ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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ならず者航海記:孤島の科学者編

 

2.大機械塔迷宮-5

 迷路の抜け道は意外なところにある者だ。あれほどさんざん迷ったこの不可解な屋敷を、フィリスは迷うことなくひょいひょいと箱を抱えて歩いていく。さすがは、この屋敷の主といったところで、彼の足取りは迷いなく速い。特に罠にもかかることもなく、すたすたと歩いていく。
 眼鏡をかけた知的で上品な顔立ちと、彼の周りを包んでいる空気のような者は全然そぐわない。おまけに少し緩んだような不敵な笑みと、目の光の怪しさも、やはり彼の貴族的なイメージを消している。この屋敷の主がこの男だと言うことは、あまりにも似合いすぎてむしろこわいほどだ。
「抜け道があるなら事前にいえよ!」
 フォーダートが後ろをついて歩きながら、ため息混じりに言ったが、フィリスはけろりとしたもので、反省の色を見せない。それどころか、こんな事を言う。
「悪いな、この抜け道は五日前に見つけたものだ。」
「ええ? それどういうことよ!」
 驚いた様子のライーザの言葉に、フィリスは彼女の方を見ないで歩きながら言った。
「この屋敷は日々進化しているからな、日々道が変わるのだ。これも、私の天才的科学センスのたまものだな。」
「単に失敗作投げてる内に勝手にうごいて地層が変わってるだけだろが!」
「そういう見方もある。」
 フィリスは、しゃあしゃあとそんなことを言う。表情があまり表に出ないタイプなので、一体何を考えているのかもよくわからない。呆れる一同に気づいてか、それとも全然気づいていないのか、フィリスは、あ、と声をあげた。
「そうそう、お前達、何をしに来た?」
「最初に聞けよ。」
 フォーダートは、呆れながらも一応相手をしないと始まらないのでそうため息混じりに言った。
「この前、写真を預けたろ? あれ、どうなった? 何か、わかったかい?」
「ああ、アレか……そうだな。」
 フィリスは顎に手を当てる。何かわかったのかとフォーダートは身を乗り出す。
「そうか、で、どうなった? 何がわかったんだ?」
「いいや、全然わからん。」
 期待を踏みにじるようにフィリスはいとも簡単に言い捨てた。
「写真一枚では、さすがの世紀の天才の私にもサッパリわからん。アレは無理だな、うむ。」
「何だそりゃ! だったら思わせぶりにえらそうにいうなよ! 外見からでも、ちょっとぐらいわかるところあるんだろ? 天才なんだろ、お前!」
 食ってかかるフォーダートに、フィリスは手を振った。
「残念ながら、私には念写の才能も、サイコメトリーの才能もないのだ。無理なものはどういわれても無理。」
 きっぱりと抑揚のない声で言われ、フォーダートはため息をつく。
「努力の形跡のひとかけらも見えない言葉だな……」
「私は、ただし、手にとってあれこればらして調べたら、何でもわかる自信がある。それほどには天才だ。」
「どういう天才だ。」
 冷たい言葉に、フィリスは眼鏡の奥からそっと瞳だけをそちらに向けてきた。
「写真しかくれなかったお前が悪いのだ。」
 いやに華麗に責任転嫁しながら、フィリスはふいににやりとした。その薄い青の瞳に、不気味な光がのっている。
「どうだ? あの天秤を私に預けてみないか。実際にいじらせてくれたら、絶対に全部わかるぞ。なにせ私は天才だからな。」
「お前、単にばらきたいだけだろ!」
 フォーダートはきっとフィリスを見た。
「ダメだダメ! お前なんかに渡したら、それこそ元に戻しようのないほどにバラバラにするだろうが!」
 すげなく断るフォーダートをみて、フィリスは舌打ちして肩をすくめた。
「理解のない男だ。」
 やれやれといいたげに彼は首を振る。
「これだから……。まあいい、天才というものは、いつの世も理解されないものなのだ。お前は好奇心の偉大さというものを全然わかっていない。」
「好奇心で、単にバラバラにしたいんだろうが…結局!」
 深くため息をついて、フォーダートは額に手を置いた。
「おっさん、あいつ、色々大丈夫なのか?」
 後ろから、ふとぼそぼそと小声でアルザスがささやいてきた。さすがに彼らのやりとりに不安を覚えてきたようである。何しろ、命をかけたのは、フォーダートだけでなく、アルザスもなのだから、その片割れがこのおかしな科学者の手によって、元に戻らなくなったらたいへんな衝撃である。
「こいつに、地図と天秤のこと、きくんだよな……」
「ああ……、その、つもりだったんだが……」
 フォーダートは、自信なさげに視線をさまよわせる。
「あのさ、……渡したら、きっと何か違うものに生まれ変わって戻ってきそうな気がするんだよ……。変なアンテナとかがオプションについてさ。……やっぱり、渡すのやめねえか?」
「あ、安心しろ、奴に渡すつもりはねえ。」
「でも、ちょっと待ってよ!」
 今まで黙って話を聞いていたらしいライーザが、不意に割り込んできた。
「さっき、あの人は、でも、中身を見れば仕組みがわかるみたいなこといってたのよね?」
「まあ、そういうことだろうけど。」
 ライーザは、少し考えてそうっと小声で言う。
「じゃあ、渡さないとダメなんじゃない。あたし達がわかるような構造のものじゃなさそうだし、一応アレでも、天才は天才みたいだし。」
 といって、ライーザは周りを見回した。歯車とねじとバネと、そして、何に使うかわからない機械部品たち。それに、かつて何かの為に動いていたらしい機械の残骸。
「少なくとも、こんなお化け屋敷以上のからくりをつくれるなら、ある意味では天才よ。」
「だ、だがなあ、……あいつが天才だってのは、まあ認めるけど、万一……というか、十中八九というか、渡したら取り返しのつかない形になって返ってきそうなんだよな。」
 フォーダートは、考えながら返す。
「オレも命をかけた口だし、……それに、かつて人々のロマンの対象だったモノを、ああいういかがわしい科学者に渡すっていうのも、なんか人類の遺産に対する冒涜のような……」
「むっ、何か今、私の悪口を言っているな、強盗。」
 突然フィリスが、振り返ってそう声をかけてきた。フォーダートは、びくうっとしたが、それは、いきなり声をかけられたからではない。
「強盗?」
 ライーザが反芻してフォーダートをちらりと見る。
「なんだ、それ……」
「ち、違うぞ、オレは、ただ……!」
 慌てて顔色をかえて首を振るフォーダートに、フィリスはさらに追い打ちをかける。
「娘と少年を連れているだけでも驚いたが、内緒話などちゃんとコミュニケーションを取っていること自体が驚きだな。うーむ、まるで人格が変わったように、口数が多いではないか。大体昔は――」
「あっ、待て! よせ!」
 フォーダートは、とうとう慌ててフィリスの方に駆け寄って、小声でぼそぼそと言った。
「頼む、過去の悪事はあいつらに感づかれたくないんだよ。」
「うむ、威厳がこれ以上下がるのはまずかろう。」
 フィリスは、うなずきながらにやりとする。
「なら、多少私が、あの地図と天秤に触れて調査してみてもよいのだな?」
「う、うぐぐ……」
 フォーダートはうなったが、後ろから不審そうな視線をうけて渋々うなずいた。
「わ、わかった。壊さなければいいよ!」
 マッドサイエンティストらしく、怪しい好奇心に目を光らせる。
「男に二言はないのだぞ。よし、私も黙っておこう。」
 にやりとして、フィリスは、可哀想なほど真っ青になったフォーダートを勝ち誇ったように見た。ポンと肩をたたいて、また進んでいこうとする。フォーダートは、歯をかみしめつつ悔しさに堪えているようだった。
(ああ、なんで、こんな異様に口の軽い変な奴のところに忍び込んだんだ! あの頃のオレの馬鹿! っていうか、若気の至りだろ、そろそろ時効にしてくれよ!)
 あからさまに悄然としたフォーダートを見て、アルザスとライーザは、ぼそぼそとささやきあう。
「ねえ、今の強盗ってなんだと思う?」
「だな……おっさん一体何やったんだ?」
 大まかな予想はつくが、それは随分曖昧なものだ。「強盗をやった」らしいことは、まあ、フォーダートはそもそもアウトローに属する身分なので、まあわかる。フォーダートが本当に隠したいものは、「人格が変わった」とか「口数が多くなった」あたりにあるのかもしれない。
「ま、……今は可哀想だし、追求しないで置いてやろーぜ。」
「そうねえ。」
 アルザスがせめてもの情けだというようにそう言うと、ライーザもやれやれと首を振る。「ああ。ついたぞ。」
 ふと、前を進んでいたフィリスの声が聞こえ、しょげているフォーダートをふくめ、三人は顔をあげた。
「ここだ。」
 箱を抱えたフィリスは、そのドアの前で立ち止まっている。そこだけ荷物がよけられて不自然にきれいになっている床の上に立ち、フィリスはにやりとする。
「ここが、私の部屋、つまり、この屋敷唯一の人が住める空間だ。」
 どうやら、自分でも、他の場所は人の住むところではないと認めているらしい。フィリスはにんまりとして、ドアノブに手を掛けた。


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背景:トリスの市場
©akihiko wataragi.2005
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