ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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 四章:嵐の夜

 
 1.夕暮れ
 大きなくしゃみをして、鼻をすすると男は不機嫌そうに言った。
「今日は最悪だぜ。畜生。」
ズボンのポケットに手を突っ込んだまま歩きながら、男は何気なく町中を見渡した。夕刻のにぎわいをみせる市場は、活気と熱気につつまれていて、なかなか騒がしい。
「まさか、あそこであーいう行動を取られるとはな。」
「結構うかつなんですね。」
手下に手厳しくやられてフォーダートは、むっとした顔をする。
「オレは、人質を取られると弱いんだ。仕方ないだろ。…・だけど、あんなところから遠泳だなんて最悪だぜ。途中で漁船に拾ってもらったからよかったものの…・。」
「おかしらなら、遠泳ぐらい大丈夫でしょうが、さらわれちゃった女の子はどうするんですか?」
ディオールが、遠慮がちながらにずばりと訊いた。少なからずダメージを受けたフォーダートに、ティースが追い打ちをかけてきた。
「そうですよ。そのまま、逃げ帰ってくるなんておかしららしくないなぁ。かわいそうに。」
「あーもうっ!うるせえな!仕方なかったんだよ!」
 フォーダートは、うるさい手下共に怒鳴りつけた。
「オレだってちゃんと考えてる!まさか、すぐに危害を加えるとは思えないから、明日にでも助けようと思ってるんだ。」
「早い話、見捨てて逃げ帰ったんだよなっ。」
「…・女の子、かわいそうだな。」
「今頃、泣いてるんじゃねえのかなぁ。」
 二人が小声で話す言葉が、フォーダートをいちいち追いつめてくる。
「あぁ、もう、うるせえなっ!どっかいってろ!なんか食ってくりゃいいだろ!」
「はーい。」
 ティースが言って、手をサッと差し出した。顔をひきつらせながら、フォーダートは尋ねる。
「なんだそれは?」
「夕食代…・。いやぁ、ちょっと使い込んじゃって。恵んで下さると頼もしいんですけどねぇえ。」
ティースは、にまにましながらおねだりをした。なかなかしっかりしている。
「…・わかったよ。ほら、やるからどっかいけ!」
 フォーダートは嫌な顔をしながら、財布から紙幣を二枚とりだして彼のてに投げおいた。「ありがとうござい。」
ほくほく顔でいうと、ティースはディオールの服を掴んで市場の方に走り出した。
「あ、ちょっと、ティース!!また、おかしらにたかっただろ!」
「いいじゃねーか。お前の夕食代も入ってんだからさ〜〜!」
 去っていく二人をみながら、フォーダートは頭を右手で抱えた。
「どうしてあんなのを手下にしちまったんだろうなぁ、オレは。」
 役にたたない手下をもつ上司は苦労するぜ。と、柄でもないセリフを呟きながら、フォーダートは歩き出す。
 別にあの二人は、もとから海賊だったわけではない。居場所がなくなった二人に同情して、フォーダートが面倒を見てやっているに過ぎないので、フォーダートは彼らの力を期待して仲間にしたわけではなかった。だから、役に立たなくてもフォーダートがいちいち、彼らを責める事はできなかった。
「全く。」
 フォーダートは着替えた黒いジャケットの中のポケットに財布を突っ込んだ。人混みの中に紛れつつ、彼は今日の夕食とあの少女をどうやって助ければいいものか、交互に考えていた。
 徐々に夕闇が迫ってきて、とうとう日は沈んでしまった。残っていた赤い光も、やがて海からの闇に飲まれていく。カクテルのような不思議な青に彩られて、夜はグラデーションを描きながらやってくるのだった。
 フォーダートは、屋台で売っているイカ焼きに舌なめずりをした。そろそろ、何か口にいれてもいい時間だ。今日は、色々と疲れることがあったのだが、あの少年と無駄話をしたことで彼の心は調和と落ち着きを少し取り戻していた。少女を目の前でさらわれるという大失態をおかした割には、彼はあまりいらだっておらず、寧ろ今朝よりも落ち着いた気分だった。
 ふらっと屋台に近づこうとしたとき、いきなり彼に正面からぶつかってくる者がいた。「おおっと…・。」
さすがに何も用心していなかったので、思わずよろめいたが、相手の方はひっくり返って固い路地の上に倒れ込んでいた。
「おい、大丈夫か?」
 自分もうっかりしていたのだから、多少は悪いな。と、彼は思って相手の方をのぞき込んだ。相手はまだ少年らしく、少し背が低い。
「うるせえなあ!気をつけて歩けよっ!」
 聞き覚えのある怒鳴り声が響き、少年は顔を上げた。そして、ハッと驚いたような顔をしていた。フォーダートの方も、思わぬ所で出会ったものだと、少々びっくりはしていた。
「あんた…生きてたのか!?」
「まぁ、生憎と体は丈夫な方なんでね。」
そう応えてフォーダートは、確かアルザスとかいう名前の少年を見た。立ち上がった少年の服は、今日見たものとは違っている。その表情には、いつもの彼の持っている明るさやのんきさが感じられなかった。
「あのお嬢さんのことか?」
 フォーダートは、なるべく優しく訊いた。
「あ、あぁ!」
アルザスは、素っ気なさを装って応えた。
「別に、別に、どうってことはねえんだ!オレ一人で何とかなる問題だから!じゃあな!」
そう言って、アルザスは走り出そうとしたが、ふと思い出したように止まって、振り返った。そして、少々ためらった末、ポケットに手を突っ込んで小さく折った一枚の紙切れを取りだして、フォーダートの胸に押しつけた。
「あんたにやるよ!…・こんなもん、オレがもってても何にもならねえんだからな!」
「おい。」
 フォーダートは、アルザスの唐突な行動に呆気にとられながら、紙切れをとりあえず手の中に受け取る。条件反射に近かった。それが、あの地図であることは、さすがのフォーダートもすぐにはわからないようだった。
「じゃあな!」
 走っていこうとしたアルザスに、フォーダートが鋭い声で呼びかけた。
「待てよ!」
アルザスは、思わず立ち止まる。
「な、なんだよ!…・あんたには関係ないだろ!?」
「大いに関係があるね。」
フォーダートは、紙切れをうちわのようにヒラヒラとあおぐように振った。
「お前、…死ぬ気だろ?」
 何気なくだが、フォーダートはスパリといった。
「な、なんだよ…。」
図星をつかれて、アルザスは焦った。
「べ、別にそんなんじゃ…!」
 フォーダートは、ため息をついて、気のない声で言った。
「…あの娘がさらわれたのの半分はオレの責任だ。お前に突撃されたんじゃ、オレはどうすればいいんだ?」
「そ、そんなの自分で考えろよ…」
 いきなり気の抜けた事を尋ねられ、アルザスは調子を崩す。
「お前、いくつだ?…まぁどちらにしろ、決死の覚悟なんてするような年じゃねえわな。お前は、まだガキなんだから。」
 ゆるやかに話しながらだが、いちいちフォーダートのいうことは、アルザスの心に突き刺さるようだった。
「ほ、ほっといてくれよ!じゃ、じゃあなっ!」
このまま、会話していたら決心が鈍ってしまう。アルザスは、慌てたように彼の前から走り去ろうとした。が、いきなり胸ぐらを掴まれ、持ち上げられた。殴られるのかと思って、思わず身を固くしたが、鉄拳がふってくる事はなかった。そのまま、彼を引きずって、フォーダートは歩き始めた。
「ど、どこいくんだよっ!はなせ!」
「今はなしたら、どこ飛んでくかわかんねぇからなぁ。」
 憮然と彼は言いながら、強い力でアルザスを引きずっていった。抵抗はしてみるが、当然のように彼の方が力が強い。
「はなせってよ!あんたには関係ないだろっ」
「うるせえな。ちょっと夕飯につきあえ。」
「いやだー!!」
わめき散らすアルザスに少し困ったような視線を送ったものの、フォーダートは手を緩めることはなかった。
 そのまま、町はずれの一軒の料理屋のドアを開け、フォーダートは彼を乱暴に押し入れた。少し力を入れすぎたのか、アルザスはそのまま紅い絨毯を敷き詰めた床に突っ込んだ。
 それを見て、前にいた料理長らしき人間が顔をしかめた。四十を少し過ぎたぐらいの人物で、なかなか堂々とした体躯の持ち主である。すくなくとも、フォーダートよりも体格はがっちりとしているようだった。
「おいおい。うちの絨毯がよごれるだろ。乱暴な野郎だな。」
「まぁまぁ、そんなことで怒るなよ。常連だぜ?オレは。」
「まぁな。お前じゃなきゃ叩き出してるところだぜ。ほら、いつものテーブルはあいてんだ。とっとと席に着きやがれ。」
「へへ、すまねぇなぁ。」
 フォーダートは悪びれもしなかった。一応、アルザスに手をさしのべて立たせてやる。睨み付けてくるアルザスに、フォーダートは小声で言った。
「今のはわざとじゃねえよ。お前が暴れるから、勢いがついちまったんだ。」
「わざとらしい事いいやがってっ!」
 アルザスは正直、飛び出したかったのだが、フォーダートはアルザスのジャケットをしっかりと掴んで逃亡に用心していた。
「逃げるなよ。逃げても、すぐに捕まえられると思うけどな。」
 トドメでも刺すようにフォーダートは言った。ぐっと詰まって、アルザスは不機嫌な顔をした。
「そうだ。それでいいんだよ。」
大人しくなったアルザスに、そう言ってフォーダートはそのまま彼を席に連れていった。他に何人か客がいた。漁師風の男達で、フォーダートの姿をみると軽く手を挙げて、明るく挨拶をしてきた。彼も少し陽気に返す。自分でも言っていたが、フォーダートは本当にこの店の常連ではあるらしい。
「で、注文は何にするんだ?酒はラムで良いな?」
 料理長が訊いてきた。ウェイターがいないらしく、彼がコックもウェイターも引き受けているらしかった。「ラムは今日はやめとくよ。あれはちょっときつすぎるしな。それに、今日はあまりアルコールは入れたくない。」
 フォーダートは、苦笑いしながら言った。料理長は、妙な顔をした。
「おいおい、どこか悪いのか?気味が悪いな、お前が飲まないなんて。気分悪いんなら、しばらく休んでいけよ。」
「そういうわけじゃねえけどさ。」
 フォーダートは、反対側の椅子にアルザスを座らせて、自分も椅子にどっかりと座った。「今日は、飲みたい気分じゃねえんだ。連れもいるしな。」
「残念だな。あ、そうか。未成年のガキを連れてちゃまずいわな。」
そういいながら、彼はアルザスの方を見て、にやにやした。
「また、新手の子分か?お前は、厄介ごとを抱え込むのが好きだからなぁ。使えねえヤツの面倒ばっかりみるんだからな。お前のお人好しさにはあきれるぜ。自分の小遣い削ってまで、他人の面倒をみたがるんだからなぁ。」
「子分じゃねえ。成り行きで、知り合いになっただけだ。」
 フォーダートは、途端不機嫌になった。舌打ちしてから頬杖を突き、彼は言った。
「余計なこと喋るんじゃねえよ。注文はいつものだ。このガキには適当に栄養になりそうなもんを食わせてやってくれよ。」
突き放すようにそう言って、フォーダートはコップに自分で水を入れてそれを口にふくんでいた。
「ははは。素直じゃねえなぁ。」
料理長は、豪快に笑い、アルザスの方を向いた。
「まぁ、こいつはこんな野郎だが、決して悪いヤツじゃねえ。悪の道に引きずられねえ程度につきやってやってくれよ。な、坊主。こいつなぁ、意外と友達いねぇんで、時々友達を欲しがるんだよ。」
 ばしばしと痛いぐらいに肩を叩かれながら、アルザスはこの展開に目を丸くしていた。なんだろうか、このテンションの高い状況は…・。おまけに、あの逆十字が寂しがり屋呼ばわりされるなんて…・。どうなっているんだ?ここは。
 フォーダートは、さらに不機嫌な顔をする。
「るせぇな!このガキとオレは十ぐらいはなれてんだぞ!こんなガキ、どうしてダチにする必要があるんだよ!?大体、オレは一人の方が好きなんだ。」
「ひゃはっは。素直じゃねえよなぁ。くわばらくわばら…。じゃ、いつものだな、すぐ作ってやるから待ってな!」
 料理長は、明るくそういうとエプロンをはたきながら厨房の方にいってしまった。
 アルザスは、フォーダートと料理長の会話を物珍しそうに見ていた。いままで、フォーダートが他人と話すのを見たことがなかったのであるが、意外になれなれしく話しかけられているのをみていると、彼のイメージが変わるような気がした。それまでアルザスにとって、フォーダートはつきあい難い人間の部類に入っていたのである。
「何だ?」
 自分が見られているのに気付き、彼は怪訝な顔をした。アルザスは、首を横に振った。
「べ、別になんでも。」
「そうか?」
 そして、ちらっと去っていった料理長に目をやる。
「あいつは、古い知り合いでな。荒っぽい軍艦に乗ってたらしくて、ちょっと乱暴で節介焼きなんだが、料理はなかなかだ。成長期のお前にはいいかもな。」
 先程まで、機嫌が悪かった癖にフォーダートは、もう機嫌を直していた。そして、ふと声をひそめて訊いた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだがな…・。」
フォーダートの表情は、神妙になった。
「お前…その服…どうしたんだ?」
「え?これ?」
 アルザスは着ている服の裾をつまんだ。
「あぁ、ちょっと、海に落ちたときに助けてもらった人からもらったんだけど…。」
「キィスに会ったのか!!」
フォーダートは、若干興奮した口調で言った。アルザスは、迫力に押されてとりあえずこくりとうなずく。
「あ、ああ。そうだけど……。な、なんで、キィスからもらったって…。それに、あんた、キィスのことを知ってるのか?」
「う…い、いや。」
 フォーダートは、我に返って不自然に言葉を濁した。顎の辺りを手持ちぶたさに撫でながら彼は、再び小声に戻った。
「…あの…キィスは元気だったか?」
「あのカミナリオヤジのことだろ。元気に決まってるじゃないか。」
「そ、そうか…そうだな。」
フォーダートはそう言ってうなずいた。
「あのオヤジとどういう関係だよ?」
好奇心に駆られて、アルザスは少し突っ込んだことを尋ねた。
「ちょっとした…知り合いだよ。」
彼はそう言ったが、どうも落ち着きがなくて様子がおかしい。アルザスは更に突っ込んでみることにした。
「向こうはあんたのこと…知らなかったぜ。」
「そうかもな。…オレの名前は言ったのか?」
「いや、単に『逆十字』を知ってるかってきいたんだ。」
「そうか。…知らないかもな。」
フォーダートは、寂しそうでもあったが、少し安堵しているようでもあった。アルザスはそれを見て訝しげに思ったが、理由を聞く前にフォーダートの方が話題を変えた。
「それはともかくとして…・、あのお嬢さんのことだが…。」
 ライーザの話を振られて、アルザスははっと我に返った。フォーダートは、少年の感情に配慮しながら、穏やかに言った。
「なぁ。お前だけ突っ込んでいったって無理だろ。考え直せよ。」
 ムッとしたようにアルザスは、フォーダートを睨んだ。
「じゃあ、見殺しにしろっていうのかよっ!」
「馬鹿、大声を出すんじゃねえ。」
ちらっと周りに目を配る。だが、他の者はおのおの盛り上がっていて、彼らの話に興味がないらしかった。
「そういうことをいってるんじゃねえよ…。お前、いくつだ?」
「じゅ、十六だよ。」
「さっきも言ったろ。そんな年でそんな物騒なことは考えるもんじゃねえよ。」
兄貴ぶった言い方だった。ふいとアルザスは顔を背ける。大体、この男に兄貴風を吹かされるいわれはなかった。気にくわない。
「仕方ないじゃないかよ!誰も味方はいないんだ。」
「じゃあ、味方を造ればいいじゃないか。」
「簡単に言うなよなっ!いないから言ってるんだろ!」
「まぁまぁ、もうちょっと冷静になれよ。」
フォーダートは言った。
「目の前に味方がいねえとも限らねえだろう?違うか?」
「え?」
 アルザスは、彼の言葉の意味をはかりかねてフォーダートの顔を見た。だらりと椅子に座った男は、にやりと悪戯っぽく微笑んだ。
「そう、味方は案外近くにいるもんなのさ。」
 ちょうど料理が運ばれてきた。海鮮が鏤められたパスタから、旨そうなにおいと湯気が立ち上っていた。
 

 
 
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©akihiko wataragi.2003
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