ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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ならず者航海記:孤島の科学者編

 

2.大機械塔迷宮-4

 このままでは帰れない。
「おい、どうするよ。ハック。」
 茂みの中で携帯食を食べながら、元帽子の男は相棒に訊いた。あれからすでに二日ほど経つが、当の伯爵の姿は見えないし、おまけに屋敷の中にも入れない。あれから何度も挑戦したが、数十回外に放り出され、命の危険を味わった身では、もう一度腰を上げる気にはなかなかならない。
 だから彼らはこうしてここで時間をつぶしているのだった。ソフト帽がギザギザに切れているのを、手でいじりながら彼はため息をつく。
「このままで帰ったら、ただじゃすまねえしなあ。とはいえ、あの化け物機械屋敷に突入するのはちょっとな…」
「ああ。一応、何人か来てくれるようには頼んでおいたんだが…」
 相棒のハックは深くため息をついた。
「来てくれるかどうかだよなあ。今日中に来てくれなければ、オレ達逃げた方がいいんじゃねえ?」
「ホントによ。天才天才っていうけどよ、そこまでして呼ばなきゃならねえほどの天才なのか?」
 背の低いハックが、ため息混じりに訊いた。
「ああ、うちにも天才って奴が一人いるのにな。」
「そうだな…」
 ため息をつく。その思い浮かべる「天才」も妙な男と言えた。自分自身の論と技術に絶対的自信を持つあまり、他人を見下げるばかりの男だ。だから、彼らもまた彼のことを「イカレ科学者」と馬鹿にしていた。
 そうした人間関係から、もう一人、彼の大学時代のライバルに当たる「天才」を読んでくることになったのかもしれない。だが、今となっては、あの傲慢な科学者だけでいいと思い始めていた。これ以上、あんな屋敷に住む得体の知れない奴を味方につける気にはならない。あんな屋敷に平気で住める男が、まともなわけがないのだ。
「一体、どういう伯爵なんだよ。」
「さあ、貴族ってのは変わり者も多いっていうしな…。」
 ため息混じりの帽子の男は、ソフト帽をいじりながら呟く。と、ふと、相棒の方が海を見て声を上げた。帽子の男は気力なくだらりとしているばかりである。
「おい、アンソニー。」
「なんだ。オレは首を回す気力もないぜ。」
「じゃあ、オレが事情を話してやる。」
 無気力な相棒に嘆きながら、背の低い男は、どうやらアンソニーという名前だったらしい帽子の男に見えたものをつげた。
「あそこに小舟があるぜ。」
「ああー、浜辺だもんな。」
「そうじゃねえって。オレ達以外に誰かがこの島に上陸してるんだよ。」
「ああ? こんな何もない島にか?」
 ようやくソフト帽のアンソニーは身を起こした。
「ああ、だから変だっていってるんだ。」
 そうっと茂みからのぞくと、確かにしろい誰もいない浜辺に小舟が引き上げられていた。望遠鏡を取り出してのぞくと、ちゃんと足跡まで見える。
「…おい、味方じゃねえんだろ?」
「味方からは無線待ちだってことをお忘れなく。」
 どうする? と、ハックは言った。
「気乗りしねえけど、一応確認したほうがいいよな?」
「…うーん、そうだな…。もし、あの伯爵に何かあってそれが上にばれたら、オレ達ばらされるだけじゃすまねえかもしれないし…」
 身震いしながらアンソニーは答える。こんな裏の仕事を始めてもう結構経ったと思ったが、職業選択を間違えたかもしれない。相棒のハックと目を合わせると、彼もそう思っていたらしい。深々とため息をついて、彼らはお互いの不幸を嘆いた。
「…仕方がない。一応確認だけしに行こうぜ。」
「そう、だな…」
 気乗りしない声で、ああ、と答え、二人は更に脱力したように茂みに身を預けた。しばらく昼寝でもしてからいこうか。とりあえず、この仕事が終わったら職業安定所にでも駆け込みたい二人だった。



 よくよく確認してようやくそうっと足を出す。どん、と鈍い音がなり、木製のドアがそのまま倒れた。ちょうつがいが壊れていたらしいが、そのドアを踏みつけながら、男は低く銃を構えたまま、そろそろと部屋の中に足を踏み入れる。
 何度も確認して、それで誰もいない、というよりは何も起こらないのに気づいてから、彼はようやくほっと息をついた。
「…よ、よーし。お前ら入ってきてもいいぞ。」
 そういわれて、ようやくひょっこりと少年少女が現れる。
 まるで特殊警察の訓練風景のようだが、別にこれはそんな大仰なものではない。ただ、友人の科学者のお宅にお邪魔しただけのことなのだ。ただ、その屋敷が異常だったということだけで。
 埃だらけの部屋に入り込み、彼はため息をついた。この部屋はとりあえず大丈夫そうだ。
「おっさん、ここは大丈夫だろうな。」
「ふん、後ろで好き勝手いいやがって! 何か罠があるならオレが真っ先にひっかかるんだぞ!」
 後ろで非難めいた口調でいうアルザスにそういって、フォーダートはむっとした。命もかけていないくせに、そんなことをえらそうに言われたくないものである。
「でも、こんなに埃があるって事は、人が通ってないってことじゃないの?」
 ライーザがふと中を見て、人差し指で壁をなぞる。指先に突いた埃を吹いてはらいながら、軽く肩をすくめた。
「あたし達は、奥にいるはずの伯爵さんに会いに行くんでしょ? こんな誰も通っていない部屋をぬけて、そのお友達のいるところにいけると思う? 獣道と同じで、通らないから道が開けてないんじゃないの?」
「わ、わかってるっつーの。」
 フォーダートは不服そうにいいながら、そうっと進む。
「でも、正直どこに行けば抜けるかわかんねえんだよ。」
「確かに、なんか空間ねじれてそうだよなあ、ここ。」
 アルザスが同調するようにいいながら、そうっと恐る恐る進む。こういう時、レディーファーストを貫こうとすると、「女の子を先に行かせて、いい度胸ね!」とライーザに蹴られそうになるのがわかっているので、彼女を真ん中にいれて、前をフォーダート、後ろをアルザスが歩く。
 つくづく、年長者で男は損だなあ、と嘆きつつ、フォーダートは、そうっと歩いていく。古くなった床板が、嫌な音を立ててしなっている。底が抜けたら下手をしたら、さっきのロボットの巣穴に真っ逆様かもしれない。そうなるとまさに生命の危機である。
 がたり、と音がする。ふとフォーダートは足を止める。
「おっさん、なんかきたぞ…。」
「わかってる、わかって……」
と、目の前に気をとられていたフォーダートは、なぜか不意に声をかけてきたアルザスの方を向いたのだ。それは単なるいやな予感だったのだが、彼の予感は正しかった。がらくたとほこりが積み重なった床に、一本の古びた釣り竿が落ちている。どうせ使わないのに、カーボンでできた実にいい釣り竿だ。だが、問題はそれではない。
 そのちょうど上にアルザスの足が落ちようとしているのだ。
「ああ! アルザス、その釣り竿踏むな!」
「は?」
 だが時すでに遅し。ぼきっと音を立てて、釣り竿のちょうど曲がったところを踏んで折ったアルザスは、フォーダートがいったい何をいっているのかわからない。ましてや、竿についていたリールが、突然すさまじい勢いで糸を巻き始めていることにもきづいてもいやしないのである。
「あああ、やっちまったああ!」
「何焦ってるんだよ?」
「おまえ、自分が何をしたか全然わかって……」
 言いかけて、フォーダートは口をつぐんだ。空気を切り裂く音に反応して、フォーダートはそのまま指をかけていた引き金を引いた。ちょうど、音がしたのはアルザスの斜め後方である。
 銃声と一瞬遅れて、ぱーんという破裂音とともに、飛んできたフリスビー状の形のなにものかが、割れて飛んだ。床に落ちたそれが合成樹脂製の皿だということは、彼らは知らない。
「ええい! わけのわかんねえもんばっかり作りやがってッ!」
 フォーダートは、続けざまに飛んでくる皿を撃ち落とす。棒かなにかを振り回す手もあるのだが、アルザスとライーザが背後にいる手前、下手に振り回せないので、彼に思いつく一番ベストな方法はこれなのだった。
「ちょっと、大丈夫!」
 ライーザの声が飛ぶが、フォーダートに返事をしている余裕はない。と、彼が背後から飛んできた皿に気を取られている間に、ふと前の方からも音がした。いち早く気づいたアルザスが、ハッと前を見る。さっきフォーダートが前にきいた音の元凶らしいものが、前にはっきり見えていた。
 それは、部屋にしかれたレールのようなものに乗ってこちらに滑り込んでくる。その上部にボールを発射する装置があるところを見ると、恐らく、野球かテニスかその辺りのスポーツのために開発してみたつもりのバッティングマシーンのようなものだったのだろう。だが、今となっては何の為に作られたのかよくわからない。どうせ、これもまた失敗作なのだ。
「おっさん、前!」
「バッカ野郎! 一気に対処できるか!」
 叫びながらも前を確認したフォーダートは、やや青ざめる。それは、その暫定バッティングマシーンに、ボールが何球か詰め込まれているのがみえたからである。あの科学者が開発を放り出してこんな所においておく、ということは、何か重大なことがあったからだ。時にそれは、こうしてレクリエーションの為につくられたものが、凶器へと変化するほどに――。
 ボールが発射されようとしていても、フォーダートはさすがにそちらには対応できない。きっと、尋常でない速さで来るのだろう。アルザスやライーザは顔を咄嗟に伏せた。
 ガチッ、とふと乾いた音が鳴り、続いてガシャンと何かが横倒しにされる音が響く。ほこりを軽く巻き上げながら、そこに男が立っているのに、フォーダートは気づいて、思わずトリガーにかけていた指をはなした。
「ここをこうして止めて倒せば大丈夫なのだがな。お前達は大騒ぎしすぎではないのか?」
 嫌に冷静な声である。
「まぁ、人との距離をはかってちょうどよくボールを投げるようにしてみたつもりが、「人に当たるように」狙う仕組みに変わってしまったのは、私の重大なミスとはいえるのではあるが…」
 とんでもないことを告げる声に、ようやくアルザスとライーザは声を上げる。先程の機械はその場に横倒しになり、動きを止めていた。そして、どうにか無傷だったらしいフォーダートと、その向こうに一人の男が静かにたたずんでいるのがわかる。
「まあ、当たれば、下手すると軽く骨にひびが入ったかもしれんから、よけられてよかったな。」
 部類としては、結構な優男である。が、ただの優男ではない。それは一見してよくわかる。なぜか、彼を見たとき、頭の中で何かが警鐘をならしたのだ。この男にこれ以上関わるなかれ、という。
 金髪を後ろでまとめた男は、年齢は二十代半ばといったところだろう。整った顔に通った鼻筋、そのままでも十分理知的な顔をしているのだが、さらにそれに眼鏡を掛けているので、余計に学者風に見える。
 ただ、鋭く光る目をしている割には、その表情はどことなくゆるんでいて、特に口許には得体の知れない笑みが浮かんでいた。冷たいのだか、何なのかよくわからない表情で、人柄が激しく掴みにくい印象である。おまけに綺麗な金髪は寝癖でちょっとはねているし、着ている服は油が染みついていて、ネクタイは曲がっている。おまけに抱えているのは即席ラーメンの詰まった箱で、その風貌の割にはどこからどうみても貴族には見えなかった。
「フィリス……」
 フォーダートは、ぽつりと彼の名を呼んだ。フィリス=リデン=アンドレアスは、それに直接答えず、何かうなずいている。
「なるほど、お前が来ているとは思ったが、客を連れてきたのは初めてだ。」
「お前、どこにいってたんだよ…?」
 疲れ切ったようにフォーダートは訊いたが、フィリスは平気そうな顔で不気味に笑うばかりである。
「三人の客か…。三人も客がきたのは初めてだな……。これは、我が家始まって以来かもしれない。」
「そんなわけないだろが! お前が生まれる前はフツーの貴族の家だったんだろ! 三人ぐらい客がいないはずないだろが!」
 てんで的はずれな言葉だったが、フォーダートは反射的そう突っ込んでしまった。フィリスは、むっと不服そうに唸る。
「それはひどいいいようだな。まるで私が寂しい人間のようではないか。」
「なにって、寂しい人間じゃねえのかよ。……じ…自覚症状なかったのかよ?」
「お前ほどではないと思っていたので、先を越されたようで少しショックだ。」
「なんだあ、その言い方は! オレだってお前と同類にされたくないわ!」
 フォーダートは、ムキになるが、対する男は冷静というより、どこか妙に突き抜けているような感じがした。そして、確かにフォーダートがいったとおりに、二枚目で貴族的なのにもかかわらず、絶対に関わりたくない感じが嫌なほどするのである。
(な、なるほどね、マッドサイエンティスト……)
 ライーザは、どこかしら遠い目をしながらそう思った。


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背景:トリスの市場
©akihiko wataragi.2005
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