Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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第二十話

彼らがそのまま中に入ったときにはすでに、廊下にターゲットの姿はなかった。廊下の両端に、たくさんの部屋があるのだが、その鍵がかかっていたはずのドアがすべて壊されて開いていた。上の監視カメラは真っ先に壊されたらしく煙をふいている。
「手分けをして探せ!」
 小隊長は厳しく命じ、よく訓練されているらしい戦闘員達は、おのおの二人ずつに分かれて散らばった。
 ちょうど中ほどの部屋に二人が入る。部屋の中には、ひとつドアがあり、また別の部屋へと繋がっている。ここには人がいる気配はない。もう一つのドアを調べようと、一人が前に、もう一人が後ろに続いた。
 ドアに手をかけようとしたとき、突然電源が落ち、室内はおろか、廊下ごと暗黒に閉ざされた。バンと入り口の扉が突然閉まる。同時に後ろにいるはずの相棒の気配が無くなった。
「どうしたっ!」
 叫んだが、返事は返ってこない。闇を透かしてみるが、そちらに人はいないようだ。いきなり、青い火花が部屋の一角から飛び散った。そこに向かって発砲するが、ただ壁に跳ね返る音だけがした。
「どこにいる!」
 男は唸り、舌打ちする。
「小ざかしい小細工を!」
「あいにくと細工は得意なんだよ。」
 後ろで声がした。振り返ろうとしたとき、彼は鈍い衝撃を感じて、そのままばったりと倒れこむ。
 背後に立っていたファンドラッドは、持っていた銃をくるりと回すと静かに言った。
「私は元々は要人暗殺用の工作員訓練を受けてたんだよ、闇を逆手に取れば私のほうが有利なんだから…、なんて気絶してる奴にいっても無駄かな?」
 ファンドラッドは、男をまたいで、まだ火花を上げている、先ほど自分自身が断ち切ったケーブルの一端をつかんだ。コートの左袖をめくり、腕時計サイズのモバイルコンピューターに接続する。ややあって、その小さな画面に映りこむものを確かめながら、ファンドラッドは、軽く額を押さえる。
 ぶつぶつと何か数字の羅列のような事を唱えるように言いながら、やがて彼はふうとため息をついた。小さな画面に数字と英語がすさまじい勢いで表れていく。しかし、彼の顔に安堵の表情はなかった。
「何とか成功したが…」
 監視カメラの情報を盗んでみればすぐにわかった。ジャックのいる場所は、地下の倉庫のような場所だ。だが、シェロルの場所がわからない。重要な区域周辺の情報は、さすがにかなりのプロテクトがかかっている。何とか外そうとしてみたが、時間的にそろそろ限界だ。怪しんだ連中が飛び込んでくる可能性がある。それに、とファンドラッドはつぶやいた。
「…これ以上やっても、私のほうにダメージが……」
 ふと、顔を上げた。そして、そのままケーブルを外し、身を後ろに倒す。暗い室内に火花が散った。音はならなかったが、銃弾が壁に当たったらしい。
 そのまま後ろに手をつき、半回転して体勢をつくる。足元に飛んできた弾を避け、そのまま身を翻す。
 闇を透かすと、入り口ではなく別のほうの扉から戦闘員の姿が見えた。どうやら、横の部屋と前の部屋を介して間接的に繋がっているようだ。
 ファンドラッドはそのまま入り口のドアを倒して、そのまま外に出た。物音からと、おそらく赤外線スコープをつけている連中か、またその機能がついている連中かが、鋭く彼が外に出た事を嗅ぎつける。
 ビシッと音が鳴った。
「チッ!」
 ファンドラッドは舌打ちする。右足に一発被弾したのだ。右側から来る攻撃には、相変わらず判断が遅れる。
「全く、不便なもんだ。」
 ファンドラッドはわずかに自嘲した。被弾した右足が、何かきしんだ音を立てる。痛みは感じないが、このまま全速力で走るのは危険かもしれない。
 戦闘員を闇に巻いてかわす為、近くの物置らしい場所に逃げ込む。逃げ込む前に、前方に握っていた拳銃を滑らせておいた。それが、廊下の端で音を立てれば、おそらくそちらに気をとられるはずだ。
 ほんのつかの間、時間を稼げればそれでいい。
 ファンドラッドは、ロッカーの裏側にもぐりこむと、その場にしゃがみ込んだ。周りには、使われなくなった事務用品から日用品が、乱雑に置かれていた。身を隠すにはちょうどいい場所である。
 軍靴をを脱がせて、足首を見る。ちょうどその間接部分に入り込んだ弾丸を抜き取り、その場に捨てる。ファンドラッドはため息をついた。望めば痛みを感じる事のない身体だ。多少傷んだところで、何の感情もわかない。ただ、時にそれが重荷のようにのしかかってくる事があるだけのことである。
 体が多少傷つこうが、壊れようが、何も感じない。――それが、意味する事は、つまるところ、彼が他の人間達とは違うということなのであるから。
 ファンドラッドは、その考えを打ち消すようにゆっくりと立ち上がった。目の前で何かが光る。念のため、身構えた彼の目には暗いながらに彼の姿が映っていた。
(なんだ、鏡か。)
 そう思い、ほっとしたのもつかの間、ファンドラッドはその場に釘付けになった。
 そこに映し出されたものは、コートを着た長身の男の姿である。ただ、その顔の右側、先ほどロボットの熱線を食らったそこだけは――。
「うわあああああああああ!」
 ファンドラッドは絶叫し、駆け寄って鏡を粉々に打ち壊した。恐ろしいものを見たかのように、その顔は恐怖に引きつっている。肩で息をしながら、ファンドラッドは、粉々になった地面の鏡を見ていた。
「…な、何を恐がっている。」
 自分で言いながら、ファンドラッドは自分が何を言っているのかわからなかった。
「わかりきった事じゃないか、…お前は知らなかったとでも言うのか? お前の、この中がどうなっているかぐらい。」
 冷静なほうの自分の言葉だろうか、とファンドラッドは思った。口は勝手に言葉をつむぎ、彼自身を落ち着かせようとしているのかもしれない。
「何を恐がっている。…何が恐いというんだ?」 
 顔の右側を押さえる。それと同時に、自分の中の感情をおさえるようだった。
「ひっ!」
 別の悲鳴が近くから聞こえた。ファンドラッドは、まだ動揺がおさまらない瞳をそちらにむけた。隊員を前に行かせ、自分は一人で後ろを探していたのか、小隊長らしい男がそこにいた。おそらく、鏡をわった音を聞きつけてきたのだろう。
「見たのか…?」
 ファンドラッドは、冷たい目を男に向けた。感情のない、人形のガラス玉のような目だった。
「今…、私の顔を見たのか?」
 普段の飾った言葉とはずいぶん印象の違う口調だった。沈んだ低い声だが、感情のこもっていない空虚な声だった。今までの恐怖とは一味違う。ファンドラッドは、普段から、何かしら危険な感じがした。だが、今回の恐ろしさは本質からして違う。逆鱗に触れたといっても差し支えないかもしれなかった。触れてはいけない何かを、見てはいけないものを、おそらく見てしまったのだ。
「ち、違う!」
 反射的に小隊長は叫び、首を振る。それでも、ファンドラッドは、うつろな表情のまま、しかし、妙に恐怖心を煽る視線で彼を射抜いていた。視線が自分の右半面に集まっているのが、はっきりとわかっていたのだろう。
「……やはり、見たんだろう?」
「ち、近づくな!」
 小隊長は、怯えながらもあるものを思い出していた。
 最初は他人の空似だと思っていたのだ。ただ、似ているだけだと。だが、その顔を見てわかった。その、顔の右側は、この前のロボットにやられたせいか、皮膚と装甲に損傷があった。その下にあるのは、確かに人間のものではない機械の部品だ。鉄色の装甲と、そして少しショートしているコードが目に入ってくる。
 そうだ。やはり、この男は生身ではない。そして、それは彼にある可能性を思い起こさせたのである。
「その顔、どこかで見たと思っていた。…今ようやくわかった。」 
 恐怖に顔を引きつらせながら、かえって高い声で小隊長は叫ぶように言った。
「オレはザヴァルニア出身なんだ。…その顔は覚えてるぜ。ああ、忘れるはずがないとも。」
ファンドラッドは無表情だ。
「本で見ただけだが、やっぱりそうだな。はははははは。」
 恐怖のためなのか、興奮のためなのか、笑い声を立てながら、小隊長はあとずさった。
「全身機械になって生きてたのか? いや、それとも、あの時妙な実験ばかりしてたらしいからな、本物か、それとも本物じゃないのか? どっちなんだよ? ああ、昔は、すごい技術があったっていうからな。…あんたか、あんたの上司か、どちらかが技術者を皆殺しにしなければ、い、今も続いていただろうが…」
 幽霊でも見るような、そういう目で、小隊長はファンドラッドを見ていた。
「百五十年前の独裁政権時代…、あの時、ちょうど軍の最高…」
「それ以上言うなッ!」
 ファンドラッドははじかれたように叫んだ。小隊長は息を飲み込んだ。
「お前に何がわかる! 私の何が!」
 もはや、彼の目は、いつもの彼のものではなかった。ほとんどガラスのような、あの無感情に、冷たい瞳のなかに、何か得体の知れない怨念のようなものが浮かび上がって見えた。
 だん! と、ファンドラッドの履いている軍靴が音を立てる。
「そんな事で、私の何がわかるというんだァッ!」
 激情に押し流されたように、ファンドラッドは左手でロッカーを叩いた。ばあんと音がして、そのままそれは床に倒れ、埃を巻き上げた。
 小隊長は、恐れつつ後退した。声を聞きつけたのか、近くにいたらしい何人かの戦闘員と、それからガード用のロボットが駆けつけてくる。ファンドラッドは、冷たい瞳をそちらにさあっと走らせた。
 前方から銃撃しながら敵が突っ込んできても、ファンドラッドは少しの躊躇もしなかった。そのまま前に進み続ける。あちこちに被弾しても、彼は全く気にしなかった。そのまま、軍靴を踏み鳴らしながら歩いてくる。
 確実にダメージは与えているはずなのに、目の前の人物は、それを気に留めない。少なからず改造されている自分達でも、多少は躊躇するし恐れるものである。だが、目の前の男は違うのである。どこに弾が当たろうが、まるでお構いなしだ。
「く、くそっ!」
 一人の男が銃を捨てた。おそらく弾を使い果たしたのだろう。そのまま、腰に手を回す。そちらにあるサバイバルナイフを使う事にしたのだろう。そのまま、ぎらりと光る刃物を抜き、彼は目の前の得体の知れない男に飛び掛った。
 カッとファンドラッドは見えるほうの左目を見開いた。今まで弾を避ける事すらしなかったファンドラッドは、身体を素早くそらして男の一撃を避ける。そのまま飛び掛ってきた戦闘員の腕をつかみ、投げるようにしながら床にたたきつけた。
 腕の間接部分の部品をやられたのか、男の腕の部分から青い火花が散っている。
 そのまま、きっと残りの男たちに目を向けた。そのまま、ふらりと幽霊のように足を進める。小隊長にまっすぐに向かってくるのだ。
「や、やれ! 殺せ!」
 小隊長は叫んだが、部下達はすぐには動かなかった。みな、腕利きの命知らずばかりのはずだ。多少の犯罪には心など痛めないような、そういった男たちばかりのはずである。しかし、その空気は異様だった。怯えるなというほうが無理かもしれない。
 目の前にいる男は、人間どころか、すくなくとも生き物にすら見えない。強いて言うなら、死んだまま動いているものに近かった。
「笑うなら、笑え!」
 ファンドラッドの声は悲鳴に近かった。
「…無様だと笑うなら笑うがいい!」
 その声に触発されてか、部下達が仕方がなく飛び掛る。しかし、恐れを知らないファンドラッドと、一端空気に飲まれた人間では勝手が違う。ガード用のロボット単体では、もちろん、互角に戦えるわけもなかった。
 小隊長は、目の前で部下が次々にやられていくのを、呆然と見ていた。邪魔者がいなくなるや否や、またファンドラッドの目は小隊長に向くのである。
 のどから出る悲鳴を押さえながら、彼は後ずさる。逃げたかったが、足がうごかなかったのだ。 
「独裁国家の何だ? 軍の最高権力者が何だというんだ! 私のなんだと!」
「よ、寄るな!」
 ファンドラッドは、話を聞いていないようだ。ただ、まっすぐに進んでくる。彼に攻撃しようとした対人迎撃用のロボットは弾き飛ばされて、そこに残骸になって転がっている。頼みにしていた部下のサイボーグたちも、それぞれ足や何かをやられて気絶したり、その場に倒れ伏している。
 小隊長は、恐怖に震えたまま、壁に背をつけた。
「言え! お前が何を知っているというんだ!」
 ファンドラッドの手が、がくがくと震えながら小隊長の首をつかんだ。そのまま、締め上げながらファンドラッドは詰問するような口調で言う、というより叫んだ。
「『あの人』が何だというんだ! お前は知っているのか!」
 小隊長が、首を振っても力は緩まらない。ファンドラッドは憑かれたような目をして、おそらく彼など見ていない。どこか、違うところにある怨念でも見ているかのようだった。
「お前に何がわかるんだ! 『あの人』は!」
 小隊長は口から泡を吹いて気絶してしまった。抵抗していた腕から力が抜けたのを感じ、ファンドラッドは我に返った。自分の行為を恐れるように、手を慌てて離して引き下がる。もう少しでそのまま絞め殺すところだったらしい。気を失って倒れている小隊長から目をそらし、周りを見回す。その有様を見ながら、ファンドラッドは、感情のままに走った自分を恐れた。
「ああ……」
 ファンドラッドは彼らしくもない嘆息を漏らした。未だに力がはいってわなわなと震える手を見る。手袋が破れて、中から鉄色が覗いている。それから目をそむけ、ファンドラッドは壁に額をつけた。嘆くような声で、ただぼそりとつぶやいた。
「…私は、お前達とは『違う』…ものの壊し方しか知らない……」
「ひいいっ!」
 ふと、ファンドラッドは声のしたほうに目を向けた。今頃になって発声機能を取り戻したらしい、腰を抜かしていた戦闘員の一人が立ち上がった。ファンドラッドと目が合い、慌てて、立ちつ転びつ、もがきながら逃げ始める。
 しかし、ファンドラッドは逃げる男を追いかけようともしなかった。そのまま、目で見送っただけである。
 ガラス球に色をつけたような、その瞳で……。
「……お前達がうらやましい…」
 ぽつりとつぶやいた彼の声はほとんどかすれていて、まるで泣いているような声だった。

 


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