Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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第二十四話

 狭い通気口は暗くて、あまり快適な場所ではない。ラグが前をいき、ジャックはその後ろを進んでいた。
「君が見つけてきたあのゼッカードの中身だけどね。」
 ラグはそういいながら、前に進んだ。その言葉にジャックは、ふと期待する。ジャックは、そもそも好奇心が旺盛な方だ。だから、ゼッカードの中身など、ラグが話してくれないだろうと思っていたので、興味が俄然湧いたのである。
「ゼッカードっていうのはね、そもそも、感情あるロボットを動かす為の感情から動きまでを含むプログラムなんだよ。」
 その内容にジャックは軽く失望した。
「それは昼間爺さんに聞いた。その完成版がそれなんだろ。」
 ジャックは素っ気なくいった。知りたいのはその先だ。
「話は最後まで聞くもんだよ。」
 ジャックにくぎを差してから、ラグは再び話し出した。
「完成版だけど、それだけじゃないんだよ、それ。プログラムだけあっても、それに対応したハードがなくちゃコンピュータだって動かないだろ。そのハードに関する設計図が入ってるんだ。だから、大問題なんだよ。」
「なにそれ。設計図。」
「戦闘用ロボットの設計図。しかも、完璧すぎる人型のね。」
 ラグはそういって、そっと周りをうかがった。盗聴されていることもないようだし、見られていることもないらしい。もとより、人もいない。
「…ジャック。ここで僕が言うことは、あまり口外しないでくれ。約束できるかい?」
「え、あ、う、うん。」
 ラグが急に低い声でまじめに言ったので、ジャックは思わず飲まれて慌ててうなずく。ラグはそれを目の端で確認すると、少し息をついた。
「じゃあ、はなすことにしよう。…昔、この星のザヴァルニアっていう地区に独裁政権がたってたんだ。その時のザヴァルニアにはすごい技術があってね、今は禁じられている人型ロボットもあったし、クローンの製作なんかもよくしてたんだそうだよ。もっとも、その技術は、一部の科学者がどこかの天才から受け継いでひっそりと研究を続けていたものなんだそうだけれど。」
「話がわからないよ。」
「だからー、話は最後まできいてっていってるだろう?」
 ラグはため息をついた。
「その研究者の中に、ゲインバート博士って言う天才がいた。しかも、実に完璧主義者でね、テスト作品だろうが、少しでも欠陥があることを許さない男だった。」
「ゲインバート?」
「そのゲインバート博士が、ある時、ものすごいプロジェクトを立ち上げた。…そしてそのプロジェクトの産物が、ゲインバートシステムっていう画期的なアンドロイドに搭載するOSだったんだよ。同時に博士は、その動きに対応する完璧な人型のアンドロイドを作ったんだ。」
 ラグはそういい、そっとジャックの方に目を移す。
「独裁政権は、そのうちにクーデターが起こってひっくり返された。だが、一般には知られていないんだが、あれは軍事クーデターのみで滅びたわけじゃないんだよ。」
 ジャックはきょとんとしている。
「うーん、話の先が見えないぜ。わかりやすく言ってくれよ。」
「本筋はこれからなの。おとなしく聞きなさい。」
 ラグに言われて、ジャックは渋々うなずく。彼は要点だけを聞きたいのだが、この男の話は相変わらず長いのだ。単なるしゃべり好きなのかもしれない。
「軍事クーデターが起こる前、ちょうど首脳部で使われているアンドロイドが、謎の暴走を見せたんだ。みんな、おかしくなったみたいで、急に人に襲いかかったり、あるいは自爆したりね。それで上層部がぐちゃぐちゃになった。」
「え、どうしてだよ?」
 ジャックは言ってから、一つの可能性を見いだした。
「もしかして、……コンピュータウィルス…とか?」
「ご名答。アンドロイドってのは、情報端末がついてるんだ。特にガード用のロボットや、戦闘用のは、常に最新状況を知らないといけないだろう? だから、ずーっと何らかの形で情報センターとつながりっぱなしなんだよ。だから、感染が広がるのは早かった。」 
「ゲインバートシステムは完全だった、筈だけど、実は大きな穴があったってこと?」
 ジャックが聞くと、ラグは重い口調でそれを肯定した。
「そうだ。…ともあれ、それで、上層部はアンドロイドの始末に追われたんだよ。もちろん、街で降りていた警備用ロボットなんかも暴走した。その混乱に乗じてクーデターが起きたんだ。…と、ここまではわかったかい?」
「う、うん。まあ。」
 ジャックはとりあえずうなずいた。ラグはそれを軽く確認して、ふと話を変えた。
「それで、ゼッカードの話に戻るんだ。」
「え、そこにつながってたのかよ!」
「だから、話は最後まで……」
「わかったよ、わかったから、はなしてくれ。」
 ジャックは小言をきくのがうっとうしくなり、慌てて話をせかした。
「じゃあ、話すけど…。これにはね、そのゲインバート博士が開発したものの設計図やメモが保存されてた。ゼッケルス博士がどこからそれを手に入れたのかは知らないけど、ゼッカードのプログラム自体は、ゲインバートシステムのホールを補完したものだったみたいだしね。…なにかのデータを彼が手に入れたのは確かだ。」
 ラグはやや真剣な面もちをしているようだった。後ろにいるジャックには、彼の声の調子でしかわからないが、相当重い声だった。
「だから、これは敵には渡せないものなんだよ。わかるかい? これを解析して、ちゃんとこれの通りに組み立てていけば、完璧な人型兵器が量産できるんだ。」
「うわー、そんなにすさまじいものだったのか。」
 ジャックは、ひゃあと声を上げた。
「でも、そんなもんよく娘のぬいぐるみに隠しておいたよな。」
「まぁねえ。……ゼッケルス博士が、どうしても守りたかったと思えば、仕方がないような気もするんだが…ただ……」
 ラグは思わず言いよどむ。ジャックは複雑そうな彼の顔を見上げて、不審そうに聞いた。
「どうしたんだ?」
「…いや、ただ、ゼッケルス博士が、もし、ゲインバート博士みたいな男だったら…と思って……」
 ぽつりと言って、ラグは首を振った。
「まあ、あのシェロルの父親に限ってそういうことはないとは思うんだけどね。」
 やや慌てて彼はそう否定して、前に進み始めた。何となくそれは、ゼッケルスに向けての疑いを晴らそうと無理に振り切ったようにも、ジャックには見えた。



 あれは夢だったのか。それとも夢ではなかったのか。


 父は忙しい人だった。母も忙しい人だったから、そうかまってもらったという覚えはない。ただ、二人は偉大な研究者だときいて、シェロルも意味がわからないながらにほこらしかったのを覚えている。
「シェロル、お友達からぬいぐるみをもらったのかい?」
 あの日、父はそういって、彼女のぬいぐるみを見ていた。娘の誕生日といっても、忙しい父が帰ってくることは少なかった。だから、シェロルは、父が話しかけてきてくれてうれしかったので、そのぬいぐるみをみせびらかした。
「うん、キーホルダーなの。かわいいでしょ。」
 シェロルはそういって、得意げに言った。父は、うっすらとほほえんだ。
「そうかい。なあ、シェロル、これ、お父さんに貸してくれないかなあ。」
 シェロルは思わず首を傾げる。
「いいや、大したことじゃないんだよ。ただ、よく見せてほしいだけなんだ。」
 父は首をふって言った。
「今度、お父さんの仕事場でマスコットロボットを作ることになったんだ。そのデザインの参考にさせてほしいんだよ。」
「うん、じゃあ。これ。」
 シェロルは、疑わずに父にぬいぐるみを渡した。
「でも、壊さないでね。明日から学校にいくのにカバンにつけていくの。そういう約束なんだもの。」
 シェロルはそういって笑った。父は、ああ、もちろんそんなことはしないよ、と答えていたような気がする。
 

 今思えば、あれはいったい何だったのだろう。父は何の目的で、あのぬいぐるみを借りたのか。デザインを参考にしたいなどと言ったのは、もしかしたら嘘だろうか。ジャックはその理由を知っているようだったが、シェロルにはちゃんとは教えてくれなかった。もしかしたら、父は悪いことをしていたのかもしれない。それを、ジャックはシェロルに伝えるのに忍びなかったのかも……。
 父はめがねをかけていて、とても優しそうな人だった。少なくとも優しい人だった。だが、仕事場での彼の様子は一度も見たことがない。だから、彼女は、軍で訊かれたときも、さっき女性に訊かれたときも、父の仕事内容もその産物も何も答えなかった。答えたくないからではなく、ただ答えられなかったのだ。そう思えば、シェロルは何も知らない。本当に何も知らない。
(ジャックくんは、一体何を隠してたんだろう。)
先ほど、ぬいぐるみを取り上げられそうになった。だが、彼らはそれを見ただけですぐに返してはくれた。そのぬいぐるみの背中にほつれがある。中から何かをとりだしたみたいになっているが、一体何が入っていたというのだろう。
「そろそろ、答えてくれる決意ができたかしら?」
 訊かれてはっと顔をあげると、黒いベールの女性がたたずんでいた。この女性は、まるで生きていないかのように静かで、何となく怖い感じすらする。
 いつの間に前にやってきたのか、シェロルは知らない。先ほど、この部屋に通されて、ずいぶんと待っていたのだが、気づかない内に目の前に来ている。まるで、幽霊のようだ。
「ごめんなさい。」
 シェロルははっきりと言った。
「…知らないものは知らないとしかいえないの。だって、あたしはお父さんが何をしていたのかよく知らないんだもの。」
 シェロルは、表情の見えない女性の顔を見上げた。美しい唇だけが、何となく悲しげに見えた。
「ほかのことで協力できることならなんでもします。だから、ジャック君を帰してあげて。」
「あなたは優しい子ね。シェロル=ゼッケルス。」
 ふと、女性は、そういい少ししゃがみこんだ。黒いベールの向こうで、夜空のような色の不思議な瞳がこちらを見ているのがわかった。そうっと彼女のしろい手が伸びてきて、シェロルの頭にふれた。彼女は冷たい手でそっとシェロルの頭をなでる。
「……ジャックというのは、あなたと一緒に捕まった子供ね。」
「ええ、そうよ。」
「その子はとても優しいのね?」
「うん。そうよ。」
 シェロルが、しっかりとうなずくと女性は少し悲しげな表情をしたようだった。
「…そう……」
 シェロルは、何となくこの女性が可哀想になった。それは、おそらく、彼女の瞳に何か、いい知れない哀しみを覚えたからである。
「私の息子が生きていれば、あなたぐらいだったかしら……」
 彼女はふいに立ち上がって、そうつぶやいた。
「あの子もとてもいい子だったわ。……顔は父親によく似ていて、それでとても優しかった。」
そっと、彼女は自分のほおに手を当てた。何か口元が動いたような気がしたが、なんと言ったのかシェロルにはわからない。おそらく、それは、子供の名を唱えたのかもしれない。
「私はあの子の為に、あなたのお父さんの作った「それ」が必要なの。お願い、何でもいいから思い出して……」
「えっ! …でも…あたし……」
「そうしなければ、私の夫が死んでしまうわ。」
 困惑気味のシェロルに頼み込むように彼女は言った。
「私の愛する人、ウィザーク=ガルダン=ファンドラッドが……」
「ウィザーク?」
 シェロルは反芻し、ふとその姓に覚えがあることを思い出す。
(閣下さんと同じ名前?)
「ええ、あのウィザークが……」
 女性は哀しげな目でシェロルを見つめた。
「……ファンドラッド……」
 シェロルはその名前をそっと呟いた。もしかしたら、この女性はファンドラッドの知り合いだろうか。でも、どうしてだろう。何となく、この女性に、彼の名前を告げてはいけないような、そんな気もする。シェロルは、しばらく女性の顔を見上げたまま、黙っていた。どうすればよいのか、彼女にはすぐに判断することはできない。
 
 だが、このシェロルは知らない。彼女が呟いた男の名前が、百五十年前の軍人の名前だと言うことは――。


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©渡来亜輝彦
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