ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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ならず者航海記:孤島の科学者編

 

2.大機械塔迷宮-3

 そのどこに罠があるのかはなかなか思い出せない。第一、この屋敷は来るたびに、状況が変わっているので、記憶力がずば抜けていいフォーダートでも、全く構造がわからなくなるほどだった。
(なんか、この辺に嫌な思い出があったような気がするんだが…。どこだっけな。)
 フォーダートが、以前入り込んだ時の記憶を辿りながら進んでいると、ふいに後ろから声が飛んできた。
「そういえば、ここの当主さんってフィリスさんっていうのよね。」
 大声を出したらくずれてきそうだったねじ山を越えて、短い安全地帯にきた為、少し緊張がゆるんだらしく、ようやくライーザがそう口を開く。
「こんな家に住んでるって事は貴族なんでしょ?」
「ああ、まだ伯爵だっていってたよ。」
「へえ、でも、フィリスって普通女の名前だよな。」
 アルザスが口を挟む。
「まぁなあ、でも、この地方では割と野郎にもつけることがあるらしいんだけどな、ちょっと綴りを変えるらしいけどさ。あぁ、にしても、そう言う名前の美人歌手もいたてえのに、あいつに会ってから、ものすっごく胡散臭い印象しか浮かばなくなってしまった……。オレの思い出を返せ…!」
 フォーダートはうんざりといった。
「女性の名前の伯爵なんてきくと、お芝居の綺麗な貴族の人をイメージしちゃうわね。」
ライーザが、弾む口調でいった。そういうゲンキンなことをいう辺りは、やはり年頃の女の子だなと思うが、フォーダートはため息をつきながらいった。
「そんなロマンは抱かない方がいいぜ。確かに…あいつは、割と男前だし、貴族的な感じがあるが、顔に目が行く前に、絶対に後ろにある何かをみちまうからな。できるならあんまり関わりたくない、そういうオーラが。あいつにはあるんだよ。」
 いつの間にかアルザスが前を歩いていた。フォーダートは後ろのライーザを見やりながらもう一言言う。
「まぁ、会ったら、夢もロマンもみじんもきえちまうと思うけど、一応オレとしては忠告しとくからな。」
「あ、ちょっと!」
 折角声をかけてあげているのに、ライーザはてんで別の方向を見ている。少し不満なフォーダートだったが、ライーザの視線を辿って振り返ったとき、はっと何かを思いだしたのだった。
「アルザス!!」
 フォーダートは思わず叫んだ。先を進むアルザスは、いつの間にか破れた絨毯の上を歩いている。ちょうど廊下の真ん中にあたるそこには、確かに何かがあったはずなのだ。
「あ? なんだよ、おっさん。」
 呼び止められてきょとんとした様子でアルザスは振り返る。意味がわからない様子の彼に、フォーダートは慌てて状況を伝えようと声をあげた。
「そこから飛び退け! アルザスそこには!」
「ああ、何…」
 言いかけた時、アルザスはがたっという音を聞いた。そしてその時にはすでに遅かった。彼の踏み出した右足の乗った床板が二つに割れていたのだ。声を上げる間もなく、垂直に引き込まれる。
 慌てたフォーダートの出した手が、間一髪アルザスの右手を掴み、頭の辺りまで落ち込んだ時、かろうじて落下を免れる。その反対側の手をライーザが慌てて掴む。
「な、なんだ。なんだ!」
 アルザスはやや混乱気味に叫ぶ。下を見ると黒い闇が口を開けていて、それはかなり深そうだった。
「地下室だ! 扉とはしごが壊れてるから、トラップ状態になってるんだよ!」
 以前ひっかかったことがあるらしいフォーダートはそう説明しながら、アルザスをひっぱりあげる。が、もう少しでひきあがりそうなところで、アルザスが急に悲鳴を上げた。
「いだだだだ!」
 いきなり暴れるアルザスのせいで、うっかり手をはなしかけ、フォーダートも相当慌てた。それに、何かアルザスの体重がいきなり重くなったような気がしたのだ。
「あ、馬鹿! 暴れるなって! 手を離したら死ぬぞ!」
 ところが、アルザスはそれどころではないらしい。下の方を気にしながら口早に叫んだ。
「な、なんか! なんか、下に何かいる! 足咬まれた!」
「暴れないでよ! 手が離れる!」
「い、いててて! なんか下に引きずられる!」
 フォーダートだけでは足りず、ライーザまで手伝う羽目になり、アルザスを引き出そうとするが、確かに何かに下から引っ張られているような重みを感じる。そうっと下をのぞき込む。底は暗いが、わずかな光に鈍くひかるものが一瞬見えた。
「くそっ! ライーザ、ちょっとだけ頼むぞ!」
「あっ、ちょっと!」
 ぱっとフォーダートが手を離したので、ライーザはいきなりアルザスの体重と、そして、何かわけのわからない何かの重みを引き受けてすべりそうになるが、どうにか堪える。フォーダートは拳銃を抜くと、ちゃっと構えた。それをみて、アルザスが真っ青になる。何をする気かすぐにわかったのだ。
「う、うわっ! おっさんやめろ! オレの足を吹っ飛ばす気か!」
「安心しろォ! オレは射撃にはほどほど自信がある方だ! だめだったら運命とおもってあきめろ! 骨は拾ってやる!」
 鬼気迫る顔のフォーダートはどうも本気らしい。アルザスは、いよいよパニックに陥った。
「ほどほどってことは、外すこともあるんだろが! 嫌だ! こんなヘタレオヤジに打たれて死ぬのは嫌だ!」
「ええい、覚悟を決めろ! 大丈夫だって! 十回に一回しかはずさねえから!」
 わめいて暴れるアルザスをどうにか宥めながら、フォーダートは奥の方を探る。暗い屋敷の中の光でも見える銀のような灰色のような何かが、鈍い光を放っている。それがアルザスの足に絡みついているのだ。それをどうにか撃ち落とさないと、話にならない。
「だから、おとなしくしろって! 大丈夫だから!」
「フォーダート、何やってるの!」
 ライーザの怒号が飛び、思わずフォーダートまでがびくりとする。
「どうにもならないならやるしかないでしょ! 何躊躇ってるのよ!」
「だ、だって、アルザスが大人しくしないと、外しそ…」
 言いかけて、フォーダートはびくうっと表情を固まらせた。ライーザはそのまま凛とした声で言った。 
「フォーダート、撃つならとっとと撃ちなさい! このままだとあたし、手ェ離しちゃうわよ! やっておしまい!」
「許せ、アルザス!」
 戸惑っていた癖に、フォーダートはライーザに命令されると反射的にそう答えて、引き金に手を掛ける。アルザスは男の友情の儚さを知りつつ、恨みを込めて叫んだ。
「おっさんの裏切り者!」
 フォーダートは二度続けざまに引き金を引いた。弾が跳ね返るような音と破裂するような音がして、いきなりアルザスの体が軽くなる。右足の辺りに感じていた重みがなくなり、アルザスは慌てて床にしがみついてのぼった。
 何か、モーターが空回りするような、悲鳴のような音が地下に響いていた。何となく未知のイキモノの鳴き声を想像させる。
「よし、どうにかなった!」
 どうにか十分の九の確率の中に入ることが出来た。ため息をついて、フォーダートは額をぬぐう。
「あら、結構深いわねえ。」
 ひょいっと穴の中をのぞき込みながら、ライーザがのんきにいった。下の方では、まだ妙な機械音が鳴り響いている。フォーダートは、気をつけろよ、とライーザに言おうとして口を開いたが、背後から響いて思わず口を閉ざした。
「フォーダートォ…てめぇ…!」
 恨みに満ちた声で唸ったのはアルザスだ。フォーダートはそうっと後ろを振り返り、表情をひきつらせた。十六才の、カタギの、しかも背の低い少年の気迫に、フォーダートは思わずびくりとする。
「なな、なんだよ? オレはお前を助けたろ?」
 フォーダートは、思わず弁護してかわそうとしたが、さらにアルザスの気迫こもる瞳とぶつかって、怯えた。どうも、これはただならぬ所を逆撫でしたらしい。
「あんた、それでも海賊かよッ! ていうか、男かよ! すっかりライーザの僕になりやがって! 情けねえ! なんださっきのは!」
「し、僕じゃねえ! ただオレはちょっとレディーファーストだから、あの声をきくと、何となく逆らえないだけだ!」
 そういうのをしもべっていうんだ。とアルザスは思いながら、自称二十七才のナイーブな悪党を見上げて、がっと胸ぐらを掴んで振り回す。
 まだ「男」とか「男の友情」に夢と浪漫を抱いている年頃のアルザスにとっては、これはひどい冒涜だ。しかも、相手がただのオヤジならまだ許そう。フォーダートは、今でこそこんなんだが、一応義侠の世界に足をどっぷり突っ込んでいる男で、おまけに昔は畏怖するほど強い敵だったぐらいの男なのだ。その男のこんな情けない堕落に、このぐらい怒っても罰は当たるまい。
 がくがくと揺すられて、意識が飛びかけているフォーダートに気をとめることなく、ライーザは暗い地下を観察していたが、ふと気づいたように二人に声をかけてきた。
「ねえ、ちょっとちょっと。」
「何だよ!」
 ぐったりとしているフォーダートをなげやって、アルザスはライーザにぶっきら棒に訊いた。男の友情を台無しにしたフォーダートもフォーダートだが、命令するライーザもライーザでひどすぎる。
 だが、ライーザは慣れたもので、彼の剣幕などはなから無視していった。
「ねえ、下で何かまだ動いてるわよ。ゼンマイと歯車の化け物みたいなのが。」
「ええっ!」
 思わず驚いて、怒りを忘れてしまったアルザスは、慌ててライーザの側に行くと地下をのぞき込んだ。
「どこだよ?」
「その辺に見えない?」
 言われてみてみると、暗い中、鉄色の何かにアームのようなものがついている物体が、がたがたと動いていた。その下部にマジックハンドのようなものがついていて、その動力部がショートして光っているようだった。もしかしたら、先程フォーダートにやられて壊れたのかもしれない。ということは、先程のアレはこれだろうか。
 そういえば、とアルザスは右足を見る。咬まれたにしては血が出てない。なんか思いっきりつかまれてちょっとひねられた感じがした。今はもうそれほど痛くもない。
「なんだ、ありゃー…」
「自動魚類捕獲装置……の予定だったらしい。」
「はっ?」
 いきなり脳しんとうから復活したらしいフォーダートが、頭を押さえながら言った。思わずぽかんとしたアルザスに、彼は渋い表情で続ける。
「あの頭んとこにセンサーがあってな…、上の感知した魚を捕まえる予定だった訳よ。網があるってのに、無茶苦茶無駄なもんつくるよなあ。」
 あきれたようにいうフォーダートは呟いた。
「よ、予定って?」
「ああ、そういうつもりで作ったら、どうも動く者すべてに反応して、命の危険を感じたあいつが、うっかり地下室に投げ込んでしまったそうな…。下におりると、本当に命の危機を感じるので、そのままにしたらしい。」
 フォーダートはそういって下で動いている謎のメカをみる。
「にしても去年会ったとき、後半年で動力が切れるから大丈夫っていってたのに、きれてねーじゃねえか。」
 フォーダートはぞっとしない様子で天上の方を見上げる。古びた豪華なシャンデリアが、埃と貴族の家の豪華な空気を振りまきながら揺れている。アルザスは、遠い目をしながら呟いた。
「なあ、あんまし考えたくなかったんだけどさ。」
「何だ…。」
「ここって、ホント、迷宮だよなあ。」
「ああ…。なんか、いつの間にか罠が増えてる気がする。」
 ああ、もう嫌だ。そう思う二人は、切なくなった。もう地図も好奇心もどうでもいい。とりあえず、ここから逃げたい。
「もう、何意気消沈してるのよ? まったく、二人そろってヘタレ野郎ね!」
 きつい口調でライーザが言う。彼女も大概酷い目にあっているはずではあるのだが、どうしてまだそんなに元気なのだろう。その様子に、フォーダートは女は恐ろしい、と心底思ってしまうのだった。



 心地よく打ち寄せる波。自分でつくった桟橋の上に立ち、フィリスは即席ラーメンの箱を手に立ち上がる。ボートはちゃんとつないである。まあ、ながされることもあるまい。
「む?」
 不意に向こうの浜の方を見ると、小舟が上がっているのが見えた。この桟橋は、妙なところにつくってあるので、向こうからは恐らく見えていなかっただろうが、こちらから向こうは丸見えだ。
 小舟があり、少し沖を見ると中型の船が停泊している。ということは、誰かが上陸したに違いない。そして、おそらく、それは、彼の予想通りの人物である可能性が高い。
「なんだ、客でも来ているのか?」
 フィリスは、眼鏡をおしあげながらそう言った。
「まだ、野垂れ死んでいなかったとは驚きだ。」
 海岸に注ぐ陽光にフィリスの眼鏡が怪しく光る。元々は端正で上品な顔に、妙に緩い笑みをうかべて彼はいっった。
「ならば、早く帰らねば――。折角客が来てくれたのに、あの屋敷の様子では逃げられてしまう!」
 いや、それどころか、命の危機かもしれんな。と、他人事のように呟く。言っていることは無茶苦茶だが、明らかに楽しそうな様子だ。
「よし! 待っていてくれ、客人よ!」
 即席ラーメンの箱と映画のパンフレットは大事そうに抱えたまま、フィリスは曲がったネクタイを直そうともせずに走り出す。眼鏡の奥の薄い水色の瞳が、眼鏡以上に怪しい光を放っているが、それを目撃した者はいない。もし、誰かみているものがいたら、おそらく、その不気味な視線に怯えるか何かしたはずであろうが。
「今こそ、この天才フィリス=リデン=アンドレアスが助けにいくぞー!」
 この前みた映画のせいだろうか。抑揚のない声だが、そう楽しげにいい、人付き合いをあまりしないという噂の伯爵は、途端意気揚々として自分の屋敷に向かうのであった。


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背景:トリスの市場
©akihiko wataragi.2005
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