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   妖刀恋譚

 ずらりと並んだ刀剣たちに囲まれて、店主はちょうど帳簿の整理をしていた。そういえば、あれの手入れもしなおさねばならない。そんなことを考えていた。
 ちょうど暑い日だった。夏の前の、少し湿気を伴う空気が、よりいっそう不快な日だ。だるさから来る眠気に襲われながら、店主は、大あくびをしていた。
 と、そのとき、目の前に影が落ちた。
「失礼する」
 ふと、男が顔をあげると目の前にいるのは、まだ若い軍人だった。年のころは、二十歳そこそこなので、まだ将校になりたて、というところなのだろう。
 すらりと背が高く、彫りの深い顔立ちをした男だった。人形か彫刻のような、妙に無表情なところのある男だが、顔自体は整っていて、なかなか男前だといえたかもしれない。
「ああ、これはすみません」
 店主はあわてて立ち上がった。青年将校は、若いくせに妙に無骨な印象がする。店主に、別に愛想笑いを返すこともなく、ただ、静かにこういった。
「よい刀があれば引き取りたい」
青年将校には軽く東北地方の訛りがあるが、それも普通にしゃべっている間は、ほとんどわからなくなっていた。それよりも、軍人らしい発音のほうが気にかかるぐらいである。
「軍刀にしますので?」
「ああ、加工してもらえるようには頼んである。そこの職人から、ここで買うといいものが見つかるときいてきたのだが」
 どこか、ぶっきらぼうなしゃべり方だが、別に態度が悪いわけでもない。おそらく、彼はそういう風にしかはなせないのだろう。
「どういう風に加工されますか? ほかに指揮刀などもお持ちでしょう」
「私は、両手握りのサーベル拵えにするつもりだが」
「ほう、サーベルでよろしいので?」
「西洋剣術もかじっているのだ。師が異人だったものでな」
 彼はほんの少し自嘲的な笑みを浮かべた。なるほど、そういう彼自身が、少し異人の血でも入っているのでないかという顔をしていた。
「しかし、金は出せるだけしかない。手当ての分は、拳銃やら礼服やら買って使い果たしたのでな」
「金がないということでございましたら、既製品もございますでしょう」
 店主がそういうと、彼は少し憮然とした顔になった。
「それはすでに持っている。だが、それでは不足だったからこそ、金をためてここまできたのだ」
「ほう、不足とおっしゃられるか。よほど腕に自信がおありと見える」
 店主は、何故かにやりとした。それにむっとしたのか、少し眉をひそめながら、彼ははっきりとした口調で言った。
「だからといって、金に糸目をつけるつもりはない。ただ、私も、まだ十二分には金を持たぬ身だ。しかし、できる限りのことはしよう」
「はあ、よい刀で、あなた様が出せるような剣といえば、……そうですね」
 店主はにやりとしていった。
「一ヶ月分のお給金でお譲りできるものがありますが、どうでしょう」
「一か月分か」
 彼はふと眉をひそめた。とにかく金がないらしい彼にとって、それは大きな問題だ。しかし、買い得といえば、買い得といえるかもしれない。
「ま、まあいい。見せてくれ」
 言い出したのが自分からでもある。青年将校は、少し見栄をはったのか、無理にそういった。店主は軽くうなずくと、やがて、奥から大事そうに一本の刀を持ってきた。
「これなどどうでしょう」
「これは」
 鞘におさまったままの刀は、ずいぶん古いもののように見えたが、どうかはわからない。
「はい。これは、氷雨丸という刀でございます。これなら、そのお値段でお譲りできますよ」
 彼は青年将校の手にそれを渡した。青年将校は、慣れた手つきで真剣を引き抜く。
 古いもののようだったが、すらりと引き抜いたそれに、窓からの陽光のかすかなかけらが跳ね返って、鈍く光を走らせた。
 ぞっとするような冷気を感じるような剣だ。繊細で美しく、切れ味もよさそうだった。
 青年将校は、思わず唸った。
「これは……」
「お若いのに、よくお分かりになるようですな」
 店主は、にやにやしながら言った。
「それが氷雨丸です。……美しくすばらしい刀です」
「確かに……これは……」
 青年将校は、興奮を隠さない声で言った。
「これはすばらしい剣だ」
「で、ございますでしょう?」
「しかし」
 青年将校は、眉をひそめて訊いた。
「これを、一か月分の給料などで譲ってもらえるのか?」
「ええ、そのとおりです。ただ、とてもいい剣なのですが、普通の人間には売れないのですよ」
「どういうことだ?」
「よほど、腕が立ち、価値がわかり、さらに……」
 店主は、含み笑いを浮かべた。
「事情をわかってくださる方でないと」
「事情?」
「ええ、その刀には、少しいわくがございます。あなたが、それを気になさらないということでしたら、お譲りいたしましょう」
 青年将校は、一瞬きょとんとした顔をした。軍人といっても、まだ若い。まだなんとなく、子供っぽさも残っている男だった。
「どういうことだ」
「よければ、お話いたします」
 店主は、にやりと笑った。青年将校は、なんとなくからかわれているような気がして、少し不機嫌そうな顔をした。


 とある里、と申しましょう。どこであるかというのは、私も知らぬのですが、ともあれ、とある里でこの刀は生まれたのです。
 この刀を作った男は、冬馬(とうま)という刀鍛冶でした。彼には、恋人がいました。名を比佐女(ひさめ)といい、裕福な商家の娘でしたが、彼女の父親が冬馬を気に入り、将来を約束されていたようです。彼女は、里でも有名な美人でしたが、同時にとても気さくで明るい女性でした。彼女を嫌うものは、里にはおりませんでした。
 一方の冬馬は、いわゆる伊達男でした。そういえば、そうですね。あなたのように、冷たく整った顔をした、魔性の魅力のある男でした。人のいい比佐女は知りませんでしたが、ほかの女性を口説いて遊んだりもしていたようです。
 しかし、この冬馬は、普通の鍛冶屋とひとつ違うところがありました。この男は、不思議な妖術呪術を身に付けており、その術をもって刀剣を作る男だったのです。その術がどういうものであったかというのは、彼のいない今は知るべくもないのですが、ひとつ、はっきりしているのは、彼が、生き物の魂を自分の作った刀剣に閉じ込めることができたということです。
 賢明なあなた様ならお分かりでしょう。比佐女は、祝言を控えたある日、突然行方不明になりました。方々を探し回りましたが、どこにも見つかりません。
 悲嘆にくれる冬馬を周りはなぐさめましたが、実は冬馬だけは、彼女の居場所を知っていたのです。何故なら、比佐女は彼のすぐ側にいたのですから。
 まもなくして、冬馬は、氷雨丸、という名の剣を作りました。里のものは、神隠しにあった恋人の名を、剣に付けたのだと思って、怪しみませんでした。
 しかし、冬馬だけは、その本当の由来をしっているのです。やがて、氷雨丸をもって、冬馬は里を去りました。そして、冬馬は、街道の人目につかぬところで、氷雨丸で試し切りを行っていたのです。いってみれば、まあ、辻斬りですな。
 そんな冬馬に、比佐女は、時折、語りかけることがありました。
「あなたが、協力してくれといったから、わたしは協力したのに。あなたは、罪もない人を斬ってばかり」
 比佐女は、やさしい女ですが、どこか芯の強いところがあったようです。
「冬馬さん、約束がちがうわ」
「どう違う」
 冬馬は、冷たく言いました。
「お前は私に協力してくれたのだろう。だったら、これからも、私に協力してくれねばならん。そうでなければ、元の姿に戻ることはできない」
 冬馬が、比佐女をどうしたのかはわかりません。しかし、比佐女は、いつか自分が元の姿に戻れると信じたかったに違いありません。従順にしていれば、冬馬は、必ず元に戻すといっていました。
「冬馬さん、そうなのだとしたら、わたしは、いつになったら人間に戻れるの」
 比佐女は、悲しくなって冬馬にそう問いかけます。比佐女の声は冬馬にしか届かないのですから、どんなににくくても、彼に問うしかないのです。
「心配しなくても、私がお前を助ける方法をしっている。わたしが満足すれば、すぐにもどれる」
 冬馬は、笑いながらそう答えました。
「それか、お前が千人殺せば、元に戻れるさ」
 冷たく冬馬はそういいました。比佐女は悲しくて泣き出しましたが、比佐女の涙は、もはや、刀の露にしかなりません。
 冬馬は、氷雨丸をもってそこの有力者に取り入ることにしました。その彼も、刀集めの好事家だったのですよ。彼に、氷雨丸をみせて、そこの美人と評判の令嬢とねんごろになろうというのが、冬馬の狙いだったのでしょう。
 屋敷にいった冬馬は、すぐに気に入られました。また、娘にも近づくことができましたが、美しい冬馬の魅力に、娘はとりつかれてしまいました。しかし、彼の頭にあるのは、権力欲と、そして飽きてしまった後は、また比佐女のように剣作りの材料にしてしまおうと思っていたのでしょう。刀は大小でひとつですから、もしかしたら、小刀のほうを彼女で完成させようとしたのかもしれません。
 彼にとって、もっとも大切なことは、すばらしい剣をつくることに他ならなかったのです。
 比佐女は、嘆きました。冬馬が、自分以外の女に言い寄っているからではありません。彼女はとっくに冬馬に、愛想を尽かしていたのです。ただ、比佐女は、また自分のように悲しい思いをする娘が増えるのが悲しくてなりませんでした。
 自分より年下の娘が、冬馬に欺かれている姿を見守ることしかできない比佐女は、その様子を見てはらはらと涙を流していました。
 しかし、ここで、思わぬことが起こります。冬馬が剣術もそこそこできると知った主が、ちょうど立ち寄っていた剣豪と立ち会わせようとしたのです。剣豪は氷雨丸を欲していました。しかも、真剣勝負。もちろん、どちらかが死ぬ可能性のある立会いでした。
 それをきいたとき、冬馬は、薄笑いを浮かべて答えました。
「よろしい。受けてたちましょう。ただし、私が勝てば、あなたの娘さんをいただきたい。私が負ければ、そちらの願いどおり、氷雨丸を渡しましょう」
 主は、それに了承しました。
 そして、立会いの日、冬馬は、氷雨丸を持って現れました。もちろん、彼にとって、氷雨丸は、最強の武器であるのです。そして、それを持ってさえいれば、彼が負ける道理はありませんでした。
 しかし、ここで思わぬことが起こりました。勝負が始まり、冬馬が、剣を抜こうとしたのですが、その剣が、よりによって、その瞬間に抜けないのです。
 これは、事故ではありません。冬馬にはわかっていました。
 これはただの剣ではないのですから、剣の魂である比佐女が、邪魔をしているのだと。
「ひ、比佐女!」
 冬馬は叫びました。
「お前が元に戻る方法を知っているのは、俺しかいないのだぞ!」
 しかし、比佐女は、もう二度と彼に手を貸しませんでした。冬馬は、刀を抜けず、そのままのろいの言葉をつぶやきながら斬られて死んだのです。かくして、氷雨丸は、相手の手に渡りました。
 だが、その相手も数日後に、旅の途中、谷底に落ちて死んだのです。
 それが、千人殺せば人間に戻れると聞かされた比佐女の怨念なのか、冬馬のかけた呪いであるのかはわかりません。
 ですが、その後もその後も、氷雨丸を使おうとする剣士は、不可解な死を遂げるのです。あまりにそれが続くので、氷雨丸は、妖刀として実際には使われなくなり、われわれのような刀剣商の間を歩いたり、好事家に飾られるだけの存在になりました。
 その好事家も、夜に女の泣き声をきいて不気味になり、そうして、私の手に渡ったのです。

「にわかに信じられん話だな」
 若い将校は憮然としていた。
「この科学の世紀にそんな幽霊話が信じられるものか」
「そうおっしゃるのならよいかもしれません」
 店主は、にやりとした。
「信じなければ、この剣はただ単にお買い得ですよ」
「それはそうだがな」
 青年将校は、店主にからかわれていると思っているようだった。だが、それを口に出さず、少し不機嫌そうに眉根を寄せているだけである。
 やがて、彼は、意を決したのか、立ち上がった。
「まあよい。これ以上のものは、この値段で手に入らないだろう。これをいただくとしよう」
「そうですか。ありがとうございます」
 店主は、薄く微笑んで頭を下げた。
 そこから先の手続きに入ると、妙に店主は事務的だった。今までみせていた、青年将校をからかうようなそぶりもない。ただ淡々としたものだった。
 しかし、手続きをすませ、刀を彼にわたし、その彼が帰ろうとしたとき、ふと、店主はもう一度だけ、妙に癖のある笑みを浮かべて彼を呼び止めたのだった。
「なんだ?」
 名前を呼ばれて、振り返った将校に、店主はこういった。
「しかし、あの話は本当なのですよ」
「あの話? また俺をたばかるつもりか?」
「いいえ」
 腹を立てたらしい青年将校を見ながら、店主は、ゆったりと首を振る。
「実はね、私も聞いているのですよ。毎夜悲しくなく女の声を……」
 店主は、どこか悲しげな口調で言った。
「そもそも、私がこの話をしったのは、当の比佐女からなのですからね」


「あの親父め!」
 帰り道、青年将校は、おもいきり足元の小石を蹴った。
 まったく不愉快な話だった。いい剣を安く買えたのはよかったが、それにしても、何なのだろうあの話は。ああいえば、自分が怖がって別の剣にするとでも思ったのだろうか。
 しかし、その割には、店主は自分に剣を渡したがっていたような気もする。その辺も含めて不可解だった。
 ただ、あの店主が自分をからかっていたのは、確かである。
「ふん、そんな迷信などあるわけがない。あの親父め、おれをまだ若造だと思って、大法螺を!」
 青年将校は、そうはき捨てると、ふと思い立ったように刀を握った。
「だが、あの話がどうにせよ、本当にそういう娘がいたらかわいそうだがな」
 もしかしたら、刀鍛冶に捨てられた女がいたのは本当だったのかもしれない。そう考えると、彼は少し同情的な気分になった。
「しかし、あの親父、刀剣商だというのに、ひどい手入れだ。ちゃんと加工をしてから、手入れをしてやらねばな」
 彼は、ため息をついてそっと刀の柄をなでた。
「ともあれ、一ヶ月、おれはお前のおかげで食もろくにとれそうにないが、まあいい。綺麗でいい刀だ。初見でおもったが、おれはお前になら命をあずけてもよい」
 彼は苦笑しながら、そんなことをつぶやく。
 あ、り、が、と、う……
 ふと声が聞こえたような気がして、彼は後ろを振り向いた。当然、そこに誰がいるわけでもない。誰かが肩の辺りをそっとふれたような気がしたが、もしかしたら風のせいなのかもしれない。
 だが、別にその感触は、警戒すべきものでなかった。そよ風のような、やさしい感触だった。
「まあ、いいか。これからは、どうぞよろしく頼む」
 青年将校は、微笑んでそうささやくように言った。歩くたびに、刀はわずかに鍔の音をたてている。





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