Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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第二十八話

あの時も、熱い風が吹いていた。あの時、ウィルス対策で、あのシステムをつんだロボットは全て壊されていったのだ。最後に残ったのは彼で、彼もまた壊される運命だった。しかし、ウィザークはそれをよしとしなかった。だから、強硬手段に出て、彼らは彼を壊そうとした。ウィザークは、そんな彼をかばって死んだ。あんな銃弾など当たったところで壊れるはずもなかったのに、何故かあの横暴なウィザークが、ただの機械人形をかばったのだった。
 炎の中で、死んでしまったあの人は、何故か妙に安らかに笑っていた。死なない自分をかばって銃弾を浴びたのに、あの人は妙に満足げだった。
『ラグ、…お前は機械なんかじゃない。』
 彼はいつもそう言っていた。
『他の者が何を言おうと、お前は気にしなくてもいい。お前は私の跡継ぎなんだ。お前は機械なんかじゃない。れっきとした一人の人間だ。誇っていいんだ。』
 あの人は、思い返せばひどい人だった。あの頃は、人間というものがどういう生き物かがわかっていなかったから、彼の所業がわからなかった。今思えば彼が他人にしていた仕打ちは、本当に暴君そのもので、身勝手としかいいようのないものだった。ただ、あの人は、彼に対してだけとても優しく、彼の前ではとても立派な軍人だった。それは間違いなかった。
 今はその理由もはっきりとわかる。失敗作の自分などを引き取って、何を酔狂なと思ったが、彼は自分に死んだ自分の息子の面影を見ていたのだろう。失敗作の自分を選んだのは、おそらく息子と妻を死なせ、自己嫌悪に陥っていた彼にとって、自分と同じ性格のロボットを、愛することなど不可能だったからに違いない。
(いいえ、閣下。)
 ファンドラッドは心の中で言った。顔をかばった手は、手袋が破れていて、赤と黄色のコードが見えていた。その金属製の指は、冷たく鋭かった。
(結局私は機械ですよ。事実は変えようがないのです。)
認めたくなくても、普段は忘れそうになっていても、時々こうやって思い知らされる。自分が人間ではないことを。どれほど焦がれようが、どれほど憧れようが、それだけはどうしようもない現実だということを。


 熱い風にあおられて転んだ事を覚えている。そのまま、熱い空気が彼の意識を混濁へと導いた。死ぬかも知れないと思ったが、熱くてそういう事を考えていられなくなった。ただ、音がひたすら聞こえてきた。遠くから爆音と銃声が立て続けに、さらに何かが破壊される音も、機械のすれたような音も。
 そして、やがて、彼を少し揺すぶるようにしながら、どこか遠くから声が聞こえてきた。
「ック…ジャック、ジャック……――!」
 その声が、聞き慣れたものだと知って、ジャックはうーんと唸りながら目を開けた。
「ジャック…。ジャック!」
 そこにいるのは、二十歳ぐらいの金髪の青年で、アイスブルーの瞳が印象的だった。その青年の顔の端からは鈍色の装甲が見えていた。よく見ると首筋辺りは半分壊れているように見える。爆風でやられたのかもしれない。
「ジャック…。」
 ジャックは一瞬戸惑った。それは、姿が金髪の青年なのに、聞こえる声が普段のファンドラッド、つまり、青年の高い声ではなく、ファンドラッドの低くて深みのある声だったからだ。
「ああ、目が覚めたか?」
 彼は、声と合わない顔で、ほっとしたように微笑んだ。もしかしたら、ジャックを安心させるためにわざわざ老人の声で話したのかも知れない。
 ジャックは、ぱちりと目をしばたき、ようやく自分の状況に気づいた。慌てて起きあがり、ジャックはファンドラッドを見た。左手の指先はすでに鉄の骨組みがのぞいていた。黒い服にさらに黒い染みが見えるところを見ると、どうやら血によくにたあの色のオイルが、服に染みたのだろう。何発も銃弾を受けているはずだった。 
「爺さん、それ…」
「大したことはないよ。どうせそのうち直る。忘れたのかい? ジャック。私は損傷が大きいと痛覚が切れるんだよ。苦しいことなんかないんだ。」
 その顔がなぜか切なく見えた。ファンドラッドは、ぎりぎり壊れていなかったコンピュータをジャックに渡した。
「シェロルがいる場所に案内しよう。お前にこれを渡しておくよ。画面の指示通り動いてくれ。だったら、必ずたどり着けるはずだ。先ほどハックした情報からすると、周りには敵はいないはずだし、ゼッカードを君が持っていない今なら、襲ってはこないよ。だから、敵は私が引きつけておくから、君が迎えにいってくれるかな? …そうじゃなきゃ、シェロルの前に、私はこんな姿をさらせないよ。」
「そんな、あんたも一緒に逃げよう!」
「駄目だ。…私は残って戦わなくてはならないんだよ。」
 何故かそんなことを言うファンドラッドに、ジャックは首を振った。
「な、何言ってるんだ? 一緒に逃げればいいじゃんか。」
「駄目なんだよ。逃げるわけにはいかないんだ。」
 意味がよくわからなかった。ファンドラッドは、軽くふっと笑った。
「敵はどこまでも追ってくるよ。だから、私が足止めしないとならないだろう?」
「一緒に逃げながら戦ってもいいじゃないかよ!」
 ファンドラッドは首を振った。ジャックは、少しいらだった。
「これ以上戦って何になるんだよ! 一緒にシェロル連れて逃げよう!」
「そういうわけにはいかないんだ。…お前と一緒には逃げられない。」
「なんでだよ? そんなに戦うのが好きなのか! 逃げてもいいじゃないかよ! もう、あんただってボロボロなのに!」
「…ジャック、聞き分けろ。」
 ファンドラッドは、その青年の顔をわずかにゆがめた。
「私の頼みだと言っちゃいかんかな? …お前達に戦っているところをあまり見せたくないんだと言い換えてもわからないか?」
「な、何だよ……それ。」
 ジャックの頭をそっとなでやりながら、ファンドラッドは目を閉じた。
「わかってくれ、ジャック。…お前達には見られたくないんだ。あんな姿を見たら、いくらお前達でも私のことを化け物だと思うだろう。」
「そ、そんな…! オレは恐がったりしないよ! それに…」
 いつの間にか、ジャックは目が熱くてたまらないことに気づいた。それは、熱風にあおられたせいでもなんでもなく、彼がただ泣いているだけだということに気づくのは随分時間がかかった。
「…なんでだよ……。オレのこと、やっぱり信じてないんだろ。…オレなんて、どうせ、邪魔者ぐらいにしか……」
「お前のことは信頼しているよ。そうじゃないんだ。」
「じゃあ、なんで……」
 蒸発しそうな熱気なのに、ジャックの目からは涙がはらはら流れ落ちて止まらなかった。
「泣くんじゃない、ジャック」
 破れてほとんど意味のなくなった手袋から装甲のはがれた鋼鉄の指がのぞいていた。その手でそっとジャックの頬に触れながら、ファンドラッドは言った。金属の冷たさが、なぜかとても痛々しかった。
「それよりも、私のことはいいから、はやくいってシェロルを助けて来るんだ。」
「で、でも…」 
「大丈夫だといっているだろう? 私が信用できないのかね、君は。」
 ふっと微笑みながら、見慣れぬ姿の彼はそういった。そして、自分の手に気づくと、そっとそれをひっこめた。
「ああ、すまなかったな。こんな手じゃ、気持ちが悪いだろう?」
「オレ、別にそんなこと。」
 気にしていたのではない。ジャックは首を振った。少しだけほほえんで、帽子の脱げた頭を軽くなでやって、それから青年の姿のままで、ファンドラッドは続けた。
「お前は勇気のある強い子だろう? だから、もう泣くな。早く行ってシェロルを安心させてやるんだよ。お前を信頼しているから言っているんだ。わかるか? ジャック」
「わかるよ! わかってるけど。」
「じゃあ行くんだ。女の子を助けに行くなんて、そんなかっこよすぎるシチュエーション、滅多にあるもんじゃないよ。・・・君は行って・・・そして、あの子を助けるんだ。」
ファンドラッドは、にやっと笑うと、片目を閉じて少し気障に言った。
「いつだって、女の子を助けるのは男の特権だろう。こういうときにかっこよくしておかないと、見せ場ってものがないんだよ。かくいう私だって、昔に、好きだった子を助けたもんさ。…ま、ふられたけどね。そうだな、あれが君の言う初恋だったかもね。」
 あれほどねだっても教えてくれなかった癖に、ファンドラッドはこういうとき、ふっとそう言うことを言うのだ。ジャックは、声を飲み込んだ。
「そうだな、ジャック。強い男は泣くもんじゃない。いい加減にしないとシェロルに嫌われるよ、さあ、行け。」
 こくりとジャックはうなずいて涙をぬぐった。
「わかった! わかったから、あんたも絶対無事で!」
「ああ、わかってるよ。…僕が負けるだなんて、そんな格好の悪いことするわけないだろう?」
いつものように意地の悪い笑みを見せながら、ファンドラッドはジャックの頭を軽くなでやった。
「さ! 早く!」
 ジャックはうなずくと、さっときびすを返した。背後を振り向かずに走り抜ける少年を優しいまなざしで見送りながら、ファンドラッドは軽くため息をついた。
「…ジャック、一つ言わなかったことがあるんだ。」
 すでにジャックは角を曲がりそうになっている。もう彼の方を見ることもないだろう。ファンドラッドは、壊れて骨組みだけになった冷たい自分の手をみていた。
「本当は、無理に戦うことなんかないかもしれない。平気で君たちと逃げられたらどんなに楽だろうと思うよ。…姿を見られたくないのは本当さ、今のこんな醜い姿だって見られたくなかった。でも、それだけじゃあないんだよ。」
 ファンドラッドは目を閉じた。
「正直、戦っていると落ち着くんだ。なぜ、この世界で作られたのかという理由が、はっきりと感じられるんだよ。生きているということの理由が。」
 ファンドラッドはふうとため息をついた。
「君なら馬鹿馬鹿しいというかも知れないね、ジャック。でも、誰かのために戦うのなら、それが兵器である私の存在理由なんだ。私が生きていることを実感するためにも――、一人で戦わせてくれ。」
ファンドラッドは目を伏せ、少し寂しげに笑いながら呟いた。
「それが、せめてもの私の存在証明なんだ。」
 揺らぐ炎の向こうから、敵の姿が見えていた。ファンドラッドは、身を起こすと、手持ちの武器を確かめた。そして、好戦的な笑みを浮かべる。
「ここから先に通すとでも思ったか?」
 ファンドラッドは、青年の顔に、いくらか老獪な笑みを刻みながら低い声で言った。
「さっきもいったはずだ。私を止めるつもりなら、私を自己修復できないほど、破壊して見ろ!」
『ラグ、お前は無理に戦うことなんか無いんだ。…お前は……れっきとした人間なんだから――』
 死んだウィザークの声が蘇った。ファンドラッドは、軽くそっと微笑んだ。
 そうであればよかったのに。そう思いながら、ファンドラッドは、銃の撃鉄を起こした。
 

 銃声が何発も響いていた。熱風に巻かれて必死に逃げるジャックには、その音はまるで聞こえなかった。ただひたすらに走りながら、ジャックはファンドラッドの指示通り、腕にはめた彼には重いコンピュータに映される画面を見続けて走った。


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©渡来亜輝彦
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