ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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ならず者航海記:孤島の科学者編

 1.その後のフォーダート-4

 船室の引き出しの中、それは無造作に転がっていた。かなり重要なものであるにも関わらず、こういうところでフォーダートは、案外杜撰だ。変なところでナイーブなくせに、危機管理能力はあまりないかもしれない。
 掃除中のライーザは開きっぱなしの引き出しを見ながら顔をしかめる。ごちゃごちゃに鉛筆と消しゴムとそれからドライバーなどの工具がつっこんである中に、その大切なものはあったのだ。
「ったく、あの髭オヤジ、何考えてるのよ。鍵ぐらい閉めなさいよね!」
港を出港して一日経つ。船の上での生活にも慣れてきた、というよりは、ライーザは元々船の上で生活していたので、懐かしい生活に戻ったと言った方がいいかもしれない。
 それよりも、彼女にとっての今の問題は目の前にあるもののことだ。引き出しの中に転がっているのは、命がけで守り通した例の知らずの地図と羅針盤の天秤なのである。
 地図はこの世の全ての秘宝の在処を示すという地図であり、羅針盤の天秤はそれの付属品で二つは二つそろわなければ動かない。元々、調子に乗っていたころのフォーダートが、これを発見して持ち出したのが事の始まりらしいのだが、その危なさに気づいた彼自身が怯えながら隠したものでもあるらしい。
 最近のフォーダートを身近で見ると、そんな世間を騒がせるほどのことをできるような人間であるような気はあまりしない。実際、フォーダートは昔と容貌からして違うらしいので、もしかしたら、かなり性格が変容しているのかも知れないのではあるが。
「それにしても、そんなに大切なものなのに、無造作におかないでよね。」
 ライーザはふうとため息をつく。これを渡す渡さないの戦いで、彼女自身は軍隊にはさらわれるわ、そのせいでフォーダートは撃たれて怪我をするわで大変だった。なのに、ぞんざいに扱われていると自分が感じていた自責の念自体が無駄だったのではないかとすら感じてしまうのであった。
 ライーザは、羊皮紙の質感に似せて作っている薄っぺらい物質でできた地図を取り出し、横に置いてある銀色の天秤を手にした。とりあえず、自分が大切に保存してやらないと、男連中は片づけという単語を知らなさそうだ。
 一応船長室になるフォーダートの部屋は、あまり片づいていない。あれこれ置かれた骨董品らしいフリントロック式の拳銃やら、帆船の模型やらが、不思議な配列で並んでいるのは、きっとフォーダートが置いたら置きっぱなしであるからである。あちこちに荷物が入った木箱が置かれていて、しかも、床には修繕したあとがのこっている。これは、この前、フォーダートが夜中に踏み抜いたものらしい。
 船長室といえば聞こえはいいのだが、この船の中で一番居心地が悪いのはこの船長室だ。この前アルザスに与えられていた部屋は、そのままライーザの部屋になった。それで、アルザスはフォーダートが寝室代わりに使っていた船室にうつり、残ったフォーダートが船長室に押し込められたのであるが、床板を踏み抜いたり、揺れると倉庫からうつしてタンスの上に置いた荷物が上から落ちてきたりするので、寝不足になったらしい。今はフォーダートはアルザスと部屋をカーテンで仕切って使っているようだ。
「おーい、おらいさん。コーヒー入ったって。」
 フォーダートがぶらぶらと彼女を呼びに来て、そして、びくうっと肩をふるわせる。というのは、ライーザが彼の方を睨んでいるように見えたからである。
「ど、ど、どうしたんだよ?」
「別に。何でもないわよ。」
「な、何でもって……それじゃ、なんで機嫌が悪いんだ?」
 冷たいライーザに、フォーダートはさらに訊くが、横からひょっこり出てきたアルザスが、そっと彼に耳打ちした。
「おっさんおっさん、やめとけって。ライーザがああいう顔してるときは、嵐が過ぎ去るまで何もしない方がいいんだよ。」
「そ、そうか…。さすがお前は慣れてるな。」
「つきあいが長いからよー。」
「二人でごちゃごちゃいってるんじゃないの。聞こえてるわよ。」
 ライーザはそういって、ふうとため息をついた。そして、手にしていたものを机の上に置く。
「まったく、大事なものなのにちゃんと鍵をかけてよね。これが、危ない兵器を隠してるって言っていたの、あんたでしょ?」
「い、いや、それはそうなんだが。」
 詰め寄られ、フォーダートは使える方の手で頭をかく。
「ま、まあまあ、そういうなって。そういえば、そろそろ、それを出さなきゃならねえなと思ってたところだったんだよ。」
「え? 何それ。」
 ライーザは軽く首を傾げた。
「そういえば、この先の目的地も訊いてなかったな。どこへいくんだ?」
 アルザスが後ろから尋ねる。フォーダートは軽く振り返って苦笑いした。
「うーん、まあ、会いたいような、会いたくないような奴のところにいくんだけどさ。ちょっと、ソレがらみなんだよ。」
「つまり、地図と天秤ってこと?」
「ああ。まあそういうことだ。そうそう、お前らは、そういえば、これについて何も知らなかったよな。少しぐらい見ておいた方がいいか。」
 フォーダートがそういうので、アルザスはそういえばと思い出す。伝説の地図だのなんだのと言われていても、今までアルザスもライーザも、その地図がどうやって「秘宝」の在処とやらを示すのかと言うことを全く知らない。
 フォーダートは、自分で船室の後尾に歩いていくと、そこにある窓のカーテンを閉めた。後この部屋には窓が二つある。フォーダートはアルザスに言った。
「そこのカーテンも閉めろ。暗い方がいいんだ。」
「なんでだよ?」
 アルザスは首を傾げる。一体、フォーダートが何をしようとしているのかが予想もつかない。
「いいから。まあ、暗くしてみろって。」
 フォーダートに言われ、アルザスは渋々カーテンを閉めた。部屋の中がひるまでもかなり暗くなる。フォーダートは、その辺の戸棚をあさってろうそくを取り出した。そして、ろうそくに火をつけてテーブルの真ん中に置いた。
「さて、これでいいか。」
「ねぇ」
 ライーザが急に話しかけてきたので、フォーダートは怪訝そうに彼女の方を見る。
「あんたって、黒魔術にはまってたの?」
「ちがう! なんだよ、お前ら、オレにそういうネガティブな印象しかないのかよ?」
 不満そうにフォーダートが言うと、横でアルザスが軽く肩をすくめた。
「いや、何というか、困るとやばい宗教とかに頼りそうな気がするんだよな。それだけ。」
「な、なんだそれ! そんな風にオレを見るなよ…!」
 フォーダートは、頭をかきながら少し哀しくなる。だが、気を取り直して、彼はライーザの前に手を伸ばした。
「さて、その地図と天秤を渡してくれ。」
「え? これ?」
「ああ。」
 そういって、フォーダートはテーブルの上に地図を広げた。真っ暗な部屋の中、ぼんやりと炎だけが赤く部屋を照らしている。その中で羊皮紙めいた地図を広げ、さらにその上に今は炎で赤く反射する銀の天秤を近づける。小道具が古めかしいだけに余計に魔法の儀式のようだ。不審そうな二人の眼差しに気づき、フォーダートはくすりと笑った。
「安心しろって。儀式とかそういうんじゃねえよ。」
 そういって、彼は銀色の天秤を持ち上げて眺める。赤い宝石がついていて、更に真ん中の方に方位磁針のようなものがついている天秤の皿には当然何ものっていない。
「お前ら、これの使い方なんてなーんにも知らないんだろ。じゃあ、一つ、お手本を見せてやろうと思ってさ。前知識としてこれぐらいは知っておかないとな。」
「これぐらいって?」
「まあ、黙ってみてろって。」
 訊いたアルザスにそう答え、フォーダートは銀色の天秤を地図の上に置く。
「ま、オレも一、二回しかやったことないからな。久しぶりだな。」
 なんだかんだ言って割と楽しそうなフォーダートは、天秤の中央部分を何かいじっているようだった。ろうそくの光を近づけて、何か調整すると火を吹き消す。
「これでよしと。」
「特に何も起こってないみたいだけど?」
 ライーザが後ろから少しきつい口調で訊いてくる。
「まあ、そういうなって。これには少し時間がかかる。」
 暗い部屋の中は、カーテンから漏れる光しか入らないので薄暗くなっている。フォーダートはその中で少し笑ったようだった。
「この地図のすごいところはな、汎用性があるところだ。…秘宝の在処だといったが、あらゆる秘宝だという言い伝えだろ。あれは嘘じゃねえ。こいつが示すのは一つだけの宝じゃない。」
「つ、つまり、どういうことだ?」
 意味が分からなかったらしく、アルザスがきょとんとした様子で訊いてきた。
「要するに、複数の宝物がどこにあるかっていう情報を引き出せるんだよ、この天秤と地図は――。本来の使い方は、手がかりをどちらかの天秤皿にのせることから始まる。そうすれば、手がかりにふさわしい「宝」がどこにあるか示してくれる。」
「でも、今はどっちの皿にもなにも載せていないわ。」
 ライーザが闇をすかしながら、銀色の皿を見た。その上にはやはり何ものった様子がない。
「ああ、今は「コレ」自身が記憶している宝物についての情報を引き出しているからな。だから、何も載せなくていいんだ。ん? そろそろか――?」
 話しながらフォーダートは視線を下げた。銀色の天秤が暗い中、わずかに光ったような気がしたのだ。ちょうどそれは中央の宝石の方からで、わずかな機械的な光が集まってちかちかと輝いているようだった。


 
 
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©akihiko wataragi.2005
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