ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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ならず者航海記:孤島の科学者編

 1.その後のフォーダート-5

光は収束し、徐々に中心にむけて移動していく。そのまま集まった光は少しだけ膨張を始めた。
「来るぞ…」
 フォーダートがぽつりといったその時、ふと中心の光が一瞬消えたような気がした。
 が、次の瞬間、光が急速に収束し、そして外側に向けて弾けたような気がした。
「うわっ!」
 アルザスは思わず目をかばって手を目の前にかざした。同時に圧力のようなものを感じて、窓際の方まで後退してしまう。
 光もその風圧も一瞬のことだったが、暗い部屋の中で突然の強い光に、しばらくは目がやられた。残像現象に悩まされながらようやく目が慣れてくると、天秤が静かに光っているのが見えた。
「な、なに? 今の!」
「安心しろ。危ない光じゃない。」
 フォーダートの落ち着いた声が響いた。元々予想していたらしいフォーダートは、自分だけ最初から目の前に手を置いていて防御していたらしく、一人だけ余裕の表情である。彼が知っていた癖に予告しなかったことに、アルザスは少しムッとするのだが、それどころではない。前を見れば、天秤の光はまっすぐ上に向かっている。その光がどこまで突き抜けているのはわからないが、うす紅色の収束した光の帯は天井を突き抜けて、天空までのびていそうなほど強い光でもあった。
 ふと、その光の強さが徐々に弱くなっていった。そのまま光は上にのびるのではなく、徐々に方向をかえてその光の手を伸ばしてきていた。
「な、なんだ?」
 アルザスのいる窓際の壁に、光は徐々に焦点を当て始める。ちょうど、天秤の正面にいたアルザスは、その中央の宝石から光がでているように見えた。
「アルザス、そこどけ。」
 フォーダートが少し小さな声で言った。別に声を低める必要など無かっただろうが、この雰囲気は声を思わず低めてしまわざるを得ないものだった。
「え? あっ、ああ。」
 よくわからないが、アルザスは少し移動して、光の圏外に出ることにした。アルザスがいた壁の方は比較的障害物がない。まっすぐに当たった光は壁の上で少しずつ広がっていく。徐々に何かの模様が見えてきたようだった。
「あ、あれっ…。ちょっと待って…!」
 ライーザが声をあげた。その壁の染みのようだった模様は徐々にはっきりしてきていた。そして、それは彼女たちがよく見るある「図」を形成していったのである。
「世界地図?」
「だろ。」
 フォーダートは言って、光を避けながら壁の方に歩み寄っていった。そして、光にややまぶしそうに目を狭めた。右目に傷のあるフォーダートは、そうすると少しだけ右側がひきつってみえる。
「この羅針盤は幻灯機(スライド)と同じ仕組みでな、下にある地図を投影して映し出すらしい。」
「へーっ、…て、なんか伝説の宝って割にはしょぼいな…。そんなの映画館に行けばもっといいやつあるじゃねえか。」
 アルザスが説明を聞いて、わずかに失望したように言った。フォーダートは、少しムッとした顔になる。
「なんだ、その言いぐさは! 馬鹿言うなよ、そんなもんなら、オレが命がけで守ったりしないだろ。真剣にびびったりしてたのによ!」
「それは、あんたが臆病だからじゃないの?」
「うっ、ラ、ライーザ…!」
 悪気があるのかないのかわからないライーザに、痛恨の一撃を食らってフォーダートは、胸の奥を抉られるような痛みを覚えたが、気を取り直して咳払いした。
「そうじゃねえんだって…。黙って見てろよ! ったく、お前らはなんでそういつも気が短…」
 そこまで言いかけて、フォーダートはちらりと映された地図に目をやった。赤いポインタのような収束したひときわ強い光の点が、地図のとある場所に打ち込まれたのである。同時にその横に、古代文字と数字がタイプで打たれるように羅列されていく。
「な、なんだ、この数字。」
「緯度と経度だよ、…オレの予測で間違ってなければな。あいにくとオレは古代文字を読めるわけじゃねえが、多分宝の名前と在処を示したもんだ。」
 そういってフォーダートはふと光の中に手を差し出した。何をするのかと見ていると、彼は赤い点の所に手をかざし、トン、と壁を打つように動かした。
 ふっと映し出された映像が変わる。変わると言うよりは、拡大されたといった方がいい。世界地図のままだったソレは、ナトレアード周辺だけを映すようになった。驚いた様子のアルザスとライーザを後目に、少し得意げになってフォーダートは言った。そうして、もう一度壁を叩くと、今度は、ナトレアードの中でもパージスとその周辺を示す地図に変わった。
「なっ、わかるか? これはかなり拡大がきくんだ。」
「ほ、ホントだ。…あれっ、ちょ、ちょっと待てよ…」
 アルザスは近寄っていって地図をのぞき込んだ。そのポインタが打たれている点、それは、彼の記憶違いがなければ、彼らの知っている場所に他ならなかった。だが、それがにわかには信じられず、アルザスは光の中に半ば飛び込むようにしながらその場所を確認しようとした。そして、ライーザを振り返る。
「ライーザ、こ、これって……」
「…ヴェーネンス…?」
 ライーザは故郷の名前を口にして、呆然と口を開けた。パージスの対岸のイアード=サイド、そしてそれより南下して西に少しいったところの湾の中…。その場所は、間違いなく、彼らの故郷であり、あのひなびた港町のヴェーネンス周辺だった。
 フォーダートはやや自嘲的に笑った。
「これで、オレがあの街に地図隠したわけがわかったろ。あの時は、なにせ、一刻も早く手放したかったからな。」
 そして、フォーダートはゆらっと腕組みすると、壁に寄りかかるようにした。
「…ここに何があるかはもうわかるよな?」
 呆然としている二人に尋ねながらフォーダートは、その地点を指さした。ヴェーネンス近くの海の中心、フォーダート指と赤い光の点は同時にそこを示していた。
「あんたが言ってた……」
 ライーザが呟いた後、アルザスが続けるように言った。
「……あの、世界を滅ぼすほどの技術…つまり「宝」?」
 フォーダートは静かにうなずいただけだった。そして、少しだけにやりとした。光はまだ消える気配がない。壁に映し出されたままの地図は、見慣れたものであるにかかわらず、なんとなく不気味だった。フォーダートは静かに言った。
「これが、ただしい地図の使い方だ。」
急にドタバタと廊下の方から音がした。ばたんとドアが開いて、血相を変えた二人組が飛び込んでくる。今までどこにいたかわからないほどの存在感だったフォーダートの部下の二人組だ。
「な、何やってるんですか! 今の光は一体!」
 焦ったような痩せたティースの声にフォーダートは苦笑いした。ティースの後ろには少し小太りの大人しそうなディオールが立っている。
「…お前ら、ホント、一歩出遅れるよなあ。」
 フォーダートはそんな感想を漏らしながら、まだ光っている地図を見た。アルザスとライーザもまだその点を見ている。
「この天秤についても、そろそろ調べなきゃいけねえ時期だよな。それもあって、オレはある奴に調査を依頼しててだな…」
「もしかして、それの結果を聞きに行くのか?」
「まあ、そんなところだ、……た、ただな……」
「ただ?」
 聞き返されてフォーダートは急に遠い目になった。あまり考えたくないといった表情である。
「…ただ、あいつが…屋敷にいればの話な……」
 言いながら、フォーダートはひたすら心配になっていた。果たして、あの男、本当に屋敷にちゃんといるのだろうか。いないとかなり厄介なことになるのだが――



 買い込んだ即席ラーメンの箱を抱えながら、男は軽くくしゃみをした。
「む、誰か私の噂をしているのか?」
 金髪に貴族的な上品な顔立ち、黒くて薄いフレームの眼鏡を掛けた顔は理知的である。あまり服装を気にしないのか、ぼさぼさの長髪を首の後ろでくくっただけで、油のついた上着を一枚かけただけ。まるで研究室から抜け出してきたような奇妙な姿である。きちんとすれば、それなりに女性から声をかけられそうな容貌であるにも関わらず、フォーダートとは違う意味で人を近づけさせない雰囲気を持つ男であった。
 波止場を歩きながら、彼は自家用のモーターボートに戻るべく桟橋へと向かっていた。「映画も面白かったし、食料も買い込んだし、久しぶりの外出はなかなか楽しかったな。」
 そういう彼の箱の上には、買ったばかりの映画のパンフレットが置かれていた。あくまで楽しそうに歩いていく彼は、自分がどういう状況に置かれているのか、全く考えていないような感じであった。
 もちろん、そんな彼が、来訪者の事など気づくはずもない――


 
 
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背景:トリスの市場
©akihiko wataragi.2005
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