ならず者航海記:孤島の科学者編
1.その後のフォーダート-2
なれなれしく言われて、フォーダートはむっとした。だが、馴れ馴れしく言われたことに対しては、腹を立てたわけではない。
「おっさん呼ぶな! 今朝も言っただろ! オレはまだ二十代なんだ! お兄さんと呼べ!」
フォーダートは、不機嫌に言い放ったが、アルザスは改めるつもりがないらしい。
「いいだろ。呼びやすいし。大体、あんた、お兄さんって顔つきじゃないよなー。」
「な、何だよ、その言い方は! この前まで、オレに気をつかってたくせに!」
フォーダートはきつく言ったが、その態度は先ほどに比べるとずいぶんと甘い。アルザスは、軽く肩をすくめた。
「今思うと無駄な気遣いだったよなあ。」
アルザスはしみじみと言った。
「あんたってさ、一週間ぐらいつきあうと印象変わるな。最初会ったときは、やばい奴かと思ったけど。」
「な、なんだよ?」
アルザスが顔をじっと見てくるのでフォーダートは怪訝そうに眉をひそめた。
「あんた、外弁慶って奴だろ。」
ずばっと言われ、フォーダートはぐっと詰まった。アルザスはけろりとした顔つきでそんなことを言う。
「実際は、それほど恐くないというか、お人好しって言うか…。基本的に、あんまり悪くないよな、あんた。」
「な、なな何だよ! それ!」
さすがに狼狽した様子でフォーダートは言った。図星をさされているからだが、先ほどの態度とはえらいちがいである。
「お人好しになったつもりはないぞ! オレはお前らが行く場所がないというから、仕方なく・・・」
「またまたあ。仕方なくおいてやっているんなら、部屋一つずつくれるないだろ。」
「うっ」
事実なのか、フォーダートは、ううっと詰まった。アルザスはそれをみて、にんまりと生意気に笑う。
「そうなんだよなあ。外では、強面の不気味な奴で精一杯突っ張っていても、本当は寂しがりやで妙にナイーブ・・・。あんた、恋愛映画を見て泣ける口だろ。」
「う、うるせえなっ! 人の趣向はほっとけ!」
それもまた図星だったのか、フォーダートはふいっと顔を背けた。やや頬が赤くなっているところをみると、やはり恋愛映画で泣けるタイプなのだろう。
「あ、こんなところにいた。」
ふと高い声が割り込んだ。
そちらを振り向くと、見事な金髪を高くポニーテールに結い上げた少女が腰にてを当てて立っている。髪の毛にはピンクのリボンが結んであり、服もピンクの上下だった。フレアースカートがひらひらと潮風に揺らいでいる。上品で整っているが、何となくかわいらしい顔立ちは、まるで人形のようで、大きな青い目がこちらを見ている。が、表情の方は人形という感じではなく、自信とやる気に満ちあふれているという感じがした。
「ライーザ。」
「あんた達だけでさきさき行くんじゃないわよ。大体、必要なものだって買わないといけないでしょ。これだから野郎連中って駄目なのよね。」
彼女は両手に紙袋を抱えていた。それは、ここのバザールで買いそろえたもののようである。黙っていれば人形みたいな顔のライーザは、いかにも気の強そうな目をぱちりと上げて、こちらに近づいてきた。そして、アルザスとフォーダートの方にひょいとその紙袋を押しつけた。
「な、何だ?」
意味がわからずフォーダートは軽く首を傾げる。
「だからはい荷物。」
「え、はい、って?」
「だから荷物。」
ライーザは当然のように彼らに荷物を押しつけた。
「おっさんパース!」
慌ててアルザスは、フォーダートに押しつける。
「オ、オレかよっ!」
反射的に怪我をしていない方の手で、それを受け取ってしまいながら、フォーダートは不満そうな声で言った。いっそのこと思いっきり怒鳴りつけてやろうかと思ったのだが、ふとライーザがこちらをむいて笑った。
「あら、ありがとう。フォーダート。あんたなら持ってくれると思ってたわ。けが人に持たせちゃって悪いわね。」
「そ、そうか。…ま、女の子にものを持たせるわけにもいかねえからな。」
ライーザにそう言われては、まさか冷淡に突っぱねるような真似はできない。あの鋼鉄製の女のような、恐ろしい母にレディーファーストはいかなものかを叩き込まれたフォーダートには、そんな真似などできるはずもないのだった。
「で、何話してたのよ。」
「いや、おっさんが、いい人だなあって話を。」
「いいや、そんないいもんじゃなかっただろが! オレのこと馬鹿にしてたろ!」
フォーダートは、むっとしたが、ややあきらめ半分にため息をつく。
「大体なあ、お前らは次の港町で降りるって言う話だったろ。なんで、あれから半月もオレの船に居座ってるんだよ? これで、パージス出てから三つ目の港町だと思うんだがな……。」
「だって、あんたの船、居心地いいし。お風呂とかついてて快適だし。」
「それに、どうせ、オレ達金ないし。人助けだろ?」
「オレに見事にたかってるじゃねえか!」
しれっとしている二人に不満の丈をぶつけるが、あまり効果はないらしい。フォーダートは、後悔するように首を振った。
「ああ、あの時、オレはどうして本能の声に逆らったんだ。・・・パラサイトされるってわかってたじゃねえか・・・。オレの馬鹿。馬鹿すぎる。後悔先に立たず。」
「まあいいじゃないか。結果的ににぎやかでいいし。」
「お前らだけな!」
とどめを刺しにきたも同然のアルザスに言い返したが、フォーダートはそれ以上言う言葉を失って立ち上がった。そうしながらも、ライーザに頼まれた荷物を持っているところあたりが妙に悲しい。
「先に行ってるぞ。もう絡まれんなよ。」
暗くなりながらそういい、フォーダートはふらつきながら向こうへ歩き始めた。
「なんだよ、ちょっと言っただけなのにさ。」
「ガラスのハートってやつかしら。なんだか知らないけど、デリケートにできてるわね、フォーダートって。」
「あんな面してるくせに、心だけガラスなんだな。」
とんでもないことを言いながら見送る少年少女の視線を感じつつ、フォーダートは向こうへと歩いていくのだった。
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トリスの市場様