を探っていた。ここで何とかしないと、自分の身もライーザも危険だ。
「・・・大体、オレはあの地図にできるなら二度と触れたくねえんだからな・・・。あんたの上司がよく知ってるんじゃねえのか?オレがどうして、あんな紙切れにこだわってるのかってのは・・・。まぁ、どうせ覚えちゃいねえだろうがな。」
 フォーダートが急に言ったこの言葉に、マファル大尉はひっかかりを覚えた。
「それはどういう事だ?」
 フォーダートが冷笑を返したとき、ふとマファルの足下で、小さなうめき声が聞こえた。金髪が少し揺れて、身動きする者がいる。ライーザは、目をこすってゆっくりと顔を上げた。状況が把握できていなかったようだが、すぐにこの光景を見て我に返ったようだった。
「あなた・・逆十字の・・!」
 ライーザは、銃を向けられたままの逆十字を見た。
「え・・。あたし・・・。」
 周りをみて、ライーザは小さく息をのんだ。自分に向けて、刃物や銃口が突きつけられている。
「気付いたか。お嬢さん。」
 フォーダートは、目線はマファルから外さずに、声だけライーザに向けた。
「いいか。絶対に抵抗するなよ。こいつらは、そんなに甘い奴らじゃねえ。」
 ライーザは、自分の手が縛られていることに気付いて、慌ててもがいた。
「いたっ!な、何よ、これ・・!」
「動くな!」
 マファル大尉に言われて、ライーザはびくりとした。よくわからないなりに、危険な雰囲気だけは感じ取れたらしい。
「もう一度きいてやろう。地図はどこにある?」
「・・・オレは知らねえ・・・。」
 フォーダートは、応えた。
「嘘をつけ。貴様、この娘から何か受け取ったりしているだろう。」
「けっ。オレとそのお嬢さんは、行きずりだっていっただろう?たまたま、会っただけで、そんな信頼関係もなにもあったもんじゃねえよ。」
 ライーザは、二人のやりとりを不安げに見守っていた。それよりも、フォーダートが、なぜ命がけで自分をかばってくれるのか、わからなかった。
「その人は関係ないわ!知らないもの!」
 ライーザは、マファルに叫んだ。
「何?」
「その人は、あたし達をおっかけまわしてきた人なんだもの!関係ないわよ!そんな大切なモノ預けるわけないじゃない!」
「お嬢さん。黙ってろ!」
 マファル大尉が口を開く前に、フォーダートの方が先に鋭く注意した。
「こいつらには絶対に抵抗するな。・・・殺されるぞ。」
「でも・・」
 言いかけてライーザは口をつぐんだ。フォーダートの表情からは、いつもの余裕が消えていた。圧倒的に不利なのは彼の方だから当然かも知れないが、ライーザが知っているフォーダートは、いくら不利な状況でも笑って切り抜けて見せたものだ。
 しかし、今回は目の色が少し違っていた。なにしろ、彼は今や武器を全て捨ててしまっているし、ここは海を疾走するボートの上だ。逃げ場も仲間もチャンスもない。
「・・・やはり、お前は地図をもっていないらしいな。」
 マファル大尉は、そう冷淡に言った。
「では、あの小僧に聞くしかないか。」
「おい!民間人に手を出すつもりか!?」
 フォーダートは、少し激した。
「この子もあの小僧も、地図の本当の秘密には気付いちゃいねえ。だいたい、あれは羅針盤がねえと動かねえんだぞ!地図だけ持ってたって、ただの変な紙切れ以上の価値はねえんだからな!」
「羅針盤もあの子供が持っていると我々は踏んでいる。」
「馬鹿な!・・・あの羅針盤は・・・」
そこまで言いかけてフォーダートは、我に返って口を慌ててつぐんだ。そして、改めてマファルに言った。
「とにかく!あの小僧が持っているわけがないんだ!これ以上、巻き込むな!その子も放してやれ!」
 マファルは、笑った。
「何を言っても平行線だな。邪魔なモノは消せといわれている。お前のような男は、一番任務遂行の障害物になりやすい。」
 照準は、ライーザからフォーダートの体の真ん中に合わせられた。フォーダートには、冷や汗を浮かべながらも、まだ軽口を叩く余裕があった。
「・・・へへ・・・。そんなんだから、あんたらは周りから嫌われんだぜぇ・・。」
 見ていられなくなったライーザがとうとう、叫んだ。
「やめてっ!」
マファルは、いよいよ引き金に指をかけてゆく。
「やめてっ!お願いだからっ!」
 叫んだがマファルは、全く耳を貸さなかった。いよいよ彼が発砲しようとしたときだった。フォーダートが行動に出たのである。
 彼ははいきなり体を翻してボートの縁を蹴って、身を宙に躍らせた。マファルは慌てて発砲する。銃声が海上に響き渡った。
 大きな水音と水柱がたって、フォーダートの体は海中に消えた。
「やったか!?」
 マファルは、思わずライーザの傍を離れてボートの縁に両手をかけた。進んでいくモーターボートから遠ざかって行く水柱の方に浮かんでくる人影は無かった。
「どうやら、始末できたようですね。」
 ライーザの傍にいた海賊が言った。
「少し微妙なところだったから、どうかと思ったがな。」
マファルはそう言って、安堵のため息をついた。
 ひとり、ライーザだけが狼狽したようにわなないていた。
「そんな・・・!ひどいわ!何てこと!!!」
マファルを責め立てる言葉を吐いて、彼女はマファルの方を睨んだ。大きな青い目は、少し潤んでいた。が、彼女は決して怯えた表情をしなかった。隠していたと言った方がいいのかもしれないが。彼女は、たたきつけるようにマファルに言った。
「殺すことはないじゃないの!どうして・・・!」
「秘密を知られたものに生きていてもらうわけにはいかん。」
マファルは冷徹に応えた。
「あんた達なんかに、絶対、あの秘密はわからないわ!」
 涙声でそう叫ぶと、ライーザは顔を伏せて声を立てて泣き出した。アルザスもいない、逆十字は目の前で消えてしまった。
 ボートは、どんどん進んでゆき、ようやく前進し始めた客船とは反対の方向に走り去っていった。
 
 
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©akihiko wataragi.2003
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