Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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第二十二話

 ざくざくと落ち葉を踏んで森を進む。足元の機械類を蹴っ飛ばすと、谷の向こうに落ちていってカランカランと音を立てる。
「全く、なんでこんなにしつこいんだ。」
 ギルバルト=クラッダーズは、ため息をついた。足元には破壊された機械がまだ青白い光を放っている。戦闘用のロボットらしい兵器の残骸のようだった。そういったものが大量に、この森の中に仕掛けられている。思ったよりも進めなくなったのは、普通の戦闘員では埒があかないと思ったらしい敵方が、こうしたやっかいな連中を差し向けてきたからである。
 そのほかにも、いわゆる戦闘のための改造を受けた連中も混じっていて、さすがのギルバルトも木の陰に身を潜めながら進まざるを得なくなってきた。
 しゃあっと、風を切る音が耳をかすめる。ギルバルトは素早く身を翻した。先ほどいた場所に、何か独特の動きをするものが、飛び込んでくるのがわかった。相手の爪のようなものが、軽く髪の毛を掠ったらしい。そのままギルバルトは、森の中に飛び込む。後ろから何か獣の声がする。人間にも近いといえば近いが、寧ろ大きな獣に近いシルエットが、月の光にさっと浮かび上がるのがギルバルトには見えた。
「ちっ!」
 舌打ちし、ギルバルトは大木を前にして身体を翻す。そこに四足で走る毛むくじゃらのものが突っ込んできた。木の枝に向かって飛び、そこにつかまる。獣は躊躇無くそのまま突っ込んできた。幹に激しく傷が付き、木がゆれて、枝も激しくゆすぶられる。つかまっていても振り落とされると判断したギルバルトは、そのまま獣の背に降り立ちながら、その腹を蹴り上げた。
獣はうめきをあげ、倒れそうになるが、そのままうまく方向転換をする。ちょうど月の光が、森の木々の葉の隙間から降りてきていた。そして、ようやくギルバルトは相手の姿を捉えた。
「なに!」
 ギルバルトは軽く唸った。それは驚きからである。そこにいたのは、背の高い彼の二倍も三倍もあると思われる、大きな猪のような獣だった。だが、ただの大きい猪というだけのものでもなさそうだった。その両目は、ギルバルトに対する殺意にあふれかえり、おまけに正確に彼めがけて攻撃をしてきている。その攻撃が、どうも人為的なものに感じられた。
(なにかで操られているのか? それとも…)
 ギルバルトは、鋭い爪の生えた右手の、その爪を引っ込める。その手に拳銃を握った。中に特殊な銃弾を入れる。それを待たずして、猪は牙をむきながら、ギルバルトをその牙で貫こうと突っ込んできた。側面に逃げ込みながら、地面すれすれに身を伏せる。それと銃弾を装填し終わった。
「うおおおおお!」
 叫びながら、ギルバルトは巨大猪に拳銃を何発か打ち込んだ。獣は咆哮をあげ、そこに止まると、ギルバルトの方に方向転換した。どうやら、普通の猪よりは、素早く方向転換ができるらしい。
「くそっ! 化け物がッ!」
 ギルバルトは、もう一度とどめの一発を打ち込む。今度は喉に当たったはずだが、それでも猪は止まらない。ギルバルトは、弾切れの銃を直しこむと、右手を素早く変化させながら自身も猪のほうに突っ込んだ。真正面からいくと見せかけ、眼前で素早く半歩横にずれる。さすがに獣はそれに対して反応できなかった。
 ぐっとその足をつかみ、そのまま持ち上げる。抱えあげるようにしながら、ギルバルトはタイミングを見計らって、猪を投げ飛ばした。
 地面に叩きつけられ、猪はとうとう動かなくなった。もしかしたら、ギルバルトが打ち込んだ銃弾が、急所に当たっていたのかもしれない。
 息を切らし、肩を大きく揺らしながら、ギルバルトはその獣を見た。毛むくじゃらで、どこかしら醜悪なところのある大きな猪だが、到底野生の動物には思えなかった。何か、人為的な匂いがする。
「これは…バイオテクノロジーの産物か?」
 今までの敵とは違う。今までのライカンスロープは少なからず人の姿をしていたし、連中の大半は望んでそうなったようなところがある。しかし、これは最初から兵器にするために、猪を改造して「作った」という感じだった。
「まったく、なんてことをする連中だ!」
 ギルバルトは、ふと吐き捨てた。遺伝子操作で作られるものは世の中にあふれかえっていたが、戦争目的の兵器として命を利用するという話にはさすがに嫌悪を感じたのだった。
 がしゃ、と金属音がする。耳のいいギルバルトはすぐにそれに気づいた。相手はまだギルバルトを射程に入れていないのは、その音から逆算してわかった。
 次の敵がいる。ギルバルトは慌てて身構えた。今度は無機的な感じの動きをするものだった。拳銃に手をだしながら、ギルバルトは戦闘体勢に入ったが、その前にそれは煙を吹きながら前に倒れた。
「ああ、やっと見つけましたよ!」
 明るい男の声が聞こえた。男は倒れた敵を眺めて物色しているようだった。まだ青白い火花が飛んでいる。
「へぇ、新手のサイボーグかと思いきや、こいつ、全身機械だな。」
 がしゃん、と壊したような音がして、そのまま身構えているギルバルトの元に、男がすたんと降り立ってきた。正確には三十台半ばといったところである。快活そうな印象の男で、顔はそこそこ二枚目に出来ているのに表情は割合お調子者風だった。軍人風の動きだが、大きな目は街の若者のような明るい荒っぽさを感じさせた。少々気が荒いが、面倒見のよさそうな男といった印象がある。
「ふー、探しましたよ、山ん中。」
 男はそういうと、にやりとした。ギルバルトは闇を透かして相手を見ると、驚きと喜びの入り混じった声を上げる。
「早いな! サヴァン!」
「…呼び出しを反故にもできんでしょうが…。教官は言う事がむちゃくちゃなんですよ。慌ててきたんですから、後でなんかおごってもらいたいもんですよ。」
 ケイン=サヴァンは、ふうとため息をついた。
「しかし、後の部下はどうした?」
 サヴァン大佐の後ろにいるのは、ちょっと冴えない男が二人。何となく平凡な容貌に、ギルバルトが少し失望したのを見て取り、サヴァンはごほん、と咳払いした。
「こいつらは、こう見えてもなかなか強いんスよ。ちょっと顔が冴えないだけですよ。口も堅いし、ちょっと押しが弱そうなだけです。」
「隊長…。それって…」
 かばっているのかかばっていないのかよくわからない言葉に、部下達がため息をつく。いつものことらしく、彼らはなれているようだった。
 とりあえず、サヴァンは特殊部隊の隊長なので、まさかそんな温い部下がいるはずもないので、ギルバルトはとりあえずそれはそれでおいておくことにした。
「それはまあいいとして、他の連中はどうしたときいているんだがな。」
 ギルバルトが首をかしげると、サヴァンは肩をすくめた。
「冗談じゃないですよ。二名で充分です。これ以上やるとオレの立場がどうなると思ってんですか!」
「まさか、それだけしかつれてきていないのか?」
「当たり前です!」
 きっぱりと答えて、サヴァンはふうとため息をついた。
「隊をつれてこいだなんてそんな無茶なことには従えねえですよ。これは、オレとこいつらの個人行動ってことで、あくまでプライベートな行動です。はい!」
「ええっ! 個人行動なんですか!」
「任務だときいたから…!!」
 部下の二人が一斉に非難の声を上げ始めた。サヴァンは彼らをチラッと睨む。それだけで、二人は思わず黙ってしまった。
 サヴァンはにやりとすると、なれなれしく二人の肩に手を回した。
「まぁ、そういうなって。無事に生きて帰れたら、お前達二人には焼肉をおごってやろう! それで、問題ないよな! 万々歳!」
「焼肉…」
「そんな、焼きにくぽっちで…」
 ぶつぶつといいながら、地面を見て暗くなる二人に、サヴァンはふといらだった。今までなれなれしくしていた手で、片方の部下をぐっと掴む。掴まれた部下が怯えて、肩をすくめた。
「こら、てめえら! 上官のオレに逆らおうってのか! あんっ!」
「こらサヴァン、強制はよくないぞ。」
 などと、ギルバルトが彼には全く似合わない注意を飛ばす。あんたに言われる筋合いはねえよ、といいたげに、しかし仕方がないので、サヴァンは部下達を睨むだけ睨んでから、手を離した。
「と、そういえば、教官はどこですかね。いや、正直あんまり会いたくないんですけど…」
「ああ、そういえば、連絡とるの忘れていた。」
 ギルバルトが顎をなでながら、一言ぼそりといい、思い出したように通信機を取り出した。何度か通信が入った形跡はあるが、山を歩くのと敵を撃退するので必死だったので、いつ受信したものかわからない。
「いかんなあ、あいつと一緒に攻め込むつもりだったのだが、どこでどうしているやら。」
「そ、それって、やばいじゃないですか! あの人、変なとこで繊細だから無視したら根に持ちますよ。」
「うむ、そういえばそうだ。」
 どこか他人事のようなギルバルトにため息をついていると、いきなりギルバルトの手の中の通信機に通信が入ったようだった。慌ててギルバルトは、それをサヴァンに押し付ける。
「な、なんですか?」
「ええい、面倒だ。貴様が出ろ!」
 文句を言われるかもしれないのが鬱陶しいらしい。それに、サヴァンが二名しか部下を連れてきていない経緯について説明するのが面倒なのかもしれなかった。
「ちょ、嫌ですよ! オレが出たら、あの人絶対なにか文句を…」
 と、サヴァンが言いかけたとき、ギルバルトがすっと息を吸い、びしりとした声で言った。
「上官命令だ!」
(さっき、強制はいかんっていったのはあんただろ!)
 サヴァンは心の中で言い返したが、上官命令は上官命令なので、仕方がなく通信機を取った。そして、突然大人しい声で、ぺこぺこしながらこういった。
「あ、どうも、サヴァンです。ご無沙汰してます〜。」
 急に大人しくなったサヴァンを見ながら、部下達はきょとんとした。意味がわからないらしい部下達を見て、ギルバルトが補足説明をする。
「ああ、ファンドラッドのことだが。あいつが昔、士官学校の教官だったときに、問題児として入学してきたのがあのサヴァンだ。それ以来、頭が上がらない存在らしくてな。」
 最初、いやにぺこぺこしていたサヴァンだったが、急に声を高めた。
「え、ちょっと! そんな、いますぐ来いなんてちょっと……教官…!」
『今、一杯一杯なんだよ! こっちも!』
 やや切羽詰っているらしいファンドラッドの声が聞こえてきた。向こうのほうから騒音が聞こえるので、戦闘中かもしれない。
『どうせ、君は二人ぐらいしか部下を連れてきていないんだろうから、逆に機動力はあるだろう? じゃあ、さっさと現れたらどうなんだ?』
 図星をさされ、サヴァンはぐっと詰まる。苦笑いを浮かべながら、まるで当人がいるかのような表情をしながら、サヴァンは何とかごまかそうと試みる。
「い、いや、それはその……他の奴らが、なんか集団で風邪を…」
『言い訳無用。その代わりに二十分でこっちきなさいっていってるだけでしょうが。簡単だろ。』
「二十分は無理ですよ!」
 サヴァン大佐の必死の叫びにもかかわらず、ファンドラッドは冷たい事を言った。
『早く来いということだよ。つまりは努力をすればいいことだ。一時間以内にこれたら、君に焼肉をおごってあげよう。』
「ちょ、焼肉て…」
 どこかで聞いた台詞だ。苦々しく思いながら、サヴァンは相手の態度に腹を立てる。だが、面と向かって文句を言うのも恐いので、彼はなるべくやんわりといった。
「教官、勘弁してくださいよ! 焼肉では、命なんかかけられませんよ! かわいい教え子がひどい目にあってもいいっていうんですか!」
『リトル・ケイン!』
 いきなり昔の呼び名で呼ばれ、ケイン=サヴァンはびくりと肩をすくめた。
『お前が喧嘩で捕まったときに、かばったのは誰だと思ってるんだ? そのほかにも、お前が問題を起こすたびに、私が証拠を消して回ったんだぞ! 大体お前が万引きしたときには、身柄の引き取りに私が……』
 いきなり悪行を羅列され、慌ててサヴァン大佐はファンドラッドの口を止めようとする。部下の手前、万一聞かれたら大変だ。示しもなにもあったものでない。
「そ、それはわかってますって! でもですよ! 人間には限界というものが…」
 と、電話口の向こうで銃撃の音が聞こえた。
『悪いが今はお前にかまってる場合じゃない! じゃあ、フルコースに変更しよう。文句はないな、じゃあ!』
「あっ、ちょっと、待っ…きょ、教官ッ!」
 ぶちっと容赦ない音を立てて通信が切れた。どうやらもう繋がらないらしい。繋がったところで、ファンドラッドがとってくれるかどうか…。サヴァンは、通信機を地面に投げつけながら、忌々しげに吐き捨てた。
「畜生! あの閣下が!」
「閣下?」
 部下の一人が聞きとがめて思わず反芻する。サヴァンは後ろを向くと、軽い口調ではなしかけた。
「ああ。あの教官のアダナだよ。…ま、オレがつけたんだがな。何となく閣下っぽいだろ? で、つけてやって、憂さ晴らしに笑ってたんだがよ。笑ってるのがばれたら、後ろから指揮棒が飛んできやがってさ…。それからにんまり笑ってこういうんだぜ。『刃物じゃなくてよかったね、ケインくん。』思い出すだに腹が立つ!」
 サヴァン大佐は、一通り盛り上がってから、ふうとため息をついた。
「ったく、何がリトルケインだ。オレがいくつだと思ってんだ、あのくそ爺!」
 といいながら、通信機を蹴り飛ばそう…として、慌てて拾った。壊したのがばれたら、ファンドラッドになんと言われるかわからない。
「一時間以内なら飛ばせばなんとかなるかもしれんな。」
 話をきいていたのか、ギルバルトがそんな事を言った。
「しかし、この森、他にもなんかいるんでしょ? そんな簡単に突破できるかどうか…。まあ、あの人一人にしておくのも心配ですがね。」
 サヴァンはやや自棄気味に吐き捨てるが、ふと我に返ったように付け足した。 
「実は、リュードル博士から電話がありましたよ。あなたに電話かけたんだけど、つながらねえってんで。」
「なんだ?」
 ギルバルトが、リュードル博士という言葉に反応した。彼が連絡をしてくるということは、なにかしら重要な事だろう。そうでもなければ、あのものぐさが連絡をくれることなどないのである。
 サヴァンは部下から距離をとると、そっとギルバルトに小声で言った。 
「ああいう話になると、教官はまじめに必死になるから、その辺りが心配だって。まあ、自身も関係ありますからね。気持ちはわかりますけど。」
「なるほどな。」
 ギルバルトはふうむと唸る。確かに、この事件はファンドラッド本人には無関係な事ではない。 
「そんで、一人にしておいたら何するかわかんねえから気をつけろとかおっしゃってましたよ。一人にしといて大丈夫ですかねえ。さすがに後味の悪い結果になられたら、寝覚めが悪いですよ。」
 さすがに心配はするのか、リトルケインことケイン=サヴァンは不安げに言った。ぱちん、とギルバルトが指を鳴らす。
「さすがのあいつもそこまで無理はせんだろ。」
「なんですか? その根拠のない自信は? また獣の勘ですか?」
 最後のは、ちょっとした皮肉だったが、ギルバルトがそれに気づいたかどうかはわからない。ただ、少しだけ睨まれたので、おそらく何を言ったかばれたらしかった。
「子供がついていってるようでな。」
「は? ガキ?」
 ケイン=サヴァンは、きょとんとした。
「そうだ。多分、特にあの小僧がいる限り、そんな無茶はやらんだろう。どうせついてくる小僧を守りながら走らねばならんからな。」
 ギルバルトの言った事は、サヴァンにはよくわからなかった。むしろ、あのファンドラッドと子供の取り合わせがよくわからない。士官学校の生徒ぐらいの年齢ならともかく、ギルバルトの言っている「子供」がどうにももっと幼い子供のようだったから余計だ。
 サヴァンは、首を傾げたが考えるのをやめた。考えるのは面倒で、彼の性には合わなかった。

 


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