Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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第二十七話

煙草の煙がゆらゆらと立ち上っていた。ファンドラッドは、青年の顔のまま上の方を見ていた。レフトまでが銃を抜いてファンドラッドに突きつけていた。彼が引き金を引けば、ファンドラッドの眉間に穴が空くだろう。それはわかっているのに、彼はまだ余裕があるようだった。
「昔、ザヴァルニアに独裁政権が居座っていた頃、ある天才科学者がいた。」
ぽつりと彼は話し出す。ふっと嘲笑いながら、ファンドラッドはため息をついた。
「その男は天才だったが、相当危ない男でね…、あるとき、軍に依頼された人型で更に戦闘用に使えるロボットを作ろうとしたのさ。戦闘用の人型ロボットは簡単に出来た。だが、彼はそれで満足しなかった。彼は天才だったからね。それじゃ、詰まらない。…なるべく人間に近づけるため、そして、更に汎用性を高めるため、その人間と寸分たがわぬコピーを作ろうとしたのさ。…それは、影武者にも応用できるだろう。時の支配者はねらわれやすかった。両者の利害は一致したというわけさ。彼は莫大な研究費を手にすることができた。」
 レフトは、黙って話を聞いていた。銃は向けていたが、話を聞くつもりはあるらしかった。
「一番最初に自分のデータを差し出した被験者は、ウィザークという男でね、君たちもよく知っている横暴な男だった。…しかし同時にいくらかは可哀想な人だった。自分を狙ったテロで、彼は妻と息子を殺されていてね、それから彼の横暴ぶりはますますひどいものになっていた。だから、彼がどうして自分のデータを差し出したのかはよくわからない。ただの気まぐれかも知れない。もちろん、クローンを作るって手の方が簡単だが、クローンよりもアンドロイドの方が制御しやすいだろう? プログラムに組み込んで、逆らえなくすればいいんだから。それに、あの博士は、機械工学しかできなかったからねえ。」
 ファンドラッドは、一度煙を吸ってふっと吐いた。もうわかっただろう、と言いたげである。
「なるほど、貴様はつまりそのために作られたアンドロイドだな。ウィザークの影武者か?」
「ふふ、まさか。」
 急にレフトが口をはさんだのを受けて、ファンドラッドはいくらか自嘲的になった。
「そんないいものじゃない。私はその中の失敗作さ。顔を見ればわかるだろう? あの人には、右目に傷なんてなかったんだ。それに、本物のコピーロボットは、性格及び仕草が同じでなければならない。私のプログラムには元から欠陥があったのさ。」
「欠陥?」
「『同じでなければならない性格』が、違っていたのさ。それで、ゲインバート博士は、私を廃棄処分にしようとした。『お前みたいな失敗作の鉄くずはいらない』と言ってな。」
 はっとジャックは思わずファンドラッドの顔を見た。彼の口許には、やや寂しげな笑みが浮かんでいた。ようやく、彼はファンドラッドがスクラップという言葉に、妙に敏感に反応するわけがわかったような気がした。
「だが、私は廃棄されなかった。当のウィザーク将軍は、自分と同じ顔のものを壊すのが嫌だったのか、私を壊すなと命令してきた。そして、挙げ句の果てにはひきとってもよいと。その酔狂さに周りの者はあきれたが、ウィザークは気にしなかった。」
「…それで生き延びたというわけだな。だが、あの頃の人型ロボットは全て粛正されたときいているぞ。」
「そのとおりだよ。」
 ファンドラッドは煙草をくゆらせながら答えた。
「今だって人型ロボットの制作は現代では禁じられているし、昔の技術は無くなっている。その法律があちこちで制定されたのは、あの頃の事件が原因だ。だが、今は情報操作がしっかりしていて、あれはなかったことになっているんだがね。…ザヴァルニア政権が滅んだのはレジスタンスの攻撃だけじゃあないのさ。――彼らが得意だったロボット工学の技術が徒になった。これは、当時の有力者にしか知らされていないし、今では情報操作されて、誰も知らない話だが……」
「ウィルスが蔓延したと聞いているが。」
「そうだ。さすがによく知ってるね。みんな軍事用のロボットだったからな、命令を得る為につないでいた軍事基地のマザーコンピュータを媒介にして広まった。ただのコンピュータなら良かったが、それはロボットの人工知能を狂わせる働きのあるウィルスだった。」
 ファンドラッドは、煙草を口からはずして、指にはさんでゆるりと振った。
「特に軍事用のロボットが真っ先に狂ってね、軍部は大混乱に陥った。ひどかったのはいわゆる人工知能の質が高い人型のロボット達さ。見た目が人と変わらない分、たちが悪かった。特にゲインバートシステムを搭載した連中が片っ端からおかしくなった。…だから、当時軍部は人型ロボットの粛正に乗り出し、その技術を永遠に封じ込めた。つまり、大方の科学者を粛正したということ。また有力者のゲインバートは殺させなかったもののの、ロボットの制作をやめさせたんだよ。」
「だが…」
 レフトは変な顔をした。先ほど、ファンドラッドは自分は「ゲインバートシステム」を利用していると言ったばかりではなかっただろうか。
「アンドロイドの筈の私が、なぜ感染しなかったかということかね? 簡単なことさ。私のシステムには致命的な欠陥があるといっただろう? …その欠陥のせいで、ウィルスには感染しなかったんだよ。幸いにもね。…まあ、軍の連中は、私も最後は廃棄しようとしていたみたいだが、運良く逃れた。」
 ファンドラッドの表情に、わずかに複雑なものが走ったのがわかった。もしかしたら、苦々しい記憶があるのかもしれないとジャックは思った。ファンドラッドは、煙草の灰を落とすと、それをくわえなおして笑って訊いた。 
「ゼッカードは結局のところ、ゲインバートシステムの欠陥を補ったものだろう? 当然ウィルス対策もしているし、それに、ゲインバートシステムでは不完全だった戦闘用の行動マニュアルを叩きこんでいる筈だ。だから、君たちは、ゼッカードをほしがった。違うかな?」
「それ以上の詮索は好ましくない。ゼッカードを渡してもらおうか。」
 レフトは不機嫌そうに言った。おそらく、ファンドラッドがゼッカードについて触れてきたのが気にくわなかったのだろう。話を切ろうとしたのは、あるいは図星を指されたせいか、目的を言いたくないからかのどちらかかもしれない。
「おや、もう話はいいのかな?」
 レフトに対して、ファンドラッドはため息をつきながら笑った。
「折角これからが本番だというのに。」
「渡してもらえるかどうかをきいたんだがな。」
ファンドラッドは、肩をすくめた。
「短気は損気だろう? …大人しく続きを訊いた方がいいんじゃないのか?」
「残念だが。」
 レフトは、ため息をついた。
と、その瞬間、レフトは拳銃のトリガーを引いた。至近距離で突然で、よけることはできなかった。だーん、と尾を引く銃声とともに、ファンドラッドの身体が大きくふらついた。
「爺さんっ!」
 ジャックが思わず叫んだ。レフトの拳銃が彼の眉間をねらったものであることは、その位置からしてわかっていた。ファンドラッドはうつぶせに倒れると、そのまま動かなくなった。
 レフトは煙の立ち上る拳銃をおさめながら、壁にめり込んだ銃弾を見た。それは彼を貫通したらしい。相手をしとめたらしいことを知ってから、レフトはきびすを返した。
「君のおしゃべりにつきあっている時間がなくなったんだよ。…何者でも、頭脳を壊されれば、もう口など聞けないはずだ。残念だが、強制的に黙ってもらうことにした。」
「爺さんっ!」
 ジャックが慌てて、ファンドラッドにすがりついた。そして、レフトを見上げながら非難に満ちあふれた声をあげた。
「何するんだよ! いきなり撃つなんて!」
「その男がどこかにゼッカードを隠し持っているはずだ。探して取り上げておけ。」
 レフトはそういうと、歩き始め、思い出したように付け加えた。
「少年の方は一応助けてやれ。子供を殺すのは、気がすすまんからな。」
「はっ。」
 部下達が応えたのを背で訊きながら、彼は進んでいった。どちらにしろ、この基地はもう終わりだ。彼には撤退という大仕事があるのである。「あの方」を逃がすためには、用意が要った。
 だが、ふと声がしたのだ。
「甘いな。」
 レフトは、思わずぎょっとした。今の声は間違いなくファンドラッドの声である。あのやや深みのある声は、若者のラグの声ではなく、彼が普段喋っている方の低い声だった。
「何度も忠告してやったのに、君はまだ私を甘く見ているようだねえ。」
 レフトは、背筋が凍るような思いをした。先ほど、頭を撃ち抜いたはずだ。人型のロボットも、やはり中枢は頭部に集中していることが多い。それが少しでも損傷すれば、動作に支障をきたす。それが普通だった。
「馬鹿な!」
 慌てて振り返ると、彼は額を先ほど切断された筈の右手で押さえながらちょうど立ち上がるところだった。ジャックを後ろにかばい、彼は呆れたように言った。
「人の話を聞かない奴だな、君は。だから、私は話を最後まできけといってあげたんだよ?」
 レフトはぎょっとした。先ほど、切断された筈の右腕が、不完全ながらに元に戻っているのだ。よく見れば、接続部の装甲がゆるく、まだ鉄の色やコードが見えているのがわかる。しかし、先ほど綺麗に断ち切れていたそれが、明らかにつながっているのだった。
「ゲインバート博士は潔癖なまでに天才だった。」
 ファンドラッドの言葉には、おそらく自嘲の色が入っていたが、彼に笑いはなく、ただ冷たく静かに言った。
「だから、私のような失敗作にも手を抜かなかった。もっとも、私は、この右目を斬られたとき、完全に修復できなかったんだがね。…なにせ、失敗作だから…。」
 ファンドラッドは額を少しおさえて、さっと離した。撃ち抜かれたはずの傷跡がほとんど見えなくなっている。
「貴様……」
「自動修復するシステムというのがあるだろう? 最初に私は合金と合成樹脂でできていると教えたはずだがな…。それに最初からある一定のプログラムを入れておけばそれでいいんだよ。…勝手に修復するように、そういう風につくっておけば、戦闘で傷ついていても自分で直すことができるだろう。機械は修理しないと直らないからな、人がいない戦場では一度壊れれば二度と動かない。それじゃ完璧な兵器とは言えないだろう?」
ファンドラッドは、静かに言った。
「ゲインバート博士は、ただのアンドロイドを作るに飽きたらなかった。それを完全な兵器にもしたかったのさ。おかげで私は少しのことでは「死ぬ」事はない。おまけに、私は記憶と命令中枢を三つの箇所で共有しているのでね、頭一つとばされたぐらいで、データが消えることもないんだよ。」
「この化け物が!」
 何発か、撃ち込まれて、ファンドラッドは後退したが、倒れることはなかった。血の色をした油が軽く黒い服に染み渡ったが、彼は表情も変えない。
「ふふふ、…これぐらいで私を止められるものか?」
 機械的に感情のこもらない声で笑いながら、ファンドラッドはすっと足を進めた。言っているそばから、すでに再生がされているのか、右手の接続部が見る見る内に補強されていく。
「ゲインバート博士が作りたかったのは、永遠に戦える兵士だ。死ぬこともなく、壊れることもなく、止まることもない、最強の兵士…それを作りたかったんだ。」
ファンドラッドの声は低く、表情が見えなかった。彼の目に浮かんでいるのは憎悪でも怒りでも殺気でもない。ただ、深い哀しみのようなものが、そのアイスブルーの瞳の奥から迫っているようだった。
「私は永遠に戦う為に作られた。そう簡単に破壊できるものか!」
「おのれ!」
 レフトは、素早く通信機を使い、応援を頼んだ。ダン、とファンドラッドは床板を蹴った。サイボーグの部下達が、同時に彼に飛びかかり、また拳銃の引き金を引いた。
 ファンドラッドは撃たれることを恐れなかった。それどころか、死ぬことすらも恐がっていないらしい。ただ、相手を破壊すべく飛びかかっていくだけだった。
 一体を押さえつけて、その足のアクチュエータを壊して戦闘不能にした。そうして、もう一体を倒そうとしたとき、ふと相手が笑ったのが見えた。笑って、そして、何か奥歯を噛みしめるような素振りを見せたのである。すでにレフトは、通信で味方を呼び、奥へと逃げている。ファンドラッドは顔色を変えた。
「ジャック!」
 ファンドラッドは、思わず背後に目をやった。ジャックは、まだそこに呆然と立って彼の戦いを見つめていた。
「ジャック! こいつは自爆する気だ! 逃げろ!」
 慌てて叫ぶと、ジャックははっと我に返って、たっと後ろに走り出した。ファンドラッドは相手をとっさに突き飛ばした。その瞬間、彼がにやりとしたのが見えた。胸の奥でちらりと光る火花が見えた。
「ジャック――! 伏せろ!」
 その声をジャックが聞いたかどうかはわからない。至近距離から、まばゆい光が飛び込んできた。ぐわりと熱い空気が彼を取り囲んでくるのがわかる。視界が大きく揺らいだ。全身が溶かされるような熱い光に灼かれながら、ファンドラッドは、あの時のことを思い出していた。


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