ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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ならず者航海記:孤島の科学者編

 1.その後のフォーダート-3

 思い返せば、あの頃から微妙な変化はあったのだった。
「くそ、…なんだよ、この前までフォーダートさん、とか逆十字とか呼んで、オレの機嫌とってたじゃねえかよ。」
 ぶつぶついいながら、フォーダートは足下の石を蹴る。
「なんで、オレが、こんな使い走りみたいな真似を…。あいつら、オレをなんだと思ってるんだ。」
 あの頃はよかった、などと思いながら、フォーダートは今朝のことを思い浮かべる。
 今朝、甲板で呆然と歯を磨いていると、後ろからアルザスがやってきたのだ。
「よう、おっさん、おはよう。」
「ああ。おは…」
 と言いかけて、フォーダートはハッとアルザスの方を見た。
「ちょっと待てッ! 今、オレの事を!」
「え、ああ。だって、いちいちフォーダートいうのも面倒だし、おっさんでいいかなって。」
 アルザスは悪びれずに、自分も歯ブラシをくわえている。
「ほら、なんてーか、ちょっと親しみをこめてあげたほうがいいかなってさあ。」
「よかねえ!」
 フォーダートは、思わず強い口調で言った。あの頃なら、怯えるぐらいはしたはずのアルザスだが、なぜか今はけろりとしている。
「なんだよ?」
「オレはまだ若いんだ! 兄貴呼ばわりならいいが、オヤジ呼ばわりは聞き捨てならねえ!」
「若いっていくつだよ。どーせ、三十五過ぎてんだろ。」
「三十路は踏んでないわッ! オレはまだ二十七だぞ!」
「ええっ!」
 アルザスが思わず歯ブラシをぱたりと取り落とす。
「な、なんだよ、その反応は!」
 アルザスは、歯ブラシを拾うと、何かを悟ったような目でフォーダートを見ながら前髪をかきやる。
「いやー、すまねえ。てっきりもう三十は越えてるもんだと思っててさ。へたしたらガキがいてもおかしくないなあって。」
「だ、誰がっ! だ、大体、うちのオヤジやアンヌさんから聞いてるだろ! 十年ぐらい前に行方不明になったときは、十代だってこと!」
「あの二人変だから、そのくらい間違ってもおかしくないと思ってた。」 
 アルザスにそうさらっと言われ、フォーダートは顔を背けた。
「う、うるさい! どうせ、オレは実年齢より老けて見えるよ! 悪かったなあっ!」
「あれっ? もしかして、すっげー気にしてる?」
「うるさい。オレに喋りかけるな。」
 船縁に寄りかかってかなり落ち込んでいる様のフォーダートをのぞき込むようにしてアルザスはにやりとする。
「まあ、いいんじゃないの? おっさんぽく見えた方が舐められなくていいって! なっ!」
「お前、オレのこと馬鹿にしてるだろ…」
 たたた、と音がして、誰かが甲板に上がってきた。アルザスとフォーダートがそちらに目を向けると、金色の髪を下ろしたままのライーザがそこにたたずんでいた。
「何かにぎやかだと思ったら、あんた達がふざけてたの?」
「ふざけてたんじゃねえけどさ。あ! そうそう、ライーザ、今衝撃的な事をきいちゃったぜ。」
「あれは全然衝撃的じゃねえだろ!」
 フォーダートが、得意げなアルザスの頭をそういって押さえるが、アルザスはけろりとしている。
「このおっさん、二十代なんだってさ。」
「ええ! あんたそんなに若かったの!」
 ライーザは、口を押さえながら大声でそんなことを言う。
「…そんなに騒ぎ立てなくっても……」
「だって、もうちょっと年上だと思ったし、なるほど、時々すごくツメが甘いのは、まだ若いせいなのね。」
 急に大人びた顔でそんなことをいうライーザに、フォーダートは返す言葉に詰まった。ツメが甘いのは図星だし、ごまかしようのない事実だからでもある。
「それにしてもいつまで歯を磨いてるのよ? もう朝ご飯できてるのよ?」
「えっ、ライーザが作ったのか?」
「そんなわけないじゃない。ディオールが作ってくれたのよ。」
 淡い期待をぶちこわされて、フォーダートは何となく悲しくなった。その後、ライーザにせっつかれて、アルザスと一緒に食堂まで行ったわけだが、ライーザの態度がどんどんきつくなってきているような気がするのだった。
 子供の頃、一人っ子だった彼は、弟や妹が欲しくてたまらなかった時期がある。年上の野郎は見慣れていたので、兄が欲しいとは思わなかったが、年下の子の面倒を見るということにあこがれがあったのだ。だから、アルザスにしろ、ライーザにしろ、それなりに慕ってくれると、どうしても甘やかしてしまうのだった。
「やっぱり、あいつら乗せるんじゃなかったかなあ。」
 フォーダートは、ため息をついた。
 それにしてもライーザもライーザだと思う。つい最近まで、ライーザは結構優しかったのだ。自分のせいで怪我をしたんだから、といっては、飲み物を持ってきたり、何かと気遣ってくれたり…。だというのに、今となっては、むしろ足蹴にしそうな勢いなのである。怪我も完治しない内にここまで慣れられるのは、いい傾向なのか、悪い傾向なのか、いまいちはかりかねる。
「オレ、どういう風に思われてるんだろ。」
 近くから潮騒の音が聞こえる。フォーダートは、荷物を少し地面に置いて、まだ無理に動かすと痛む左肩に軽く右手を置く。
「ホント、安請け合いなんてするもんじゃねえよなあ。あいつら養うだけの食い扶持も稼がなきゃならねえし…」
 そこまで独り言を言って、フォーダートは、はああ、と深いため息をついた。
「なんで、オレ、こんな所帯じみた悩みを……。切ない、切ねえなあ…。」
 そういって、彼は再び右手で荷物を抱え直す。とりあえずこれを船に置いて、それから、食料と水でも買い足して用意でもしておかなければと思う。
 フォーダートはふらふらと港のほうを歩きながら、看板を見ていた。喫茶店に酒場にと続くと、いっぱい引っかけてやろうかと思う。だが、フォーダートはあえて首を振った。
「駄目だ。あいつらが来てから、酒を飲む金すらないんだから!」
 ぶつぶついって、何とか欲望にうちかつべく、彼は看板をみないで、すたすたとそこを足早に去ろうとした。不意に港に面した方に、寂れた映画館が見えた。映画といえば、ちょっと前までは無声映画しかなかったものだが、最近はトーキーも増えてきた。どこかの国では総天然色の映画もあるという。
 普段はろくな生活をしていないフォーダートだが、実は、こう見えてそこそこ映画は好きだった。こっそり小説を買い集めたり、ラジオを聞くのも好きだし、挙げ句の果てにはギターまで練習したこともあるのだが、さすがにそれはアルザス達には言ってはいない。
「こんな寂れたとこじゃ、この前封切りになった映画なんて出てないんだろうな。」
 フォーダートは、そう思いながら映画館にふらりと近づく。開いているのか閉まっているのかもわからない映画館だ。平日の真っ昼間だということもあるのだが、それにしても寂れている。
 映画の宣伝ポスターが何枚か貼ってあるのを見てみて、フォーダートはハッと顔色を変えた。
「あっ! なんだよ、メリッサの新作が出てるじゃないか!」
 メリッサというのは、メリッサ=コールマンという女優である。男勝りでクールな金髪美人で、役柄もアウトローだったりすることが多い。フォーダートはメリッサはもとからかなり好きで、よく映画自体は観ていたが、それにしても、今回彼女をじっとみていて、フォーダートはいつもと違う感覚に襲われていた。
 何となく似ているのだ。あの時、彼に一方的に斬りかかってきた美貌の海賊疾風のゼルフィスと。顔自体は違うが、強気ではつらつとしていて、少し冷たくて、そして時々妖艶に笑うところが…。
「な、何考えてるんだ? オレ。」
 フォーダートは首を振った。彼はまだ相変わらず、あのゼルフィスのことを男だと信じている。そのため、自分の心に芽生えた恋心などに気づくはずもない。
「なんでこんなところで映画観て、あの暴力小僧を思い出さなきゃならねえんだ。畜生。」
 そう毒づいて、フォーダートは入れ替えで上映されている映画の方をちらりとみた。そこには、何となくミステリアスな感じの美人が描かれている。その顔にも見覚えがある。有名な女優のリーン=シャロンズだ。
「ん? リーン?」
 その顔を見たとき、忘れていた何かを不意に思い出したような気になった。そして、そのことを完全に思い出してしまうと、フォーダートは荷物越しに額に手を置いた。
「くそっ、思いだしちまった…。あいつに写真の鑑定頼んだまんまだよ。」
 あの男は確かリーン=シャロンズの熱烈なファンだった。フォーダートは気まずそうな顔をしてため息をついた。
「今日は厄日だ。あいつにはなるっべく会いにいきたくないんだが…。」
 だが、頼みっぱなしというわけにもいかない。
「ここ、そういやあいつのいる島近いんだっけ…」
 フォーダートは、ややげんなりしながら呟いた。
「ま、どっちにしろ、さけては通れない道か…。明日にでも会いに行ってやろう。」
 あいつも悪い奴じゃないんだけどさあ、とフォーダートはぽつりといった。そうだ、悪い奴ではない。問題は、彼がいる場所にあるだけである。
「……まったく、人一人たずねるのに、なんで命賭けなきゃならんのだよ?」
 そう呟きながら、フォーダートは映画館のポスターを背にした。そして、彼は密かに弾薬もちゃんと買っておこうと決意した。


 
 
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背景:トリスの市場
©akihiko wataragi.2005
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