Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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第十七話

月が明るいと、星は皆、その光の下に隠れてしまう。太陽とは違った冷たく清らかな光が、世界を照らしている。それに何を感じるかは人の自由である。あるものは、それに美しさを感じ、あるものは孤独や悲しみを感じる。あるものは不吉さを感じるかもしれない。
 都会から離れるにつれ、街の放つ光は徐々に遠くなっていく。今、この山道を照らすのは、月とヘッドライトぐらいなものであった。人気は無い。誰も通るものは無い。ファンドラッドが、この道を走り始めてからずいぶんと経つが、それまでに道をすれ違ったものすらいなかった。
 ガードレールの向こうは崖で、その下は、黒い森が延々と広がっている。かなりの高さがあるので、落ちたら一巻の終りである。
 静かだ。それがかえって不気味だった。ファンドラッドはちらりと後ろを向く。不意にヘッドライトの光が目に入った。どうやら、追っ手がきたらしい。前のほうにも、道をふさぐように、黒い車がいつの間にか三台並走していた。オートバイの者もいる。
 ファンドラッドは、そのままスピードをあげた。相手は後ろにぴったりついてくるし、そのまま行くと前を通り抜けなければいけない。なんの邪魔立てもなしに、通してくれるはずも無かった。
 前の車の窓から男が姿を見せた。ちらりと何かが月光に黒光りする。ファンドラッドは、オートバイを大きく傾けた。アスファルトに何かが弾ける音がした。
 彼はひっそりと舌打ちし、更にスピードを上げた。このままでは挟み撃ちにされておしまいである。前の連中を追い抜かなければ逃げ切る事はできない。
 オートバイの男が、近くに近づいてきていた。それをうまくかわし、わずかに距離をとる。彼らの手には、棒状の武器が握られている。
「ちぇっ。人が多すぎるよ。」
 ファンドラッドは詰まらなさそうにつぶやく。そして、右手でオートバイの下のほうを探ると、拳銃を取り出した。前に何度か連続で撃ち込む。まだ、前の車は彼を通してはくれないようだ。
 蛇行した山道を、それ以上にジグザグ運転で走る。スピードから考えても、場所から考えても少し接触しただけで命取りになりかねない。道幅も少し狭くなっていく。
 ひゅっと風を切る音を聞いた。ファンドラッドは、ハッと顔を大きく右のほうに向けた。
「しまった!」
 小さく声がした。男の振った棒の端が、彼の右側から迫ってきていた。気づいたときには、すでに避けられない距離だった。慌てて、身体をのけぞらせるが直撃は避けられたものの、それがヘルメットに当たった。
「うっ!」
 ファンドラッドのヘルメットが飛んだ。大した衝撃は無かったらしく、髪の毛がひろがっただけで、彼はそのまま走り抜ける。まとめられた長い髪の毛は、ライトのせいか、それとも月光のせいか、見事なプラチナ・ブロンドに見えた。
 迫ってくる横からの攻撃をさけ、ガードレール横を走っている車の方へと寄りかかる。
「こっちにもいることを忘れるな!」
 そこに乗っていた男が窓を開けて怒鳴った。そのまま、突き出した右手に持っていた拳銃のトリガーを、容赦なく三度引いた。
 彼の乗っているオートバイが転倒する音がした。そのまま、男の車の後ろ側へと滑っていく。がしゃあんという音とともに、それがガードレールを突き抜けた。ちらりと朱色のものが見えたのは、おそらく火でも噴き出したのだろう。その下は崖である。
 男は窓を開けたまま、後ろを覗き込んだ。崖の下で何かが一瞬光るのが見えた。
「へっ!ざまァ見ろ!」
 男は、にやりとして吐き捨てた。が、彼の笑みは直後に凍りついた。背後でがしゃあんというとんでもない音が鳴り、ガラスの破片が散ったからだ。何だとバックミラーを覗いたのと同時に、頭に硬い物が押し付けられていた。
「はい、ホールドアップ。」
 バックミラーで確かめる限り、誰もいなかったはずの後部座席で、にっと微笑んでいたのは、聞いていたラグレン=ファンドラッドとは違った。そこにいるのは、小悪魔ぽく微笑んでいる金髪の青年である。顔には通信機のついたゴーグルがかかっており、その薄く青い色のガラスを通して左目がわずかに見えていた。 
「…変な動きしないほうがいいよ。僕は平和主義者だけど、自分の身がかわいくないわけじゃないからね。それに、折角新しいオートバイが台無しになったんだものね。いい気分とはいえないんだよなあ。」
 見かけは結構かわいらしい美青年といった感じだが、その目つきは思いのほか鋭い。戦闘員の訓練を受けたものの、冷静な、しかし、相手に容赦する気の無い目である。
「とにかく、大人しくしておいてくれたら、僕は撃たないよ。別に強いて言うほど暴れたいわけじゃないんだから。」
「て、て、てめえ…!」
 男は絶句した。青年は面白そうに、にこりとした。
「君があのオートバイを叩き落しているときに、こっそり上に移らせてもらったんだよ。でももったいないね。こんな広い車に一人乗りだなんて、寂しいような気がするけど。それに、後部に窓があっちゃ危ないよ。もっとごてごての戦車みたいな車で来ると思ったから、本当に警戒したのに。」
「だ、黙れ!」
 男に、銃を向けたまま、青年は後部座席ですっかりくつろぎ始めている。
「そんな事だから出し抜かれちゃうんだよ。」
「最初から、オートバイを乗り換えてたな!あの爺と!」
 男が叫ぶのをみて、青年はうっすらと笑った。
 先ほどの黒いオートバイに乗っていたのは、ファンドラッドでなくこの青年。だとしたら、最初から彼らは入れ替わっていたのである。年齢は違うが、ファンドラッドはさほど年齢を感じさせない男だし、背格好は良く似ている。おまけにヘルメットを被ってしまうので、顔の識別ができない状態なのだった。
「あの爺はどうしたっ!」
 苛立ち紛れに男が訊いた。
「さ〜、僕は知らないなあ。」
 青年は、首をかしげて、それから冷たい調子で言った。
「もっとも、知ってても君には教えないと思うよ。」
「な、何だと!」
 いきり立つ男に、青年はちらりと冷たい目を向けた。
「…あのね、君、自分の状況分かってる?圧倒的に不利なんだよ。人に質問している場合じゃないんじゃないのかなあ。」
 言い方はのんきだったが、その時青年はわずかに唇をゆがめた。男の表情が、びくりとひきつる。青年は相好を崩した。
「うん。わかってくれているみたいでよかったよ…。人間は、やっぱり人間らしく話し合いで揉め事を解決しないとね。」
「…お前は、あいつらの仲間か!?」
 男は悔し紛れに彼を睨みながらたずねた。せめて、正体ぐらい探ってやろうという気持ちなのだろう。青年は、少し笑って答えた。
「まぁ、そういう感じだね〜。…どっちでもいいけど、個人的には、あの短気な狼男と同類にされたくはないな。どこにいたってかい?そんなの企業秘密だよ。…そもそも、工作員はべらべらしゃべっちゃいけないんだ。…そこからすると、僕はもう失格なんだけど。」
 にこにこと微笑みながら、青年は続ける。
「さて、僕は、お姫様とあのくそ生意気なお子様のいる場所にいきたいんだけど、ずばりそこに連れて行ってくれないかな〜?」
 青年はにこりと笑ったまま続ける。
「だって、僕のオートバイは君が壊しちゃったんだから。責任とってくれるよね?」
 男は不意ににやりとした。その笑みは、どこかしらひどく歪んでいた。
「……いつまでそんな脅しが通用すると思う?」
 男はそういった。悔し紛れの強がりだと思ったが、青年は不意にそれに不気味さを感じた。
「…俺たちの組織をあまりなめるんじゃないぜ、若造…。いや、ラグ=ギーファス!」
 男の笑みがいっそう強くなった。本名を言い当てられ、青年の顔つきが変わる。男の手が何かのボタンにふれるのを彼は一瞬で見取った。後部座席のドアをあけ、そこから青年は転がり出た。アスファルトにたたきつけられたが、手馴れたもので青年は大した手傷も負わずに逃げ出す事ができた。直後、前のほうからすさまじい光と熱が吹き上がった。
「…い、いたた。」
 青年、ラグ=ギーファスは、腰の辺りをそっと押さえながら起き上がった。ずれたゴーグルをかけなおし、彼は先ほど乗っていた車を探した。それは、すでに火を噴きながらガードレールの下に落ちているようで、今はひたすら煙が上がるばかりだった。
 ため息をつき、ラグは少しこげたコートを払う。そこまでやる事も無いのに、と一瞬思ったのだった。
「ひどいことするなあ。なにも、僕一人殺すのにここまでやること無いじゃない。」
 そう思うと、自分のやったことは棚にあげて、なんとなく相手が気の毒な気がする。前と後ろから迫ってきていた車とオートバイが、次々、彼の周りを取り囲み始めた。
 ばたん、ばたん、と車のドアが次々に開き、中から武装した男達が姿を現す。
 ラグは、軽く肩をすくめた。
「また、こんなに一杯いらっしゃらなくてもいいのに。…困ったなあ。こんなに大勢いらっしゃると、どうやって話し合えばいいんだか、僕には見当がつかないや。」
「話し合い?笑わせるなよ!小僧!」
 降りてきた男の一人が、苛立ちながら怒鳴った。ラグは男の怒りを静めるように、愛想よく笑って見せた。いや、もしかしたら逆効果を狙ったのかもしれない。
「…笑わせてしまったのなら謝るけど…、…でもね……君達にも一応言っておかなくちゃ。」
 ラグの持っている雰囲気が、ふらりと変わる。どこか不気味なそれは、あのラグレン=ファンドラッドと良く似た、なんとも言えず、寒気が走るような感覚だった。青い月光が彼をそう見せているのか、それとも……。
 そんな中、ラグはふと口を開いた。
「…僕は、こうしているときが一番幸せな人種なんだ…。だから、何が起こってもお互い戦闘員ということで恨まないでね。あらかじめ、覚悟はできてるんだろう?」
 もしかしたら、ラグは、にやりとしたのかもしれない。ただ、月の逆光を浴びた彼の表情は良く分からなかった。


 M.E.Dのアジトであるその建物の中央司令部では、今、情報の収集に追われている最中だった。当初立てていた計画が大幅にずれこんだのである。このことは、かなり大きな衝撃であった。まずは、正確な情報を手に入れ、それを元に作戦を立て直さねばならない。
 今現れたという報告のラグ=ギーファスとは何者か。それに、ギルバルトがライカンスロープだという話も聞いていない。最初から言えば、ファンドラッドが、銃撃では死ななかったことも予想外なのだった。それらすべてに関する信用性の置ける情報をあつめなければならない。
 上司らしい中年の少し貫禄のある男が、ひげをなでながら画面に見入っていた。九つあるディスプレイには、それぞれ、ラグ=ギーファスと森の中で暴れるギルバルトの姿が見えている。だが、ファンドラッドの姿はつかめていない。
「レフト様。わかりました!」
 先ほどからコンピュータにかじりついていた男が、立ち上がった。レフト、と呼ばれた中年は、ゆっくりと彼に向き直る。
「ラグ=ギーファス少尉は、連邦の特殊情報機関の工作員です。カール=エンデが報告してきた名簿に確かに名前が存在します。ただ、あまり活動した形跡が無く、今のところ、軍籍があるということしかわかりません。」
 レフトは、あごを軽くなでた。
「工作員だという事は分かった。だが、…どうして情報機関がラグレン=ファンドラッドに手を貸す?……あの男は、情報機関にパイプを持っているのか?」
 ディスプレイを眺めている事務員らしい男がそれに答える。
「そうですね。確かにファンドラッドが、情報機関に関わりがあるという噂は存在します。ですが、決定的な影響力は持っていませんので、噂の範疇を出ないのです。それに、この事件が連邦軍の上層部に知られた気配はありません。軍に動きはほとんどないようです。彼が、クラッダーズ准将と同じく個人的に協力を依頼したという可能性のほうが高いのでは?」
「個人的に?」
 レフトは、鋭い目を事務員のほうに向けた。
「…もしかしたら、ラグ=ギーファスは、ラグレン=ファンドラッドの息子かもしれませんよ。」
 別の女性が言った。
「何?息子?」
「彼とファンドラッドは良く似ています。背格好、顔つき、それから動作。今ある少ないデータからですので確かではありませんが。」
 レフトは、ふむと唸った。
「だが、ラグレン=ファンドラッドには血縁者がいないはずだ。養子縁組の形跡も無い。それも確かにあったはずだが。」
「しかし、世の中には公にはできない事情をもつ人間もおりますからな。」
 横にいる部下が、意味ありげににやりとする。それに何人かの部下が同調してうなずくのが見えた。レフトは、腕組みをした。
「なんにせよ、工作員が一役買っているとすれば、ただではすまない。慎重に作戦を立て直せ。」
「はっ!」
 部下達は復唱すると、それぞれまた持ち場に戻り始めた。レフトは、再び視線をディスプレイに戻した。いくら探しても、そこにファンドラッドの姿は見えない。それだけに、レフトは得も知れぬ不気味さをそこに感じるのだった。
 表立って動きが無いときほど恐いものは無い。
(ドレンダールさまに報告すべきか否か。)
 レフトは、もう一度あごをなでた。ディスプレイを見る限り、このままではこちらが圧倒的に不利のようである。作戦を即座に変えなければ、こちらの方が叩き潰されてしまいかねない。


「…くそ!まずいもん食わせやがって!」
 ジャックは悪態をついた。乾パンならまだいい。配られた食事は、昔の宇宙食みたいな乾いたもので、最低限の栄養はあるようだったが、まずくて仕方がなかった。いいや、昔の宇宙食でももっと味がいいだろう。
 三分ほど前だっただろうか。書類の山から何か面白い物がでてこないかと、色々探していたジャックは、ノックの音に震え上がった。慌ててそれを隠していると、急にドアが開き、男がろくろくこちらも見ずに「飯だ」と一言いって、これを投げ込んできたのである。
 兵糧攻めにされなくて良かったと思うし、書類を覗いているのをとがめられないでよかったとも思う。だといっても、このまずさを許す気にはなれなかった。
 ジャックは、あまりのまずさに全部食べる事を断念した。といっても、もし飢え死にしそうになったときの事を考えて、彼はポケットの中にそれをそっとしまいこむ。
 こんなものを食べているから、外の見張りの連中は顔がこわばっているんだよ、と悪態をつき、彼はごろんと横になった。
 本来なら、今頃、ファンドラッド手製のかなりレベルの高いディナーが楽しめたはずなのに。
(爺さんのやつ、アブナイ人ではあるが、飯作るのだけは、フッツーにうまいからなあ。)
 ジャックは、横になったまま上を見る。監視カメラと視線が合うのだけは勘弁してほしかったが、逃げ場もないのでこの際仕方が無い。
 こうしてファンドラッドの助けを待つだけというのも、退屈なものだった。まるで、蛇の生殺しみたいな気分である。いつ、ばっさりやられるか知れたものではない。
 だからといって、今すぐ殺せというような気分には、ジャックは絶対にならないのであったが。
(早く助けに来てくれないかなあ。)
 ジャックは、ふと重い気分になる。面白いものも見つけたし、今なら自慢だってできるのに。そうしたら、ファンドラッドはどんな顔をするだろう。一度ぐらいほめてくれたっていいと思う。
「…オレ、…あんたのこと、なんだかんだいって信じてるんだよな…」
 ジャックはぽつりと言う。思えば、どうしてあんなに危ない男をここまで信じてしまっているのだろうか、ジャックは、自分がわからなくなる。
 ファンドラッドのどこがどう危ないのか、ジャックはそれなりにわかっているつもりである。ファンドラッドには、何か普通の人間にはある人間性というものの一部が、はっきりと欠けているのである。それが具体的に何かといわれると、ジャックにも答えにくいのだが、彼の欠落した部分が、他の者に彼を不気味に思わせ、更に危険だと思わせるのだろう。
「でも、オレ…」
 だが、ファンドラッドは、あの日、彼を助けた。文句を言いながらも、今までファンドラッドはジャックの出した無理をすべて飲んできた。そして、あんなに色々やっているのに、ファンドラッドは未だに本気ではジャックに手をあげない。叩いたとしても、いつも手加減している。
(オレは、あんたは…いい奴だと思ってるんだけどな…。)
 急に、どこかで警報が鳴り響いて、ジャックは慌てて飛び起きた。ドアに張り付いてそうっと聞き耳を立てる。外で、一斉に人間が走り去る音がする。
 どうやら、とうとう誰かが侵入してきたのかもしれない。そうでなかったとしても、確実に近づいているのは確かだ。
(オレは、あんたを信じてるんだぜ…。だから、早く助けてくれよ。)
 ジャックは、扉の向こうの音を聞き取りながら、そう心でつぶやいた。


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