Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
一覧
戻る
進む

第十三話

そういえば、前からそうだった。
 ジャックは思い出して、何となく不満顔になった。彼が不満に思っているのは、彼をさらった両脇のいかつい野郎共ではなく、彼をさらわせたファンドラッドにである。
(オレに発信機の役割させんなよな!あのくそ爺!)
 どうも、ファンドラッドはジャックを子供と思っていない気がする。ジャックに危険な役割を平気でさせるし、あまり心配してくれないし、挙句の果てにこんな風に囮にまで使う。信頼してくれているのか、それとも、本当は歓迎されていなくて、捨石として布石されただけなのだろうか。…不安になろうと、どれだけ考えようと、それだけはジャックにはわからない。
 あのファンドラッドの本心など、まだこの世に生を受けて十年と少ししかたっていないジャックにはかる術はない。いいや、恐らく、誰にもわからないに決まっている。彼は、決して本心を明かさない。本当の自分も見せない。あの気障な仕草も、全部作ったもので、本当のことは何一つ、外には出さない。自分をどう思っているのかも、実のところ、彼は本心らしい本心をついぞ口にした事など無い。
(…しかも、無駄に心配ばっかりさせてさ!)
 ジャックは腕を組んだ。あの後ファンドラッドがどうなったのかは、想像に難くない。だが、彼をそういう目にあわせた連中が、どうなったかの方が容易に想像できた。彼らはさぞかし恐怖の世界というものを目の当たりにするだろう。お化け屋敷などよりもよほどリアルで生々しい現実の恐怖というものを。
(ホントに助けに来るんだろうなあ。)
 ふと不安になる。もし、自分だけ捨ててシェロルだけ助ける気になっているならどうしようか。ファンドラッドを信じないのではないが、本当に助けてくれるんだろうか。
 彼の不安な気持ちとは裏腹に、彼を助けに来てくれる気配はない。ジャックはポケットの中のものを握り締めた。触る感じだけでもわかる。それは、ファンドラッドがジャックにくれた古くて小さな勲章だ。少なくとも連邦軍のものではないので、ファンドラッドの経歴が何となくそこから知れた。彼は、あちこちの軍隊を渡り歩いている節がある。けして話さないが……。
 本人はそれを要らないといって、捨てるところだったようだが、ジャックがものほしそうな顔をしているのを見て、投げ渡してきた。
『お守り代わりにはなるだろう。もし、いらなくなったら質屋にいれろ。』
 本当に、栄光にも誇りにも興味が無いんだな、とジャックは思ったことがある。ついでに、彼は、それを通信機にもなるようにその一部を簡単に細工していた。それを使えば、ジャックの位置が特定できる。
 それは、星の形をしていて、何かの文字が刻まれていたが、その文字はジャックには読めない言語で書かれていた。
(…ホントに、…助けに来てくれないと、…オレ…)
 ジャックは危機感を覚えた。シェロルと違って、自分は用済みになれば口封じのために殺されるかもしれない。それをあの人はどこまでわかっているのだろう。知らないはずが無いのに…こんな役割を押し付けて…。
(死んだら絶対呪ってやる!)
 乗り物はどんどん進む。行き着く先がどこなのかは知らないが、ジャックは、永遠に目的地につかなければいいのに、と思った。


『何い!うちの若いもんを何人か貸せだと!』
 携帯電話から流れるギルバルトの大声に、ファンドラッドはうんざりとした。
「…そのいい方やめてくれないか?…ホントに、恐い組織の人同士の会話に聞こえるから。ただ、人員を何人貸して欲しいっていっただけだろ!」
『何を言うか!軍隊は恐い組織だ!』
 どうして、この男はこうも直球勝負しかできないのだろうか。言葉のひねりとかあやとか言うものを、全然理解していない。ファンドラッドは頭を軽く抱えた。
「…そういう話じゃないんだよ。私の言いたい事は…まぁいいよ。もう。」
 ギルバルトに説明しても無駄なことだ。ファンドラッドは深いため息をついた。
「だから、ちょっと問題が起こってだね、悪いけど今度の日曜のは中止で、それから…」
『日曜?何かあったか?』
「勝手に決めて落ち合うといったのは、君の方だろうが!」
 ファンドラッドは、一通り言い返してため息をつく。
「…ホントに、どうにかして欲しいよ。」
『ああ、その話か、わかった。』
 ようやく思い出したらしく、ギルバルトは頷いたような気配を見せたが、不意に思い出したようにこう尋ねてきた。
『ちょっと待て!何か、声がおかしいな。お前。風邪でも引いたか?ああ、引くわけ無いが。』
 半分はギルバルトが平常心を壊してくれるからだと思うが、言われて見ると確かに声が少しだけかすれているかもしれない。
「あぁ、そうか。ちょっと風穴が開いてるから…。何か雑音が混じってるかもしれないな。」
 ファンドラッドは、喉元に一発撃ち込まれていることを思い出して、そっと喉に手を触れた。頭に一発も当たらなかったのが、不幸中の幸いかもしれない。
『風穴!おい、どうした!』
 途端、心配しているのか、それとも騒ぎ好きなのかよくわからないギルバルトの声が大音量で響き、ファンドラッドは肩をすくめた。
 どうして、こんな風にあの男は声が大きいんだか…。心配してくれているなら、もっと刺激のないやわらかい声をかけて欲しい物なのだが…。
 そう思いながら、ファンドラッドは、相手を刺激しないように言った。刺激すると、また声が大きくなるのがおちである。
「だから、言ってるだろ?ちょっと問題が起こって、派手にやられたんだよ。」
『お前もかなりやり返しているだろうが。』
「そういう問題じゃなくって、ちょっとヘマをやって人質を二人取られたんだ。だけど、私のとこの基地から人員を引っぱるわけにはいかないんだよ。私は信用されてないから、あまり大事だと上に通報されてしまう。で、他に頼める人もいないから、君に助けを求めてるんだよ。ここまではわかったな?」
『そこまではわかった。で、何だって?』
「…秘密裏に動かせる人員は何人いる?君は、私と違って部下に好かれやすいから色々いるだろ?」
『…悪いが、今日と明日は非番だ。基地とコンタクトを取ってそんなこと頼んだ時点で、職権濫用がばれる。基地内でごろごろしてれば別だったんだがな。』
「は?」
 返ってきた答えにファンドラッドは一瞬、耳を疑った。
「なんだって!もしかして、有給なんか取ってるのか?なんで、今日に限って取るんだよ!役立たず!」
 ファンドラッドは、つい冷静さを失った。普段、あれほど、休みにはうるさいギルバルトがよくもそんなことを。と思ったのである。お陰で、つい声が高くなっていることを、ファンドラッドは気付いていない。
『うるさい!上から休めといわれたから休んだんだ!働きすぎは良くないと言うから!』
「本当に役立たずだな、君は!私が有給とった時にあれほど文句をいったのは、どこのどいつだよ!」
『何年前の話をしている!』
「何年前どころか、先月も私にそういっただろう!お前は!…あぁぁ、もう、君と話すとコレだから!」
 ファンドラッドは子供っぽい言い争いをしている自分に気付いて、更に額に手をやった。相手を自分のペースに引き込むのは得意だったが、引き込まれるのは苦手だ。そして、ギルバルトは、ファンドラッドを振り回せる稀有な才能をもった持ち主でもあった。どうも、ギルバルトと話していると、調子が狂う。
「…わかったわかった。君は非番なんだな。でも、サヴァン君を動かす事は出来るだろう?」
『お前が直接言えばいいだろうが。』
「そうはいかないよ。あれは君の部下だろう。それに、私はこの前の一件で恨まれてるからなあ。」
『お前が恨まれているのは常だろうが!』
 余計な一言が何時までも応酬されるのを聞いて、ファンドラッドは疲れ果てたような顔をした。
「ギル…お願いだから、一回でいいから、何も言わず大人しく私の話を聞いてくれないか?本当に急いでるんだから…。」
 ファンドラッドの頼みをきいているのかどうか、ギルバルトは、ふうむ、と唸った。
『そうだな、では、サヴァンには私から伝えておくが…にしても、それでもアイツは別の場所にいるから、来るのは早くて明日の昼だ。時間的にはまずいだろう?』
 ファンドラッドは、頷いた。
「わかってる。仕方ないから、その間までに一通りの始末はつける。」
『だが、それじゃあ、お前一人だな…』
 ぱちん、と指を弾く音がした。
『そうか!人手が足りないのだな!』
「最初っからそういってるんだがな。」
 ファンドラッドは、頭が痛くなってきて壁に寄りかかった。
 だが、ギルバルトはそんな彼の思いに気付かず、笑いながら言った。
『つまり、私自身がそちらに出向けば万事解決だな!非番だし!プライベートで何しようが咎められまい!』
「な…!」
 それをきいて、ファンドラッドは慌てた。そういうことを頼みたかったわけではない。
「い、いや!それはむしろ困る!そういうわけじゃなくだな!」
 ファンドラッドは、なでつけていた髪の毛を思わずばさばさにしながら言ったが、ギルバルトはすでに決定してしまっているようだった。
『遠慮するな!今すぐいってやろう!場所はどこだ!』
 ギルバルト本人は、確かに力強い味方だ。だが、彼が来ると穏便には済まないのである。しかも、どうせ、自分が暴れたいだけだ。
(こいつに電話するんじゃなかった!)
 ファンドラッドは後悔したが、この不手際はとりあえず仕方がない。後先の事は考えない事にして、話を進めることにした。もし生還できたら、あとで盛大な隠ぺい工作に頭を悩まされるだろうが、助けがないよりましである。
「ま、まあ、今回はもういいよ。場所は、追って連絡する。とにかく、こちらまで来てくれないか。人質が二人もいて僕も一杯一杯なんだよ。…シェロルは、まあ秘密を握ってるからしばらく何もされないと思うけど、ジャックはそのまま消される可能性もあるから、急がないと…」 
 ファンドラッドが、不意に心配そうな声で言ったので、ギルバルトは怪訝そうに言った。
『ほほう、お前にしては珍しいな。…あのジャックという小僧がそんなに心配か?』
「な、何言ってるんだ!」
 ファンドラッドは珍しく狼狽した。
「あ、あれじゃない、シェロルだよ。ゼッケルスのトコのあの子がかわいそうだなってだけで…あ、あんな押しかけ小僧のことは別に!…別にどうでもいいんだからな!」
 ファンドラッドはわざとらしく咳払いをして、強引に話を変えた。
「と、とにかく、本当に急いでいるんだから、君もどうか穏便に迅速に頼むよ。」
『わかっている!久々に腕が鳴るわ!』
「私があれほど穏便にといったのをきいていなかったようだな…」
 ファンドラッドは、諦めのため息をついた。
『おい、"ラグ"。』
 不意にギルバルトは、愛称でファンドラッドを呼んだ。別に珍しい事ではない。彼は昔、戦場で組んでいた時はそう呼んでいた。姓で呼ぶのは、あれで彼なりに公用の時なのだろう。
「何だ?」
『気をつけろ。いくらお前が”アレ”でも、モノには限度って言うものがある。いい加減にしないと、その内吹っ飛んで何も残らなくなったりするぞ。』
 心配されているらしい事を知って、ファンドラッドは軽く笑った。
「わかってるさ。形あるものはいつか…っていうだろう?私だって、好んで痛い目を見たいわけじゃない。気はつけてるさ。だが、ムリな事の方が多いってことだよ。それに、能力は最大限使わないとね。」
『どうだかな。…目の前で吹っ飛ばれた方は、しばらくトラウマになるんだぞ。あれは。』
「君はトラウマにはならなかっただろう?ギル?」
 ファンドラッドはようやくやり返して笑った。だが、ギルバルトのほうもすぐにそれを返してきた。
『私は鍛え上げた鉄壁の精神をもっているから平気なのだ!あまりガキの前でそれを見せるな。はっきりいって、普通の子供は再起不能に陥りかねないぞ!あれは、まぁ、普通の子供ではないが!大体に、お前は無神経だ!無神経すぎる!』
「…な、なにも、そこまで言わなくても…別に私だってそんな好き好んでやってるわけじゃ…」
 ファンドラッドは、柄にもなく少し傷ついたような口調で言った。無神経この上ない男からかけられる言葉ではないと思う。言い訳したかったが、した所でなんになるだろう。相手のボルテージをあげるのが関の山だ。ファンドラッドはため息をつくと、反論する事をやめた。
「わかってるよ。十分気はつける。まぁ、忠告はありがたく受け取っておくよ。ありがとう、ギル。」
 ファンドラッドは答えた。
「それじゃ、あとで。」
 そういって、ファンドラッドは、電話を切った。
 


一覧
戻る
進む

©akihiko wataragi






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送