Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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第二十六話

 女性は立ち上がった。
「覚えているわ。・・・あの時、炎が立ち上ったような気がしたの。光がすべてを包んで、私はなにも見えなくなったわ。ウィザークはそばにいてくれなかった。だけど、私はあの人を恨んでいない。」
 怪訝そうな顔をするシェロルを気にかけた様子もなく、彼女はさらに続けた。
「この前に目が覚めたわ。冷たいところから急に目が覚めたから、私はとても驚いた。とても長く眠っていたから。」
「長く?」
「ええ。長く。冷たいところよ。目が覚めるとあの人はいなかった。街も全部変わってしまっていて、とても寂しかった。」
 彼女は目を伏せた。その様子を見ながら、シェロルは胸が高鳴っているのに気づいた。どうしてだろう。どうしてこんなに違和感があるのか。少し恐怖を覚えるほどに、女性の言葉は不安をあおる。
(もしかして、コールドスリープ?)
 科学者の娘のシェロルである。さすがに話にはきいていた。先ほどの光の話とつなげると、もしかしたらこの女性は、何か事故か戦争かで瀕死の重傷を負ったのかもしれない。昔、そういう時に、愛しい人をコールドスリープさせたという話はよく聞く。医療が発達し、助かるようになると目覚めさせるのだが、それでも大半はそのままだとも聞く。
 シェロルの思いに気づかず、彼女は頼み込むように言った。
「だから、もう一度あの人と会うのに、ゼッカードが必要なの。教えて。」
「ど、どうして? どうして、それがいるの? お父さんはロボット工学しかしていなかったわ。・・・その、いない人と会うための方法には・・・」
 ロボット工学の方法で、過去の人間に出会えるはずがない。シェロルはそれに気づいて、言いにくそうにぽつりといった。だが、彼女は首を振る。
「あの人は、探してももういないわ。複製も考えたけれど、髪の毛一本残っていなかった。でも、私は覚えているのよ、あの人が関わっていた計画を。それに、ゼッケルス博士の作ったシステムと同じものが使われていたの。覚えているわ。」
「えっ!」
 シェロルは、驚いて顔を上げた。
「だから、レフトに教えたわ。・・・あの時、どういうシステムが彼らに使われようとしていたのか。レフトは、その情報をきいて、あなたのお父さんがつくったシステムが、一番それに近いと判断したの。」
「お父さんの?」
 それが、先ほどから言われているゼッカードとか言うもののことなのだろうか。シェロルは、なぜか目の前の女性を恐く思った。最初は、どちらかというと物静かな女性といった印象なのに、ファンドラッドと名の付くその大切な人のことを話し出した彼女は、次々と楽しそうにしゃべりつづけるのだ。
 コールドスリープの影響なのか、それとも、大切な人がこの時代ではもういないことのショックからなのか、女性は正気を失っているのかもしれなかった。ただ、彼女はしゃべり続ける。
「もっとも、レフトはわたしがどうして、その情報を教えたのか知らないでしょう。彼と私の目的は違う。」
「計画って何?」
 シェロルは思わず口を挟んだ。恐いと思いながらも、それを聞かなくてはならないような気がしたのだ。
「あなたの大切な人が関わっていた計画って何なの? それに、あなたがしようとしているのは?」
「あの人が関わっていた計画?」
 彼女は振り返り、そして、ふと柔らかな笑みを浮かべた。どこかそれは不安定で、何となく悲しげにシェロルには思えた。
「――それは 、自分と同じ姿の機械人形(アンドロイド)を作る計画よ―――」
 



 続けざまに、腹部に銃弾をくらい、ラグは壁に打ち付けられた。
(くそっ! 自業自得だな!)
 ぼうっとしていた自分が悪い。それを悔やみながらラグは、そのまま壁によりかかってそのままずるずると座り込んだ。傷はそう深くはないが、当たり所がよくない。動力部分に傷が入ったのか、一瞬立っていられなくなったのだ。  前髪がずれて、いつも隠れている右側が見えている。左目とは違い、光をうつしていないアイスブルーの瞳の上に斜めに薄い刀傷が走っていた。
「あっ、ああ! 手、手が!」
 ジャックの声が聞こえ、ラグは素早くジャックのほうに目を走らせた。彼はまだラグの右腕を見つめていた。その目は、おどおどしていて、あきらかに尋常ではなかった。
「ご、ごめんよ、爺さん、オレ・・・!」
 ジャックは、一瞬混乱したらしく、そんなことを口走った。がたがたと震え、彼はラグの方をみないで、泣きそうな顔になっていた。
「ご、ごめんなさい。・・・オレのせい? オレのせいだよな? ご、ごめんよ、オレ。オレ、あんたが・・・」
「ジャック。」
 ラグは、そんな彼を落ち着かせようと声をかけたが、ジャックはまだ右手をみている。彼は、ラグが自分をかばって右手を失ったことに衝撃を受けているようだった。
「ジャック!」
 もう一度声をかけると、ようやく彼はラグの方を向いた。
「でも! オレがっ・・・」
「騒ぐな、ジャック!」
 ラグは、口調を変えてそう強く言った。思わず、ジャックはびくりと黙った。
「騒ぐんじゃない・・・。私のことはいいんだ。いいから、静かにしろ。」
 声を潜ませ、彼はジャックの肩に左手を置いた。不安そうなジャックを安心させるように、その声色は優しかった。
「大丈夫だ。お前のせいじゃない。それに大丈夫だ。だから、…大丈夫だから、静かにしてるんだ。」
 そう小声でいい、彼はジャックを押さえるようにしてそのままそばに座らせた。ラグは、ふと上にいる三人ほどの人間を見た。先ほどまでとは少し目つきを変えて、彼は、整った顔立ちに少し嘲笑うような表情をのせた。
「なるほど、そろそろ終幕っていうわけか。」
 目の前には、中年の上品な男と、そして、二名のサイボーグ戦士らしい戦闘員が熱線銃を構えて立っている。
「ラグ=ギーファスだな? 私は、レフト、という。ここの責任者のようなものだ。」
「そう。レフトさんだね。ようやく、お目にかかれて僕の方こそ、うれしいよ。」
 ラグはにっこりと笑った。
「でも、さすがにこんな状態で会いたくはなかったな。おかげで僕の方はしばらく動けそうにないよ。」
 ラグはそういい、ライダースーツの内にあるポケットから何かを取り出そうとしているようだった。傍でジャックが、少し震えながら前を見ている。そちらに向かって、安心しろとばかりに視線をやった後、彼は再びレフトを見た。
「すぐに殺さないところを見ると、僕に何か訊きたいというわけか? 何が訊きたいんだ? 答えられることなら、答えてあげてもいいよ。」
 レフトはわずかに警戒の色を見せていたが、思い切ったように一歩踏み出してラグを見た。
「君と一緒にここに入ってきた筈の男が行方不明だ。・・・まさか爆弾で吹っ飛ぶような男でもなし、一体どこに行ったのか教えてくれないか。」
「あれを捜しているなら無駄だ。」
 ラグはふと嘲笑いながら言った。
「君たちが言っているのは、ラグレン=ファンドラッドだろう? 今更どこに隠れもしていないよ。捜すなんて無駄な労力さ。」
「何?」
「…彼はどこを探してもいやしないよ。もちろん、私を粉々にしたってでてきやしないさ。」
 声はラグのままだが、明らかに言葉遣いが変わってきている。それに気づいたレフトは表情を変えた。ラグは、にやりとした。いたずらっぽいというよりは、老獪で、その顔は誰かを思い出させる。
 ラグの左手は、とうとう探していたものを探り当てたらしい。ひょいとそれを取り出した。指の間に挟まれているのは紙巻きタバコである。それを口にくわえたまま、今度は彼はライターを探しはじめた。
「そろそろ気づいたっていいんじゃないのかい? 大分ヒントはあげたはずだよ。」
「ま、まさか……お前は……」
 ラグは憎らしいほどににっこりと微笑んだ。
「たぶん、君の推理であってるよ。それにしても、思ったより鈍かったね、君たちは。もう気づいているのかなと思ったよ。…まあ、私も頑張ってずいぶんパフォーマンスしたんだが。服を着替えては出たり消えたり、いやはや、一人芝居の舞台俳優みたいで大変だったよ。…ちょっと大げさな脅し方だったかなあと思ったんだけど、あれぐらいやっておいて正解みたいだね。」
 ラグはそういって、左手でライターを捜すとそれで煙草に火をつけ、ゆったりとふーっと煙を吐き出した。そして、思い出したように、レフトを見上げる。
「あ、そうだ。ここは煙草を吸っても良かったんだったかい? 悪いね、私は煙草を半日あけるといらいらして身が持たないんだよ。もっとも、贅沢は言えないから、君の部下からいただいたシガレットで済ませているけどね。」
「まさか、お前が?」
 レフトの驚愕の表情を眺めて、ラグは唇をわずかにゆがめて笑った。
「そんなに驚くことか? 今時、変形する合金などどこにだってある話じゃないか。私の中身が、鉄屑の塊だと知ったとき、このぐらい予想してもらわなくちゃあね。」
「ラグレン=ファンドラッド!」
名前を呼ばれて、青年の顔が少し引きつったように笑った。その顔を見て、レフトは自分の考えが正しかったことを知る。
「そうか。やはり、そうなのか。」
 ぶつぶつといいながら、彼は先ほど部下に見せられた画像を思い出していた。ウィザークという名のあの独裁時代の将軍だ。
「そうか、ようやくわかったぞ。やはり、貴様は、体の半分以上を機械にしていたのだな。そして、あれからずっと生き延びていた。・・・独裁政権崩壊時に奴の死体だけが見つからなかったという。それは、お前が・・・」
「面白い推理だな。でも、悪いが、見当はずれも甚だしい。残念ながらはずれだよ。」
 ラグ、いや、ファンドラッドは、レフトの話を遮ると、うっすらと笑みを浮かべた。
「こんな逸話はきいたことはないか?」
 ファンドラッドは、シガレットをくわえたまま、敵を見やった。
「ある時、ウィザーク=ガルダン=ファンドラッドの前で、ある男が煙草を吸っていた。通りがかったウィザークは、烈火のごとく怒り、その男をその場で撃ち殺した。…ウィザークには、煙草に嫌な思い出があってね、…それを思い出すから、周りを徹底的に禁煙にしておいた。それでも、私みたいに、煙がないと生きていけないような連中もいるにはいたんだよ。わかるかい? ウィザークという人は、煙草が大嫌いだった。まさか、本当に殺してはしまわなかったが、あの性格だろう? そんな粗相をやらかした男は、即左遷した。それほど嫌いな煙草を吸わないとやってられない私が、当人なわけがないじゃないか。」
 面食らっている様子のレフトを見上げながら、彼は煙を物憂げに吐いた。
「それにしても非常識だな。まさか、君たちは本当に百五十年も前の将軍本人が生きているとでも思っているのか?」
「では貴様は何者だというんだ?」
 レフトに訊かれて、ファンドラッドは、煙草の煙をみながら言った。
「しゃべらなければ、今この場で体だけ吹っ飛ばして私の記憶チップから何もかも読みとる気だろう? だったら、しゃべるしゃべらないは大した問題ではない。黙っていても何もいいことはないな。」
 彼は少しだけ笑うと、煙草を左手で口から離した。
「時間をくれるかな? くれるなら、昔話をしてやろう。どうせ、いまは語るものもいない話だ。」
 そばで泣きそうだったジャックは、今はようやく落ち着いてきていた。そして、自分も聞いたことのない彼自身の過去を、ファンドラッドが口にしようとしていることに気づいた。 なぜ彼がこんな話をしようと持ちかけたのかと言うことには疑問を抱かなかった。その答えは、見慣れぬ姿の彼の透明な表情にすべて隠されていたからだ。そのなに食わぬ顔のまま、そっと、ファンドラッドは左手で右手のコードを引き寄せた。
 やっぱりそうだ、とジャックは思った。ファンドラッドは、おそらく、時間稼ぎをするつもりなのである。


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©渡来亜輝彦
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