ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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ならず者航海記:孤島の科学者編

 

3-好奇心と分解の間2

 静かな波音がひびく。小さな港町の昼間の波止場は静かなもので、ほとんど人影が見られない。
 その静かな港町を一人の青年が歩いていた。彼を見ているものはそういないだろうが、どちらかというと彼は人目につくほうである。その姿が思いの外目立つのは、青年が輝くような金色の巻き毛の髪の毛に、緑色のエメラルドのような瞳、端正な顔立ちだけ見ていれば、まるでアンティークドールに男装させたような印象すらある。ただ、顔立ちだけ見ていれば、の話で、青年が実際に目立つのは、彼の容貌が美しいからというよりは、それと裏腹に、彼自身に妙な荒々しさがあるからだといえる。
 きょろきょろと辺りを見回し、青年はふとつまらなさそうにつぶやいた。
「なんだ、呼び出して置いて、誰もいないのかい?」
 青年は、一見華奢にもみえる体に、紺色の服を纏っていた。薄水色のスカーフが、潮の香を運ぶ風にゆれる。おまけに、腰に刀をさしていて、銃も携帯しているようで、おそらく堅気の商売をしているわけではあるまい。
 静まりかえった波止場には、波の音とカモメと鳶の声がするぐらいで、物音はない。人気もない。青年は、チッと舌打ちし、腰の剣の柄をなでた。
「ここだっていってたのに。アイズの野郎。”あたし”をたばかってるんじゃないだろうね?」
 そういって青年は、腕を組もうとした。が、いきなり彼は身を翻して、剣を抜いた。振り返りザマに抜きはなった剣は、飛んできた短剣をたたき落とし、甲高い音を静かな港に立てた。
 ひゅうっと口笛が飛ぶ。船の影から一人の男が、のっそりと現れた。
「さすが、疾風のゼルフィス。いい勘してるぜ」
 彼以上に堅気には見えないごつい男が、そういってけらけらと笑った。ゼルフィス、と呼ばれた青年は、剣を振って下に下げる。
「勘だけじゃねえだろう? たたき落とした反応のほうをほめてもらいたいねぇ」
 青年、ゼルフィスが挑発的に言うと、男は無言でにやりとした。
「なるほど、アンタがあの鮫ヤロウの使いかい?」
「アイズ親分を鮫よばわりたぁ、てめえもあいかわらずだな」
「悪いねえ。オレは、無条件で人を敬うってのがどうにも苦手なのさあ」
 とんでもないことをいいながら、ゼルフィスは美しい顔に不敵な笑みを浮かべた。若造の不敵な様子に、ちいっと舌打ちし、男は話題を変えた。
「まあいい。それより、逆十字の方はどうした?」
「あぁ?」
 ゼルフィスはふっと笑う。
「神出鬼没の男にそう簡単にあえるようなもんじゃあねえことはわかってるだろう? まだ探してる途中さ」
「へえ、そうなのか?」
 男は妙ににやついている。ゼルフィスは、ムッとして男の方を睨んだ。
「なんだ? オレを疑ってるのかい?」
「いいやあ」
 そういいながら、男は意味ありげににやりとした。
「パージスで、テメエが逆十字らしき男と接触しているっていう噂をきいたもんでな。もっとも、不確定情報だが」
「確かな情報じゃねえのに、信用するなんて馬鹿のすることさ」
「そうかもしれねえ」
 だが、と、男は下卑た笑みをみせる。冷静なゼルフィスに忍び寄るように、そうっと男は彼に近づいた。
「まさか、てめえ、裏切ってはいないだろうなァ? 親分はそれをご心配なのさ」
「ケッ、小さいおとこだねえ。安心しなァ? あの男の首を斬るのはオレだ。そういう予約になっているんだよ」
「本当か?」
「そのうちにアイツの首をぶらさげて帰ってきてやるよ」
 つつつ……と男は更にゼルフィスに近寄った。
「そうかあ?」
「なんだ、妙な物言いをするんだね。言いたいことがあったら、はっきり言えよ」
 男はにやにやしながらふと言った。
「あの逆十字ってのは、ツラの傷さえなけりゃあ、ソコソコの男前だからなあ〜」
「あぁ? 何がいいたい?」
 ゼルフィスは、不機嫌そうに眉をひくっと動かした。
「テメエも、女みてえにキレーな顔してるしねえ。……なんだ、てめえらの間になにか……ぎゃああッ!」
 男はいきなり悲鳴をあげて悶絶した。ゼルフィスの腰にふれようとした手が、いつの間にか手首ごと握られていたのだ。そして、そのままゼルフィスは腕をひねりあげたのである。男が、わめきながら上を見上げると、ゼルフィスは冷たく微笑んでいた。
「あんた、オレに喧嘩売ってるのか?」
「あ、あああ……い、いや、その……」
「そう? じゃあ、売ってるんだな?」
 男が否定する暇をあたえず、ゼルフィスは男の足をひっかけ、その華奢な体つきにあまりあわない力で男を海に向けて投げ飛ばした。そこそこの体格だった男は、水柱をあげながら海に飛び込んでいった。
「くっ、てめえっ! ゼルフィスー!」
 慌てて顔を水面にだして、もがきながら叫ぶ男にゼルフィスは冷たい眼差しを向ける。
「はん、……てめえどういうつもりかしらねえが、オレをからかうってのは、オレに喧嘩を売るってのと同じなんだよ!」
 そういってゼルフィスは、低い声で続けた。
「オレはオレの方法でやらせてもらうって前からいってんだろが。親分さんにもそう伝えなあ!」
「テメエーッ! こんなことしていいと思ってんのか!」
 そのままゼルフィスは、立ち去っていこうとしている。男は、泳ぎながら声の限り怒鳴った。
「てめえ、こんなことがアイズの親分にしれたら、てめえだっ……」
 だって、と言おうとして、男はひっと息をのんだ。それは、パーンという破裂音が聞こえるのとほぼ同時に、男の目の前に銃弾が着弾して水しぶきを男にかけたからである。
 いつのまにか、銃を構えていたゼルフィスは、煙をまだ吐く銃口に息をふーっと吹きかけ、不機嫌に言った。
「てめえ、親分親分うるせえんだよ。次、わけのわかんねえこといってみろ! 今度は、てめえの眉間の間を正確にぶちぬいてやるからそう思え!」
 ちゃっと銃をまわし、ゼルフィスは表情をゆるめた。
「んじゃ、そういうことで。そう伝えといてくれよな」
 悪戯っぽく笑うと、ゼルフィスは、喚くこともできずにおろおろしている様子の男を笑い飛ばしながら歩いていった。
「あれぐらいで疑うとは、つまらねえ野郎だこと」
 ゼルフィスは、波止場をあるきながらそんな事を言った。腕組みをし、銃を直す。
「でも、逆十字をつけ狙うのは、ある意味趣味をかねたことだからなあ」
 そういって、ゼルフィスは、凶暴な山猫のような目をする。エメラルドの美しい色の瞳が太陽の光できらきらと輝いた。まるで舌なめずりをする猛獣のような表情をしながら、ゼルフィスはぽつりといった。
「待ってろ。逆十字! 怪我が治り次第、また勝負しにいってやるぜ!」


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©akihiko wataragi.2005
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