Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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第十六話

それから、気を取り直して、ギルバルトにショルダーバッグの中から取り出した、小さな通信機を渡す。そこにはディスプレイがついていて、地形図と位置情報などが見られるようになっていた。
「ほほう、ここにいけばいいんだな!」
 ギルバルトはそれを覗き込みながら、無用心にも大声でそんなことを言う。
「ギル。…そういうことを声にだして言うのはやめにしてほしいな。それでも、一応特殊戦闘員の訓練は受けているんだろう?」
 憮然としてファンドラッドは言うが、ギルバルトに反省の色はない。
「誰も聞いてない。」
 そういう問題ではないのだが、ファンドラッドは突っ込む気力も失せたらしい。
「それじゃ、後で落ち合おう。全て打ち合わせどおりに。」
「よし!わかった!」
 返事だけはいい。ファンドラッドは、軽く頭を抱える。
(全く、こんな奴と係わり合いにならなきゃよかった)
 そう思いながら、ファンドラッドは近くにおいてあるギルバルトに調達してもらったオートバイに歩み寄った。
「あ、そうだ。」
 ファンドラッドは振り返り、すでに歩きかけたギルバルトに言う。
「今日は満月だったな?」
「それがどうした。」
 ギルバルトは、頭上を見上げた。ちょうど月は出始めたところで、ビルの間に隠れて見えなかった。
「…月の満ち引きは人に影響をもたらすという。」
「無駄話している時間はないんだろうが?何だ?」
 ギルバルトは、回りくどい言い回しに腹を立てる。
「…無茶をやりすぎて、後で困っても私は助けないぞ。最低限のフォローはするが、君の素性がばれたりしたら幾ら私でもごまかせない。私は私の素性をごまかすので精一杯なんでな。」
 ファンドラッドはあきれたような口調でいった。
「自分じゃ意識していないらしいが、満月の夜は危険だ。…お前は満月の夜には相当荒れる。…というより、調子に乗りすぎる。あの、基地潜入作戦での一件を思い出してもらいたいねえ。」
「そんなことはない。私は常に冷静だ!満月など関係ない!」
 ギルバルトは憮然とした。
「自覚症状がないから恐いんだよ。まぁ、どっちかっていうと普段とそんなに変わらないから、傍目にもわかりにくいんだけどさ…。」
 ファンドラッドは前髪を軽く後ろに流す。
「まぁ、…出来る限りは私も君の素性隠しに協力してやるが…」
 疑るようにファンドラッドは、しらけたような目でギルバルトを見る。
「…正体がばれて、研究所送りになっても、私は知らないからな。」
「大丈夫だ!そんなドジは踏まん!!」
「…楽観的な人はいいねえ。…一応信じることにしよう。」
 ファンドラッドは、深く、今日何度ついたかわからないため息をまたしても漏らした。
「私が吹っ飛ぶ心配より、君は自分の正体がばれないようにした方がいいと思うよ。」
 ファンドラッドは言うと、ヘルメットを被った。ギルバルトは、少々不満層な顔をしたが、「任せとけ!」と言いたげに反対側に歩いていく。その後姿を見ながら、ファンドラッドは肩をすくめた。
(一つ、言わなかったが…)
 ファンドラッドは、声には出さずに彼の背に向けて心の中で呟いた。
(どうやら、相手もお気づきになったらしいよ。)
 そういうと、ファンドラッドは、近くに飛んできたハエを叩き落した。ぱん、と破裂するような音がし、煙が上がる。ファンドラッドは、金属と合成樹脂の残骸と化したそれを、路上に払った。
「…君が僕に協力した事はすでに、相手に知られてるんじゃないのかい?」
 ギルバルトは、すでに声の届かない場所にいる。ファンドラッドは伝える気などないらしく、彼が去っていくのを見送りながら、少し楽しそうに笑った。


 
 ギルバルトは、ファンドラッドと分かれて、別の方向から目的地を目指していた。
「くそっ!あいつめ!私に山道を行けなんていいおって!」
 ギルバルトは、この科学文明の世の中、徒歩で目的地を目指していた。彼らの目指す場所は、山の中ではあるがちゃんと車道はある。ファンドラッドは自分はそこをいくからといって、ギルバルトを山の中に進めさせた。最初は、まあいいだろうと思っていたギルバルトだが、山の中でも林道ですらない、獣道を行くなどとは思いもよらず、ファンドラッドに対する怒りがふつふつと湧き上がってきた。
「全く、なんで私が下草を踏みながらあれを目指さねばならんのだ。どうせなら、あいつの方が早いだろうに!しかも、満月の夜は荒れるだと?私を何だと思っているんだ!」
 暗い森の中、それでもギルバルトは電灯一つつけず歩いていた。照明器具など持ち歩いていないからである。ただ、ファンドラッドにもらった通信機が時々光を発するだけだ。
「大体、あんな子供に正体を見破られた奴に言われる筋合いはないわ!」
 ぶつぶつと言いながら、大またに足を進めているギルバルトは前しか見ていないので、足元に何があるかわかっていなかった。ちょうど弁慶の泣き所の位置に、ちょうど金属のポールが立っていることも知らなかったのである。
「いてっ!」
 まっすぐ進んでいた、ギルバルトは何かにつっかかって膝を押さえた。痛さを我慢しながら前を見ると、ちょうど膝の高さに金属のポールのようなものがたっている。
「何だ?この鉄屑はっ!邪魔だな。」
 ギルバルトは、腹立ち紛れに目の前にある金属の何かを蹴り飛ばした。だが、それは間違いだった。それが倒れた音がした途端、辺りに警告音がけたたましく鳴りいた。そのときになり、ようやくギルバルトは自分が蹴倒したものの正体をしった。
「し、しまった!警報機だったのか!」
 突然、彼がいたところに銃弾が撃ち込まれた。だが、ギルバルトはうまくそれを交わしたらしく、足元の枯れ木が木屑を撒き散らす。
 上のほうからライトが当てられ、一瞬ギルバルトの目が獣のように、きらりと光った。なぜ気付かなかったのか、よくみれば上のほうに監視所らしいものがある。
「ちょ、ちょっと待て!思わず蹴り飛ばしてしまったが、私に敵意はな…!」
 敵意はないと穏便に処理しようとしているのだが、敵はそうは取らなかったらしい。再び、銃撃が始まる。慌てて木の後ろに回る。
「いきなり撃つとはどういう了見だー!」
 ギルバルトが、腰の銃を探りながら怒鳴りつけた。
「あの容貌は、やはり、ギルバルト=クラッダーズ准将です。」
 若い戦闘員の声がかすかに聞こえる。耳のいいギルバルトには、多少小さい音でも拾うことが出来た。
(いかん、こんなところでばれたら、後で問題を起こしたことが上司に知られるではないか?)
 そんなのんきに考えている場合ではないが、ギルバルトはそれが妙に気になった。大体、もう正体がばれているとはどういうことだろう。ファンドラッドは何一つ、それに関しては言わなかったではないか。
「待て!話をせんか!いきなり、命のやり取りとは、あまりにも物騒じゃないのか!」
 ギルバルトは、彼にしては随分と穏便に話しかけたつもりである。しかし、返答は、機関銃の連射だった。慌てて銃弾の嵐をかわし、ギルバルトはきっと敵の方を睨んだ。闇の中でも、彼には相手の姿がはっきりと見える。
「ええい!そっちがその気なら!」
 ギルバルトは、穏便に処理しようという気持ちを一気に捨て去った。
「こちらにも考えがある!」
 そういうと、ギルバルトは左手に銃を握り、自ら木の後ろから飛び出した。ライトで照らされた光から、素早く闇の中に入る。
 ばちんと音がし、ライトが次々と切れていく。戦闘員らしい男たちが、慌しく赤外線スコープをはめ、ギルバルトの姿を探した。
 一人の戦闘員が、銃を構えながら、木々の隅のほうを探る。不意に、何か布がひらめいたように見え、彼はそこに狙いをさだめた。だが、
「があああっ!」
 突然獣のような声が響き、戦闘員の男のスコープに飛びかかってくる男の姿が見えた。
「うわっ!」
 慌てて、彼は引き金を引くが、視界から男の姿が消える。その後、鋭い爪の生えた手が一瞬だけ視界に入る。直後、真横にあったモニターが火を噴いて部品をばら撒きながら吹っ飛んだ。
「な、なんだ!」
 しゅっと、闇の中で何かが走り抜ける。だが、その動きは人間の動きには見えなかった。
 不意に、戦闘員の脳裏にあることが思い浮かんだ。
「ラ、ライカンスロープだ!」
「何!」
 他の戦闘員が、それを聞きつけて駆け寄ってくる。
「ライカンスロープだと!ちゃんと見たのか?」
「あ、ああ!やつの右手に爪が!」
 答える間も、様々な機器が倒されていく。闇の中に、音だけが響くのは不気味だった。慌ててそちらに視線を向けても、破壊された機械の残骸しか映らない。彼の姿は、すでにそこにはない。
「くそ!…軍にライカンスロープがいるとはきいていないぞ。」
 隊長らしい男が、舌打ちをした。
 ライカンスロープとは、古来、狼男を指す言葉である。だが、ここでの『ライカンスロープ』は、あの伝説に出てくる狼男…ワーウルフのことではない。このラスタ星系の惑星ティカラヌには、元々、移民が来るまで元から住んでいた人類がいたのである。地球の人間そっくりで、もとより数が少なかった為、彼らは移民たちと混血をくり返して、二千年も前に消えてしまったとされている。移民たちと唯一違ったのは、その能力と寿命であった。彼らは移民たちよりも長生きで、彼らとは成長の仕方が違う。運動能力が高く、そして、更に戦闘時などには自らの手に獣のような鋭い爪を瞬時に生やすことが出来たという。そういう姿が、移民たちには狼男に見えたのだろう。だから、彼らは『ライカンスロープ』と呼ばれた。
 だが、科学技術の発展により、思わぬ形でライカンスロープはよみがえる事になった。ライカンスロープの残された遺伝子を人工的に組み込む事により、戦士としてライカンスロープの能力をもつ人間を作っている組織もある。現在、ライカンスロープといわれているのは、このタイプの改造人間たちだった。このM.E.Dも、彼らを戦士として有する組織の一つだった。
 だが、そんなことは公には禁じられていたし、今まで軍部にライカンスロープがいるという話はきいたことがない。だとしたら、この男は一体何者なのだろう。
「ええい!埒が明かない!こちらもライカンスロープの戦闘員を出せ!本部に報告しろ!」
「了解しました!」
 だが、返事をした途端、その戦闘員がふっと視界から消えた。直後、がしゃん!と音がし、隊長の視界に、ばらばらの無線機の残骸が入ってくる。視線をあげ、隊長は悲鳴をあげた。横にいた戦闘員は、ギルバルトに胸倉をつかまれてすでに気絶している。彼は、すでに目を隊長の方に移していた。他の戦闘員は、すくみあがっている。中には、すでに逃げたものもいるようだ。
「ほ、本部!」
 隊長は、慌てて自分の無線機に怒鳴った。
「…ダメだ!早く応援を!」
 ギルバルトの手が隊長のスコープを吹っ飛ばした。同時に無線機が飛び、通信手段が失われる。隊長は、歩み寄ってくるギルバルトに恐怖した。


 がっしゃあん!という音とともに、木々の間を縫って閃光が走った。
「やっぱりな。」
 ファンドラッドは、路肩にバイクを止め、高い場所から山の中を見ていた。中ではかなり激しくやりあっているらしく、時々火花が飛んでいるのがかすかに見える。
「…あいつなら、こうなるかもしれないとは思ったが…まさか、第一監視所でひっかかるとは…見事すぎる。」
 ファンドラッドは、ふうとため息をつく。考えたよりも随分と早い段階で見つかったものである。折角フォローしてやろうと思っていたのに、これではそんな暇もない。
「…悪いけど、陽動作戦に変更させてもらうよ。どうせ、捕まんないだろうし。」
 冷淡に言うと、ファンドラッドはエンジンをふかして。そこをぐるりと回りこみ、方向転換をする。
「…これだから、狼男は嫌なんだよ。やーっぱり、満月の夜は調子に乗るじゃないか。」 ファンドラッドはいい、森から視線を外すとそのまま道に戻った。すでに空には、円を描くような銀の月がどこかしら冷たく光っている。


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