戻る 次へ 一覧 九、これが二度目だ! 「くそ!あの小娘!あんな所に隠れてたなんて!畜生!思い切り苦しめてから殺してやる!この町もただじゃすまさんぞ!オレをこけにしやがって!まず、女子供を殺してから町に火を放ってやる。オレに刃向かう奴は全部地獄送りだ!」 サーペントはそう叫び例の小僧達の向かった先を睨む。 「貴様ら!何してやがる!あいつらを追え!殺せ!」 まだぼーっとしていた部下に一喝する。さすがに手下達も腹が立っていないわけではない。すぐさま、怒りがこみ上げてくるのであった。おう!と叫び、二人を追いかけようと手に持つ武器に力を込める。 辺りはもう暗くなり始めていた。太陽が完全に山の向こうに沈んでしまい、空が山の方は赤く、海の方はもう闇がせまっている。なかなか綺麗な光景だが、この場にはいささか不似合いだった。 その夕闇に紛れて、ふらり、とサーペントの手下の道をふさぐように現れた男がいた。振り向いた手下共は、はじめただの酔っぱらいだと思い、八つ裂きにしてやろうとさえおもった。それほど連中は気が立っていたのだ。その男に飛びかかろうとする。 ・・・・だが・・・ 目の前の男の声を聞いたとき、彼らの顔色は一気に青ざめたのである。 「何だ?人捜しか?手伝ってやろうか?」 夕焼けの残り火が彼の姿を暗く映しだしている・・・。顔の右半面には・・・・・。 「ぎ、逆・・・逆十字・・。」 逆十字のフォーダートは地獄の使者のように立ちつくしていた。フォーダートの瞳が蒼く、冷たく光った。 「オレが・・・なぜ貴様らに手を出さなかったのかわかっていねえはずはねえよなあ?」 フォーダートの声は静かだった。全くの無表情でそれだけに恐ろしくもあった。 ふるえるサーペントの手下共に彼は一瞥もくれないでサーペント本人をじっと見据えていた。狼狽するサーペントにフォーダートはニヤッと冷たく笑いかけた。 「オレは、流血沙汰が嫌いなんだ。だが、嫌いとは言ったができねえとは言ってないんだぜ。別にてめえの一人や二人たたき殺すのだって難しい事じゃねえんだ。だが、オレは気が短い方じゃないつもりだ。お前らが、この町に手をださねえし、あのガキ共にこれ以上関わらねえ・・あの地図にも手をださねえ・・そう言うからオレは決闘で負けた貴様にとどめを刺さなかったんだぜ。そうだったよなあ?」 フォーダートは一度そこで大きく息をつく。 例の瞳にはまた何の感情も感じられず、それが余計不気味でもあった。サーペントは何も答えない。 「もっとも・・・。」 フォーダートは再び口を開く。 「ここでもし、死人が出ていたらオレは間違いなくこの場で貴様を撃ち殺してる所なんだがな。幸い、怪我人すらいないし、お前達も十分恥もかいたろう?だから、貴様らが約束を破ったことについては不問にしてやる。いいか?これが二度目だ!サーペント。今度約束を破ったら、あのマストの上に磔にしてやるぜ。どうだ?それともここでオレとまたやり合うつもりか?オレの腕をしらねえとは言わせねえからな。」 一気にまくし立て、フォーダートは自分のカトラスに手をかけた。 妙な殺気と有無を言わせない雰囲気にその場の人間は全て飲まれてしまい、抵抗する者はいなかった。 一種異様な緊迫感がこの空間を支配していたのである。 その空間を破るようにサーペントは血の気の引いた顔で叫ぶ。 「ま、待てっ!わ、わかった。貴様の言うとおりにしよう。もうこの町には手をださねえ。あの小僧共にもだ!」 サーペントの必死の形相にフォーダートはクスリと笑う。無表情の男が口許だけ笑ったようなそれは実にぎこちない笑い方であった。息をのみ、返事を待つサーペント達に逆十字は静かに返した。 「いいだろう。約束は必ず守ってもらうぞ。」 相変わらず、口の端だけが笑っていて目は全く笑っていない。 カシャンと腰の刀から手を離し、くるりと踵を返し、フォーダートは町の方へ歩き出した。いつものようにそれは無防備だったし、ただ普通に歩いているように見えた。 逆十字の瞳が消えたことで、ようやくサーペントは彼の呪縛から解かれる。 他の手下共もそうである。ほとんどの手下は命が助かったことに安堵を覚え、放心していた。 しかし、一人一番若い手下は彼が背中を向けたのをみて、顔色を変えたのである。彼にはそれがフォーダートの見せた隙に思えたのであった。 サーペントがその手下の不穏な動きに気付き、制止しようとする。ここでフォーダートに勝てるわけがないのは目に見えている。リーダーとしてはここで犠牲は出したくないのだ。 「畜生!死ね!」 サーペントの制止の声は一瞬遅く、彼はフォーダートに向けて短剣を投げつけた。しかしフォーダートはその短剣を軽々かわすと、すばやく懐に手を入れる。 バンッと乾いた銃声が響き渡った。 若い手下はその場にひっくり返り、今まで自分が被っていたはずの汚れた帽子を見つめている。汚れた帽子は銃で撃ち抜かれて、彼から三メートル離れた地面に転がっていた。 硝煙を吹き消してフォーダートは悪魔のようにニヤリと笑った。 「オレの機嫌が悪かったら・・・。」 拳銃を懐に戻し、もう一度背を向ける。 「お前の頭があの帽子みたいになってたんだぜ。物わかりのいいお頭様に感謝しな。」 逆十字のフォーダートは二度とサーペントの方を振り向くことはなかった。 どうせ奴らにそれだけの度胸はもう無いだろう。実際腰を抜かしたあの若い手下の後では、誰も抵抗しようとはしない。皆一様に怯えていたし、その場に釘付けになっているだけだった。 そんな彼らにもはや興味はなかった。 丘をゆっくり下りつつ、逆十字のフォーダートは例の小僧共のことを考える。 ・・あの生意気そうな小僧、なかなかの度胸がある小娘・・・・ 「やってくれるじゃないか。全くサーペントよりは手間をかけてくれそうだぜ。だけど今日の所はあいつらの勝ちと言うことにしておこうか。」 ぽつりと呟いて上を見上げると、すでに一番星が輝き始めていた。 だが、フォーダートの頭の中にはそんなのんびりした風景が似合わない思惑があったのである。逆十字は 騒ぎ好きの本性をあらわにして不謹慎な事を考えているのだった。 (先が楽しみと言っちゃあなんだが、あいつらがどこまでやってくれるか興味が湧いてきたぜ。しばらく泳がせてやろうかな。奴らが『知らずの地図』の本性にどこまで近づけるかにも興味がある。) 前髪をいつものように片手でぐしゃりといじりながらフォーダートはいたずらっぽく笑うのだった。 港の方からいくつもの灯りが丘をのぼってサーペントの方に行くのが見えた。 町の自警団の連中だな、とフォーダートは解釈して、 (あの爺さん、さすが抜け目がねえ。オレが脅した後の連中を一掃して追い出そうってんだな。いっそ海賊にでも転職したらきっと海賊史に残る名海賊になるだろうなあ。) などと勝手に思いながら、 (だとしたらあのマスター間違いなく一の部下って感じだな。見かけも海賊ぽいしな。) と勝手な想像を膨らませて歩いていた。 そんな彼の耳にプロペラ音とエンジン音らしき音が聞こえた。 「歯車は動き出したってわけか・・・。キイス=テルダーのおやじが、隠した財宝はいつか必ず誰かに見つけだされるってったのも強ちデタラメでもないんだな。あいつらが飛行機を使うとして、向かう先は・・・学者の都市・イアード=サイド。必ず、あの地図の事を調べるに違いねえ。」 フォーダートの瞳が空に向けられて一瞬キラリと光った。 それは獲物を狙う猛獣の瞳にも似て、冷たく鋭かった。 戻る 次へ 一覧 |
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