Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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第十話

「じゃあ、また明日ね〜。」
 シェロルは、友人に手を振り、その道で別れた。友達の家は、彼女とは反対側にあったのである。ここからは、一人で帰らなければならない。だが、そう遠くはない。歩いて、十五分もすれば、すぐに帰ることができた。 
 学校が早く終わってシェロルは上機嫌だった。最初、ジャックと一緒に帰れると思ったのだが、ジャックは二つも彼女より年上なので、時間割が違った。職員会議があるにもかかわらず、彼らには実は授業があった。シェロルがそれを知って 「じゃあ、一緒に帰れないわね。」と彼女が言うと、ジャックは残念そうな顔をしたのである。
 そのジャックが、そんな時間割を守るわけもなく、さっさと学校をサボることを決めていたとは、シェロルは全く知らない。まさか、今、ジャックがファンドラッドの基地に乗り込んで、遊びほうけているなどとは。
「今日は、閣下さん忙しいのかしら。」
 シェロルはぽつりと言った。忙しいのなら、夕食ぐらい自分が手伝って作ってあげてもいいのだが。
「あ、そうだ。あのパン屋さんのパンをついでにかって行きましょ。幸い、閣下さんにもらった小遣いはとってあるし!」
 名案を思いついたものだ。シェロルは、にっこりと微笑むと進路を変えた。少し寂しい道は通るのだが、こちらの方がそのパン屋には近いのだ。本当は、寄り道はいけないのだが、今日はいいだろうとシェロルは思った。何せ、一旦帰ると、とても遠回りになる場所にあるのだし、彼に引き取られてから、何かしてもらってばっかりで、何かをしてあげた事はないのである。一度ぐらいの寄り道ぐらいいいだろう。
 彼女はそう考えながら、赤いランドセルを揺らして道を進んだ。。ランドセルには、ウサギのキーホルダーがちょこんとぶら下がっていた。道はいつもと変わらない。だが、一つだけ違うものがあった。彼女はまだ気付いていないが、彼女の後ろには不審な車がつけてきていた。
 野に咲く花に気をとられながら、シェロルはまだ、その事に気付いていない。


 風がごうごうと吹き付けてくる。サイズが少し合わないヘルメットを何とか調節し、ファンドラッドのコートの背中につかまったまま、ジャックはオートバイの上にいた。ヘルメットの中に仕掛けられたインカムに、ジャックは思わず怒鳴りつける。
「爺さん!ノーヘルで大丈夫なのかよ!そりゃあ、あんたは転ぼうが撃たれ様が平気だろうけど捕まんないか?二人乗りだしさ!しっかも、こんなごついバイク乗り回しやがって!見かけを考えろ!」
「緊急車両は緊急時には、なりふり構わないでいいだろう。アレと一緒だ!それに、私はこれでも大柄な方なんだよ!この位でちょうどいいの!」
 ファンドラッドは、後ろのジャックに怒鳴り返し、しろくて長い髪をそのまま風に遊ばせている。彼の耳にはマイクと一緒になったイヤホンがつけられていた。そのマイクを返して、ヘルメットの中にファンドラッドの声が返って来たのである。ジャックはそれに再び声を勢い良く返した。
「その理屈は無茶苦茶だろ!それに爺さんがこんなんのってたら、不審すぎるっての!」
「うるさい!大体、お前が無理やりついてくるからこうなったんだ!私のヘルメットを貸してやったんだぞ!お前に!」
「だって、基地なんかにおいてかれたくないし!」
 ジャックはそう言い返す。
「シェロルのことは気になるし!」
「だったら、お前が護衛代わりに学校に一緒に行ってれば良かったんだろうが!」
「勉強めんどくさいし!」
「それが本音か!」
 もし、ここで運転などしていなかったら、間違いなくジャックに脅しをかけるところだが、今は高速で移動中である。余所見もわき見も、もちろん手放し運転など出来るはずが無かった。
「…あとで覚えてろ。」
 ぼそりと、ファンドラッドは、冷たい低い声でぼそりと呟いた。
 それを聞かないことにしたらしく、ジャックは、不意に話を変えた。
「…でも、どうしてシェロルが?」
「ゼッカードというのを知っているか?」
 ジャックは言葉を反芻する。
「ぜっかーど?」
「そうだ。Z-E-K-A-R-Dでゼッカード。」
「あ、それ聞いたことある。高く売れるんだろ?確か。」
 ジャックの反応に、ファンドラッドはわずかに顔をしかめた。
「なんで、子供のお前が知ってるんだ。一般人は知らなくて当然なものなのに。」
 ジャックは途端得意げな顔をした。
「オレは、耳がいいから。大概のことはしってるもんね。裏社会のボスの名前とか。」
「…君の教育方針は、思い切って変えたほうがいいようだね。」
 ファンドラッドはため息をついた。前から吹き付ける風に、髪が乱れ飛んでいる。
 不意にジャックがおもしろそうな口調で聞いた。
「そういやさ、朝、基地に幽霊が出たって?」
「……なんで、お前が知ってるんだ。」
 うっとうしそうに呟くと、ジャックはけらけらと笑った。
「あはは、お姉さんから聞いといた。偉くかわいい幽霊だったそうじゃないか。絶対人気出るよ。…ていうか、あの子のことばらしちゃってもいい?あの子があんたの…」
 ジャックがそこまで言った時、ファンドラッドが鋭い口調で素早くそれを遮った。
「馬鹿!それ以上言うな!盗聴されててみろ!」
「そんなわけないって!」
「いいや、電波を介して喋っている間は、常に危険と隣り合わせなの!私自身のプライベートについての秘密は、何も口にするな!」
「そんなにして、秘密守りたいわけ?」
 ジャックがからかい半分に、おもしろそうな顔をして聞いた。ファンドラッドの声が急に低くなる。
「…ジャック、本気で海に沈めるよ。」
「…わ、わかったよ。」
 さすがにそこまで言われると、寒気がするので、ジャックは素早く謝った。本気で怒らせると、沈められなくても強制送還は免れない。そこで素早くジャックは話を元に戻した。
「…つ、つ、つまり、シェロルが狙われたのには、そのゼッカードが関係するんだろ?」
「そういうことだ。…ジャック、無理やり話戻したな?…まぁいい。」
 ファンドラッドは、子供の要領のよさにあきれ果てたが、仕方がないので触れないことにした。
「シェロルの父親は科学者だといったな?」
「うん、そうはなしてたよなあ。確か。」
「何の研究をしてたかまでは、シェロルは言わなかっただろう?」
 ファンドラッドに言われて、ジャックはシェロルとの会話を思い出そうとした。確かに、シェロルは何もそれについては言っていない。
「うん、確かそうだったな。」
「実は、ロボット工学の科学者だったんだよ。…それも、軍の研究所所属のね。」
「ええ!嘘!」
 ジャックは素直に驚いた。
「で、でも、じゃあ、ゼッカードって…」
「この前、黒いロボットとやりあった時に手に入れたあのカードがあっただろう?あれを、リュードル博士に調べてもらっていたんだが…、あれの正体が大体つかめてきた。」
「正体って?」
 ファンドラッドは、少し声を落とし、複雑そうな声色で言った。
「…あれは、対個人戦用ロボットの運動パターンが組み込まれたプログラムチップだった。おそらく、あれが”ゼッカード”の一部だったんだろう。」
 ジャックからはファンドラッドの表情はまるで見えなかったが、彼の複雑な心境は声からでもよくわかった。
「じゃ、ゼッカードって…もしかして」
「そうだ。完全な人型ロボットを作るときの人工知能、運動パターンを含むプログラムを組み込んだカードのことだ。現在、ヒューマノイドのロボットがなぜできないかわかるか?こんなに科学が進歩しているのに。」
「し、知らないよ。」 
 ジャックは首を振った。
「それは、心の部分がうまく作りきれないからだ。それと、対人の咄嗟の判断などがあまりにも遅い。人間そっくりというわけにはいかない。」
「…なるほど。」
「それに、ある事故が起こってから、法律で禁止されているからな。それもあるのだが…、まぁ、これは今回関係ない。」
 ファンドラッドは深くため息をついた。
「まぁ、そのゼッカードは本来は軍だけが利用するはずだったんだが、どこから情報が漏れたか、そのゼッカードがいくつかの組織に流れた。それにより、戦闘用人型ロボットに近しいものが、怪しげな組織にわんさか出来てるという話だ。」
「でも、判断は無茶苦茶遅かったよ?あれ。」
 ジャックはこの前襲ってきたロボットを思い出した。確かに、動きは普通のロボットよりも良かったが、かといって、完全に相手の動きを読んでいたとは言いがたいし、判断も遅かった。だから、ファンドラッドに易々と打ち砕かれたのである。
「そうだ。…あのプログラムは完全ではない。」
 ファンドラッドの声は続ける。
「あれが完成に近づいた時、軍事施設の…製作者の科学者が、完全版をもって逃走した。…その科学者は逃亡中に…」
「死んだ?…とか?」
 ジャックが恐る恐るきいた。ファンドラッドはかすかに頷く。
「もしかして!」
 ジャックは、ある事に気付いて息を呑んだ。
「それが、それが、シェロルの親父さんなのか!!」
 さすがと言いたげな口調で、ファンドラッドは応えた。
「ご明察だな、ジャック。…そうだ。それがシェロルの父親のクラーク=ゼッケルス博士だ。そもそもゼッカードというのは、「ゼッケルス博士によるカード状チップ」の略らしいからな。軍は、徹底的に調べたらしいが、完全版の行方は不明。娘のシェロルはまだ小さく、妻はクラークと一緒に死亡した。持ち物を洗っても何も出てこなかった。だから、このことは、以後極秘に処理され、軍は捜索するのを諦めたのだが…」
「その組織の連中は何としてもそれが欲しかったってことか?」
「シェロルが何か、父親から受け取っていないかとかな。軍の捜査では少なくとも見つからなかったらしいが…そんなことはお構いなしらしい。あのゼッカードの完全版は、軍事的に応用すれば、兵士の人的被害を出さなくて済む。それに同じ質の良質な、忠実な兵士を量産できる。普通に利用しても、巨万の富が得られるのは、確実だ。少々荒っぽい賭けに出るだけの品ではある。」
 ジャックは声もなく、喉を鳴らした。そんな途方も無い話を聞くことになるとは思わなかったし、軍事利用などされると考えると、何だか空恐ろしい感じがした。同じ顔の人間がたくさん戦い合うような戦争。人材の取替えがきき、たとえ一人が失われたとしても、また全く同じものが補充される。不気味だった。考えただけでも。人が死なない戦争となれば、人間はあまり重大に考えず、戦争に踏み入るようになったりしないだろうか。
「…そ、それって、すごいやばいんだよな。」
「やばいとか、まずいとかいうレベルじゃないね。」
 ファンドラッドは冷淡に応えた。この角を曲がれば、交通量の多い大通りから、かなり交通量が少ないシェロルの通学路に繋がる道に入る。ファンドラッドは少しだけスピードを落とした。
「…シェロルが完全版を持っているかどうかを別としても、軍人はまずお払い箱。それからは、ゲームみたいな戦争が続いたりするのかもしれないね。」
「でも、あんたの場合…!」
 言いかけてジャックはやめた。先程傍受の可能性を指摘されたからではなく、ここで言うのは気が引けたからである。大体、自分から盗聴の危険を指摘したくせに、ファンドラッドの語ったことは極秘事項そのものである。おそらく、あれはジャックを黙らせるためのファンドラッドの方便なのだろう。
「……シェロルは、持ってるのかな。」
 ジャックは声を落とした。ファンドラッドは、少し考えてから言った。
「さぁ、それはどうだろう。私にもわからないね。だが、あの子が持っているもっていないに関わらず、連中があの子に接触する危険がある。勿論、生半可な接触じゃないはずだ。」
「ゆ、誘拐とか?」
 ジャックは言った。ファンドラッドは応えなかった。
 



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©akihiko wataragi






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