ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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 四章:嵐の夜

 
 1.夕暮れ-2
 
 食事が終わってから、フォーダートは港にアルザスを連れていった。そこに一隻の、漁船よりは少し上等な船がある。船首に、兜をかぶり、竜の翼を持つ女性の像がつけられていた。綺麗だがりりしい感じの女性の像だった。
「ドラゴン・ファリアエイル。」
 アルザスは、船のネームプレートを読み上げた。どこかで聞いたことのある名前であった。たしか、神話かなにかの本だったと思う。ふと、思い当たった。
「戦いの女神か?」
 アルザスは、振り返ってフォーダートに訊いた。彼は笑って応えた。
「ご名答だ。戦いの女神、竜の血が入っていたとされてるファリアエイル様さ。なかなか、いい船首像だろ?」
 そういって、フォーダートは桟橋をかけた。
「ようこそ、オレのドラゴン・ファリアエイル号に。まぁ、船首像ほど立派な船じゃないが、それなりに扱いやすいいい船なんだぜ。」
 「乗れよ。」と彼は続けた。
「結構、ぼろいんだな。」
 アルザスは、思わず素直に感じたことを呟いた。それなりに綺麗にはしているようだが、古いところは隠せない。
「オレはそんなご大層な海賊なんかじゃねえんでな。まぁ、一回でかいことをやらかしちまったんで、必要以上に名前が知れただけのことさ。あれ以来、そんなに大きな事はやってねえから、あまり経済的余裕ってヤツがないんだよ。ホントはもっとかっこいい船が欲しかったんだがこれが精いっぱいでな。」
少し不満そうに彼は肩をすくめた。
「まぁ、ぜーたく言えるような身分じゃねえから、仕方ないけどな。」
 一歩、甲板に足を踏み入れると、ギシ…と軋んだ音が鳴った。踏み破りそうで恐くなる。フォーダートが、思い出したように付け加えた。
「その辺、危ねえから気をつけろよ。底が抜けるかも知れねえから。」
「ホントにぼろいんだな…。」
 アルザスは、気を使いながら足を運んだ。
「なにも、何回も言わなくたっていいだろう?気にしてるんだからな。」
 フォーダートは、少しむっとしたような顔をして、口をとがらせた。
(なんだ。こいつ…)
アルザスは、フォーダートの後ろ姿を観察しながら思った。
(案外、子供っぽい所があるんだな。)
 今まで、かなり頭が良くて冷静だと思っていたのだが、先程の食堂での一件といい、今の物言いといい、案外したしみやすい所があるらしい。
「何だよ?」
 視線を感じたのか、それともアルザスが自分を「子供っぽい」と思っていることに感づいたのか、彼は怪訝そうに振り返った。
「いやぁ、あんたって話すとイメージ変わるよな。」
「どういう意味だ?それは…。」
「だから、意外と普通に話したり笑ったりするんだなとか…。」
「そうか?いつもオレはこんなもんだぜ?」
 フォーダートは、明るく笑った。
「いや、初めとか全然違ったぜ。どちらかというと普段はしゃべらないタイプにみえたし。」
「十分、べらべらしゃべってたと思ったけどなぁ。…要するに…あまり付き合いたくない部類の人間に見えたって事だよなぁ。半分当たってるけど…。」
フォーダートは今度は少し苦い顔をした。なんとなく間の抜けた感じの表情だった。
「オレって、そんなに恐い顔してるかなぁ?どう思う?」
いきなり尋ねられてアルザスは困った。さすがに素直に感想を述べるのはどうかと思う。
「ま、まぁ。…見る人に寄りけりじゃないか?」
誤魔化すためにもアルザスは笑って見せた。フォーダートには悪いが、はっきり言ってあまり関わり合いになりたくない輩のにおいはする。目つきは鋭いし、睨まれると電撃でも走ったようになってしまう。傷があることからして、圧倒的に嫌な感じがする。
 もっとも、彼は海賊なので半分仕方がないといえば、しかたがないのであるが。しかし、案外ハンサムな顔をしているくせに、妙に近寄りがたい感じがするのも確かだ。ただ、彼の場合、こうやって話している内にそういう近寄りがたい冷たい印象が、氷が溶けるようなすごい勢いで親しみやすさに変わってしまうようだった。
(変なヤツだな。)
 あらためてアルザスは思った。
「寄りけりねぇ。…まぁ、いいか。」
 フォーダートは、船室に入るドアを開けて中に入った。
「ところで…」
フォーダートは、アルザスの表情をうかがいながら尋ねた。
「お前、銃を使ったことはあるかい?」
 アルザスは首を横に振った。
「そんなおっかないもの、使った事なんて無いぜ。」
「いまどき、珍しいヤツだな。こんな物騒な世の中じゃ、若ぇ女の子でも銃の一つや二つ持ってる時代だってのに。」
「うるさいな!なんだよ!?今の質問は、オレをバカにするためか!?」
 アルザスが声を荒げたのを受けて、フォーダートは申し訳なさそうな顔をした。
「悪い悪い。そんなつもりじゃなかったんだって。一応訊いといた方がいいと思ってさ。まぁ、こんなもん持たないに越したことはねえんだから、お前のいうのもごもっともだ。だが、こういう状況になっちまったら話は別だろ?」
「どういう意味だよ?」
 アルザスは尋ねる。フォーダートは、頭をかきながら近くの壁によりかかって微笑んだ。
「決まってるだろ。お前に戦い方ってヤツを教えてやる。」
その手には、いつの間にか拳銃が握られていた。
「戦い方?」
「そうだ。あの大佐が相手なんだろう?丸腰ってわけにはいかねえよ。いかに…オレが協力するって言ったところで、相手は本物の軍人だ。おまけに特殊訓練されてる。オレみたいなチンピラとは動きが違うぜ。護身術ぐらいにしかならねえだろうが、一応な。」
 フォーダートの表情は少し真剣だった。
「こんな事いうのもなんだがな…・。オレもあのおっさんを相手にするのは、ちょっと自信がねえんだ。不意をつけばなんとか互角にまで持ち込めるが、場所を設定されてるし、向こうには人質もいるからな。せめて、自分の身は自分で守れるぐらいにはなってもらいたいからな。」
「あんたに守ってもらおうなんて考えてねえよ!」
 妙な対抗意識と弱く見られているという思いから、アルザスはきつい口調で突っぱねた。フォーダートは、軽く手を振りながら、茶化すような調子でそれに対応した。
「ほらほら、すぐ突っ張る。いけねえなぁ。別にオレぁそんな事は一度も言ってねえだろ?お前が骨のあるヤツだって事はよくわかってるよ。だけど、人間、度胸と根性だけじゃどうにもならねえことだってあるんだ。その為には、実技も少し覚えとかなきゃ生き残れないだろ?わかるか?」
「…わかるけど…。」
 アルザスは、上目遣いに相手を見た。フォーダートは、満足した調子で続ける
「わかってればいいのさ。」
 不意に猫の鳴き声がした。ドアの方から現れたのは、見た目からしても雄猫だとわかる堂々としたトラ猫だ。猫は、フォーダートの足下にすり寄るようなこともせず、気ままに外に出てきた。
「カァーチス!最近、見ねえと思ったが、お前どこにいたんだよ。」
 フォーダートは猫に話しかけ、嫌がる猫をその手に乱暴に抱き上げた。抱き上げられると、猫は柔軟な体をだらんと伸ばして少しだけ無抵抗になる。伸びた猫の足の方を左手で支えると、伸びた体は縮む。
 大きな猫だった。どことなく、不敵な感じの態度が飼い主のフォーダートに似ているような気がする。片耳が少し切れていたりする辺りも、顔に傷のある彼によく似ていた。
「なんだ、その猫。」
「ネズミよけってとこかな。」
「…かわいくないところ、あんたにそっくりだな。飼い主に似るってホントだな。」
聞こえないように、アルザスはそっと小声で呟いた。
「何か言ったか?」
「いや、別に。」
「なんだ?なんか、言われてる気がするが…。まぁいいか。とりあえず、こいつを持っといてくれ。」
 フォーダートは、アルザスにカーチスを押しつけた。押しつけられて仕方なく猫を抱き上げる形になる。見た目から予想はついていたが、なかなか重たい。
「お、重たい。」
「それじゃ、向こうの浜辺にいこうぜ。あそこなら誰もいないし、少し騒いでても花火ってことで片付けられるしな。」
 フォーダートは、そう言って船の中から銃を三挺と弾薬をつめた箱をショルダーバックにつめてそれを担いだ。
「さぁ、いくか。」
とっとと歩き始める。猫が重いうえ、妙にどっしりと抱き付かれてアルザスは、身動きがとれない。
「お、おい!この猫は?」
「あれ?もう暴れてるかと思ったら、意外に大人しいな。気に入られたかな。」
 フォーダートは、アルザスにどっしりと取り憑くように抱き付いているカーチスの首根っこを掴んで引き離してやった。
「勝手に重くなりやがって。ほら、ねずみでも追っかけてこい。」
ぽいと投げると、カーチスはうまく着地して何事もなかったかのように走り出していった。
 

「おかしらも物好きだねぇ。」
 すでに船室に戻っていたティースはディオールに言った。
「また、厄介ごとに首をつっこんじゃってるよ。」
「そんな…。おかしらがそういう性格がじゃなかったら、僕たち今頃路頭をさまよってたんだよ?感謝しないと…。」
ディオールが気を使ったのか、一応のフォローに入る。
「だけど、そんな性格だからいつまでたっても大物になれないんだよな。」
「ティース…。…それ、ひどい。」
「ひどくなんかねえよ。オレは、事実のみを述べてるんだからな。」
 ティースはあくまで冷たく言ってごろんとベッドに寝転がってパージスの観光ガイドを読み始めた。ディオールは、ふうとため息をついた。
「仕方ないなぁ。ティースは…。そう言うところ、昔っからぜんっぜん変わらないよなぁ。」
「何か言った?」
「…別に。あ、そうだ!おかしらとあの子が帰ってきた時、おなか空いてるだろうからなにかつくっておいてあげよう。」
 ディオールは、そう思いつくと走りかけたが思い出したように立ち止まった。
「あ、そうだ。ティース。お風呂掃除してわかしといてよ!僕は台所にいるから!」
「えええ!オレがぁ!?」
ティースは、不本意そうな顔をして、ガイドを宙に投げた。
「ちょ、ちょっと待てよ!オレ、そんな面倒なこと!!」
 ティースは抗議の声をあげたが、ディオールの姿は、すでに廊下から消えていた。
「あー畜生!油断した!!!」
悔しそうに吐き捨てると、ティースは嫌々ながら立ち上がった。
「全く、おかしらが乗組員(クルー)をもうちょっと増やしてくれたら楽なのによ!積載は余ってるんだから!…ま、金のねえおかしらに言えるわけもないか。」
 ふと、船がゆったりと揺れた。波が高くなってきているのだろうか。ほとんど、夕日の明るさを残していない空も、気持ちの悪い位の黒い雲が群がってきていた。ティースは、フォーダートほど、天候をみるのが得意ではなかったが、ここ何年かのっているおかげで概略のことはわかる。
「あっちゃぁ、雲行きが悪いな。これは明日辺り、ちょっと荒れそうだぜ。」
 海が荒れると、宿をとれるのでティースとしてはそれでもよかったのだが、フォーダートが行動をおこそうとしているのが明日ということを思い返すと、ティースは一抹の不安を抱かずにはおれなかった。
「ちぇ。柄にあわねえな。オレが不安だなんて。」
 ティースは、嫌な予感を振り払うようにそう吐き捨てた。
「仕方ないから風呂掃除にでもいきましょうかねえ。」
彼は、そういうとズボンのポケットに両手を突っ込んだまま歩き始めた。
 

 
 
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©akihiko wataragi.2003
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