ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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ならず者航海記:孤島の科学者編

 

3-好奇心と分解の間1

「お、おお!」
 アルザスは思わず歓声をあげた。
「あ、案外普通だ!」
 そう、その通り。中は比較的普通だった。いや、本当は全く普通ではないのだが、そう思える、といった方が真実に近い。今まであまりにも普通ではない部屋を通り過ぎたので、三人にとって、そのまともではない部屋が、恐ろしいほどまともに見えた。つまり錯覚しているだけである。
 今となっては「人が住める」環境であれば、もう、十分いい部屋に思えるのだ。
「まあ、ここが私の牙城なわけだが――」
 フィリスは、とっとと中に入って、机の上に箱を降ろして何となくくつろいでいる。壁の横に機械部品らしいものが積み上げられ、油よごれが見えたが、そんなものは、この屋敷の中から見れば、それほど気になるものではない。
 特にこの奇天烈な屋敷の主であるフィリスにとっては、日常の生活空間なわけなので、特に異常とも思えないらしい。足下にねじが散らばっているのを見て、フィリスは無造作に壁際に蹴りやった。顔立ちだけは、きちんとした貴族の子息といった所だが、この男の行動にはやはりかなり問題がありそうだ。
 マホガニーの机の上には、設計図をかいたものらしい紙が散乱しており、その横を本の山が固めている。上等なものだったらしい机もこうなれば形無しで、部屋の中は、かつてそれが貴族の屋敷であっただろうことがわからないほどに殺風景になっていた。
 思いの外明るく、風通しがよいのは、三つ大きな窓があるからで、そこから光が入ってきていた。フィリスが思い出したように、窓を開けたので急にそこは風通しがよくなり、新鮮な空気が部屋に渡ってきた。機械油と埃の道を歩いてきた身としては、その空気が何者にも代え難いほどありがたい。
「いい部屋だろう。私はここにいると精神がとぎすまされる感じがするのだ」
 フィリスが、えへんとばかりに腰に手を当てて言った。
「ここで数々の発明品が生まれたのだな」
「数々のがらくたの間違いだろ?」
 フォーダートは、周りの機械部品と書き散らかされて、その内に飽きたのか猫の落書きまでされている可哀想な設計図をみやりながら、ぽつりと言う。だが、フィリスは、ちっちっと指を振った。
「がらくたとは、夢の残骸である。お前には何もわかっちゃいない」
「はっ?」
 いきなり何言い出すんだ、この眼鏡。フォーダートは声には出さず、視線にそんな意図をこめて相手を見た。フィリスは、眼鏡の奥に光る薄い青の瞳をぎらりと輝かせた。
「夢の残骸、つまり、それは改良をくわえさえすれば、再び夢として復活するのだ。つまり、言い換えればがらくたとは、傷のある宝なのだ! そして、それが宝に変わる可能性は無限大にあるということだな。そうだ、お前もわかるだろう、このサイエンティック・ロマンが!」
 突然、びしいっと指をさされたフォーダートに、アルザスとライーザの視線が向く。
「今、なんておっしゃいましたか?」
「サイエンティック・ロマン……」
 フォーダートは深々とため息をつき、疲れ果てたように言った。
「……あのなあ……他に何ももうのぞまねえから……せめて人語でしゃべってくれ」
「お前にはこの崇高な理念がわからんというのだな? ……致し方ない」
 フォーダートが遠い目をして言い放った一言は、フィリスに簡単にあしらわれた。
「まあいいだろう、お前がこの部屋の快適さに気づくとき、それはお前の心の中に体現されるのだ!」
「したくねーよ! そんなわけのわかんねえ予言するなっ!」
 フォーダートは慌てて怒鳴るが、相手はフィリスである。相変わらず、よくわからない緩んだ笑みを浮かべている彼の思考など読めたものではない。
 フォーダートとフィリスが、まだ無駄なことをぐだぐだ言っているのを聞いて、アルザスは肩をすくめて、注目を反らして、部屋の中をみることにした。本当に殺風景な部屋だ。これが、元々は貴族の屋敷だったとは思えない。三流ホラー映画か、SF映画に出てくる怪しい実験室が関の山だ。
「あれ?」
 アルザスはふと壁のほうをみた。機械部品が積み上げられた上の方に、ミステリアスな瞳をもつ女のポスターが貼られていた。色あせ、油も染みこんでいるが、その鮮やかな色と艶やかな美人は、フィリスの部屋の中では妙に異色だ。何かの冒険映画のポスターらしく、なかなか夢と希望にあふれていそうな物語を想起させる。
「リーン=シャロンズじゃない。あれ」
 ふいに、よこにいたライーザが小声を掛けてきた。
「ほら、あれ、映画女優のリーン=シャロンズよ、しらない?」
「オレ、あまり映画見ないけど、どこかで見たと思ったら!」
 アルザスは、新聞の一面を飾っていた女の姿を思い出した。神秘的な瞳を持つ、どこかしっとりとしたその女は、一流女優としてかなり有名だったと記憶している。実際、こんな女が目の前にいたら、どきりとするだろうなあというような美人だ。
「ほう、お前達、リーンに興味があるのかね」
 フィリスが急に割って入ってきた。
「ええ、有名な女優さんでしょう? とても綺麗な人だもの」
 ライーザが笑いながら聞いた。
「へえ、意外ね。あなた、この人が好きだったの?」
「好き、どころか、こいつ、ただの映画マニアだぞ」
 ふと、いつの間にか窓の近くに立って、新鮮な空気を一人吸っていたフォーダートが振り返った。
「リーン=シャロンズはその中でも特別好きらしくて、サイン入りブロマイドからパンフレットまで、全部持ってるからな」
「おっさん、そこで何してるんだ?」
 シャロンズの事は一旦おいて、アルザスはもっとも気になることを聞いた。先程から、どうしてフォーダートが、窓の側に一人立っているのか気になっていたのだ。
「オレは埃とかそういうのには弱いんだ。ガキの頃は気管支が弱かったからよ。だから、ちょっとそういうのには気をつけてるんだ」
「ええっ! その顔で!」
 アルザスが、やや驚いた声をあげながら、ふと冷めた目でフォーダートの方を横目で見た。
「おっさんよお」
「な、なんでえ」
 アルザスは大きく肩をすくめ、首を振った。
「そんな顔で繊細さを強調しても、何のメリットもないんだぜ。空しくなるから小芝居なら今の内にやめといた方が……」
 ひくっとフォーダートは口を引きつらせる。
「だ、誰も好きこのんでそんなこと強調してないわ! オレはマジで……!」
「まあまあ。そのぐらいにしておけ」
 ライーザが止めようと口を開いたとき、彼女を押しとどめながらフィリスが入ってきた。
「お前達も食事はまだだろう、缶詰と保存食品なら何でもあるから、それを食いながら、シャロンズ談義でもしようではないか」
 いきり立つフォーダートを宥めるつもりなのか、それとも、はたまた好きな女優に対して語り倒したいだけなのか、それはアルザスにもライーザにもわからない。
 ただ、今までおかしな屋敷のことで頭が一杯だったから気がつかなかったが、もう昼もかなりすぎて実際に空腹だった。ようやくそれを思い出したアルザスが、いかにも物欲しそうな顔をしていたのか、フィリスはにやりとする。
「意地汚い顔しないでよ! いやしいわね!」
 それに気づいたらしく、ライーザがアルザスを横目で睨みながらそう厳しく言った。
「う、うるさいなっ、飯ぐらい食わせろよ!」
 アルザスが小声で不平をいう。その応酬をみながらフィリスは、整っている癖にどこか緩んだ笑みをうかべた。


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©akihiko wataragi.2005
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