ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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ならず者航海記:孤島の科学者編
 

 プロローグ
 
 手紙が封も開けられないまま、郵便受けにいっぱいになっている。それを見ながら、彼ら二人は複雑な思いで館を見上げた。絶海の孤島にたたずむ古い館の周辺には、がびがびに錆びた機械の部品が無造作に積み上げられていた。
 この館は奇妙すぎる。古い貴族の屋敷の基本デザインを地でいくようなのに、その周りにあるのは錆びた部品とそれから用途のわからぬ機械達。屋敷の屋根には、アンテナのようなものが立っている。人為的この上ない廃墟といえるかもしれないのだが、人の住んでいる気配もまた全くないのが不気味だった。
「まったく、なんなんだ、ここは。」
 男の一人がぼそりと吐き捨てた。ソフト帽を目深にかぶっている。
「いくら旧貴族の屋敷とはいえ、これはひどすぎるだろう? こんなところに人が住んでいるのか?」
「しっ、相手は伯爵だぞ。軽々しいことを言うな。侮辱だととられたらどうするんだ?」
 もう一人の男が軽くなだめた。貴族制度はすでに旧制ではあるが、いまだに彼らは爵位を名乗っているし、それに爵位がある以上は民間ではまだそこそこには信頼されていた。名誉を激しく傷つければ穏便にはすまない。
「アンドレアス伯爵…といったか。いくら屋敷がこの状態でも、伯爵は伯爵だからな。」
「アンドレアス伯なあ、そんな奴が本当に役に立つのか?」
 帽子の男がつまらなさそうにいう。
「伯爵だから呼ぶのではない。…アンドレアス伯は、機械工学の博士だ。むしろ、アンドレアス博士といったほうがよいかもしれん。」
「機械工学? …博士はすでにうちにいるだろう? しかも、自称天才の…」
 帽子の男は、首を傾げる。
「その天才が、大学在学中に唯一勝てなかったのがアンドレアス博士らしい。だから、真の意味で天才かもな。」
「…ということは、相当若いんだな。オレは、博士って言うから相当の年かと…」
「ああ、若いらしいが、だが、変わり者でも有名だったらしい。手紙を何通おくったか覚えているか? それでもこの始末だろう?」
 男は横目でポストにつっこまれたままの手紙の束を見やる。
「いわゆる、マッドサイエンティストの部類だな。」
「自称天才もそういえば、そういうタイプだったからな。」
「だから、直接説得するしかないんだ。」
 ため息をつきながらそう言うと、彼は屋敷の、おそらく正門に手をかけた。引いてみると簡単にそれは開く。どうやら、当の伯爵は中にいるらしい。
「『何用だ?』」
 ふと声が聞こえ、男達は縮み上がった。
「誰だ!」
 ソフト帽の男が、慌てて銃を構える。それを静かに制して、もう一人の男は上の方を見た。そこに、カメラらしいものとスピーカーのようなものがある。どうやらインターフォンのようなものらしい。自作なのか、接続部がガムテープなのが気になるところであるが…。
「フィリス=リデン=アンドレアス博士ですな?」
「『そちらは何のご用かな?』」
 声は思ったよりも落ち着いていた。マッドサイエンティストだというから、もっと危ない感じなのかと思ったが、そうでもなさそうだ。
「我々はデラインの軍関係者です。是非、アンドレアス博士に我が軍の研究所にきていただこうと思い、足を運びました。」
「『私は軍研究所には行く気がないのだが…。兵器の研究は専門外だし、人を傷つける物は作りたくないのだ。』」
 マッドサイエンティストのくせに意外にもまっとうなことを言う。彼らはややため息をつきながら、言葉をつづけた。
「いいえ、今回は、兵器研究ではありません。」
「今回は、あるプロジェクトに入っていただきたいのです。そのためにはあなたの天才的な頭脳が必要なのです。おわかりいただけましたか?」
「『なるほど。確かに私は天才だからな。私の頭脳がこの世に必要になることがあるかもしれんとは思っていたが、まさかこんな急にくるなんて思いもしなかった。』」
 急にあいてはすんなりと認めた。おだてにのったのかもしれないとも思うのだが、やはりマッドサイエンティストはわからないと二人は思う。
「でしたら、明日、我々とともにデラインへ発っていただけませんか? もちろん急なのはわかってはいるのですが……」
「『明日?』」
 声は怪訝そうに聞こえた。
「ええ、急ぐのです。」
「『ふーむ…。』」
 アンドレアス伯爵は、何となく唸った。
「どうでしょうか。博士、それなりの謝礼は用意しますが…」
「『残念だが、それは無理だな。』」
「はっ?」
 急な否定に男達は耳を疑った。
「な、なぜですか? ちゃんと謝礼も……」
「『残念なのだが、私は、明日映画を見に行かなければならんのだ。』」
「え、映画?」
 いけしゃあしゃあとアンドレアス伯爵は続けた。
「『そうだ。明日は映画の日だった。私は、愛しのシャロンズと会わなければならない。』」
 シャロンズというのが、女優のリーン=シャロンズであることは、彼らは知らない。だが、とにかく、この博士が明日はどうしても映画に行きたいらしい意志だけはわかる。
「そ、そうおっしゃらずに! 博士!」
「『だめ。だめなものはだめだ。…明日でなければ考えもするが、とにかく明日はだめだ。』」
 静かな、しかもテンションの低い口調でそう言われて、男は焦る。
「そ、そんな、博士!」
「『おおっ! いかん! コーヒーを沸かしっぱなしだった! そういうことなので、どうぞご了承のほどを!』」
 それでは、とアンドレアス伯爵は、言うとがちゃりと受話器を置いたような音が鳴った。
「あっ! 博士ッ! はーかーせー!」
 声をかけてみるが、もう声はかえってこない。完全にどこかに行ったらしい。
「くそっ! なめやがって!」
 ソフト帽の男が帽子を脱ぎ捨てて投げた。そのまま、拳銃を握る。
「お、おい!」
「優しくしてりゃつけあがりやがって! こうなったら、力ずくで引っ張り出してこようぜ!」
 帽子の男は、そういって半開きの扉の取ってを引く。
「お、おい、手荒なことは…!」
 片方の男は、その剣幕をおさえようとしながらはらはらしている。だが、帽子の男の怒りはそれではおさまらないようだった。
「何が手荒だ! 大体な、こんな若造にへこへこしてるだけでもおかしいんだ! 無理に連れてくればいい! 時間と金の節約だぞ!」
「そ、そりゃそうだが! おい、ちょっと待て!」
 男は止めようとしたが、その前に帽子の男は扉を引っ張って開けてしまった。と、不意に彼らは恐ろしいものを見た。逃げようとしたが、反射的にさけて逃げられるようなものでもなかった。
 ガラガラガラというけたたましい音にまじり、絶海の孤島に男の悲鳴が響き渡った。


 


 
 
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©akihiko wataragi.2005
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