Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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第一話  随分と辺境に飛ばされたものだ、とファンドラッドは、漠然と思う。
 リターシニア地方。治安のいい惑星ティカラヌでも最も平穏な場所といわれていた。温暖にして四季の変化もある。暮らしにくいところではないが、観光になるようなものも一切ない。平和でひたすら暇な場所だった。少々、文化程度も遅れている。のどかな辺境地方には違いなかった。
 そんなリターニシアの軍本部にファンドラッドが赴任したのは、三ヶ月ほど前からである。公式文書では、年齢六十八歳と書かれているファンドラッドであるが、まだ定年には遠い。現在、大体定年は八十前となっていた。平均寿命が延びた今では、それぐらいが当たり前である。ファンドラッドの上司のほとんどは、そういったお歴々が多かった。
 大あくびをしながら、ファンドラッドは近くにあるステレオのスイッチを入れた。クラシックのディスクが並ぶ中、いきなりかかってきたのは、派手なロック風の音楽である。そうしておいて、ファンドラッドは立ち上がった。洗濯物を済ませておこうと思ったのである。
「にしても…」
 と、彼は独り言を言った。
「ちょっと情報流したぐらいで左遷だなんて、これじゃ、他の連中もやりにくいだろうねえ。あぁ、残った奴らがかわいそうだなあ。私だけこんなのんびりさせてもらって申し訳ないねえ。」
 洗濯機に洗濯物を入れながら、ファンドラッドはそんな事を思い出す。律儀に洗濯ネットを使うし、柔軟剤も忘れない。だからといって別段几帳面でもなかったりするのだが。
半年前、上官の不正を内部告発したのがファンドラッドだった。上層部は、彼に感謝するといいながら、こんな所に彼を左遷した。近くに敵もなければ内乱も起きなさそうな場所。最も平和な地方の軍隊の司令官というのは、本当に暇なものだった。
閑職につかされてファンドラッドは、随分と余暇が増えた。毎日あくびをしてすごすのも珍しくはない。ただ、上官たちが誤算だったのは、ファンドラッドが全くこの暇な暮らしを嫌っていない事だった。
彼のように有能な男にとってこんな仕事は屈辱以外の何者でもないはずだ。というのが上層部の考えだった。しかし、ファンドラッドは、そんな風にくよくよ思い悩むタイプでもなければ、出世にこだわる人間でもなかった。おまけに、上層部に愛想をつかしていたらしく、ここへの赴任が決まったとき、彼は笑いもした。心配して声をかけた部下に、「これからは毎日がバカンスだな。」といってにやりとしていたという。しかも、それは実際負け惜しみではなかった。ファンドラッドは本当に、この暇な生活を楽しんでいたのである。飛ばされたくて内部告発をしたんだろう、というのが彼の部下たちの噂になっていた。
 電話がかかってきた。最新式の携帯電話に出ながら、ファンドラッドは、洗濯機のボタンを押した。
「…あぁ、私だ。」
 相手は、元部下の少佐からだった。
「ほう、それはおめでとう。私からも、祝福をのべさせてもらうよ…あはは、いつか君に抜かれるかもしれないなあ。当分、退職する予定はないわけだが、出世はできないよ、私は。あっはっは、色々悪い事をしてるからねぇ。」
 陽気に話していた彼にゼッケルス少佐は、言った。
『今日は、そういう話ではなく、閣下に特別なお願いがあるんですよ。プライベートな事で。』
「プライベート?…浮気のアリバイなどは協力せんぞ。私はこう見えてもフェミニストなのでね。」
 ファンドラッドは、ブラックジョークを含めながら、にやりとする。「勘弁してくださいよ。」とゼッケルスは苦笑し、それから、「そのフェミニストな閣下だからこそ頼みたいんですよ」とやり返す。
「ほほお?何かね?」
 ファンドラッドは陽気に答え、彼の答えをまつ。 
「…何?」
 ファンドラッドは怪訝な顔をした。
「…ゼッケルス君…それは本気で言っているのかね?」
 滅多に動揺する事はないのだが、このときばかりはファンドラッドも少し部下を疑った。
「…あぁ。いや、私は構わないのだが…。」
 ファンドラッドは、相手の真意を確かめるように耳に神経を集中しながら、ぽつりと言った。
「私で本当にいいと思うのかね?」



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